巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ

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第26話 兄と弟

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――王も、王妃も、貴族も、庶民も。
いまや誰もが聖乙女を崇め、三女神大教院に入信する者は日ごとに増えている。

街では祈りの歌が絶えず、農村の広場には即席の祭壇が築かれ、子供たちでさえも手を合わせて聖乙女の名を口にしていた。
その光景は祝祭のようで、まるでアズーリア王国を覆うひとつの熱狂のようにも見える。
それは確かに、人々の心を一つにまとめあげるほどの強い信仰の力となりつつあった。

だが――。

聖乙女を慕うと思われていた男たちが、妙な動きを見せ始めている。
そして、聖乙女と共に召喚された“女”にも接触しているという報告が届いていた。

自分に語りかけてきた、あの“声”。
それは確かに告げていたはずだ――召喚される聖乙女はただ一人だ、と。

「予定外に召喚された、あの女にいったい何がある……?」
低く響く声が、広大な聖堂に落ちた。

高い天井に反響するその声音は、冷たく鈍い鐘の音のように響き、男の前にひざまずく者の背をさらに重く押しつける。
白大理石の柱には三女神の像が彫られ、燭台に揺れる炎はゆらゆらと長い影を壁に描き出していた。
その荘厳さは信仰の象徴であると同時に、逃れられぬ檻のようでもあった。

「ところで……困ったことになった。我らが聖乙女様が、どうにも最近癇癪を起こすことが増えているらしい。
仕えている神官たちの報告によれば、ぶつぶつと独り言をつぶやき、物を投げつけ、手がつけられぬことさえあるという」

玉座めいた椅子に身を沈める男は、白くゆったりとした法衣をまとい、指先で黄金の笏を軽く叩いた。
その規則的な音は、まるで小刻みに相手の心臓を突き刺す刃のようだった。
その目は冷たく細められ、獲物を見据える猛禽のような鋭さを宿している。

「……カイル」

名を呼ばれた影が、ひざまずいたままゆっくりと顔を上げる。
黒衣に包まれた青年の姿。額には光の届かぬ冷たい影が落ちていた。

「醜態を外に知られる訳にはいかぬ。聖乙女様をお慰めしろ。お前は得意だろう?」

低く命じる声には、慈悲のかけらもなかった。
それは弟に向けられたものではなく、ただの駒に指示を与える口調に過ぎなかった。

「兄さん、あの子はまだ子供だ。そんなことは――」

「黙れ」
冷たく切り捨てる言葉が空気を凍らせる。

「お前は私の言う通りにしていればよい。それから……大神官“様”と呼べと、何度も言ったはずだ。
大神官セラディウス様、とな」

「……はい。大神官様」
かすかな声が聖堂に落ちた。

声は震えていなかった。
だが、床につけた右手が強く握りこまれていたのを、セラディウスは見逃さなかった。
その小さな反抗を、彼は冷笑で押しつぶす。

「眼帯はつけるな。最高級の義眼を施してやったというのに……。ああ、だからと言って、その無様な目に気づかれるでないぞ」

「……はい。大神官セラディウス様」

返事は従順だった。
だが、カイルの瞳には消えぬ影が宿っていた。
義眼の奥に隠された痛みを抱えたまま、彼はただ従うしかない。

兄に逆らえばどうなるか――骨身に染みて知っていた。
それでも、あの人はかつて「にいちゃん」と呼べる存在だったはずだ。

* * *

――「にいちゃんが絶対その目を治してやるからな!」
――「女神さまの力は偉大なんだぞ!」

小さな手を握りしめ、笑っていた兄の声。
あの頃の自分は、ただ一人の家族を信じて頷くだけだった。

「うん。うん。にいちゃん」

無邪気に笑い返した、子供の頃の記憶。

まだ幼かった自分にとって、兄は絶対で、優しくて、強い存在だった。
兄の言葉を疑ったことなど、一度もなかった。
兄の背中は、どんな時も大きく、まぶしかった。

だが現実はどうだろう。
いま目の前にいるのは、女神の名を口にしながら権威に酔いしれ、他人を従わせることのみ追求する冷酷な男だ。
かつての「にいちゃん」の姿はそこにはなく、残っているのは硬い仮面をつけた大神官の姿だけだった。

……かつての記憶がよみがえるたびに、胸の奥に鋭い棘が刺さるような悔しさが広がる。
こんな兄にしてしまったのは、自分なのかもしれない――。
もし、あの時もっと別の道を選べていたなら。もし、兄の心を支えられていたなら。
そんな思いが頭をよぎるたび、喉の奥が熱くなり、言葉が出なくなる。

「……」

喉までこみ上げた声を押し殺し、カイは深く頭を垂れた。
冷たい石床に額が触れ、その冷たさが胸の痛みと入り混じる。

悔しさと同時に、どうしようもなく寂しかった。
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