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第一章
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テッドから話を聞いたらしいジムは、どうやって侯爵たちを言いくるめたのか、テッドの食事は基本的にアンナの住む離れで行われるようになった。どうやら、侯爵は忙しさのあまり、ゆっくり我が子と一緒に食事をする時間はないらしい。そのせいでテッドがたとえ一緒に食事の席に着いていたとしても、申し訳程度にしか食事に口をつけていないことに気がついていないのかもしれなかった。
朝、昼、晩と食事をアンナと共に済ませていれば、必然的に離れで過ごす時間は長くなる。こちらの世界の一般的な貴族の生活は知らないが、少なくともお飾りの妻であるアンナと一緒に日がな一日、平民のような生活をしているわけにもいかないだろう。どうしようかとアンナが考えていると、テッドがいなくなるタイミングを見計らったかのようにジムがやってきた。小さな客人のことをアンナにお願いしていた家令なのだ、十中八九、テッドの行動は把握しているに違いない。
「奥さま、ごきげん麗しゅう。本日も良い天気でございますね」
「ジム、ご苦労さま。何か追加で持ってきてくれたのかしら」
「離れには特に暇つぶしになるようなものもございませんし、せっかくならば娯楽をと思いまして……」
ジムから渡されたものは、暇つぶしで片付けられるような内容の本ではなかった。算術や歴史、地理、語学を始めとした、領地を運営するために必要な知識ばかり。そしてこの世界では書籍が高価なものであることをアンナは理解している。先日迎え入れられたばかりの書類上のお飾りの妻に預けていいものではない。
そもそもアンナは実家でろくに勉強もさせてもらえなかった。前世の記憶があるから、何とか適応しているだけだ。したがって侯爵が用意した高名な家庭教師のように素晴らしい教育など施すことはできない。それでもジムがアンナにこれらを託そうとしているということは……。一瞬、テッドを取り巻く学習環境のことを想像して、顔をしかめてしまう。
「ちなみに家庭教師の皆さまは、どのような評価をテッドに下しているのですか?」
「……残念ながら、非常に気分にむらがあり、集中力に欠けていると。話を聞いている時と聞いていない時の差が激しいと聞いております」
「子どもですもの、そんなものではないかしら」
「あとは、定期的に間違いを認めずに癇癪を起こすと」
「まあ、そうは見えませんが」
「癇癪については、他の使用人からも、食事が気に入らないとしょっちゅう仮病を使うという報告がございます」
「癇癪に仮病、ですか……」
少なくとも離れに住むアンナが見ているテッドの姿は、「癇癪を起こし、仮病でずる休みをする面倒な子ども」からはかけ離れている。何より、侯爵は自身の息子が優秀であることを疑ってもいなかった。その癖使用人たちはテッドの世話に手を焼いているように見える。このギャップは一体どこで生まれているのだろう?
「……なるほど。わかりました」
「奥さま?」
「せっかく貸していただいたのですもの。小さなお客さまがお見えになった場合には、一緒に読むことにいたしましょう」
「本当にありがとうございます」
「気にしないでちょうだいな。あくまで私は離れの管理人として、侯爵家の使用人の子どもの世話をしているだけに過ぎないのですから」
「承知しております」
なにせアンナは、制限だらけのお飾りの妻だ。何をするにしても彼女の行動は侯爵との約束に縛られてしまう。気が付かないふりをするしかないだろう。小さくため息を吐きながら、アンナはテッド―侯爵家の嫡男―のことを考える。どうにも訳ありらしい小さな子ども。そんな彼に寄り添っているのは、もしかしたら目の前の家令とあのふてぶてしいマーモットだけなのかもしれない。そんな恐ろしい予感が脳裏をよぎる。前世、子育てに失敗した自分がもう一度子どもに関わるなんて皮肉なことだと思いつつ、アンナはテッドの世話を焼くことが嫌ではない自分の愚かさを笑った。
朝、昼、晩と食事をアンナと共に済ませていれば、必然的に離れで過ごす時間は長くなる。こちらの世界の一般的な貴族の生活は知らないが、少なくともお飾りの妻であるアンナと一緒に日がな一日、平民のような生活をしているわけにもいかないだろう。どうしようかとアンナが考えていると、テッドがいなくなるタイミングを見計らったかのようにジムがやってきた。小さな客人のことをアンナにお願いしていた家令なのだ、十中八九、テッドの行動は把握しているに違いない。
「奥さま、ごきげん麗しゅう。本日も良い天気でございますね」
「ジム、ご苦労さま。何か追加で持ってきてくれたのかしら」
「離れには特に暇つぶしになるようなものもございませんし、せっかくならば娯楽をと思いまして……」
ジムから渡されたものは、暇つぶしで片付けられるような内容の本ではなかった。算術や歴史、地理、語学を始めとした、領地を運営するために必要な知識ばかり。そしてこの世界では書籍が高価なものであることをアンナは理解している。先日迎え入れられたばかりの書類上のお飾りの妻に預けていいものではない。
そもそもアンナは実家でろくに勉強もさせてもらえなかった。前世の記憶があるから、何とか適応しているだけだ。したがって侯爵が用意した高名な家庭教師のように素晴らしい教育など施すことはできない。それでもジムがアンナにこれらを託そうとしているということは……。一瞬、テッドを取り巻く学習環境のことを想像して、顔をしかめてしまう。
「ちなみに家庭教師の皆さまは、どのような評価をテッドに下しているのですか?」
「……残念ながら、非常に気分にむらがあり、集中力に欠けていると。話を聞いている時と聞いていない時の差が激しいと聞いております」
「子どもですもの、そんなものではないかしら」
「あとは、定期的に間違いを認めずに癇癪を起こすと」
「まあ、そうは見えませんが」
「癇癪については、他の使用人からも、食事が気に入らないとしょっちゅう仮病を使うという報告がございます」
「癇癪に仮病、ですか……」
少なくとも離れに住むアンナが見ているテッドの姿は、「癇癪を起こし、仮病でずる休みをする面倒な子ども」からはかけ離れている。何より、侯爵は自身の息子が優秀であることを疑ってもいなかった。その癖使用人たちはテッドの世話に手を焼いているように見える。このギャップは一体どこで生まれているのだろう?
「……なるほど。わかりました」
「奥さま?」
「せっかく貸していただいたのですもの。小さなお客さまがお見えになった場合には、一緒に読むことにいたしましょう」
「本当にありがとうございます」
「気にしないでちょうだいな。あくまで私は離れの管理人として、侯爵家の使用人の子どもの世話をしているだけに過ぎないのですから」
「承知しております」
なにせアンナは、制限だらけのお飾りの妻だ。何をするにしても彼女の行動は侯爵との約束に縛られてしまう。気が付かないふりをするしかないだろう。小さくため息を吐きながら、アンナはテッド―侯爵家の嫡男―のことを考える。どうにも訳ありらしい小さな子ども。そんな彼に寄り添っているのは、もしかしたら目の前の家令とあのふてぶてしいマーモットだけなのかもしれない。そんな恐ろしい予感が脳裏をよぎる。前世、子育てに失敗した自分がもう一度子どもに関わるなんて皮肉なことだと思いつつ、アンナはテッドの世話を焼くことが嫌ではない自分の愚かさを笑った。
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