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なぜなにソーマルガ
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大きなトラブルに見舞われることなく旅を続け、俺達はアシャドルとソーマルガの実質的な国境と言える岩山の切れ間を目の前にしていた。
山脈がここだけまるで虫食いの状態で途切れているのだが、嘘か真か大昔の文明が使った兵器の跡らしく、ほぼ一直線に向こう側へと抜けられるそうだ。
幅50メートル程しかないこの場所だが、一応関所のような物は存在しており、ギルドカードなりで身元を明かせば基本的に誰でも通れるので、俺達の通行も実にスムーズに行われた。
まあ別に戦争状態ではないのだからそれも当然か。
関所を出るとそこからは一路ソーマルガへと向かってバイクを走らせ続けるのだが、目に映るのが岩と崖だけという些か寂しい光景に、俄然会話が恋しくなってくる。
とりあえずこれから向かうソーマルガについて、オーゼルに話してもらった。
ただパーラは特に興味は無いようで、先程オーゼルと入れ替わってサイドカーの方へと移り、今は居眠りをしている。
この場合、ジェクトの手綱は本来ならばパーラが持つのだが、主であるオーゼルがリアシートへと移ったこともあって、ジェクトはそちらへと身を寄せるので、自然と手綱はオーゼルが持つようになった。
サイドカーを使う人が手綱を持つというルールは、たった今崩壊したようだ。
リアシートへと着いたオーゼルは、サイドカーとは違う乗り心地のせいで俺の方へと体がくっ付く形になったのだが、やはりパーラとは違って大人の女性だけはある。
背中に当たる2つの柔らかい物体に全神経が集中してしまうのも仕方ない。
何とか会話の方へと意識を集中させることで煩悩を振り払う。
大陸全体で見た場合のソーマルガ皇国の場所は、大陸の最南端に位置している。
国土面積だけなら他の国に圧倒的な差をつけてソーマルガは広大だ。
だが人が住める地域となると、実はそれほど多くない。
国土の南側には砂漠が広がっており、ソーマルガ北部と海岸線を除いては砂漠地帯に点在するオアシス以外に町は存在せず、国土のおよそ半分を占める砂漠は開発のしようがなく、依然手つかずのまま人間の生活圏はここ何十年も拡大されることは無かった。
砂漠というのは基本的に作物を育てるのには向かず、経済活動に利用されることがまず無い、まさに不毛の地と言える。
僅かに抱える緑地から生み出される生産物だけでは当然国全体を支えることは出来ず、穀物の大半を他国からの輸入に頼っているのがこの国の現状だ。
ただソーマルガは砂漠地帯から時折見つかる遺跡のおかげで財政的には非常に潤っている。
遺跡から見つかる魔道具の技術を自国で研究し、国内での浸透が終わっている技術情報を他国へと売ることで外貨を得ていた。
さらに近年では遺跡から見つかった植物の種子を復活させることに成功し、その種子から作られる全く新しい作物を国主導の下で大々的に生産することで、さらなる輸出品目の増加が国力を充実させていった。
そんなわけで、今のソーマルガは国土を砂漠地帯に圧迫されていながら、輸出によって国が富むという、まさに経済大国へと上り詰めていた。
現在国を治めているのはグバトリア3世、治世においてはよく国を治め、剣を持てば勇猛果敢の文武備えた名君という誉れが高い。
皇国という名前を掲げながら国王と呼ばれるわけは、ソーマルガには元々王家と皇家があり、皇家が象徴として君臨し、王家が皇家の下について政治を行うという形だったからだ。
しかし、今現在皇家は絶えて久しい。
大昔の流行り病で皇家とそれに連なる血が丸ごと途絶えてしまった為、今や皇家は名称だけが残された形だけの権威となっていた。
人がいないのに皇家という名前が残るのには理由がある。
ソーマルガ皇国の前身となった言われているソーマルガ神聖国では皇家が国を治めていたのだが、皇家の始まりとなった人間が天からの祝福を受けた者で、その力で当時の周辺部族をまとめ上げ、国の礎を作ったと語られているため、皇家という肩書は今でも畏怖と敬意を集めている。
その為国王は王権を預かっているだけであり、いつか天の祝福を授かった人間が皇家を復活した際には再び国の象徴として奉ることを王位継承の際に次代の王に申し伝えられるそうだ。
なんだか王権神授説を体現した国だなと思ってしまうのは、俺の魂がこの世界の人間ではないからか。
地理的・社会的な話の次は歴史についても聞かせてもらった。
ソーマルガ皇国の成り立ちはそれほど古くない。
少なく見積もっても千年以上は昔に元となっているソーマルガ神聖国が存在しているのだが、今の国になるまでの間に一度だけ国の滅亡の危機を迎えており、その年代以前までの資料の大部分が失われてしまっていた。
そのため、ソーマルガ神聖国の時代から現在に至るまでの間の歴史は所々に穴が開いている状態であり、古くまで歴史が残りながらも、正確に遡れる年代の若さゆえに歴史の浅い国ともいえる。
「ソーマルガで遺跡の発掘が盛んなのもそういった背景からでしょう。失われた歴史の手がかりが遺跡から見つかる可能性もありますし。私の実家のマルステル家は遺跡発掘者の支援者としては最大の家ですから、多くの人と情報が集まるおかげで色々な話を聞けましたわ。それこそ遺跡発掘の功で成り上がった者の話から、遺跡に携わったせいで破滅の道を歩んだ話まで様々」
「オーゼルさんはそういう話に影響を受けて遺跡に興味を?」
「ええ。幼いころから聞いて育って、いずれ自分もという思いはいつからかありましたわね」
本来であれば家を継ぐ必要のないオーゼルは、いわゆる花嫁修行というやつに精を出すところだが、本人が遺跡発掘に興味を持ってしまった上に、マルステル家が遺跡発掘者の支援をしているのもあってオーゼルの夢を切って捨てるのも心苦しい。
仕方なく、期限付きではあるがこうしてオーゼルが旅に出ることを許したというわけだ。
一通りの礼儀作法に遺跡に関する知識、旅の心得に身を守るための武術など、必要となるであろうものを身に着けるための努力は惜しまなかったというのも旅を許される一助となっていたのだろう。
そんな話をしているとソーマルガ側の関所が見えてきたので、眠っているパーラを起こして入国の手続きを済ます。
こちらもアシャドル側の関所と同じ手順のため、またもスムーズに通過する。
ただ、アシャドルと違ってバイクがまだまだ珍しいようで、関所にいる人間の注目を集めてしまっていたが、特に足止めを受けることは無い。
これはどうもオーゼルが身分を示すために見せている指輪が原因の様で、恐らく公爵家の紋章でも刻まれているのか、俺とパーラがギルドカードを見せた時は淡々と処理されたのに対し、オーゼルがギルドカードと一緒に出した指輪を見ると一気に緊張した空気を纏いだした。
それまで訝しげな視線を向けられていた俺達一行だったが、この瞬間から180度対応が変わり、まるで要人の視察でも来たのかというぐらいに応対していた兵士の背筋が伸びた。
なぜか着いてくる兵士とオーゼルが二言三言交わし、最後に何やら強い口調で断りつつも関所を離れる際には、恐らく関所の人間だと思われる人達が居並ぶ中、敬礼をもって見送られた。
関所から離れたところで、先程の奇妙な出来事についてオーゼルに尋ねてみた。
「オーゼルさん、さっき関所でちょっとした騒ぎになりましたけど、あれって通行の時に見せた指輪のせいですか?もしかして貴族の身分を示す物だったりします?」
「ええ、お察しの通りですわ。これはソーマルガの貴族がその身分を証明するために持ち歩く指輪ですのよ。他国ではともかく、ソーマルガでこれを見せて粗末な扱いをされることはありません。先程はバイクが目立っておりましたから、これを見せてさっさと通行させて頂きましたわ。…まあ、私が公爵家の人間だとわかったせいで兵が護衛に回ろうとするのを断るのに少し手間取りましたけど」
そう言ってオーゼルが指輪をパーラの方へと手渡した。
運転中の俺は横目でチラリと見ることしかできないが、パーラが日の光に照らす様に掲げて見ているおかげで、辛うじてその形を見ることは出来る。
指輪は太陽の光を浴びて銀の輝きを放っており、指輪全体に複雑な模様が刻まれているのが精緻な細工技術の気配を垣間見せた。
その中で一際目立つ大きな紋章が立体的に円環の一端に鎮座しているのだが、おそらくこの部分が家紋を表すのだろう。
「これは貴族なら誰でも持つものなんですか?」
「基本的にはその家の当主と跡継ぎぐらいですわね。私の場合は旅先での身の保証と公爵家の庇護を表すために、特別に父が持たせてくれましたの」
ちなみに貴族家の当主と継嗣が持つのは金製の指輪で、これは正当な当主であることを示す証のため、オーゼルには家族と名代のみに持つことが許される銀製のものしか与えられないのは国が決めた法律に則ってのこと。
とは言え、これだけでも十分身元は保証されるし、下級貴族程度なら印籠よろしく地に頭を擦り付けさせるだけの権威は付随している。
古来より指輪というのは権威の証として広く知れ渡っているし、古今東西あらゆる逸話においても特別なものとして語られることが多い。
それはこの世界でも同様で、貴族の身分を示すのに指輪というのはポピュラーではあるが、当然偽物も作ることは可能と言えば可能だ。
しかし貴族の身分を偽り、さらにはそれを示す指輪を複製するという罪は個人の命だけに収まらず、親類縁者悉く連座に及ぶそうだ。
要はそれだけ重要なものであり、最も信用がおける身分の証明の一つだということになる。
それを見せられたため、あの関所でのオーゼルを下にも置かない対応となったわけだ。
流石に公爵家の令嬢をたった二人の護衛だけで送り出すのはいくらなんでも不安だったため、兵士を護衛につけるとしつこく言われて、最後には強い言葉で断ったという。
「護衛ぐらいはよかったんじゃないですか?」
「バイクの移動に付いてくるには最低でも馬が必要でしょう?あの場には6人ほどの兵士がおりましたけど、彼ら全員が騎乗する馬はあの関所にはないはずです。わざわざ馬を用意するのを待っていられませんわ。それに、私は気楽な旅がしたいのです。物々しい護衛は好きではありませんの」
俺達に護衛を頼んだのも確か気心が知れている仲だからというのも大きいようだし、オーゼルのその気持ちは分かる。
「何か草みたいなのと女の人の横顔が書かれてるみたいだけど、オーゼルさんのご先祖様か何か?」
俺隊の会話に加わりもせず、指輪をじっくりと見ていたパーラから、紋章の内容が知らされる。
運転中の俺は指輪をほとんど見れないので、パーラの言葉は有難い。
「それはグロリオサという花ですわ。マルステル家の紋章には必ず描かれる決まりで、栄光と勇敢を冠すると言われてますわね。女性の方はマルステル家の始祖と伝えられる方で、名前はオーゼル・マイア・マルステル」
「あれ?オーゼルって…オーゼルさんと同じ名前なの?」
「そうですわね。私の名前は本来アイリーンなのですが、ソーマルガでは貴族家代々の習わしで成人を迎えるまでは名前と家名の間に先祖の名前を入れることになっています。たまたま私がオーゼルの名を与えられただけで、特に深い意味はありませんのよ」
いわゆるミドルネーム的なものなのだろうが、アシャドルの貴族は成人と同時に名前にミドルネームを入れることを許されるもので、特に名前の決め方に特別なものは無いと聞いたことがある。
多分ソーマルガは先祖の名前を大事にする風習でも根強く残っているのかもしれない。
「へぇ~。変わった風習なんだね」
「国が変われば風習も変わる。貴族の名前の決め方なんて特にそういうのが顕著なんだろ」
「アンディの言う通りでしょうね。国の礎となった先祖の名前を預かることで成長を見守ってもらうとか、偉い人のように育つようにとかそんな感じの理由だったはずです」
随分ざっくりとしたものだが、昔からの風習に対する若者の認識とはそんなものか。
そんな話をしている内に、周りの光景は草と灌木が広がる草原へと変わっており、どうやらソーマルガの国土へと本格的に入ることが出来たようだった。
今のところアシャドルと気候的にそれほど大きな差はないようで、てっきり砂漠がある国なのだから相応の暑さを覚悟していたのだが、春先のこの季節にしては少し汗ばむ程度の暖かさしか感じられない。
「ソーマルガってそんなに暑くないんだね」
俺の心境を代わりに吐露してくれたのはパーラで、周りの風景を見渡しながらのそんな言葉にオーゼルが解説を加える。
「この辺りはソーマルガでも最北部にあたりますから、アシャドルとそこまでの違いはありませんわよ。南に向かえば少しずつ気温も上がりますから、今を基準にソーマルガの気候を考えるのは止めておくことです」
「砂漠地帯はまだ先ですか?」
「ええ。ここからずっと南にある皇都が丁度砂漠と緑地の境目になりますわね。あの辺りはこことは比べ物にならない位に暑いですから、あなた達のその恰好では辛いでしょう。途中の街で服を変えますわよ」
確かにこうして見ると、植生なんかはとても砂漠を抱える国のものとは思えないが、徐々に気温が上がっていくのを考えると、今着ている服も環境を考えたものに変えていく必要があるな。
砂漠の服と言ったらやっぱり白い一枚布のローブに、頭から布を被って輪っかで留めるみたいなヤツだろうか。
ちょっと興味はあるな。
次の町あたりでそこを意識した服を探してみよう。
関所から離れて少し走ると、すぐに街が見えてきた。
「あれが国境の街、エーオシャンですわ。今日はあそこで宿をとりましょう」
まだ夕暮れには遠い時間ではあるが、良い宿が見つかるのなら今日の所はあそこで泊まるのも悪くない。
何より、こうして見える街の規模から、恐らく治安も悪くないだろうと予想できる。
野営続きだったし、ここらでちゃんとした宿に泊まりたい。
まあ、土魔術で作った家もこの世界の基準なら普通に人が暮らせるレベルなのだが、そこは気分の問題だ。
「わぁ……外壁が全部真っ白なんだね。きれいー」
パーラの言う通り、エーオシャンの街を囲う外壁は遠目にもはっきりと分かるぐらいの純白と言っていいほどで、あれが砂漠のど真ん中にあったらさぞかしエキゾチックな雰囲気があるだろうと思う。
ただ、街の周りは緑の草原が広がっているため、俺の印象としては何だか妙なものを覚える。
そのあたりをオーゼルに聞いてみた。
「オーゼルさん、あの外壁が白いのって普通砂漠にある街とかで使うんじゃないですか?」
「あら、よく知ってますわね。ええ、その通り。あれは|白壁(しらかべ)といって、砂漠地帯に近い地域でよく使われている建材の一つで、太陽からの熱を和らげる効果があるそうです。この辺りは砂漠ではないのですが、建材としてソーマルガでは白壁が一般的ですから、砂漠以外の地方でも使われることはありますの」
やはりそうだったか。
前世のテレビでよく見た砂漠地帯の家屋は壁が白かったが、あれは太陽光を反射させることで熱を家の中に通しにくくする効果が云々というのを聞いたことがある。
それと同じことがこの世界でも考えられていたということか。
さらにオーゼルが付け加えたのは、なんでもあの白壁に使われているのは砂漠にある岩石地帯から採取される特殊な砂で、塩水と混ぜた物をこれまた特殊な魔道具で煉瓦状に加工したものだという。
砂の状態だと量の割に重さは大したことは無いが、加工することで岩と同じ比重にまで変化するため、加工は現地で行うのならば一度に大量の材料を運搬できるので、ソーマルガの各地に広まっていったとのこと。
そういう理由があるのなら砂漠地帯以外にあの色の壁が使われるのもおかしくはないか。
「へ~。ってことはあの白壁ってのを使ってる町は他にもあるんだ。アンディ、今度他の町も見て回ろうよ」
「そうだな。この依頼が済んだらそれも考えておくか」
「でしたら私がいくつかお勧めの場所を地図に書き起こしておきましょう。ソーマルガには観光客目当てに発展した町がありますから、そちらもお勧めでしてよ」
それはドバイみたいなリゾート地だろうか?
「本当?ありがとう、オーゼルさん。楽しみだなぁ」
すっかりパーラはソーマルガの景色に魅せられているようで、まだ見ぬ地への期待で今から目を輝かせている。
遠目に見えていたエーオシャンも、近付いて行くうちに街の門へと向かう人の群れが目につくようになると、途端に都市としての息吹が感じられるような気がしてくる。
街自体の大きさはヘスニルにも負けないくらいのものだが、街を囲う壁の高さは街の規模の割には低いように感じたものの、よく見てみると壁の頂点は外側へ反り返るような造りになっており、所々に弓矢で眼下を狙えるスペースも見受けられることから、どちらかというと人間との戦争に備えたもののように思える。
門に集まる人達は多様な恰好をしており、ラクダによく似た動物に乗って厚手で重みのあるマントを体全体に巻き付けるような格好の、まさに俺がイメージする砂漠の民そのものといった人もいたし、逆にアシャドルなどで普通に見かける格好の人もおり、実に様々な人がこの街には集まっているようだ。
エーオシャンはアシャドルとの国境を目の前にする街のため、有事の際の対応を想定した戦力が常駐しており、それに比例して街の規模もかなりの大きさだ。
外壁越しに遠くへ見える塔のような物は、見張り台の役目と街の鐘楼としての機能を併せ持ったもので、その足元には領主の館があるそうだ。
元々エーオシャンは他国との戦争を見越した、いわば城塞都市としての機能を持った街だったが、ソーマルガとアシャドルの間には今のところ戦争が起こる気配はなく、ここ数年は国同士の付き合いも良好なこともあって、通商や旅行などで訪れる人が年々増加傾向にある。
依然国境最前線であることは変わりないが、通商の拠点としても使われるようになったおかげでソーマルガでも有数の賑わいを誇る街へとなっていた。
「私が旅に出るときもエーオシャンに滞在しましたが、人と物、情報を集めるにはうってつけと言っていいでしょう。ここに来ていた商人からジネアで行われるレースの話を聞いて、そこを目指しましたのよ」
「遺跡を探すために旅に出たんじゃないの?」
「パーラ、よくお聞きなさい。それはそれ、これはこれ、ですわ。遺跡を見つけるのも確かに目的でしたけど、レースで優勝すれば名が売れますから、それもまた功績として数える事も出来るかもしれないでしょう?ジェクトの足の速さはこの国でも随一でしたし、そこらの名馬程度に負ける気はしませんでしたから」
「まあ結局優勝したのは俺でしたけどね」
「む。こうしてバイクに乗ってみて改めて思いますけど、バイクで参加するなんて反則ですわよ。乗り手の負担も少なく足が速いなんてそんなの他にあるわけがないでしょう。だからジェクトは負けていません。騎乗動物としてはジェクトの優勝ですわ」
名前を呼ばれてオーゼルの方へと顔を摺り寄せるジェクトの頭を撫でながらそう言うオーゼルの言い分は乱暴な気もするが、この世界におけるバイクの存在は反則だと思っているのは俺も同様なので、特に反論はしない。
実際生き物としてみた場合のジェクトの足の速さは恐らく地上最速だろう。
優れた加速力と障害物を物ともしない走破性は他のどの騎乗動物も並ぶことは出来ないに違いない。
そう言う意味ではオーゼルの言い分は正当だと言っていい。
オーゼルの親ばか的な言葉に思わず笑いを零しそうになるが、ぐっと堪えてエーオシャンの街へと入る門に並ぶ列の最後尾についた。
門から幾分遠い段階でバイクを降りてハンドルを手で押しつつここまで来たのは、奇妙な乗り物が街に近付いては警備の人間に警戒される可能性が高いからだ。
若干奇妙なものを見る目はあったが、それでも実際に走るところを見ていないためあまり注目はされていなかった。
初めて来た国の最初の街とあって、一体どんな珍しいものが見れるのかと期待に胸が膨らむ。
こうして街への入場待ちの間もその気持ちは高まる一方だ。
ゆっくりと進む人の列にもどかしさを覚えるのは、俺が未知への好奇心を忘れていない証拠か。
この門の向こうにはどんな町並みが広がっているのか。そしてそこに暮らす人たちはどんな生活を送っているのだろう。
思いを巡らせながら待つ時間は、クリスマスの訪れを待つ子供の頃に戻った気分だった。
山脈がここだけまるで虫食いの状態で途切れているのだが、嘘か真か大昔の文明が使った兵器の跡らしく、ほぼ一直線に向こう側へと抜けられるそうだ。
幅50メートル程しかないこの場所だが、一応関所のような物は存在しており、ギルドカードなりで身元を明かせば基本的に誰でも通れるので、俺達の通行も実にスムーズに行われた。
まあ別に戦争状態ではないのだからそれも当然か。
関所を出るとそこからは一路ソーマルガへと向かってバイクを走らせ続けるのだが、目に映るのが岩と崖だけという些か寂しい光景に、俄然会話が恋しくなってくる。
とりあえずこれから向かうソーマルガについて、オーゼルに話してもらった。
ただパーラは特に興味は無いようで、先程オーゼルと入れ替わってサイドカーの方へと移り、今は居眠りをしている。
この場合、ジェクトの手綱は本来ならばパーラが持つのだが、主であるオーゼルがリアシートへと移ったこともあって、ジェクトはそちらへと身を寄せるので、自然と手綱はオーゼルが持つようになった。
サイドカーを使う人が手綱を持つというルールは、たった今崩壊したようだ。
リアシートへと着いたオーゼルは、サイドカーとは違う乗り心地のせいで俺の方へと体がくっ付く形になったのだが、やはりパーラとは違って大人の女性だけはある。
背中に当たる2つの柔らかい物体に全神経が集中してしまうのも仕方ない。
何とか会話の方へと意識を集中させることで煩悩を振り払う。
大陸全体で見た場合のソーマルガ皇国の場所は、大陸の最南端に位置している。
国土面積だけなら他の国に圧倒的な差をつけてソーマルガは広大だ。
だが人が住める地域となると、実はそれほど多くない。
国土の南側には砂漠が広がっており、ソーマルガ北部と海岸線を除いては砂漠地帯に点在するオアシス以外に町は存在せず、国土のおよそ半分を占める砂漠は開発のしようがなく、依然手つかずのまま人間の生活圏はここ何十年も拡大されることは無かった。
砂漠というのは基本的に作物を育てるのには向かず、経済活動に利用されることがまず無い、まさに不毛の地と言える。
僅かに抱える緑地から生み出される生産物だけでは当然国全体を支えることは出来ず、穀物の大半を他国からの輸入に頼っているのがこの国の現状だ。
ただソーマルガは砂漠地帯から時折見つかる遺跡のおかげで財政的には非常に潤っている。
遺跡から見つかる魔道具の技術を自国で研究し、国内での浸透が終わっている技術情報を他国へと売ることで外貨を得ていた。
さらに近年では遺跡から見つかった植物の種子を復活させることに成功し、その種子から作られる全く新しい作物を国主導の下で大々的に生産することで、さらなる輸出品目の増加が国力を充実させていった。
そんなわけで、今のソーマルガは国土を砂漠地帯に圧迫されていながら、輸出によって国が富むという、まさに経済大国へと上り詰めていた。
現在国を治めているのはグバトリア3世、治世においてはよく国を治め、剣を持てば勇猛果敢の文武備えた名君という誉れが高い。
皇国という名前を掲げながら国王と呼ばれるわけは、ソーマルガには元々王家と皇家があり、皇家が象徴として君臨し、王家が皇家の下について政治を行うという形だったからだ。
しかし、今現在皇家は絶えて久しい。
大昔の流行り病で皇家とそれに連なる血が丸ごと途絶えてしまった為、今や皇家は名称だけが残された形だけの権威となっていた。
人がいないのに皇家という名前が残るのには理由がある。
ソーマルガ皇国の前身となった言われているソーマルガ神聖国では皇家が国を治めていたのだが、皇家の始まりとなった人間が天からの祝福を受けた者で、その力で当時の周辺部族をまとめ上げ、国の礎を作ったと語られているため、皇家という肩書は今でも畏怖と敬意を集めている。
その為国王は王権を預かっているだけであり、いつか天の祝福を授かった人間が皇家を復活した際には再び国の象徴として奉ることを王位継承の際に次代の王に申し伝えられるそうだ。
なんだか王権神授説を体現した国だなと思ってしまうのは、俺の魂がこの世界の人間ではないからか。
地理的・社会的な話の次は歴史についても聞かせてもらった。
ソーマルガ皇国の成り立ちはそれほど古くない。
少なく見積もっても千年以上は昔に元となっているソーマルガ神聖国が存在しているのだが、今の国になるまでの間に一度だけ国の滅亡の危機を迎えており、その年代以前までの資料の大部分が失われてしまっていた。
そのため、ソーマルガ神聖国の時代から現在に至るまでの間の歴史は所々に穴が開いている状態であり、古くまで歴史が残りながらも、正確に遡れる年代の若さゆえに歴史の浅い国ともいえる。
「ソーマルガで遺跡の発掘が盛んなのもそういった背景からでしょう。失われた歴史の手がかりが遺跡から見つかる可能性もありますし。私の実家のマルステル家は遺跡発掘者の支援者としては最大の家ですから、多くの人と情報が集まるおかげで色々な話を聞けましたわ。それこそ遺跡発掘の功で成り上がった者の話から、遺跡に携わったせいで破滅の道を歩んだ話まで様々」
「オーゼルさんはそういう話に影響を受けて遺跡に興味を?」
「ええ。幼いころから聞いて育って、いずれ自分もという思いはいつからかありましたわね」
本来であれば家を継ぐ必要のないオーゼルは、いわゆる花嫁修行というやつに精を出すところだが、本人が遺跡発掘に興味を持ってしまった上に、マルステル家が遺跡発掘者の支援をしているのもあってオーゼルの夢を切って捨てるのも心苦しい。
仕方なく、期限付きではあるがこうしてオーゼルが旅に出ることを許したというわけだ。
一通りの礼儀作法に遺跡に関する知識、旅の心得に身を守るための武術など、必要となるであろうものを身に着けるための努力は惜しまなかったというのも旅を許される一助となっていたのだろう。
そんな話をしているとソーマルガ側の関所が見えてきたので、眠っているパーラを起こして入国の手続きを済ます。
こちらもアシャドル側の関所と同じ手順のため、またもスムーズに通過する。
ただ、アシャドルと違ってバイクがまだまだ珍しいようで、関所にいる人間の注目を集めてしまっていたが、特に足止めを受けることは無い。
これはどうもオーゼルが身分を示すために見せている指輪が原因の様で、恐らく公爵家の紋章でも刻まれているのか、俺とパーラがギルドカードを見せた時は淡々と処理されたのに対し、オーゼルがギルドカードと一緒に出した指輪を見ると一気に緊張した空気を纏いだした。
それまで訝しげな視線を向けられていた俺達一行だったが、この瞬間から180度対応が変わり、まるで要人の視察でも来たのかというぐらいに応対していた兵士の背筋が伸びた。
なぜか着いてくる兵士とオーゼルが二言三言交わし、最後に何やら強い口調で断りつつも関所を離れる際には、恐らく関所の人間だと思われる人達が居並ぶ中、敬礼をもって見送られた。
関所から離れたところで、先程の奇妙な出来事についてオーゼルに尋ねてみた。
「オーゼルさん、さっき関所でちょっとした騒ぎになりましたけど、あれって通行の時に見せた指輪のせいですか?もしかして貴族の身分を示す物だったりします?」
「ええ、お察しの通りですわ。これはソーマルガの貴族がその身分を証明するために持ち歩く指輪ですのよ。他国ではともかく、ソーマルガでこれを見せて粗末な扱いをされることはありません。先程はバイクが目立っておりましたから、これを見せてさっさと通行させて頂きましたわ。…まあ、私が公爵家の人間だとわかったせいで兵が護衛に回ろうとするのを断るのに少し手間取りましたけど」
そう言ってオーゼルが指輪をパーラの方へと手渡した。
運転中の俺は横目でチラリと見ることしかできないが、パーラが日の光に照らす様に掲げて見ているおかげで、辛うじてその形を見ることは出来る。
指輪は太陽の光を浴びて銀の輝きを放っており、指輪全体に複雑な模様が刻まれているのが精緻な細工技術の気配を垣間見せた。
その中で一際目立つ大きな紋章が立体的に円環の一端に鎮座しているのだが、おそらくこの部分が家紋を表すのだろう。
「これは貴族なら誰でも持つものなんですか?」
「基本的にはその家の当主と跡継ぎぐらいですわね。私の場合は旅先での身の保証と公爵家の庇護を表すために、特別に父が持たせてくれましたの」
ちなみに貴族家の当主と継嗣が持つのは金製の指輪で、これは正当な当主であることを示す証のため、オーゼルには家族と名代のみに持つことが許される銀製のものしか与えられないのは国が決めた法律に則ってのこと。
とは言え、これだけでも十分身元は保証されるし、下級貴族程度なら印籠よろしく地に頭を擦り付けさせるだけの権威は付随している。
古来より指輪というのは権威の証として広く知れ渡っているし、古今東西あらゆる逸話においても特別なものとして語られることが多い。
それはこの世界でも同様で、貴族の身分を示すのに指輪というのはポピュラーではあるが、当然偽物も作ることは可能と言えば可能だ。
しかし貴族の身分を偽り、さらにはそれを示す指輪を複製するという罪は個人の命だけに収まらず、親類縁者悉く連座に及ぶそうだ。
要はそれだけ重要なものであり、最も信用がおける身分の証明の一つだということになる。
それを見せられたため、あの関所でのオーゼルを下にも置かない対応となったわけだ。
流石に公爵家の令嬢をたった二人の護衛だけで送り出すのはいくらなんでも不安だったため、兵士を護衛につけるとしつこく言われて、最後には強い言葉で断ったという。
「護衛ぐらいはよかったんじゃないですか?」
「バイクの移動に付いてくるには最低でも馬が必要でしょう?あの場には6人ほどの兵士がおりましたけど、彼ら全員が騎乗する馬はあの関所にはないはずです。わざわざ馬を用意するのを待っていられませんわ。それに、私は気楽な旅がしたいのです。物々しい護衛は好きではありませんの」
俺達に護衛を頼んだのも確か気心が知れている仲だからというのも大きいようだし、オーゼルのその気持ちは分かる。
「何か草みたいなのと女の人の横顔が書かれてるみたいだけど、オーゼルさんのご先祖様か何か?」
俺隊の会話に加わりもせず、指輪をじっくりと見ていたパーラから、紋章の内容が知らされる。
運転中の俺は指輪をほとんど見れないので、パーラの言葉は有難い。
「それはグロリオサという花ですわ。マルステル家の紋章には必ず描かれる決まりで、栄光と勇敢を冠すると言われてますわね。女性の方はマルステル家の始祖と伝えられる方で、名前はオーゼル・マイア・マルステル」
「あれ?オーゼルって…オーゼルさんと同じ名前なの?」
「そうですわね。私の名前は本来アイリーンなのですが、ソーマルガでは貴族家代々の習わしで成人を迎えるまでは名前と家名の間に先祖の名前を入れることになっています。たまたま私がオーゼルの名を与えられただけで、特に深い意味はありませんのよ」
いわゆるミドルネーム的なものなのだろうが、アシャドルの貴族は成人と同時に名前にミドルネームを入れることを許されるもので、特に名前の決め方に特別なものは無いと聞いたことがある。
多分ソーマルガは先祖の名前を大事にする風習でも根強く残っているのかもしれない。
「へぇ~。変わった風習なんだね」
「国が変われば風習も変わる。貴族の名前の決め方なんて特にそういうのが顕著なんだろ」
「アンディの言う通りでしょうね。国の礎となった先祖の名前を預かることで成長を見守ってもらうとか、偉い人のように育つようにとかそんな感じの理由だったはずです」
随分ざっくりとしたものだが、昔からの風習に対する若者の認識とはそんなものか。
そんな話をしている内に、周りの光景は草と灌木が広がる草原へと変わっており、どうやらソーマルガの国土へと本格的に入ることが出来たようだった。
今のところアシャドルと気候的にそれほど大きな差はないようで、てっきり砂漠がある国なのだから相応の暑さを覚悟していたのだが、春先のこの季節にしては少し汗ばむ程度の暖かさしか感じられない。
「ソーマルガってそんなに暑くないんだね」
俺の心境を代わりに吐露してくれたのはパーラで、周りの風景を見渡しながらのそんな言葉にオーゼルが解説を加える。
「この辺りはソーマルガでも最北部にあたりますから、アシャドルとそこまでの違いはありませんわよ。南に向かえば少しずつ気温も上がりますから、今を基準にソーマルガの気候を考えるのは止めておくことです」
「砂漠地帯はまだ先ですか?」
「ええ。ここからずっと南にある皇都が丁度砂漠と緑地の境目になりますわね。あの辺りはこことは比べ物にならない位に暑いですから、あなた達のその恰好では辛いでしょう。途中の街で服を変えますわよ」
確かにこうして見ると、植生なんかはとても砂漠を抱える国のものとは思えないが、徐々に気温が上がっていくのを考えると、今着ている服も環境を考えたものに変えていく必要があるな。
砂漠の服と言ったらやっぱり白い一枚布のローブに、頭から布を被って輪っかで留めるみたいなヤツだろうか。
ちょっと興味はあるな。
次の町あたりでそこを意識した服を探してみよう。
関所から離れて少し走ると、すぐに街が見えてきた。
「あれが国境の街、エーオシャンですわ。今日はあそこで宿をとりましょう」
まだ夕暮れには遠い時間ではあるが、良い宿が見つかるのなら今日の所はあそこで泊まるのも悪くない。
何より、こうして見える街の規模から、恐らく治安も悪くないだろうと予想できる。
野営続きだったし、ここらでちゃんとした宿に泊まりたい。
まあ、土魔術で作った家もこの世界の基準なら普通に人が暮らせるレベルなのだが、そこは気分の問題だ。
「わぁ……外壁が全部真っ白なんだね。きれいー」
パーラの言う通り、エーオシャンの街を囲う外壁は遠目にもはっきりと分かるぐらいの純白と言っていいほどで、あれが砂漠のど真ん中にあったらさぞかしエキゾチックな雰囲気があるだろうと思う。
ただ、街の周りは緑の草原が広がっているため、俺の印象としては何だか妙なものを覚える。
そのあたりをオーゼルに聞いてみた。
「オーゼルさん、あの外壁が白いのって普通砂漠にある街とかで使うんじゃないですか?」
「あら、よく知ってますわね。ええ、その通り。あれは|白壁(しらかべ)といって、砂漠地帯に近い地域でよく使われている建材の一つで、太陽からの熱を和らげる効果があるそうです。この辺りは砂漠ではないのですが、建材としてソーマルガでは白壁が一般的ですから、砂漠以外の地方でも使われることはありますの」
やはりそうだったか。
前世のテレビでよく見た砂漠地帯の家屋は壁が白かったが、あれは太陽光を反射させることで熱を家の中に通しにくくする効果が云々というのを聞いたことがある。
それと同じことがこの世界でも考えられていたということか。
さらにオーゼルが付け加えたのは、なんでもあの白壁に使われているのは砂漠にある岩石地帯から採取される特殊な砂で、塩水と混ぜた物をこれまた特殊な魔道具で煉瓦状に加工したものだという。
砂の状態だと量の割に重さは大したことは無いが、加工することで岩と同じ比重にまで変化するため、加工は現地で行うのならば一度に大量の材料を運搬できるので、ソーマルガの各地に広まっていったとのこと。
そういう理由があるのなら砂漠地帯以外にあの色の壁が使われるのもおかしくはないか。
「へ~。ってことはあの白壁ってのを使ってる町は他にもあるんだ。アンディ、今度他の町も見て回ろうよ」
「そうだな。この依頼が済んだらそれも考えておくか」
「でしたら私がいくつかお勧めの場所を地図に書き起こしておきましょう。ソーマルガには観光客目当てに発展した町がありますから、そちらもお勧めでしてよ」
それはドバイみたいなリゾート地だろうか?
「本当?ありがとう、オーゼルさん。楽しみだなぁ」
すっかりパーラはソーマルガの景色に魅せられているようで、まだ見ぬ地への期待で今から目を輝かせている。
遠目に見えていたエーオシャンも、近付いて行くうちに街の門へと向かう人の群れが目につくようになると、途端に都市としての息吹が感じられるような気がしてくる。
街自体の大きさはヘスニルにも負けないくらいのものだが、街を囲う壁の高さは街の規模の割には低いように感じたものの、よく見てみると壁の頂点は外側へ反り返るような造りになっており、所々に弓矢で眼下を狙えるスペースも見受けられることから、どちらかというと人間との戦争に備えたもののように思える。
門に集まる人達は多様な恰好をしており、ラクダによく似た動物に乗って厚手で重みのあるマントを体全体に巻き付けるような格好の、まさに俺がイメージする砂漠の民そのものといった人もいたし、逆にアシャドルなどで普通に見かける格好の人もおり、実に様々な人がこの街には集まっているようだ。
エーオシャンはアシャドルとの国境を目の前にする街のため、有事の際の対応を想定した戦力が常駐しており、それに比例して街の規模もかなりの大きさだ。
外壁越しに遠くへ見える塔のような物は、見張り台の役目と街の鐘楼としての機能を併せ持ったもので、その足元には領主の館があるそうだ。
元々エーオシャンは他国との戦争を見越した、いわば城塞都市としての機能を持った街だったが、ソーマルガとアシャドルの間には今のところ戦争が起こる気配はなく、ここ数年は国同士の付き合いも良好なこともあって、通商や旅行などで訪れる人が年々増加傾向にある。
依然国境最前線であることは変わりないが、通商の拠点としても使われるようになったおかげでソーマルガでも有数の賑わいを誇る街へとなっていた。
「私が旅に出るときもエーオシャンに滞在しましたが、人と物、情報を集めるにはうってつけと言っていいでしょう。ここに来ていた商人からジネアで行われるレースの話を聞いて、そこを目指しましたのよ」
「遺跡を探すために旅に出たんじゃないの?」
「パーラ、よくお聞きなさい。それはそれ、これはこれ、ですわ。遺跡を見つけるのも確かに目的でしたけど、レースで優勝すれば名が売れますから、それもまた功績として数える事も出来るかもしれないでしょう?ジェクトの足の速さはこの国でも随一でしたし、そこらの名馬程度に負ける気はしませんでしたから」
「まあ結局優勝したのは俺でしたけどね」
「む。こうしてバイクに乗ってみて改めて思いますけど、バイクで参加するなんて反則ですわよ。乗り手の負担も少なく足が速いなんてそんなの他にあるわけがないでしょう。だからジェクトは負けていません。騎乗動物としてはジェクトの優勝ですわ」
名前を呼ばれてオーゼルの方へと顔を摺り寄せるジェクトの頭を撫でながらそう言うオーゼルの言い分は乱暴な気もするが、この世界におけるバイクの存在は反則だと思っているのは俺も同様なので、特に反論はしない。
実際生き物としてみた場合のジェクトの足の速さは恐らく地上最速だろう。
優れた加速力と障害物を物ともしない走破性は他のどの騎乗動物も並ぶことは出来ないに違いない。
そう言う意味ではオーゼルの言い分は正当だと言っていい。
オーゼルの親ばか的な言葉に思わず笑いを零しそうになるが、ぐっと堪えてエーオシャンの街へと入る門に並ぶ列の最後尾についた。
門から幾分遠い段階でバイクを降りてハンドルを手で押しつつここまで来たのは、奇妙な乗り物が街に近付いては警備の人間に警戒される可能性が高いからだ。
若干奇妙なものを見る目はあったが、それでも実際に走るところを見ていないためあまり注目はされていなかった。
初めて来た国の最初の街とあって、一体どんな珍しいものが見れるのかと期待に胸が膨らむ。
こうして街への入場待ちの間もその気持ちは高まる一方だ。
ゆっくりと進む人の列にもどかしさを覚えるのは、俺が未知への好奇心を忘れていない証拠か。
この門の向こうにはどんな町並みが広がっているのか。そしてそこに暮らす人たちはどんな生活を送っているのだろう。
思いを巡らせながら待つ時間は、クリスマスの訪れを待つ子供の頃に戻った気分だった。
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