[異世界恋愛短編集]お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?

石河 翠

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1.お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?

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「レイラ、まだ書類が仕上がっていないというのはどういうことだ!」
「殿下、大変申し訳ございません。急遽別件が入っておりまして……」

 突然怒鳴り込まれたレイラは、怒り心頭の王太子の姿を前に慌てて頭を下げた。ひとに仕事を全部押し付けたあげく、自分は女遊びとはいいご身分だとは思っていても、決して口には出さない。王太子の怒声が響くたびに、首が締め付けられるような心持ちになる。

「別件だと?」
「はい。その……メリッサさまから家庭教師に出された課題が終わらないので手伝ってほしいというご依頼が……」

 ちらりとレイラが、王太子の腕にぶら下がる可憐な少女を見やる。とたんに目を潤ませた美少女が、王太子に泣きついた。小さく肩を震わせる姿はいたいけな小動物のようで見る者の哀れみを誘う。

「殿下、レイラさまが睨んで怖いです」
「レイラ。メリッサはまだ不慣れなのだ。お前がメリッサの補佐をするのは当然のことだろう? そしてそれは、俺の補佐を投げ出してよいという意味にはならない。わかっているな?」
「……はい」

 要はメリッサの世話を焼きながら、今まで通り自分の仕事も代理で行えという命令だ。いくらレイラが才女とはいえ、物理的な上限というものが存在する。けれど王太子に伝えたところで、彼は決して受け入れないだろう。内心頭を抱えていたレイラに助け舟を出したのは、王太子に甘えていたメリッサ本人だった。

「あんまり厳しいことを言っちゃダメですよ。負荷はゆっくりかけていかないと。いい子ちゃんのレイラさまが急に『悪役令嬢』として目覚めちゃうと、制御不能になって大変じゃないですか。生かさず殺さずが鉄則です! あたし、王都の外で魔王退治なんて嫌ですからね!」
「だが、君と俺がいれば問題ないのだろう?」
「それはそうですけれど。でもあたし、魔王ルートやってないから、細かいことよくわかんないし。やっぱり『いのちだいじに』で行きたいじゃないですか」

 よくわからないことを言い出す男爵令嬢だったが、ひとまずこれ以上の事態の悪化は避けられそうだ。レイラは大仰に礼を言ってみせる。

「お心遣いに感謝いたします。」
「どういたしまして! レイラさまには長生きしてもらわないと! あたし、お仕事とか大嫌いだし。お茶会や夜会は全部出るから、書類仕事はお任せしますね!」
「本当にメリッサは、優しいなあ」

 茶会や夜会は社交の場。ひいては、女たちの戦場でもある。家庭教師の初歩的な課題も終わらぬ低位貴族の娘が、恥をかくこともなくこなせるものだろうか。そんな疑問は飲み込んだまま、レイラは甘い空気を振りまくふたりを見送った。
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