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第14話 師匠への報告
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研究棟を出て、潮風亭へ戻ろうとした矢先だった。
「……すまない。急ぎ呼ばれた。後日、必ずそちらへ伺う」
従者に呼び止められたルシアンが、紅い瞳をわずかに細めてそう告げる。
「えっ……」
思わず声をもらしたアコに、彼は片手を軽く振っただけで、黒いローブの裾を翻し背を向け足早に去っていった。
その姿が石造りの廊下に消えていく。
(さっきは殿下とユリウスさん、今度はルシアンさん……緊急ごとが続いてる……?)
胸に小さなざわめきを抱えながら、アコは潮風亭へと戻り、『料理の基本』を抱えて市場へ向かった。
アコは、一番簡単そうな、トマトスパゲッティを試作してみることにした。
トマトに似ているパチョン、玉ねぎに似たティアオニオン、たまご、小麦粉、塩、胡椒――袋いっぱいに材料を詰め、彼女は足早に師匠の店へ。
⸻
食堂は、開店前の熱気が無く、しんと静まり返っていた。
漁に出られない日が続き、魚の仕入れも限られている。ここ最近は、客足も大分減っていた。
ゴドンはカウンターの奥で皿を磨き、マリナは帳簿を睨みながらため息を落とす。
「こんにちは!」
アコはわざと明るく声をかけ、テーブルに本をぽんと広げた。
「私、作りたい料理、決めました!」
「まあ……見せてごらん」
マリナが顔を上げる。
本のページには、色鮮やかなパスタの写真が並んでいた。
「素敵な絵ねぇ…..なんだか美味しそう」
マリナは感心して呟き、ゴドンは「なんだ? この細長いのは」と首を傾げる。
アコは指でレシピをなぞりながら声を弾ませる。
「パスタです! 潮風亭は、パスタ専門店にしようと思います!」
⸻
キッチンを借り、袖をまくったアコは小麦粉を大きな木鉢に盛った。
さらさらとした粉に指を沈めると、心地よい冷たさが伝わる。
乾燥パスタが手に入らないなら、まずは生パスタを作ってみよう、とアコは思い立ったのだ。
「えっと、ここに塩を少し……」
白い粉の山の真ん中にくぼみを作り、そこへ塩とたまごを落として木べらで混ぜ合わせる。
「よし……!」
次は、両手で力を込めてこねる。粉が手にまとわりつき、ぐにっと押すたびに粘り気を増していく。
「ああ、まとまったきた。なんか動画で見たのを思い出してきた!」
声を弾ませるアコの額には、汗が浮かんでいた。
「……ずいぶん力がいるのね」
マリナが腕を組んで感心し、ゴドンが「こりゃ重労働だな」と唸る。
⸻
形を整えてしばらく寝かせた生地を、薄く延ばし、たたみ、細く切り分ける。
断面は少し不揃いで、柔らかすぎる手触りにアコは苦笑した。
「まあ、最初だし……やってみよう!」
大鍋に湯を沸かし、切った麺を放り込むと、白い泡がふわっと立ち上がった。
茹でている間に、アコはパチョンを刻み、ティアオニオンを微塵切りにして炒め始める。
【料理眼発動】
《パチョン:酸味強し。火を通すと甘味増す。ティアオニオンとの相性◎》
(やった! 最強の組み合わせね)
アコは鼻をひくつかせながら塩と胡椒を振った。
フライパンからはティアオニオンの甘い香りと、パチョンの酸味が混じった匂いが立ちのぼる。
⸻
皿に盛り付けられたそれは――写真で見た鮮やかなパスタとは、ほど遠い代物だった。
麺はぶよりと柔らかく、ソースは少し酸っぱすぎる。
4人は同時に口へ運んだ。
……もぐもぐ。
「…………」
「…………」
「…………」
「………..」
そろって黙り込み、次の瞬間、水を一口飲む。
「……悪くはないが」
「なんだか、物足りないわね」
アコは皿を見つめ、ぐっと拳を握った。
「私が求めるのは生パスタじゃない!
(技術が追いつかないともいうが) やっぱり乾燥パスタを作らなきゃだめだ!」
「乾燥?」とマリナが首を傾げる。
「そう! 水分を飛ばしてカチカチにするの! 保存が効いて、茹で戻すと……こう、つるっと、もちっと美味しくなるんです!」
声が高鳴る。
(ああ……食べたい……無性にスパゲッティが食べたーーい!)
勢いのまま、アコは胸を張った。
「そこでパスタマシーン! 魔法使いのルシアンさんが、パスタを作る機械を考えてくれることになってるんです!」
「魔法使いの……ルシアン?」
マリナが目を瞬く。
その隣で、ゴドンの手が止まった。
「は?……“紅目”の宮廷魔法使いか。あの方は、この国でも五指に入る最強の魔法使いだぞ」
「えっ……そうなんですか!? やっぱり人気あるんですか?」
アコが目を丸くする。
マリナとゴドンは顔を見合わせ、同時に苦笑した。
「人気というより……畏れられてるわね」
「とんでもねえ相手に頼んだもんだ」
アコは一瞬きょとんとし、それからぱっと笑顔を咲かせた。
「だから大丈夫です! きっと上手くいきます! 絶対にスパゲッティのお店、やりますから!」
⸻
まだ頼りない試作品。
けれどその一皿が、小さいけれど希望を運んで来てくれるような気がする。
沈んだ空気を少しずつ溶かすように、マリナの口元にも笑みが戻っていた。
「……すまない。急ぎ呼ばれた。後日、必ずそちらへ伺う」
従者に呼び止められたルシアンが、紅い瞳をわずかに細めてそう告げる。
「えっ……」
思わず声をもらしたアコに、彼は片手を軽く振っただけで、黒いローブの裾を翻し背を向け足早に去っていった。
その姿が石造りの廊下に消えていく。
(さっきは殿下とユリウスさん、今度はルシアンさん……緊急ごとが続いてる……?)
胸に小さなざわめきを抱えながら、アコは潮風亭へと戻り、『料理の基本』を抱えて市場へ向かった。
アコは、一番簡単そうな、トマトスパゲッティを試作してみることにした。
トマトに似ているパチョン、玉ねぎに似たティアオニオン、たまご、小麦粉、塩、胡椒――袋いっぱいに材料を詰め、彼女は足早に師匠の店へ。
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食堂は、開店前の熱気が無く、しんと静まり返っていた。
漁に出られない日が続き、魚の仕入れも限られている。ここ最近は、客足も大分減っていた。
ゴドンはカウンターの奥で皿を磨き、マリナは帳簿を睨みながらため息を落とす。
「こんにちは!」
アコはわざと明るく声をかけ、テーブルに本をぽんと広げた。
「私、作りたい料理、決めました!」
「まあ……見せてごらん」
マリナが顔を上げる。
本のページには、色鮮やかなパスタの写真が並んでいた。
「素敵な絵ねぇ…..なんだか美味しそう」
マリナは感心して呟き、ゴドンは「なんだ? この細長いのは」と首を傾げる。
アコは指でレシピをなぞりながら声を弾ませる。
「パスタです! 潮風亭は、パスタ専門店にしようと思います!」
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キッチンを借り、袖をまくったアコは小麦粉を大きな木鉢に盛った。
さらさらとした粉に指を沈めると、心地よい冷たさが伝わる。
乾燥パスタが手に入らないなら、まずは生パスタを作ってみよう、とアコは思い立ったのだ。
「えっと、ここに塩を少し……」
白い粉の山の真ん中にくぼみを作り、そこへ塩とたまごを落として木べらで混ぜ合わせる。
「よし……!」
次は、両手で力を込めてこねる。粉が手にまとわりつき、ぐにっと押すたびに粘り気を増していく。
「ああ、まとまったきた。なんか動画で見たのを思い出してきた!」
声を弾ませるアコの額には、汗が浮かんでいた。
「……ずいぶん力がいるのね」
マリナが腕を組んで感心し、ゴドンが「こりゃ重労働だな」と唸る。
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形を整えてしばらく寝かせた生地を、薄く延ばし、たたみ、細く切り分ける。
断面は少し不揃いで、柔らかすぎる手触りにアコは苦笑した。
「まあ、最初だし……やってみよう!」
大鍋に湯を沸かし、切った麺を放り込むと、白い泡がふわっと立ち上がった。
茹でている間に、アコはパチョンを刻み、ティアオニオンを微塵切りにして炒め始める。
【料理眼発動】
《パチョン:酸味強し。火を通すと甘味増す。ティアオニオンとの相性◎》
(やった! 最強の組み合わせね)
アコは鼻をひくつかせながら塩と胡椒を振った。
フライパンからはティアオニオンの甘い香りと、パチョンの酸味が混じった匂いが立ちのぼる。
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皿に盛り付けられたそれは――写真で見た鮮やかなパスタとは、ほど遠い代物だった。
麺はぶよりと柔らかく、ソースは少し酸っぱすぎる。
4人は同時に口へ運んだ。
……もぐもぐ。
「…………」
「…………」
「…………」
「………..」
そろって黙り込み、次の瞬間、水を一口飲む。
「……悪くはないが」
「なんだか、物足りないわね」
アコは皿を見つめ、ぐっと拳を握った。
「私が求めるのは生パスタじゃない!
(技術が追いつかないともいうが) やっぱり乾燥パスタを作らなきゃだめだ!」
「乾燥?」とマリナが首を傾げる。
「そう! 水分を飛ばしてカチカチにするの! 保存が効いて、茹で戻すと……こう、つるっと、もちっと美味しくなるんです!」
声が高鳴る。
(ああ……食べたい……無性にスパゲッティが食べたーーい!)
勢いのまま、アコは胸を張った。
「そこでパスタマシーン! 魔法使いのルシアンさんが、パスタを作る機械を考えてくれることになってるんです!」
「魔法使いの……ルシアン?」
マリナが目を瞬く。
その隣で、ゴドンの手が止まった。
「は?……“紅目”の宮廷魔法使いか。あの方は、この国でも五指に入る最強の魔法使いだぞ」
「えっ……そうなんですか!? やっぱり人気あるんですか?」
アコが目を丸くする。
マリナとゴドンは顔を見合わせ、同時に苦笑した。
「人気というより……畏れられてるわね」
「とんでもねえ相手に頼んだもんだ」
アコは一瞬きょとんとし、それからぱっと笑顔を咲かせた。
「だから大丈夫です! きっと上手くいきます! 絶対にスパゲッティのお店、やりますから!」
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まだ頼りない試作品。
けれどその一皿が、小さいけれど希望を運んで来てくれるような気がする。
沈んだ空気を少しずつ溶かすように、マリナの口元にも笑みが戻っていた。
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