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世界は再び、動き始めた。
崩壊の光が消え、王都リュトの上空には静かな青が戻った。
だが、全てが元通りというわけではない。
王城前の大広場は、地面がひび割れ、街の一角は焦げつき、塔は修復の途中。
人々は互いに手を取り、残された日常を取り戻そうとしていた。
聖乙女ミサキは――“世界浄化を果たし、三女神の御許へ帰還した”と発表された。
レオネルの指示による情報操作だった。
民の混乱を避けるため、真実は語られないまま封じられた。
大神官セラディウスは、一夜にして老人のように老い、もはや声も出せなかった。
弟のカイルに支えられ、兵士たちに連れられて行くのを、アコは静かに見送った。カイルと一瞬視線が合ったように感じたが、気のせいだったかもしれない......。
それが、兄弟を見た最後の姿だった。
海から吹く風はまだ冷たく、季節はゆっくりと変わりつつあった。
⸻
数週間後。
港町の空にはカモメが飛び、潮風が柔らかく頬を撫でた。
マリナの店では、いつもの仕込みの時間。
厨房ではアコがフライパンを振り、隣でイレーネが黙々と野菜を刻んでいる。
「イレーネちゃん、味見してみて」
「はい。良いと思います」
二人のやり取りに、カウンターの向こうでマリナが腕を組んで笑う。
「ふふ、板についてきたわねぇ。もう立派な料理人よ、二人とも」
「いえ、まだまだ修行中です!」
アコが笑顔で答えると、マリナはからかうように言った。
「潮風亭ができたら、うちのお客が減るわねぇ」
「奪えるように、頑張ります!」
笑い声が油のはぜる音に混じって響く。
そのとき、店の戸口が開いた。
「おーい、魚持ってきたぞー!」
低く太い声。潮の匂いをまとった大男――ゴドンだった。
手にした桶には新鮮な魚がぎっしりと並んでいる。
「わぁ、ありがとうゴドンさん! この魚は......カタリナス(鯛によく似た白身魚)ですね!」
「おう。海もようやく落ち着いてきた。明日はもっと大物が釣れるぞ」
豪快に笑いながら、ゴドンは桶を置き、すぐ港へ戻っていった。
変わらない日々。
それでも、確かに世界は少しずつ動いている。
⸻
日曜日の潮風亭。
調理台の上には粉袋がひとつ。
アコはふとつぶやいた。
「……そうだよ、私……パスタのお店を開くんだった」
イレーネが顔を上げて、真顔でたずねる。
「まさか、お忘れでしたか?」
アコはプルプルと頭を左右に振る。
「まさか、そんな、まさかまさか!」
(色々なことがあり過ぎて、
一瞬忘れた......汗)
ふうっと、誤魔化すために目を逸らすと、開け放した出窓の窓台に、猫ほどの大きさの影がみえる。
薄紫色の"世界意識"ーーヤモくん。
日向ぼっこをしながら、尻尾をゆらゆらさせている。
「ヤモくん、寝てるの?」
金色の瞳がぱちりと開き、心の奥に声が響く。
――『ねえ、アコ。今日の海、いい匂いだね』
「ふふ。そうだね」
アコが微笑むと、ヤモくんは満足げに目を閉じた。
そのとき、扉が再び開いた。
黒髪の騎士と紅目の魔導士が現れる。
「菓子を持ってきた」
「いらっしゃい。ユリウスさん、ルシアンさん! ありがとうございます」
イレーネが、コーヒーの準備を始める。
ルシアンが、ちらりと出窓の方をみて、直ぐにアコに視線を戻す。
「例のパスタマシーン、試作十号目に到達した」
「じゅ、じゅう!?」
「乾燥工程の調整が難しくてな。魔力循環を誤ると――爆発する」
「爆っ!? それ、もはや凶器じゃなの!?」
ユリウスが淡々と補足する。
「危険なので、持ってくるのは控えさせた」
ルシアンは肩をすくめる。
「見た目は、洒落ているものができたんだがな」
笑い声が重なる。
窓から海風が店の中を抜け、潮の香が広がった。
ヤモくんが小さく尻尾を動かす。
――物語は、まだ続く。
※※※※
あとがき
ここまでお読み頂きまして、本当にありがとうございました!
とてもとっても嬉しいです!
トイダのやりたい放題物語だったので、あちこち飛びまくっております(汗
本当は、パスタ専門店を開いてまったり異世界スローライフになるはずだったんですが.....。
パスタマシーンも完成していないし、潮風亭も開店出来なかったので、次回こそ“パスタ編”を書きたいなと思っています。
あ、あと婚活も!
良かったら、またぜひお付き合いくださいませ。ありがとうございました。
崩壊の光が消え、王都リュトの上空には静かな青が戻った。
だが、全てが元通りというわけではない。
王城前の大広場は、地面がひび割れ、街の一角は焦げつき、塔は修復の途中。
人々は互いに手を取り、残された日常を取り戻そうとしていた。
聖乙女ミサキは――“世界浄化を果たし、三女神の御許へ帰還した”と発表された。
レオネルの指示による情報操作だった。
民の混乱を避けるため、真実は語られないまま封じられた。
大神官セラディウスは、一夜にして老人のように老い、もはや声も出せなかった。
弟のカイルに支えられ、兵士たちに連れられて行くのを、アコは静かに見送った。カイルと一瞬視線が合ったように感じたが、気のせいだったかもしれない......。
それが、兄弟を見た最後の姿だった。
海から吹く風はまだ冷たく、季節はゆっくりと変わりつつあった。
⸻
数週間後。
港町の空にはカモメが飛び、潮風が柔らかく頬を撫でた。
マリナの店では、いつもの仕込みの時間。
厨房ではアコがフライパンを振り、隣でイレーネが黙々と野菜を刻んでいる。
「イレーネちゃん、味見してみて」
「はい。良いと思います」
二人のやり取りに、カウンターの向こうでマリナが腕を組んで笑う。
「ふふ、板についてきたわねぇ。もう立派な料理人よ、二人とも」
「いえ、まだまだ修行中です!」
アコが笑顔で答えると、マリナはからかうように言った。
「潮風亭ができたら、うちのお客が減るわねぇ」
「奪えるように、頑張ります!」
笑い声が油のはぜる音に混じって響く。
そのとき、店の戸口が開いた。
「おーい、魚持ってきたぞー!」
低く太い声。潮の匂いをまとった大男――ゴドンだった。
手にした桶には新鮮な魚がぎっしりと並んでいる。
「わぁ、ありがとうゴドンさん! この魚は......カタリナス(鯛によく似た白身魚)ですね!」
「おう。海もようやく落ち着いてきた。明日はもっと大物が釣れるぞ」
豪快に笑いながら、ゴドンは桶を置き、すぐ港へ戻っていった。
変わらない日々。
それでも、確かに世界は少しずつ動いている。
⸻
日曜日の潮風亭。
調理台の上には粉袋がひとつ。
アコはふとつぶやいた。
「……そうだよ、私……パスタのお店を開くんだった」
イレーネが顔を上げて、真顔でたずねる。
「まさか、お忘れでしたか?」
アコはプルプルと頭を左右に振る。
「まさか、そんな、まさかまさか!」
(色々なことがあり過ぎて、
一瞬忘れた......汗)
ふうっと、誤魔化すために目を逸らすと、開け放した出窓の窓台に、猫ほどの大きさの影がみえる。
薄紫色の"世界意識"ーーヤモくん。
日向ぼっこをしながら、尻尾をゆらゆらさせている。
「ヤモくん、寝てるの?」
金色の瞳がぱちりと開き、心の奥に声が響く。
――『ねえ、アコ。今日の海、いい匂いだね』
「ふふ。そうだね」
アコが微笑むと、ヤモくんは満足げに目を閉じた。
そのとき、扉が再び開いた。
黒髪の騎士と紅目の魔導士が現れる。
「菓子を持ってきた」
「いらっしゃい。ユリウスさん、ルシアンさん! ありがとうございます」
イレーネが、コーヒーの準備を始める。
ルシアンが、ちらりと出窓の方をみて、直ぐにアコに視線を戻す。
「例のパスタマシーン、試作十号目に到達した」
「じゅ、じゅう!?」
「乾燥工程の調整が難しくてな。魔力循環を誤ると――爆発する」
「爆っ!? それ、もはや凶器じゃなの!?」
ユリウスが淡々と補足する。
「危険なので、持ってくるのは控えさせた」
ルシアンは肩をすくめる。
「見た目は、洒落ているものができたんだがな」
笑い声が重なる。
窓から海風が店の中を抜け、潮の香が広がった。
ヤモくんが小さく尻尾を動かす。
――物語は、まだ続く。
※※※※
あとがき
ここまでお読み頂きまして、本当にありがとうございました!
とてもとっても嬉しいです!
トイダのやりたい放題物語だったので、あちこち飛びまくっております(汗
本当は、パスタ専門店を開いてまったり異世界スローライフになるはずだったんですが.....。
パスタマシーンも完成していないし、潮風亭も開店出来なかったので、次回こそ“パスタ編”を書きたいなと思っています。
あ、あと婚活も!
良かったら、またぜひお付き合いくださいませ。ありがとうございました。
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