巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ

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第2話 潮風亭へ

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王城を出てしばらく歩いたころで、隣を歩くユリウスがふいに口を開いた。
「……ところで、君の名は?」

「あ。えっと、篠原亜子です」
慣れない石畳でパンプスが少し歩きづらく、よろけそうになりながらも名乗る。

「シノハラアコ嬢」

「……はい。あの、アコと呼んで下さい!」
自分でそう答えると、不思議と胸の奥がじんわりと熱を帯びた。
(新しい世界の、ただのアコ。ここからが私の再スタートだ!)



港町の大通りを抜けると、ユリウスが立ち止まった。
「喉は渇いていないか、アコ。……少し寄ろう」

そこは小さなジューススタンドだった。
店主が木のレバーを押すと、紫色の果実がつぶされ、濃い汁が木のカップに注がれていく。

「どうぞ」
ユリウスが差し出したカップを受け取った瞬間――胸の奥で光がちかりと弾けた。

(……え、なに? これ……!?)

視界の端に文字のようなものが浮かび上がる。



〈料理眼〉発動

果実名:リュオラベリー
産地:マルレリア王国
甘さ:★★★☆☆(普通)
美味しさ:★★★☆☆(普通)
毒:無し



(……って、おおお!?  これが"料理眼”!
いや毒はそりゃ無いでしょ、ジュース屋で出されるんだから!
てか美味しさ「普通」ってなに!? もっとこう、表現の幅ないの? 大雑把だなおい!)

恐る恐る口をつける。
爽やかな甘酸っぱさが口いっぱいに広がり、ブルーベリーに似ているけれど、それよりも濃く、野性味のある香りが鼻へ抜けていく。

「……おいしいです」
つい呟くと、ユリウスがわずかに頷いた。

「リュオラベリーはマルレリアの名産だ。……だが、最近は魔物のせいで外国への輸出が難しくなりつつある」



港の喧騒を抜け、細い路地へ入る。
緩やかな坂を登ると、ふっと建物の並びが切れ、視界が開けた。

そこに佇むのは、こじんまりとした一軒家。
カラフルなレンガが積み上げられ、丸窓の縁には青いタイルが嵌め込まれている。
派手ではないが、どこか可愛らしい雰囲気を持つ家だった。

「ここが……?」
アコは思わず声を漏らした。

「潮風亭――昔はそう呼ばれていた」
ユリウスは静かに頷いた。
「小さな食堂だ。しばらく空いているが、時々窓を開けて空気を入れかえている」

扉を押し開けると、ひんやりとした空気が流れ込む。
白い布が椅子やテーブルに掛けられ、光を受けてほこりが舞い上がった。
それでも、誰かが暮らしを大事にしていた気配が残っている。

(……ああ、ほんとにレストランだったんだ。なんだか胸が温かくなるな)



室内は薄暗かった。
アコは壁際に見慣れない突起を見つけ、カチカチ押してみる。――無反応。

「つかない……」

ユリウスが胸ポケットから透明な石を取り出し、壁のソケットにはめ込む。
ぱっとランプが一斉に灯り、部屋が明るさに包まれた。

「わーーっ!」
アコの瞳が輝く。

ユリウスはそのまま台所へ行き、水道の蛇口をひねる。
シャワシャワと水が流れ出す。
次にコンロのつまみを回すと、青白い火がぼっと灯った。

「すごい! すごいすごい! 水も!火も! これ一個で!? 便利すぎる!」
アコは大はしゃぎでランプをつけたり消したり、水を出したり止めたりして、完全に子ども状態だった。

興奮のあまり、ソケットから石を抜いてみた。
――とたんに灯りも水も火もすべて消える。

「きゃーー!全部消えた! わーっ、なんか実験みたい!」
再び石をはめると、ぱっと全てが復活する。

「わーーっ!」
アコは笑顔で両手を叩いた。

その横で、ユリウスがうつむき加減になる。
(……あれ?肩がちょっと震えてる?)

「……笑ってます?」

「いや、笑ってなどいない」
無表情のまま、きっぱり否定する。

(いや今絶対ちょっと笑ったでしょ!)
アコは心の中で全力ツッコミを入れた。

この世界は、魔法石を道具にはめ込むことにより、魔力がなくても便利に生活できるのだと、小さく咳払いをした後にユリウスが言った。



アコはスーツの袖をまくり、布を外して掃除を始めた。

すると視界の端で、ユリウスが黙って外套を脱いだ。
黒い上着を椅子にかけ、白いシャツの袖をぐっとまくり上げる。
ごつごつした前腕に筋が浮き、日常的に剣を振るう騎士の力強さを感じさせた。

彼は何も言わずに窓を開け、掃き出し口から床に散らばる砂を掃き出していく。
その表情は相変わらず無機質だが、動作は驚くほど丁寧だった。

(無表情だけど……優しいなぁ)



掃除を続ける合間、ユリウスは淡々とこの国の現状を話した。
近年、海に魔物が異常発生していること。
交易船が襲われ、港に入る物資が激減していること。
表向きは賑やかに見える市場も、実際は値が高騰し、人々の生活は苦しくなっていること。
だからこそ三女神の託宣に従い、聖乙女を召喚するしかなかったこと。

アコは布を絞りながら、その言葉を心に刻んだ。
(……笑っていられない状況なんだ。ミサキちゃんに全部任せきり、ってわけにもいかないよね)



やがて、窓の外が朱に染まりはじめた。
ランプの灯りが部屋を柔らかく包み込む。

ぐーーー~。

静かな部屋に、不意にお腹の音が響いた。

「あ」
アコは赤面してお腹を押さえる。
(そういえば……ジュースしか飲んでなかった)

「アコ」
ユリウスが名前を呼んだ、その時――

「おや、灯りがついてたから……。
また誰か始めたのかい?」

扉口に、分厚い腕を組んだ漁師風のおじさんが立っていた。
潮風に焼けた顔にしわを刻みながら、懐かしそうに店内を見回している。

――潮風亭に、最初のお客が訪れた瞬間だった。
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