世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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行方不明者捜索

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 夕暮れ迫る空の中、高速で突き進む飛空艇。
 北東を目指すその飛空艇には、俺を含む10名の冒険者が搭乗している。

 実戦経験のある白級と黄級ばかり、それも完全武装の上で集められた猛者揃いとくれば、今向かっている場所がどれほど危険なのかと思うことだろう。

「で、結局目的は行方不明者の捜索ってことでいいんですか?」

 飛空艇の操縦をしながら、隣の席に座るコンウェルに確認をとる。

「いや、名目はそうだが、向かった先の状況次第じゃ脅威の排除に移行する可能性もある。だからあの数を揃えたんだ」

「揃えたって言っても、俺は知らない人達ばっかりですし、腕の方はどうなんですか?」

「そうだな、俺も全員知ってるわけじゃないが、何人かは名も知られてる程度にはやれる奴らだ。俺やお前ほどじゃないが、実力に不足はないはずだ」

「へぇ、コンウェルさんがそこまで言いますか。なら不測の事態でも心配はしなくてもいいですね。まぁ何事もなければそれがいいんですけど」

「確かにな。けど、そういう時に限って何かあるってのが世の常さ。完全に頭からは排除するなよ?って、お前も一端の冒険者だし、言うまでもないか」

「いえ、教官殿のお言葉、肝に銘じますよ」

「なんだそりゃ。お前まだ新人のつもりかよ」

「そりゃあまだ若僧ですから」

「お前みたいな新人がいてたまるか」

 俺の言葉に嫌そうな顔をするコンウェルだが、教官をしている彼に教官と言って何が悪いか。
 まぁからかいの気持ちが全くなかったとは言わないが。

 現在、俺達はギルドマスターからの直接の依頼を受けたコンウェルの指揮の下で行動している。
 とある依頼、こちらもギルドマスターが出した直接のものだが、それで出掛けた冒険者が消息を絶ったため、その捜索が俺達に任されたのだ。

 当初は移動速度を優先して、赤級のコンウェルと黄級の何名かだけによる少数精鋭で捜索に臨む予定だったが、足として飛空艇の当てがあるということで、そこに白級の増員が認められた。
 期待した当ての方というのは当然俺のことだ。

 他の冒険者がコンウェルのサポートとして扱われるのに対し、俺は多くの物資と人員を同時に運べる手段を持つ点が評価され、コンウェル達とは別口という形でギルドマスターから依頼を受けたことになっている。
 なので、他の冒険者よりも少しだけ報酬が高いらしいのは内緒だ。

 ちなみにパーラはお留守番だ。
 急な出発だったというのもあるが、二日酔いから復活したばかりのパーラを連れていくのは躊躇われた。
 勿論、本人はついていくと言ったが、コンウェルからユノーのことを頼まれて、渋々ながら引き下がった。

「それにしても、まさか虫型の魔物の異常発生とは驚きました。ソーマルガではよくあることなんですか?」

「いや、少なくとも俺には生まれて初めてのことだ。随分昔には長い周期で時々あったらしいが」

 虫型の魔物と聞いて、思い出されるのは以前、パーラとチコニアと供に村の防衛を行った時の光景だった。

「そうですか。…実は前にギルナテア族の村で似たようなことがあったんですが、それと関係ありますかね?」

「…なに?それはいつだ?」

 急に表情に緊張が滲んだコンウェルが、硬い声で尋ねる。

「いつって、ほら。前にドレイクモドキの騒ぎでパーラと離れ離れになったことがあったじゃないですか。あの時ですよ」

「あの時か…てことは二年ぐらい前だな。その時も虫型の魔物だったのか?」

「ええ、そうですけど。チコニアさんから聞いてないんですか?」

 村の防衛を終えて街に戻ってきたら、チコニアはコンウェル達と合流したはずだが、その時に話をしなかったのだろうか。
 冒険者同士、酒や食事の席でそういう情報交換とかはしそうなものだが。

「依頼で魔物から村を防衛してたってのだけは聞いたが、相手したのが虫型とまでは聞いてない。その時は軽く流したが、今の虫型の異常発生を考えると、無関係とは言い切れん。すまんが詳しく聞かせてくれ」

「構いませんけど、俺も途中から参加したのでそこからになりますが?」

「それでいい。頼む」

「…わかりました」

 こうも真剣な顔で頼まれては、断れるものではないな。
 記憶を掘り起こしながら、当時のことをコンウェルへと説明していく。

 そう言えば、あの時はバタついていたのもあって、村に大量に魔物が攻めてきたことの原因なんかを深く考えたことはなかった。
 二年経っている今、俺達が捜索に駆り出された事情と繋がっているなどとは考え過ぎだろうか。

「―って感じですかね」

「…虫型だけの構成か。特に統率は感じなかったんだな?」

「ええ。どいつも本能丸出しって感じでした」

 自分の仲間が殺されても、逆襲するよりもまずその死体を食っていたぐらいだ。
 どっかにリーダーがいて、行動を誘導する気配はなかったと思う。

「まずいな」

 ボソリとつぶやくコンウェルの声は、唸るような呼吸もあって深刻さが感じられる。

「まずいとは?」

「見ろ」

 コンウェルが俺の方へ紙の束を差し出してきた。
 何かの資料のようだが、操縦中に見ろとはまた無茶を言う。
 まあ今の所真っ直ぐ飛んでいるだけなので、ながら見でも問題はないが、日本だと大変な事故につながりかねないので、良い子の皆は真似をしないように。

「これは?」

「今回の依頼でギルドマスターから借りてきた報告書だ。調査で派遣した冒険者が途中まで上げてた分だが、連絡が途絶えて半端なままだ。そこの最後のところに、ピルクニクの可能性を示した記述があった。恐らく、二年前の件と今回の件は繋がりがある。あくまでも俺の予想だがな」

 見ると、ツラツラと書かれた文章の最後、恐らくここを最後に連絡が途絶えたと思われる部分に、確かにピルクニクの発生が危惧されるとある。

「複数の種類の虫型の魔物が、足並み揃えて村を襲った時点でくさかった。だが規模が小さいからチコニアも無いと思ったんだろう。ピルクニクの発生頻度を考えれば仕方ないことだが―」

「あの、ちょっとすいません」

「ん?なんだ?」

「そのピルクニクというのは一体何なんですか?相当ヤバい魔物か何かってのはなんとなく伝わりましたけど」

 先程から、俺がピルクニクとやらを知っている体でコンウェルは話しているが、全くの初耳の俺にしてみたら今一のれていない気分だ。

「…もしかして、ピルクニクを知らないのか?」

 奇妙な物を見る目を向けるコンウェルだが、そこまでのものなのか?
 冒険者としてそこそこやってきた俺だが、この世界の人間なら常識的に知っていることも初めて知るということは何度もあった。
 もしやこれもその一つなのかと不安になる。

「少なくとも、俺は初耳ですね」

「は?いや、おま…そうか、そう言えばアンディはソーマルガの出身じゃないのか。あー…すまん。俺の周りじゃ知らない奴はいないから、てっきり皆知ってると思ってた。簡単に説明するとだな」

 コンウェルの説明によると、ピルクニクというのはソーマルガでは有名だが、遭遇例が非常に少ない、いわゆる幻の魔物というやつらしい。

 ただ、数少ないながらもあった目撃例により、見た目は分かっている。
 姿形は両手に鎌を持ったような虫の特徴を有しており、サイズ的には仔馬程度だが、体色がややピンク色がかっているのが特徴的な魔物だ。

 ピンク色のカマキリをイメージするが、危険なのは鎌の方ではなく発する匂いの方で、虫型の魔物が嗅ぐと操られてしまうという。
 普通、虫型の魔物は同種でしか群れないが、このピルクニクが一匹いれば、どんな種類であろうと操られて一個の群れと化す。

 さしずめ、フェロモンで男を手玉に取る女帝のようなものか。

 ピルクニク自体の発生頻度は非常に稀で、100年単位でしか発生が確認されないほどだが、一度確認されるとその被害は甚大なものとなる。
 最後に確認されたのは30年以上前で、その時は虫型の魔物1万匹以上が群れとなり、いくつかの村と町が壊滅したそうだ。

 一度活動を始めれば被害は大きいが、幸いにしてピルクニク自体は強力な魔物というわけではなく、むしろ単独では途轍もなくよわい。
 群れを作る前であれば黒級下位ですら簡単に討伐が出来る。

 ただし、普通は群れの規模が膨らむから見つけやすいので、単独で狩ることが出来るのは非常に稀なケースだ。
 過去にも一例しかないらしい。

「二年前のその村への襲撃も、もしかしたらピルクニクが元凶だったと?」

 俺が見た限りでは、そんなピンク色の魔物なんかは居なかった。
 もし俺が来る前に村に攻めてきていたとしたら、ピルクニクの危険性を知っているチコニアが気付かないわけも無いし。

「あくまでも可能性の話だが、異なる種族が群れたとなるとどうにも怪しい。群れの統率が無かったのは、もしかしたら途中で何らかの原因でピルクニクだけが死んだからかもしれん。リーダーがいなくなった群れは、たまたま近くにあった村を襲ったとかだろう」

「ピルクニクだけが?そんなことがあるんですか?」

「ああ。さっきも言ったが、ピルクニク自体は決して強い魔物じゃない。朝晩の温度の変化にも弱いし、そこそこ高いところから落ちてもあっさりと死ぬ。鳥型の魔物に空から襲われたら一発で狩られる。それらから守る為に、群れを作ると言われているぐらいだ」

 なるほど、極端に弱い魔物だからこそ、自分を守る鎧であり家である群れを作り出す能力が備わったと考えられるな。

 戦闘能力は高くなくとも、厄介な能力を持った魔物というのは総じて討伐が面倒だ。
 このピルクニクもそうで、しかも俺達がこれから調査に向かう先に発生している可能性もある。
 だからこそ、コンウェルの顔は先程から険しいままなのだろう。

「とはいえ、異常発生の原因がピルクニクじゃない可能性もあるんだ。今はとにかく、連絡の途絶えた冒険者を探すのに集中しようや」

「そうですね」

 最悪を想定するのは勿論必要だが、それに囚われてしまうのはよくない。
 あれこれ考えることはできるが、俺達の仕事はあくまでも捜索だ。
 その過程で異常発生の原因がわかることもあるだろうが、優先順位を定めて行動しよう。




 冒険者が最後に連絡を絶った場所、そこは何の変哲もない村だ。
 正確には村『だった』だが。

「おい、なんだよこりゃ…。村が無くなってんじゃねーか」

「家だった痕跡は辛うじて残ってるが、それ以外は綺麗になくなってるな。特大の嵐でもあったか?」

「もしくは火事…にしたら火の跡がなさすぎるか」

 飛空艇から降りた冒険者達が最初に目にしたのは、まるで強い力に薙ぎ払われたかのような建物の跡が残るだけの、人の気配がない廃墟だ。

「おいアンディ、ここで場所は合ってんのか?聞いてた話と大分違うぞ。もしかして降りるところ間違えたとかよぉ」

 冒険者の一人が、俺が着陸場所を間違えたと思ったのか、やや強い口調で詰め寄ってきた。

「いえ、地図だとここで間違いないですよ。周辺の地形も飛んでる時に確認しましたし。ここが目指していたモーア村です」

 そう自信をもって断言すると、その場にいる全員が言葉を無くす。
 全員、薄々は思っていたのだ。
 目の前の廃墟が、モーア村だった場所だと。
 何かが起きて、廃墟となったことを。

 俺も上空からここを見下ろした時は、地図を三度見したが、近くを流れる川の形からコンウェルもモーア村だと断定した。

「皆聞け!ここは確かにモーア村だ。俺も移動中は地図を見てたから間違いない。すっかり廃墟になっちまってるが、建物があるってことは人が住んでたってことだ。何かがあって村は壊滅したと考えられるが、死体が残ってないのは妙だ。そこで、少しこの辺りを探索する。三人一組になれ。何か掴んだらすぐに、何も無くても陽が沈む前にはここに戻って来い。行け!」

『おう!』

 ―探索術の心得のある奴を頭に据えろ。誰だ?

 ―俺は斥候職の経験がある。荷物が持てる奴はこっちに来てくれ

 ―俺は弓を使えるぞ。遠距離の支援が欲しいやつはいるか?

 冒険者達に行動の指針を示し、混乱の気配を霧散させた流石この集団のリーダーだけある。
 やることができるとすぐに頭を切り替えて行動できるのは、今いるのがしっかりと経験の積んだ冒険者だからだ。
 駆け出しではこうはいかない。

「…アンディ、お前は俺と待機だ。万が一何かあったら、すぐに飛空艇を動かせるようにしとけ」

「わかりました」

 飛空艇を動かせる俺はここを離れるわけにはいかないので、コンウェルと共に待つのは妥当だ。
 正直なところ、探索術はパーラに丸投げしてきたせいで、俺はあまり得意ではない。
 そりゃあやろうと思えばそこそこやれるが、ざっと見た感じでは、この場には探索術が本職の人間はそれなりにいるようなので、俺が行っても大して役には立たないだろう。

 ただ、自然現象にしろ魔物にしろ、村をこうした原因が定かではない現状だが、人を分散させる危険を冒してでも情報を集めたいコンウェルの焦りも感じられる。

 それに、日暮れまではあまり時間も無い。
 暗闇では目視での捜索も難しくなるし、砂漠の夜は極寒だ。

 予定では日暮れまでに捜索を行い、日が落ちたら村で一泊して次の日にも捜索を再開するはずだったが、村がこの状況ではそれも難しい。
 寒さに震えずに一夜を明かすことも考えねばならず、コンウェルの今の頭は今、そうとう忙しく動いていることだろう。

 もっとも、今の人数なら飛空艇の中で寝泊まりさせるのは可能だし、野営用の道具もあるので、一先ず寝泊まりには困らないが。

 そのことを告げると、短い返事だけを返されたが、険しかった額の皺も若干だが減り、悩みの一部は解消することは出来たようだ。

 そうして暫く待機していると、段々と日が傾いてきて、完全に日が暮れるまであとわずかとなったところで、探索に出ていた冒険者の一部が駆け込んできた。

「コンウェルさん!大変だ!人だ!生き残りがいた!」

「でもありゃまずいぜ!何とか抑えてるみたいだが、そうもたん!」

 息を荒げながら矢継ぎ早に言う言葉は、断片的過ぎるせいで要点を得ず、ほとんど意味をくみ取ることが出来ない。
 何を見つけたのか、かなりの焦りようだ。

「落ち着け!…いいから、まず落ち着け。順を追って聞く。まず、お前達二人だけか?もう一人はどうした?無事なのか?」

 コンウェルが尋ねた通り、三人一組で出て行ったのに、今ここには二人しかいない。

「あ、ああ。あいつは、グロンは監視で残してきた。報告に走るのは俺達だけでいいからな」

「そうか。無事ならそれでいい。で、生き残りってのは?もたんというのは何がだ?」

 冷静に、端的に尋ねていくコンウェルに、二人も落ち着きを取り戻していき、説明も段々と分かりやすいものになっていった。

「生き残りってのはモーア村の人間だ。多分な。ここから北に少し行ったところに岩場があった。そこに、魔物が集まってたんだよ。虫型のやつだ。で、気になって遠くから見てたら、人が…引きずり出されて魔物に食われた。暗くて見づらかったが、若い女…だったと思う」

 その時の光景を思い出したのか、言った後に顔をしかめている。
 冒険者として経験を積んではいても、目の前で人が食われるのを見て、平気な奴はそうそういない。
 暗さがあったとしても、それと分かってしまえばショックは覚えるものだ。

「引きずり出されたってことは、その岩場に立て籠もって、今も抵抗してるってことだな?」

「ああ、そうだ。だから急いで救援に!」

 どうやらあまり時間はないらしい。
 コンウェルと視線を合わせて頷くと、装備を確認して出発に備える。
 切羽詰まった状況が予想されるため、使える武器はとにかくあるだけ持っていく。
 噴射装置も可変籠手もだ。
 ただ、駆動鎧だけは未展開の状態がかさばるので、持っていかない。

「よし、なら俺とアンディで行く。どっちか片方は案内を。もう片方は飛空艇に戻ってくる他のやつらを待ってから一緒に来い」

「わかった。じゃあ俺が案内する。準備はいいか?」

「俺はこれでいい。アンディは?」

「少し待ってください。…よし、大丈夫、行けます」

 可変籠手をしっかりと着用し、噴射装置も軽くレバーを握って動作確認を済ませ、これで準備が出来た。

 俺の言葉で駆け出した冒険者に、コンウェル、俺と続いて駆けていく。
 軽やかに疾走する前方の二人だが、やはり身体強化を使っている俺よりも幾分遅い。
 まぁ生身で走っているにしては二人の速度はかなりのものではある。

 北を目指して走る俺達の視線の先にある空は、太陽が完全に稜線に隠れたせいでもう星の光が見え始めている。
 今は夕暮れの残光がかすかにあるおかげで何とか視界は確保できるが、問題は目当ての場所に着くころまでこの明るさが持つかどうか。

 夜になって気温が下がれば、虫の魔物は活動を低下させるが、生憎今日は日が落ちてもまだまだ暑い。
 俺達が到着するまでに犠牲になる人を考えると、のんびり寒くなるのを待つ暇はないだろう。

「あそこだ!大きい岩六つ!」

 先頭を走る男がそう声を上げ、視線を先へ向けると、岩と土だらけの荒地の中に、巨大な岩が鎮座していた。
 角度のせいか、俺からは四つしか数えられないが、岩一つが鎌倉の大仏ほどはあろうかという大きさだ。
 それが等間隔に円を描くように並んでいるようで、その中心に村人達と思われる人達が立て籠もっているらしい。

「待たせた!グロン!」

 そのまま頭から滑りこむようにして窪地に飛び込んだ男が、中にいたグロンという男に声を掛ける。

「ちっ、遅ぇじゃねーか!もう二人目が食われたぞ!」

 俺達が来るまでにまた犠牲者が出たようで、それをただ見ているだけだったこのグロンの気持ちは、察するに余りある。

「状況はいくらか聞いてる。見たところ、虫型ばかりのようだが、ピルクニクの姿は確認できたか?」

 イラついている男とは対照的に、冷静なままの俺とコンウェルは、岩場に屯する魔物の観察を欠かしていない。
 黒や褐色が多い虫の群れの中では、ピルクニクの特徴的なピンク色の体は目立つはずだが、どうもそれらしいのは見当たらない。

「いや、俺は見てないが…この群れはピルクニクが作ったのか?」

「かもしれん、という程度だ。だが見てないというのなら、もうとっくに死んでるかもな。どうもあの虫共、統率されているような感じじゃない」

 コンウェルの言う通り、虫達は以前見たような本能に支配されているような緩慢で大雑把な動きしかしていない。

「あのでかい岩の集まってるところに生き残りがいるんだな?」

「あ、ああ。人数までは分からねーが、抵抗してるってのはわかる。声も聞こえるし、時々虫が吹っ飛ばされてたからな」

 その吹っ飛ばされた虫の名残か。
 甲殻の一部と思われる物体が辺りにあるのだが、これは恐らく、他の虫に食われたのだろう。
 ギルナテア族の村の時もそうだったが、本能だけの虫は共食い上等で動いているからだ。

「ちょっとまずいですよ、コンウェルさん。生き残りの人がいつからここにいるのか分かりませんけど、体力の限界ってのを考えると…」

「ああ、そうもたんかもしれんな。よし、なら急いで助けに行くぞ。お前らはここで待って、後から来る他の奴らと合流しろ。頃合いを見てこっちから合図を出すから、それに呼応して動け。もし合図がなかったら、どうにか逃げてギルドへこのことを伝えてくれ」

「ぉぃぉいおいっ、あんたら二人だけで行く気かよ!?無茶だ!」

「魔物はざっと見て300匹はいるんだぞ!後続を待って一気に攻めても…」

 俺とコンウェルだけで斬り込むことへの危険性を口にする二人だが、今この辺りにいる人間では俺とコンウェルが一番強い。
 数が揃うのを待つより、さっさと動いたほうが助かる命も多いのだ。

「時間がもったいねぇ。とにかく俺達があそこに突っ込んで、立て籠もる状況を組み立て直す。行くぞアンディ」

「了解です。道を俺が作りますので、コンウェルさんは着いてきてください」

「ほう、何やら自信があるようだな。なら頼むぞ」

 そう言って窪地から俺がまず飛び出し、それを追ってコンウェルも飛び出した。
 しばらく駆けていき、群れまであと30メートルほどとなったところで、雷魔術を発動させる。
 使うのはいつかの時にも効果を発揮した、あの電磁波での虫よけだ。

 掌を前方に向け、電磁波を投射すると、犇めいていた虫共はまるで道を譲るかのように左右へと分かれ、一本の道が出来上がる。

「はははっ!いい術を持ってんな!アンディ!こういう場面にうってつけじゃあねーか!」

 背後からは、この光景に笑い声をあげるコンウェルの声が聞こえる。
 殲滅や突破などではなく、文字通り道を作ったことに対して感心しているのが伝わってくる。

 空いたスペースを駆け抜けていくと、丁度その先は生き残りの人達がいると思われる場所へと続いており、開けた先には抵抗をしていたであろう人の姿が見えた。
 巨大岩の集まりと思っていたが、どうやら実は岩のドームのような感じらしく、洞窟の入り口を背負うようにして対峙していたのだろう。

 突然身を引いた虫たちの行動に驚いているのは表情から分かるが、今は呆けているのは悪手だ。

「ボケっとすんな!後退しろ!」

「へ!?あ、はい!」

 そう怒鳴るコンウェルの言葉に、叩かれるようにしてその場から下がった人は、声の感じからしてかなり若いと思われた。

 人がいなくなったことで、コンウェルも洞窟に滑りこむが、俺は入り口で一旦振り返り、空いていたスペースが再び虫共で埋め尽くされていくのを見た。
 電磁波の投射をやめたことで、虫よけの効果がなくなったせいだ。
 俺を見るいくつもの感情のない無機質な目は、こうして見ていて気持ちのいいものではない。

「アンディ!」

「分かってます!塞ぎます!」

 このままではまた虫は洞窟に殺到してきそうだが、そうはさせない。
 コンウェルが俺の名前を呼んだのにそう返し、足下の土を少しだけ蹴り、土の具合を確かめ、問題ないと判断して土魔術を発動する。

 作るのはこの洞窟の入り口を完全にふさぐ大きさの障壁だ。
 この辺りは砂よりも土が多い土壌なので、土魔術はしっかりと効果を発揮するが、粒子の細かさから成形には魔力を多く持っていかれる。
 しかしやってやれないことではないので、魔力を大量につぎ込んで一気に障壁を作り上げる。

 そうして土を圧縮し、小石なんかも混ぜ込んで作り上げた障壁は、かなりの強度を誇ると自負のある出来だ。
 ただ、これだけでは不安なので、障壁の側に土山をさらに盛り上げておく。
 万一障壁が壊れても、ちょっとは土の山が時間稼ぎになるはずだ。

 ここまでやって一息つくと、障壁の向こうから引っ掻くような音と何かがぶつかる音が聞こえてきた。
 恐らく今、あの虫共は障壁を破ろうと取り掛かっていることだろう。
 少し様子を見ていたが、まだまだ破られそうにないので一安心だ。

 安心したところで後ろを振り返ると、そこには生き残りと思われる人たちの姿があった。
 ざっと見まわしてみても数はそう多くなく、100人はいかないはずだが、多くが年寄りや女子供といった戦えない村人と言った感じだ。
 大人の男の姿がほとんどないのは、魔物に立ち向かってやられたからかもしれない。

 これらの様子から何となくだが、モーア村の人間が命からがらここに逃げ込んだという推測が立つ。
 怪我人もチラホラみられるし、死体と思われる、横たわって微塵も動かない人もそれなりにいる。

 こうして見ると、武装していて戦えそうなのは、先程見た、入り口を守っていた一人だけのようで、俺達が突入したのはタイミング的にはかなりギリギリだったと思える。

 誰もが驚きで目を見開いいるのは、たった今ここで障壁が作られたのを見たからか。
 しかし同時に、安堵したような空気もあるのは、やはり一時的にとはいえ、魔物の姿が見えなくなったおかげだろう。

 押し寄せる魔物の姿は、なまじ見えていただけに恐怖をあおっていたに違いない。
 こうして入り口を塞ぐことで、少しだけだが生き延びる時間が出来たことが、今の空気を作り出しているわけだ。

 洞窟自体は高さ・幅・奥行き共に4・50メートルといったところか。
 風の動きから入り口は俺の背中にある一つだけと、立て籠もるのには向いている。
 ランプの明かりはあるが、広さに対して数は足りず、中はかなり暗い。

 その中で、俺より先に飛び込んだコンウェルの姿を探す。
 てっきり俺のすぐ後ろにでもいると思ったのだが、一体どこに行ったのやら。

 しばらく視線を彷徨わせていると、それを察した村人の何人かが視線でコンウェルの居所を教えてくれた。
 視線を追ってみると、村人達とは離れた壁際、怪我人や死体がまとめられている一角に、コンウェルの背中があった。

 とりあえず声を掛けようと近づき、口を開きかけた俺の耳に、コンウェルが漏らしたか細い声が届けられた。

「スペストス…」

 感情の一切こもっていない言葉にある名前は、かつて俺も行動を共にしたことのある、冒険者の名前だ。
 さほど多く言葉を交わしたわけではなかったが、大柄な見た目にそぐわない繊細な気配りができる男で、まだ若い俺とパーラをそれとなく気遣ってくれたのは覚えているし、あの穏やかな性格とふとした時に見せる人懐っこい笑みが俺は好きだった。

 寡黙だが勇敢で、その背中に多くの人を守り抜く力強さを持った男だと、戦う姿から感じ取れた。
 いずれは赤級に上がり、コンウェルとも肩を並べるのではないかと、そんな未来も想像できたほどだ。

 だがその冒険者は既に、この世に留まる存在ではなくなっていた。
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