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第36話 浄化と歪み
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世界は今、穢素の汚染に晒されていた。
海は濁り、空は霞み、各地で魔物が暴走している。
各国の要請を受け、アズーリア王国はついに“世界浄化の儀式”を行うと発表した。
ーーー
その日、王都リュトは光に覆われていた。
白と金の旗がはためき、鐘が鳴る。
人々は祈り、信じ、両手を天に掲げた。
王城前の大広場。
巨大な魔法陣が刻まれ、その中心には聖乙女ミサキの姿。
蒼い法衣に花冠、集まった群集に手を振り、まぶしいほどの笑みを浮かべていた。
その傍らには大神官セラディウス、そして黒衣の青年――カイル。
王城の上階。
儀式を見下ろすバルコニーに、二人の青年が立っていた。
「……この光、強すぎる」
ヴァルドゥストの王太子アレクシスが、眉をひそめて呟く。
「これは、本当に浄化なのか......?」
隣に立つ第一王子レオネルは、拳を握りしめたまま黙っていた。
「......いま、国王と王妃は三女神大教院に傾いている。止める権限を、もう俺たちは持たない」
アレクシスは小さく呟いた。
「まるで、聖なる力に支配されようとしているかのようだ......」
突然、下方の光が強烈に膨れ上がった。
二人は反射的に身を引く。
広場の空気が震え、耳を劈くような振動が走った。
「聖乙女よ……全ての穢れを清めたまえ」
セラディウスの声が、広場中に響き渡る。
ミサキが目を閉じ、両手を組む。
柔らかな光がその掌から溢れ出し、魔法陣の線を伝って地を満たしていった。
人々の歓声が上がる。
「聖乙女様!」「素晴らしい…..」
涙を流す者さえいた。
だが、カイルは息を詰めた。
――光の中に、紫のもやが混じっている。
一瞬、胸がざわついた。
兄のセラディウスを見上げる。
その瞳は恍惚とした輝きを宿し、空を見据えていた。
(兄さん……?)
ミサキの体を中心に、光がどんどん強くなっていく。
空気が震え、熱が走る。
群衆が祈りの声を上げるたび、光は膨らみ――そして、歪んだ。
「っ……!」
眩しさの奥で、カイルの肌を何かが焼いた。
光の粒の中に、穢素の気配がある。
浄化ではなく、破壊の匂い。
穢素を作り出すことの出来る、自分をも焼こうとする穢れ。
強すぎる光。
「兄さん……この光、穢れています!」
思わず叫ぶ。
セラディウスは振り返り、穏やかに微笑んだ。
「心配するな、カイル。これは“聖なる試練”だ。穢れたものが焼かれ、清められる……それだけのことだ」
その瞳の奥に、冷たい狂気が潜んでいた。
『そう、それでいいよ。もっと壊そうよ』
耳の奥で、声がした。
柔らかく、子どものような声。
セラディウスはわずかに瞬きをして、空を見上げる。
『君の光、綺麗だね。
ほら、世界が震えてる。もう少しで全部消えるよ』
セラディウスは、その声に微笑んだ。
カイルは歯を食いしばる。
「兄さん、やめてください! これ以上は……!」
セラディウスはゆっくりと手を上げる。
ミサキの光がさらに広がり、空が割れる。
「ねぇ、見て!」
ミサキが無邪気に笑う。
「ほら、みんなの顔が見える! みんな、幸せそう! これで、世界が救われるんだよ!」
その笑顔の向こうで、人々は倒れていた。
焼けるような光に包まれ、意識を失っていく。
(これは……浄化なんかじゃない)
カイルは拳を握った。
掌から紫のもやが漏れる。
自分の穢素が、兄とミサキの“聖なる光”と共鳴している。
(聖も穢れも……強すぎれば、どちらも破壊だ……)
「ミサキ様、やめてください!」
叫んだ声は、光に飲まれた。
ミサキの頬に、一筋の涙が伝う。
「だって……これが“エンディング”なんだもん……。
聖乙女が世界を救って、みんながハッピーエンドになるの……!」
彼女の体を包む光は、もはや白ではなく紫だった。
『そう、それでいいよ。
“聖”と“穢れ”が混ざると、世界はとっても綺麗なんだ。
ボク、嬉しいな』
子どもの笑い声が風に溶けた。
セラディウスの瞳孔が開き、恍惚と呟く。
「……すべての力が私の手に! 今こそ、この世界に真の秩序を与える時だ……!」
空が裂ける。
紫と白の光が混じり合い、王都全体を包み込んだ。
地面が震える。
人々の祈りの声が悲鳴に変わる。
聖なる光の下で、世界は静かに壊れ始めていた。
上空のバルコニーで、レオネルが剣を抜く。
「これ以上は見過ごせない!」
「やめろ!」
アレクシスが腕を掴む。
「今行けば、光に呑まれるだけだ!」
「なら――誰が止める!」
レオネルの叫びが、光と地面の揺れる轟音にかき消された。
二人の影を、裂け目から零れる紫の光が呑み込んでいく。
――聖なる光は、穢れの影に変わろうとしていた。
海は濁り、空は霞み、各地で魔物が暴走している。
各国の要請を受け、アズーリア王国はついに“世界浄化の儀式”を行うと発表した。
ーーー
その日、王都リュトは光に覆われていた。
白と金の旗がはためき、鐘が鳴る。
人々は祈り、信じ、両手を天に掲げた。
王城前の大広場。
巨大な魔法陣が刻まれ、その中心には聖乙女ミサキの姿。
蒼い法衣に花冠、集まった群集に手を振り、まぶしいほどの笑みを浮かべていた。
その傍らには大神官セラディウス、そして黒衣の青年――カイル。
王城の上階。
儀式を見下ろすバルコニーに、二人の青年が立っていた。
「……この光、強すぎる」
ヴァルドゥストの王太子アレクシスが、眉をひそめて呟く。
「これは、本当に浄化なのか......?」
隣に立つ第一王子レオネルは、拳を握りしめたまま黙っていた。
「......いま、国王と王妃は三女神大教院に傾いている。止める権限を、もう俺たちは持たない」
アレクシスは小さく呟いた。
「まるで、聖なる力に支配されようとしているかのようだ......」
突然、下方の光が強烈に膨れ上がった。
二人は反射的に身を引く。
広場の空気が震え、耳を劈くような振動が走った。
「聖乙女よ……全ての穢れを清めたまえ」
セラディウスの声が、広場中に響き渡る。
ミサキが目を閉じ、両手を組む。
柔らかな光がその掌から溢れ出し、魔法陣の線を伝って地を満たしていった。
人々の歓声が上がる。
「聖乙女様!」「素晴らしい…..」
涙を流す者さえいた。
だが、カイルは息を詰めた。
――光の中に、紫のもやが混じっている。
一瞬、胸がざわついた。
兄のセラディウスを見上げる。
その瞳は恍惚とした輝きを宿し、空を見据えていた。
(兄さん……?)
ミサキの体を中心に、光がどんどん強くなっていく。
空気が震え、熱が走る。
群衆が祈りの声を上げるたび、光は膨らみ――そして、歪んだ。
「っ……!」
眩しさの奥で、カイルの肌を何かが焼いた。
光の粒の中に、穢素の気配がある。
浄化ではなく、破壊の匂い。
穢素を作り出すことの出来る、自分をも焼こうとする穢れ。
強すぎる光。
「兄さん……この光、穢れています!」
思わず叫ぶ。
セラディウスは振り返り、穏やかに微笑んだ。
「心配するな、カイル。これは“聖なる試練”だ。穢れたものが焼かれ、清められる……それだけのことだ」
その瞳の奥に、冷たい狂気が潜んでいた。
『そう、それでいいよ。もっと壊そうよ』
耳の奥で、声がした。
柔らかく、子どものような声。
セラディウスはわずかに瞬きをして、空を見上げる。
『君の光、綺麗だね。
ほら、世界が震えてる。もう少しで全部消えるよ』
セラディウスは、その声に微笑んだ。
カイルは歯を食いしばる。
「兄さん、やめてください! これ以上は……!」
セラディウスはゆっくりと手を上げる。
ミサキの光がさらに広がり、空が割れる。
「ねぇ、見て!」
ミサキが無邪気に笑う。
「ほら、みんなの顔が見える! みんな、幸せそう! これで、世界が救われるんだよ!」
その笑顔の向こうで、人々は倒れていた。
焼けるような光に包まれ、意識を失っていく。
(これは……浄化なんかじゃない)
カイルは拳を握った。
掌から紫のもやが漏れる。
自分の穢素が、兄とミサキの“聖なる光”と共鳴している。
(聖も穢れも……強すぎれば、どちらも破壊だ……)
「ミサキ様、やめてください!」
叫んだ声は、光に飲まれた。
ミサキの頬に、一筋の涙が伝う。
「だって……これが“エンディング”なんだもん……。
聖乙女が世界を救って、みんながハッピーエンドになるの……!」
彼女の体を包む光は、もはや白ではなく紫だった。
『そう、それでいいよ。
“聖”と“穢れ”が混ざると、世界はとっても綺麗なんだ。
ボク、嬉しいな』
子どもの笑い声が風に溶けた。
セラディウスの瞳孔が開き、恍惚と呟く。
「……すべての力が私の手に! 今こそ、この世界に真の秩序を与える時だ……!」
空が裂ける。
紫と白の光が混じり合い、王都全体を包み込んだ。
地面が震える。
人々の祈りの声が悲鳴に変わる。
聖なる光の下で、世界は静かに壊れ始めていた。
上空のバルコニーで、レオネルが剣を抜く。
「これ以上は見過ごせない!」
「やめろ!」
アレクシスが腕を掴む。
「今行けば、光に呑まれるだけだ!」
「なら――誰が止める!」
レオネルの叫びが、光と地面の揺れる轟音にかき消された。
二人の影を、裂け目から零れる紫の光が呑み込んでいく。
――聖なる光は、穢れの影に変わろうとしていた。
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