[異世界恋愛短編集]お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?

石河 翠

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1.お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?

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 書類のやり取りは例の文官に任せきりになっていた王太子が男爵令嬢メリッサを伴い、離宮にやってきた。どことなく興奮した様子のふたりの姿に、レイラは密かに眉を寄せる。

「本日は一体何の御用でしょう?」
「メリッサは君を側室にすることを嫌がったが、正式な地位ではない愛妾であれば許せると譲歩してくれた」
「まあ、それで?」
「メリッサは俺の子を身ごもった。次はお前の番だ。どうだ、俺はちゃんと順番を守っただろう?」

 確かに正妃がまず最初に後継ぎを産んでからという話はしたが、一体何がどうねじ曲がったらこのような思考回路になるのだろうか。恋愛をすると脳みそがお花畑になり腐り落ちるのか。あるいは下半身に脳みそが移行した結果、物事を論理だてて考える人間としての知性を失ってしまうのかもしれない。

「そのお話、もちろんお断りいたしますわ」
「何よ、せっかく貸してあげるって言ってるでしょ。ありがたく使えばいいじゃない」

 メリッサが不愉快そうに吐き捨てる。どうやらあまり納得はしていないらしい。にやけきった顔の王太子がレイラに向かって一歩近づこうと瞬間、勢いよく跳ね飛ばされた。レイラを守るように、淡い結界が張り巡らされている。

「なぜだ。なぜ、お前は俺に歯向かえる? その魔導具は、王族に仇なすことはないはずだ」
「殿下、その解釈は間違いです。殿下にさまざまなことを教えてくださった先生方も、よくおっしゃっていたではありませんか。『思い込みで進めてはいけません。きちんと問題をよく読んでください。何を聞かれているのか、問われている形で答えてください』と」
「お前は一体何を?」
「この魔導具は、『王国に仇なすこと』を禁じているのです。決して、あなたのような名ばかりの『王族』にひれ伏すことを強いているのではありません。この魔導具が真に守りたいものは、この王国そのもの。ですから、この王国を守るためであれば……ほら」

 ぱんと軽くレイラが手を叩いてみせれば、レイラの前には例の使い走りの文官がひざまずいた。けれど今は文官の制服ではなく、豪奢な騎士の正装を身に着けている。それが新しく就任したばかりの騎士団長であることに、王太子はようやく気が付いたらしい。さらに続いて宰相やら、レイラの父である公爵など国の重鎮たる面々が勢揃いし、恭しくひざまずいている。

「貴様ら、一体何をしている! それではまるでレイラが」
「我々は、レイラさまとともに国を守ります」
「そんなこと、できるはずがない!」
「まあ、殿下。どうしてできないとお思いになるの?」

 小首を傾げながら、レイラは問いかけた。その手にはレイラが女王となることを認めた書類が一枚。そこにはしっかりと王印が押されていた。レイラは、王族の血を継いだ公爵令嬢なのだ。現国王が首を縦に振ればそれで決まる。何せ根回しをするどころか、王位の簒奪を持ちかけられて困っていたのはレイラの方なのだから。

 この王国には、女子にもしっかりと王位継承権があることを王太子は忘れているのだろうか。兄弟のいない王太子に何かあれば、レイラの元に王座はやってくる。レイラの家族も、これ幸いとレイラに王座を譲ってくることは明白だった。彼らはレイラと同じく有能な面倒くさがり屋なのだ。
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