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鳥人族
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この世界には数多の種族が存在している。
古代に滅んだ巨人族の末裔とされる鬼人族、木と風と共に生きる森の民エルフ族、人と獣の両方の特徴を有した獣人族、神の爪から生み出されたという伝承が残るハーフリング、特に特徴のない普人族など、ヒト種だけでもそこそこの数に上る。
この中で最も人口が多いのは普人種ではなく獣人族なのだが、その獣人族も狼系や熊系など、動物の種類ごとに獣人がいるため、ある意味、獣人族の中でもさらに種族が分かれているとも言えないこともない。
爬虫類系の獣人というのもいて、いわゆるリザードマンやマーマンのようなタイプもこれらに分類されていた。
ちなみに、獣人には狼系統と犬系統が分かれて存在しているが、狼系統がやや優れていると言われている程度で、大きく見れば個人差程度でしかないため、あまり気にしているのはいないらしい。
ただ、見た目では狼系統の方が精悍な顔つきであることが多いそうで、イケメン好きには狼系統がモテるとか。
そんな獣人族だが、系統に多様性がある一方で、今ではすっかり数を減らして、姿をほとんど見なくなった系統の獣人族というのもいる。
鳥類系統の獣人族がそれだ。
獣人族の中でも鳥類系は別格な扱いで、場合によっては鳥人族という呼び名で分けて扱うこともあったそうだ。
生まれながらにして鳥人族は背中に羽を持ち、自由に空を飛び回っていた姿から、かつては天からの使者として神聖視されていた時代もあった。
太古には高い山に鳥人族だけの王国を作って暮らしていたが、元々の数が少なかったことと、原因不明の出生率の低下もあって、今では種族全体の数は大き目な街の人口と変わらない程度までに減っている。
背中の羽以外で鳥人族の特徴として、成人男性の体重が同じ体格の普人族と比べてかなり軽い点にある。
空を飛ぶために進化していった証なのか、骨の密度の低さと筋肉の質の違いによって、同体形の普人族から三割減の体重となっている。
それだけ軽いと、肉体の強度は劣るのかと思いきや、実際は普人族とそう変わらない程度に体は頑丈だそうだ。
これは鳥人族が生まれ持つ豊富な魔力で、自分達の骨や筋肉を強化する、鋼体法や強化魔術を無意識に行っているからだという。
歩くことと同じ感覚で身に着けていることから、魔力での身体強化を扱わせたら種族単位で並ぶ者はいないとか。
鋼体法は魔術師以外でも鍛えれば身に着けられる技術であるが、鳥人族は生まれながらに扱えるという点だけを上げれば、戦士の種族とも言えないことはない。
実際、鳥人族は優れた戦士を多く輩出しており、いくつかのお伽噺には翼を持つ騎士というのが残されているほどだ。
特に、鳥人の中でもラサン族と言うのは武勇で名を知られた部族で、ペルケティアでは子供でも知っているほどに有名なのだとか。
そんな有名な部族を俺が知らなかったのは、ひとえに知名度がペルケティアに限定されることと、あまりにも知られているので一々教えようとする人がいなかったせいだろう。
加えて、数が少ないこともあって、街中で見かけることがまずないことも一因ではある。
ラサン族のラサンとは、古い言葉で『雲に起臥する民』と言う意味で、昔、ラサン族のある夫婦が自らの翼で天の果てを目指し、遥か彼方の星になったという伝説が残っているほど、飛行能力がずば抜けていた部族だった。
しかし、そんな鳥人族の栄光も、今ではもう過去のもの。
「我々鳥人族が空を飛べたのは遥か昔のことだ。今ではこの通り、背中の羽はそうと分からぬほど小さく退化してしまっている」
クレインはそう語り、ソファから立ち上がると振り返って、今はもう翼がない己の背中を俺達に示す。
いっそ華奢とも思えるローブ姿の背中は、確かに羽があるとは思えないほどに平坦で、かすかに肩甲骨のあたりが普通の人より盛り上がっているのが分かる程度だ。
言いようから完全に羽は無くなっていないとは思うが、それでもこれはあまりにも小さい。
「もはや伝承ほどに飛び回れない我らは、鳥人族だと胸を張って言えないと、そう零す者も多い」
ソファに座りなおしたクレインの姿は、心なしか先程よりも小さく見えるのは、改めて自分の口から羽のことを言たことで気持ちが落ち込んでいるからだろうか。
「鳥人族の羽が小さくなった理由については、色々な研究者が考察をしていますが、これという確たるものは分かってません。有力な説として、血縁に羽が小さくなる因子を持った者がいて、それが代を重ねて広まったというのはありますが、これも近年では疑問視する声が上がっています」
ラサン族のことについては、学園長であるレゾンタムも知っていることのようで、言葉を選ぶ彼女の顔はクレインを気遣うように若干の暗さがある。
「…我々もその説を信じて、羽のより小さい者を探して弾圧したこともある。今になって思えば、なんと愚かなことと振り返れるが、その時はそうするほどに追い詰められていた。昔の鳥人族がいかに空を我がものとしていたか、老人達が懐かしみながら語るのを聞くたびに、惨めな思いをしたものだ」
鳥人族の寿命は普人族より少し長い程度だが、それでも羽が退化したのは最近のことではないはずだ。
しかし、部族の中では過去の栄光を語り継いできたせいで、語り部である老人達が嘆く声は、現役世代ともいえるクレイン達を知らずに責めていたのかもしれない。
「自らの翼で空を飛ぶ、これが鳥人族の悲願となってもうどれくらい経ったか。正直、私の代では無理だろうと思っていたのだが、ここに一つの可能性を見つけた」
それまでの自分語りのようだったクレインが、ここから本題に入るとばかりに纏う空気を一変させ、俺とヒエスを射抜くような目で見てくる。
猛禽類に似た顔つきで、そういう風に見つめられるとちょっぴり怖い。
「この学園にはラサン族の子も通っていてな。その者から鳥の模型を自在に飛ばした者がいると聞いて、これだと思ったのだ。最初に聞いたときは驚いた。まさか、羽を持たない者こそが、今最も空に近いとはな。そこでその技を使って、私達が再び空へ舞い戻るための協力をお願いしようと、今日またやってきたわけだ」
恐らく、飛行同好会の活動で何度か模型飛行機を飛ばしたのを見た、そのラサン族の生徒がクレインに報告でもしたのだろう。
「なるほど、鳥を模したものが空を飛んだということは、それを作った人間は空を飛ぶ技を理解していると思ったわけですか。それを自分達に応用できないかと考えて、学園までやってきたと」
要するに、模型飛行機の原理を学んで、自分達が空を飛ぶための技へと転用したいのだろう。
揚力を生かして飛ぶ姿は鳥が滑空する姿にそっくりだし、目撃したラサン族の生徒も期待できる何かを感じ取ったのかもしれない。
「うむ、概ねそういうわけだ」
鷹揚に頷いたクレインの概ねという言葉に引っかかるものは覚えたが、狙いの方は何となくわかった。
「しかし、空を飛ぶというのなら飛空艇と言う手もありますが」
「あぁ、あの噂の魔道具か。あれではダメだ。確かに空を飛ぶという目的では同じ事だが、我々が目指しているのは、風に乗って身一つで空を行くことなのだ。乗りこんで飛ぶのでは、真に鳥人族の悲願を果たしたとは言えん」
どうやら生身で飛ぶことにこだわりがあるようで、飛空艇では彼らの要求は満たせないようだ。
まぁその気持ちもわからんでもない。
自分の身一つで空に挑むようなあの感覚は何よりも恐ろしく、そして何よりも自由だ。
飛空艇と噴射装置、どちらも使うことの多い俺は、何かに乗って飛ぶのと生身で空に躍り出ることの感覚の違いは大いに理解できる。
鳥人族も鳥の感覚を強く持つがゆえに、そこは重要な点といったところか。
「クレインさんからその話をされて、僕達の作った飛行機が鳥人族にも認められた気がしてうれしかったよ」
見本として持ち込んだのだろう。
テーブルの上にある模型飛行機を触りながら、ヒエスが感慨深そうに言う。
空への憧れで同好会を発足したヒエスにとって、かつてのこととはいえ大空を恣にしていた鳥人族が協力を求めてきたことに、一種の達成感を覚えているのかもしれない。
誰も自分の技術が認められてうれしくないわけがないしな。
「学園としては、ラサン族の方から要請されては断れないところがありますから、こうしてヒエス君を紹介して、当人同士で話してもらう場を設けたわけです」
そうして話をしているうちに、やはり発案者ともいえる俺が必要だと判断したレゾンタムが、俺を呼び出したという訳か。
「…ちょっと質問、いいですか?」
「あら、何でしょう。どうぞ」
「学園はラサン族の要請を断れないって、何か弱みでも握られてるんですか?」
「おい、よしてくれ。我々は人を弱みで脅すなどと卑怯なことはしない」
聞かずにはいられなかったことを口に出すと、真っ先に反応したのはクレインで、そのしかめた顔から好んで脅迫はしないというのが読み取れた。
その辺は戦士の種族らしく、卑怯な手は使わないという思いはあるのか、もしくはクレインの人柄なのか。
「当学園はラサン族に大恩があるのですよ。それこそ、ちょっとやそっとでは返しきれない特大の恩です」
恩返しのために、ということか。
「へぇ、恩を。それはどんなものか聞いても?」
「うーん、そうですねぇ…こればかりは学園の関係者でもなければ教えられませんね。どうでしょう?アンディ君。あなたが正式に個々の教師になるのなら、教えてあげますけど?」
「あ、じゃいいです」
俺の質問に乗じてか、急に勧誘してくるものだから驚いてしまう。
しかし、関係者以外には教えられないというのなら引き下がるしかない。
ちょっとした興味本位で聞いただけで、どうしても知りたいという話でもない。
「あら、残念です。あなたの講師としての働きぶりを聞いていましたから、是非迎え入れたかったのですが…」
心底残念そうな顔をするレゾンタムだが、あまりしつこく勧誘を続けないのは俺に脈無しと分かっているからだろう。
人を育てることに興味がないわけではないが、俺自身、まだまだ未熟者だと自覚しているだけに、正式な教師となるのはどこか後ろめたさがある。
そこをレゾンタムに見抜かれたのかもしれない。
「話を戻していいかね?」
「あぁ、これは失礼しました。どうぞ、話をお続けになさってください」
俺への勧誘で少し逸れたが、クレインの声で会話の方向が修正された。
「我々が欲しているのはただ一つ。この模型飛行機の羽を人間に適応する大きさで作り、それを使って空を飛ぶこと。その羽の制作をお願いしたかったのだが、ヒエスはまず君に相談したいということでな。どうだろう。私の頼み、聞いてもらえないか?」
「この模型飛行機が飛ぶ原理は、アンディ君からクレインさんに説明して欲しくてさ。僕もある程度は理解してるけど、やっぱりアンディ君が一番詳しいからね」
「なるほどな。まぁ模型飛行機の方はもうヒエスは一人で作れるようになってるから心配いらないが、人間大のを作るとすれば、確かに俺を呼んだのはいい判断だ」
クレインの目的が模型飛行機の機能を人間が扱えるサイズにスケールアップさせるのだとしたら、これはヒエス一人で取り組むにはあまりに危険な挑戦だ。
何事も小さい模型から始めることは大事だが、小さいのが上手くいったから即大きくすればいいというものでもない。
スケールアップに際して発生する問題は色々とあるもので、それらを潰していく作業が必要になる。
「ただ、クレインさん、あなたの目的は分かりましたけど、一つ聞いておきたいことが。ヒエスに作らせるその羽ですけど、仮にうまく作れたとしても恐らく自在に空を飛べるというものではありませんよ?」
どうも先程から聞いていると、クレインはこの羽を自分達に装着して、空を飛び回っていた過去の栄光を取り戻そうとしているように思えてならない。
当たり前だが、人間が飛行機の羽を背負ったところで、ただそれだけで空を飛べはしない。
魔術という超常の現象が存在するこの世界でもそこは同じで、風魔術の使い手ならあるいはと思わせるが、ラサン族が全員風魔術の使い手という訳でもあるまいし、過大な期待は禁物だ。
そこを勘違いしているのだとしたら、この話を受けるのはやめた方がいい。
やってみて想像してたのと違うとなって、恨まれるのも面白くない。
「そんなことは分かっている。この模型飛行機は風に乗って空を滑るのだろう?私が期待しているのも、我らの持つ羽の代わりに羽ばたくのではなく、高所から降りて風に乗るために使うに過ぎん」
心外そうに言うクレインの言葉に、俺はひとまず胸をなでおろした。
流石は退化したとはいえ翼を持つ者だけあって、飛行機の翼が機能する姿をしっかりと想像しているようで、変に万能の翼として期待されていないところには安心できる。
「我らの羽の代わりとは言わん。ただ、もう一度、鳥人族に空を飛ぶということを思い出させるきっかけにでもなればと思っている」
そういうことなら、俺もヒエスも変に気負うことなく臨めるか。
何より、噴射装置や飛空艇以外で人間が空を飛ぶのを見てみたい。
「わかりました。元々、ヒエスに飛行機を教えたのは俺ですし、本人が乗り気なら手伝うのもやぶさかではありません。…乗り気なんだよな?」
「当然。じゃなきゃ、わざわざ君を呼んでもらったりしないさ」
念のため、ヒエスのやる気を確認しておくが、鼻息を荒くした返事が返ってきた。
「そうか。協力、感謝する」
素っ気ない返事のように聞こえるが、クレインの顔には明らかに安堵の色が見え、断られる可能性に幾分か怯えていたというのが分かる。
それだけ、鳥人族にとっては繊細な問題だということか。
「では、アンディ君とヒエス君、二人にはクレイン氏に協力するよう、学園側から正式に要請を出しましょう。必要なもの、人、申請などは学園長の名において優先的に処理することを約束します」
一応これで話はまとまったようで、学園側からも十分なバックアップを得られることをレゾンタムの口から約束を貰ったので、学園内では動きやすい。
これからヒエスと共に手掛けるのは、人ひとりを滑空させることが可能な翼の制作になる。
作る物が物なので、気分は鳥人間コンテストに挑戦する学生といったところか。
実際ヒエスは学生だし。
異世界鳥人間コンテストか…悪くないだろう。
今ある模型をスケールアップさせるだけでは上手くいかないだろうから、かなりの試行錯誤が行われることになる。
かかる時間もそれなりのものとなるため、その辺りもクレインには説明しておいた方がいいか。
そういえば、俺が以前ヒエスに頼んでいたものはどうなったのだろうか?
最後に会ってからその話は全くしていないため、進展の方も全く分からない。
実はクレインが欲しているものと、その俺が頼んだものは似ているため、もしかしたらまとめて進められるかもしれないので、そこもヒエスには聞いておこう。
クレインからヒエスへの翼制作の依頼が決まってから暫くが経った。
あの後、クレインは自分の村へと戻り、俺とヒエスは敷地内にある倉庫の一つをレゾンタムから借りて、そこに籠って飛行機の翼制作へと取り掛かっていた。
依頼の内容として、飛行同好会の活動にもすこしだけ掠っているとも言えなくもないので、一応エリー達他の会員にもこの作業のことを伝えたが、基本的に他の会員達は翼の制作にノータッチということとしている。
この制作にはヒエス以外で適任がいない現状、慣れていない人間が関わっても戦力にはならない。
勿論、簡単な作業などを任せることはできるが、その段階はもう過ぎているため、今は二人だけでの制作を行っていた。
まぁそれでも、エリーなんかはたまに様子見で顔を見せるので、飛行同好会の活動らしさはあると言えた。
そして、その俺達の目の前には、木と布を組み合わせて作られた、長さ二メートルほどの飛行機の羽が一対、計二枚が鎮座している。
軽量化を図った結果、ほぼグライダーと同じような出来上がりになった。
それとは別に、背負子とハーネスの合いの子のような装着具も用意していて、これらを組み合わせて背負う形の翼が完成する予定だ。
仮称ではあるが、人工翼と呼ぶことにする。
とはいえ、これもまだ試作段階と言え、ここからさらに改良がくわえられることになるだろう。
「とりあえず急ぎで仕上げてみたけど、やっぱり大きいねぇ」
いつになく感慨深そうに自分の作品を見るヒエスだが、その表情が若干曇って見えるのは、やはりこの大きさで作ったことがない不安からだろう。
模型飛行機はいくつか作ってきたが、人を飛ばす大きさとなれば色々手探りにもなるというものだ。
「そうだな。一応、クレインさんの体格には合わせてあるんだよな?」
「うん、しっかり採寸したからね」
俺はすっかり忘れていたが、ヒエスはちゃんとクレインの採寸を行っていたため、一応この大きさでクレインが飛ぶのに不足はないはずだ。
鳥人族の体重が軽いこともあって、このサイズで生み出される揚力でもいけるとは思う。
俺は航空力学の専門家ではないが、ベルヌーイの定理は学校の物理の時間で横道に逸れた話で習ったし、おおまかな航空機の仕組みなんかはY〇uTubeや海外のドキュメント番組で見た記憶がある。
ただ、あくまでも正式に学んだわけではないため、この後に起こり得る問題への対処は、実際に使ってみて調整していくしかない。
「しかし、俺の頼んでた物が流用できたのはよかったな。大分作業を短縮できたぞ」
「そうだね。アンディ君には悪いけど、作りかけのがそのまま使えて丁度よかったよ。設計も一からやらなくて済んだし」
噴射装置を使う際、こういう翼も併用すれば航続距離が伸びるんじゃないかと思って、飛行を補助する道具の製作を前々からヒエスには相談していたのだ。
まぁ作ろうとしていたのは、布と木の細いフレームだけで作るハンググライダーみたいなものだが。
まだ実用段階にすらなっていなかった翼を、ヒエスは今回、クレインからの依頼のために流用するという決断をし、その成果がこういう形となっていた。
多少出来上がっていたとはいえ、この短期間でここまで作り上げたのは異常な速さだとは思う。
この時点で俺が頼んでいた品は後回しになっているわけだが、別に急いでいたわけでもなし。
必要としている人間がいるなら、そっちを優先してもらって一向に構わんッッ。
「しかし、こいつも重量をもうちょっとどうにかしたかったが…」
「木材もそうだけど、布の方はどうしても厚手になっちゃうからね。でも、僕からしたら十分軽いとは思うけど」
「まぁ一応、実用範囲の重さではあるな。あと、クレインさんの体重が軽いのも救いか」
フレームに使っている木材は軽くて頑丈なのを選んだつもりだが、やはりカーボン素材ほどの強度・軽量は望めず、俺としてはあと二割は軽量化を図りたかった。
ただ、鳥人族の体重は普人族より平均三割少ないおかげで、これを一応の完成と認めることはできる。
ヒエスかそれ以外の誰かの研究が進めば、素材もより軽いものが使える未来もありうるので、とりあえず今のところはこれでいくしかない。
「けどアンディ君、本当にやる気かい?いきなり人間で飛ばしてみるってのは、流石に僕も結構怖いんだけど」
「そりゃ普通なら先に人形とかで試すんだろうが、どっちみち使うのは人間なんだ。一足飛びに試してみるのも悪くない」
何日かしたらまたクレインが学園に来るそうだし、その時に使い心地を試してもらうことになっているが、まずは俺が実際に試しておくべきだろう。
噴射装置の時もそうだったが、万が一があった時、墜落しても俺ならギリギリ生き残れるので、適任は他にいない。
危険はあるが、時として人はそれを冒してでも挑まなければならない。
それが今かはちょっとわからないが、俺はそうだと思っている。
そんなわけで、早速人工翼を外へ持ちだして試験飛行となったわけだが、場所を探して少し学園の敷地を彷徨うことになる。
いつもの飛行同好会で勝手に使っている塔の方は現在、定期の修繕作業で立ち入り禁止となっていて、他の場所を見つけなければならない。
そこそこの大荷物を担いで夕暮れの学園内を彷徨い歩くことしばし。
ようやく丁度いい場所を見つけた。
周りが拓けていて障害物がほとんどなく、滑走路に向いた硬い地面と、不時着時のクッションに向いている柔らかい地面が同時に存在する、試験飛行にはもってこいのいい場所だ。
そこは練武科がよく馬術の練習をしている馬場で、放課後には他の同好会が使うことはあるが、今は誰の姿もないようなので、勝手に使わせてもらう。
「ヒエス、ここでやろう」
「そうだね。ここなら開け具合も最高に丁度いい」
同意も得られたことで、早速翼を装着していく。
噴射装置を装着するハーネスと、背中部分のないランドセルといった見た目の物を身に着け、ヒエスの手を借りて二メートルほどの翼が俺の背中に取り付けられた。
急造も急造、色々とパーツも他から流用しているために不格好さはあるが、ひとまず形にはなっていると思う。
「むぅ、やっぱり後ろに多少重心が行くか」
「仕方ないよ。それだけの重さはあるんだ」
小っちゃいハンググライダーを背負っているようなものなので、自然と反るような体勢になってしまうが、中身のやや詰まったリュックだと思えば多少は感覚も修正できる。
恐らく今の俺のシルエットは、少々歪ながら天使のそれに近いものとなっているはずだ。
もしくは某勇者王のロボットとか。
「んじゃ早速飛んでみる。噴射装置を使うから、ヒエスは離れてろよ」
「わかった。くれぐれも気を付けて」
「おう」
ヒエスが俺から十分距離をとったところで、腰に下げいる噴射装置を起動させる。
丁度、垂直に打ち上げるロケットのような感じになるが、こればかりはやりようが他にないので、この実験では噴射装置を使わせてもらう。
本来、この翼を使うのはクレイン達鳥人族で、彼らは高いところから滑空するような使い方をするらしいが、今回の実験では噴射装置を使って俺が高いところへ浮かんでから、翼の滑空を試す形となる。
いつもの塔が使えればよかったが、そうでないなら他の手を使うしかない。
いつもの感覚で圧縮空気を吹き出し、空へ飛びあがる。
しかし、普段より重さのある背中側に少し姿勢が持っていかれたため、修正するためにレバーを握りこんで噴出する空気を増やすと、ようやくいつものような鋭い軌道で天へと舞い上がれた。
そうして飛び続けて、十分な高さまで来たところで噴射装置を停止。
同時に下方向へ鋭角になるような姿勢へ移行させると、俺の体は徐々に落下を始める。
このまま落下速度が増えていけば、俺は地面に追突することになるが、翼の機能が正しく働くと、発生した揚力が俺を持ち上げてくれるはず。
あっという間に人が死ねるだけの速度で地面へと向かい始めると、普段、噴射装置でも感じることがない種類の恐怖を覚えだす。
一応、地面ギリギリで逆噴射できる圧縮空気は残っているし、いざとなったら雷化で死ぬことはないのだが、それでも生物としての根源的な部分にある落下死に対する何かが、俺の首筋をチリチリと焦がすように刺激してくる。
もしかしたらこのまま地面に叩きつけられて、背中の羽と噴射装置が犠牲になるかもということを考え出した時、体を締め付けているハーネスがさらに食い込みだした。
これは俺が急激に太ったとかではない。
ようやく人を支えるだけの揚力が翼に発生した証拠だ。
鋭角に落ちていた俺の態勢が、若干水平方向へ向きだしたことで、翼が間違いなく効いて滑空していると分かる。
依然、落ちるスピードは速いままだが、その角度は緩やかになりつつあり、流石に上昇は無理でも、ゆっくりとした着陸へと移行は出来そうだ。
もう少し低速域での安定性を目指す必要はあるが、翼の形状や角度に改良の余地ありとしても、試作品としてはまずまずの出来だ。
実験は成功だと、そう思っていた時が自分にもありました。
緩旋回でヒエスにも翼の効果を見せようと、体を少しひねった瞬間、俺の背中から今一番聞きたくない音が聞こえてきてしまった。
バキャッという音と共に、右側が沈むように視界が変化したと同時に、体が錐もみをするような動きをしだした。
「…げ!折れっっうぅわぉお!」
回転する視界の中で何とか背中を見てみれば、本来あるはずの翼端部分がゴッソリと欠けている。
強度不足だったのか、翼が折れてしまったがために、揚力のバランスが崩れてこのありさまという訳だ。
天と地が入れ替わるようにして目まぐるしく変化していく中、このままではまずいと、噴射装置に伸ばしかけた手を一瞬止め、代わりに肩の部分にある紐を思いっきり引く。
すると、それまで俺の背中を引っ張りまわしていた力が一瞬で消え去り、錐もみの勢いが大きく減ったところで現在の向きを確認でき、そうしてからやっと噴射装置を一気に吹かす。
気付けば、地面まで残り十メートルはないかという高さで、ギリギリの状態だったことに冷や汗を流しつつ、地面へと降り立った。
同時に、膝から力が抜けたような感覚に襲われ、無様にも尻もちをついてしまう。
「アンディ君!」
すると俺に追いついたヒエスが、傍に座り込んだ。
心配をかけたようで、こちらを気遣わし気に見ているが、とりあえず今は翼の方について話をしなければならない。
「ヒエス、悪い。実験は失敗だ。あのままだとまずいと判断して、翼の方は捨てちまった」
「いや、的確な判断だよ。下で見てたけど、あのまま地面に激突するんじゃないかと思った」
「ああ、俺もそう思ったよ。けど、なんとか寸前で羽を切り離せた。いざというときの分離機構を組み込んでてよかったな」
人工翼が折れて落下していたあの時、俺が引っ張った肩部分のひもは、実験に際して万が一の事態には翼部分をパージできるようにとしていた仕掛けだった。
噴射装置という信頼と実績のある道具があるからこそ認めた機構でもある。
本当はパラシュートをつけたかったが、あれはソーマルガでも試験運用の段階の品だと聞くし、エリーのコネを頼ったとしても多分手に入れるのは難しいので諦めた。
急造ではあったが、ちゃんと機能したのには安心した。
緊急事態でも普通に動いたのは、ヒエスがちゃんとしたものを作ってくれたおかげだ。
「君に言われたときは首を傾げたけど、今はつけといてよかったと、心底思っているよ」
まぁ普通は空を飛んでいる最中に羽を切り離すなんてことは考えないので、ヒエスの気持ちはよく分かる。
だが、俺としてはあくまでも実験の対象は翼部分なので、何かあれば噴射装置で生還できるようにと考えたに過ぎない。
「そういえば、切り離した翼はどうなった?」
「あっちだよ。遠目にだけど、思ったより壊れてない感じだね」
ヒエスの指さす先には、木片が散らばった人工翼の残骸と呼べるものが地面に転がっていた。
折れた部分も近くにあることから、意外と纏まって落下したと分かる。
原形はとどめているようだし、ヒエスの言う通り、修復できるレベルの破損のようだ。
「参ったな。せっかく作ったのに壊れちまった」
「いや、でも逆に考えれば、クレインさんに引き渡す前に壊れたって思えるよ。アンディ君には悪いけどね」
「確かに、これがクレインさんだったら、助かってなかったかもしれないな。そういう意味ではよかったと言えるか」
とりあえず被害は人工翼の破損だけなので、翼に問題があったとしたら、今分かってよかったとも言えなくもないか。
「しかし、なんで折れたんだろうな。俺、変な動きとかしてなかったと思うんだが」
「僕も下から見てたけど、ただ普通に飛んでていきなり折れたって感じだったよ。もしかしたら、強度か組み立てで問題があったのかもね。いったん回収して、原因を探ってみようか」
「だな。んじゃさっさと拾って戻ろうぜ」
「あぁ、いいよアンディ君は。あんなことがあったんだ。回収は僕がやるから、君は先に戻って休んでててよ」
俺は別に怪我はしていないのだが、あの落下のショックで精神的な部分にちょっと疲れが出てるので、ここはヒエスの言葉に甘えるとしよう。
それに、あの翼を作った一人として、ヒエスにそれぐらいはやらせることで、多少なりとも俺を墜落させたという後ろめたさも和らぐかもしれないしな。
後ろめたさを覚えてるかは分からないが。
「…そうか?んじゃお言葉に甘えるわ。お先に」
「うん、もうじき日が暮れるから、気を付けて」
「そっちもな」
そう言って手を振り、赤から深い青へと変わりだした空を眺めながら、倉庫を目指して歩き出す。
これからヒエスが倉庫に戻ってきたら、壊れた翼をチェックし、破損個所とその原因を探る。
原因が分かったら、それが他の個所にも起きないか素材や構成、組付け方の洗い出しと、やることは山積みで、若干憂鬱だ。
いかんな。
こうして歩いていると、先程の出来事が意外と効いていることに気付く。
ヒエスも言った通り、本格的な使用の前に失敗したことを喜ぶべきなのだろうが、それでもせっかく作ったものを惜しむ思いはどうしても拭えない。
クレインに人工翼を引き渡す期限まではまだ日もあるが、分解してわかる原因次第では、納期を考え直す必要がある。
そうなると、クレインと学園長の信頼を裏切ることになるかもしれないが、不完全品で怪我人、死人が出るよりはましだ。
ただ、ちょっと今日のところはこれで帰りたい気分だ。
勿論、あきらめるという訳ではない。
今日だけは、この精神的な疲れを癒す時間が欲しいのだ。
多分だが、ヒエスも俺と同じ気持ちのはずだ。
せっかくだし、ヒエスと一緒に酒でも一杯ひっかけるか。
学園内での生徒の飲酒は禁止されているのだが、倉庫でコッソリやる分にはばれないだろう。
都合よく、明日は学園が休みだし、今日だけは飲みまくっても許されるはず。
この酒をガソリンにして、また明日から頑張るので許してほしい。
「どぇへへへへ、酒っておいしいもんだねぇ、アンディく~ん」
顔真っ赤にして締まらない笑いを上げながら、ヒエスが俺に絡みついてくる。
倉庫に戻ってきてから、コッソリと持ち込んだ酒を少し飲んだだけでこれだ。
ヒエスは酒を飲むのはこれが初めてなのだが、普段の姿からは想像もできないほどに酒癖がひどい。
俺もそれなりに酒は入っているが、こうも酔いの酷い人間がいると素面にもなるというもの。
少々強引に飲ませた俺も悪いが、もうヒエスには酒を禁止しようと誓う夜となった。
古代に滅んだ巨人族の末裔とされる鬼人族、木と風と共に生きる森の民エルフ族、人と獣の両方の特徴を有した獣人族、神の爪から生み出されたという伝承が残るハーフリング、特に特徴のない普人族など、ヒト種だけでもそこそこの数に上る。
この中で最も人口が多いのは普人種ではなく獣人族なのだが、その獣人族も狼系や熊系など、動物の種類ごとに獣人がいるため、ある意味、獣人族の中でもさらに種族が分かれているとも言えないこともない。
爬虫類系の獣人というのもいて、いわゆるリザードマンやマーマンのようなタイプもこれらに分類されていた。
ちなみに、獣人には狼系統と犬系統が分かれて存在しているが、狼系統がやや優れていると言われている程度で、大きく見れば個人差程度でしかないため、あまり気にしているのはいないらしい。
ただ、見た目では狼系統の方が精悍な顔つきであることが多いそうで、イケメン好きには狼系統がモテるとか。
そんな獣人族だが、系統に多様性がある一方で、今ではすっかり数を減らして、姿をほとんど見なくなった系統の獣人族というのもいる。
鳥類系統の獣人族がそれだ。
獣人族の中でも鳥類系は別格な扱いで、場合によっては鳥人族という呼び名で分けて扱うこともあったそうだ。
生まれながらにして鳥人族は背中に羽を持ち、自由に空を飛び回っていた姿から、かつては天からの使者として神聖視されていた時代もあった。
太古には高い山に鳥人族だけの王国を作って暮らしていたが、元々の数が少なかったことと、原因不明の出生率の低下もあって、今では種族全体の数は大き目な街の人口と変わらない程度までに減っている。
背中の羽以外で鳥人族の特徴として、成人男性の体重が同じ体格の普人族と比べてかなり軽い点にある。
空を飛ぶために進化していった証なのか、骨の密度の低さと筋肉の質の違いによって、同体形の普人族から三割減の体重となっている。
それだけ軽いと、肉体の強度は劣るのかと思いきや、実際は普人族とそう変わらない程度に体は頑丈だそうだ。
これは鳥人族が生まれ持つ豊富な魔力で、自分達の骨や筋肉を強化する、鋼体法や強化魔術を無意識に行っているからだという。
歩くことと同じ感覚で身に着けていることから、魔力での身体強化を扱わせたら種族単位で並ぶ者はいないとか。
鋼体法は魔術師以外でも鍛えれば身に着けられる技術であるが、鳥人族は生まれながらに扱えるという点だけを上げれば、戦士の種族とも言えないことはない。
実際、鳥人族は優れた戦士を多く輩出しており、いくつかのお伽噺には翼を持つ騎士というのが残されているほどだ。
特に、鳥人の中でもラサン族と言うのは武勇で名を知られた部族で、ペルケティアでは子供でも知っているほどに有名なのだとか。
そんな有名な部族を俺が知らなかったのは、ひとえに知名度がペルケティアに限定されることと、あまりにも知られているので一々教えようとする人がいなかったせいだろう。
加えて、数が少ないこともあって、街中で見かけることがまずないことも一因ではある。
ラサン族のラサンとは、古い言葉で『雲に起臥する民』と言う意味で、昔、ラサン族のある夫婦が自らの翼で天の果てを目指し、遥か彼方の星になったという伝説が残っているほど、飛行能力がずば抜けていた部族だった。
しかし、そんな鳥人族の栄光も、今ではもう過去のもの。
「我々鳥人族が空を飛べたのは遥か昔のことだ。今ではこの通り、背中の羽はそうと分からぬほど小さく退化してしまっている」
クレインはそう語り、ソファから立ち上がると振り返って、今はもう翼がない己の背中を俺達に示す。
いっそ華奢とも思えるローブ姿の背中は、確かに羽があるとは思えないほどに平坦で、かすかに肩甲骨のあたりが普通の人より盛り上がっているのが分かる程度だ。
言いようから完全に羽は無くなっていないとは思うが、それでもこれはあまりにも小さい。
「もはや伝承ほどに飛び回れない我らは、鳥人族だと胸を張って言えないと、そう零す者も多い」
ソファに座りなおしたクレインの姿は、心なしか先程よりも小さく見えるのは、改めて自分の口から羽のことを言たことで気持ちが落ち込んでいるからだろうか。
「鳥人族の羽が小さくなった理由については、色々な研究者が考察をしていますが、これという確たるものは分かってません。有力な説として、血縁に羽が小さくなる因子を持った者がいて、それが代を重ねて広まったというのはありますが、これも近年では疑問視する声が上がっています」
ラサン族のことについては、学園長であるレゾンタムも知っていることのようで、言葉を選ぶ彼女の顔はクレインを気遣うように若干の暗さがある。
「…我々もその説を信じて、羽のより小さい者を探して弾圧したこともある。今になって思えば、なんと愚かなことと振り返れるが、その時はそうするほどに追い詰められていた。昔の鳥人族がいかに空を我がものとしていたか、老人達が懐かしみながら語るのを聞くたびに、惨めな思いをしたものだ」
鳥人族の寿命は普人族より少し長い程度だが、それでも羽が退化したのは最近のことではないはずだ。
しかし、部族の中では過去の栄光を語り継いできたせいで、語り部である老人達が嘆く声は、現役世代ともいえるクレイン達を知らずに責めていたのかもしれない。
「自らの翼で空を飛ぶ、これが鳥人族の悲願となってもうどれくらい経ったか。正直、私の代では無理だろうと思っていたのだが、ここに一つの可能性を見つけた」
それまでの自分語りのようだったクレインが、ここから本題に入るとばかりに纏う空気を一変させ、俺とヒエスを射抜くような目で見てくる。
猛禽類に似た顔つきで、そういう風に見つめられるとちょっぴり怖い。
「この学園にはラサン族の子も通っていてな。その者から鳥の模型を自在に飛ばした者がいると聞いて、これだと思ったのだ。最初に聞いたときは驚いた。まさか、羽を持たない者こそが、今最も空に近いとはな。そこでその技を使って、私達が再び空へ舞い戻るための協力をお願いしようと、今日またやってきたわけだ」
恐らく、飛行同好会の活動で何度か模型飛行機を飛ばしたのを見た、そのラサン族の生徒がクレインに報告でもしたのだろう。
「なるほど、鳥を模したものが空を飛んだということは、それを作った人間は空を飛ぶ技を理解していると思ったわけですか。それを自分達に応用できないかと考えて、学園までやってきたと」
要するに、模型飛行機の原理を学んで、自分達が空を飛ぶための技へと転用したいのだろう。
揚力を生かして飛ぶ姿は鳥が滑空する姿にそっくりだし、目撃したラサン族の生徒も期待できる何かを感じ取ったのかもしれない。
「うむ、概ねそういうわけだ」
鷹揚に頷いたクレインの概ねという言葉に引っかかるものは覚えたが、狙いの方は何となくわかった。
「しかし、空を飛ぶというのなら飛空艇と言う手もありますが」
「あぁ、あの噂の魔道具か。あれではダメだ。確かに空を飛ぶという目的では同じ事だが、我々が目指しているのは、風に乗って身一つで空を行くことなのだ。乗りこんで飛ぶのでは、真に鳥人族の悲願を果たしたとは言えん」
どうやら生身で飛ぶことにこだわりがあるようで、飛空艇では彼らの要求は満たせないようだ。
まぁその気持ちもわからんでもない。
自分の身一つで空に挑むようなあの感覚は何よりも恐ろしく、そして何よりも自由だ。
飛空艇と噴射装置、どちらも使うことの多い俺は、何かに乗って飛ぶのと生身で空に躍り出ることの感覚の違いは大いに理解できる。
鳥人族も鳥の感覚を強く持つがゆえに、そこは重要な点といったところか。
「クレインさんからその話をされて、僕達の作った飛行機が鳥人族にも認められた気がしてうれしかったよ」
見本として持ち込んだのだろう。
テーブルの上にある模型飛行機を触りながら、ヒエスが感慨深そうに言う。
空への憧れで同好会を発足したヒエスにとって、かつてのこととはいえ大空を恣にしていた鳥人族が協力を求めてきたことに、一種の達成感を覚えているのかもしれない。
誰も自分の技術が認められてうれしくないわけがないしな。
「学園としては、ラサン族の方から要請されては断れないところがありますから、こうしてヒエス君を紹介して、当人同士で話してもらう場を設けたわけです」
そうして話をしているうちに、やはり発案者ともいえる俺が必要だと判断したレゾンタムが、俺を呼び出したという訳か。
「…ちょっと質問、いいですか?」
「あら、何でしょう。どうぞ」
「学園はラサン族の要請を断れないって、何か弱みでも握られてるんですか?」
「おい、よしてくれ。我々は人を弱みで脅すなどと卑怯なことはしない」
聞かずにはいられなかったことを口に出すと、真っ先に反応したのはクレインで、そのしかめた顔から好んで脅迫はしないというのが読み取れた。
その辺は戦士の種族らしく、卑怯な手は使わないという思いはあるのか、もしくはクレインの人柄なのか。
「当学園はラサン族に大恩があるのですよ。それこそ、ちょっとやそっとでは返しきれない特大の恩です」
恩返しのために、ということか。
「へぇ、恩を。それはどんなものか聞いても?」
「うーん、そうですねぇ…こればかりは学園の関係者でもなければ教えられませんね。どうでしょう?アンディ君。あなたが正式に個々の教師になるのなら、教えてあげますけど?」
「あ、じゃいいです」
俺の質問に乗じてか、急に勧誘してくるものだから驚いてしまう。
しかし、関係者以外には教えられないというのなら引き下がるしかない。
ちょっとした興味本位で聞いただけで、どうしても知りたいという話でもない。
「あら、残念です。あなたの講師としての働きぶりを聞いていましたから、是非迎え入れたかったのですが…」
心底残念そうな顔をするレゾンタムだが、あまりしつこく勧誘を続けないのは俺に脈無しと分かっているからだろう。
人を育てることに興味がないわけではないが、俺自身、まだまだ未熟者だと自覚しているだけに、正式な教師となるのはどこか後ろめたさがある。
そこをレゾンタムに見抜かれたのかもしれない。
「話を戻していいかね?」
「あぁ、これは失礼しました。どうぞ、話をお続けになさってください」
俺への勧誘で少し逸れたが、クレインの声で会話の方向が修正された。
「我々が欲しているのはただ一つ。この模型飛行機の羽を人間に適応する大きさで作り、それを使って空を飛ぶこと。その羽の制作をお願いしたかったのだが、ヒエスはまず君に相談したいということでな。どうだろう。私の頼み、聞いてもらえないか?」
「この模型飛行機が飛ぶ原理は、アンディ君からクレインさんに説明して欲しくてさ。僕もある程度は理解してるけど、やっぱりアンディ君が一番詳しいからね」
「なるほどな。まぁ模型飛行機の方はもうヒエスは一人で作れるようになってるから心配いらないが、人間大のを作るとすれば、確かに俺を呼んだのはいい判断だ」
クレインの目的が模型飛行機の機能を人間が扱えるサイズにスケールアップさせるのだとしたら、これはヒエス一人で取り組むにはあまりに危険な挑戦だ。
何事も小さい模型から始めることは大事だが、小さいのが上手くいったから即大きくすればいいというものでもない。
スケールアップに際して発生する問題は色々とあるもので、それらを潰していく作業が必要になる。
「ただ、クレインさん、あなたの目的は分かりましたけど、一つ聞いておきたいことが。ヒエスに作らせるその羽ですけど、仮にうまく作れたとしても恐らく自在に空を飛べるというものではありませんよ?」
どうも先程から聞いていると、クレインはこの羽を自分達に装着して、空を飛び回っていた過去の栄光を取り戻そうとしているように思えてならない。
当たり前だが、人間が飛行機の羽を背負ったところで、ただそれだけで空を飛べはしない。
魔術という超常の現象が存在するこの世界でもそこは同じで、風魔術の使い手ならあるいはと思わせるが、ラサン族が全員風魔術の使い手という訳でもあるまいし、過大な期待は禁物だ。
そこを勘違いしているのだとしたら、この話を受けるのはやめた方がいい。
やってみて想像してたのと違うとなって、恨まれるのも面白くない。
「そんなことは分かっている。この模型飛行機は風に乗って空を滑るのだろう?私が期待しているのも、我らの持つ羽の代わりに羽ばたくのではなく、高所から降りて風に乗るために使うに過ぎん」
心外そうに言うクレインの言葉に、俺はひとまず胸をなでおろした。
流石は退化したとはいえ翼を持つ者だけあって、飛行機の翼が機能する姿をしっかりと想像しているようで、変に万能の翼として期待されていないところには安心できる。
「我らの羽の代わりとは言わん。ただ、もう一度、鳥人族に空を飛ぶということを思い出させるきっかけにでもなればと思っている」
そういうことなら、俺もヒエスも変に気負うことなく臨めるか。
何より、噴射装置や飛空艇以外で人間が空を飛ぶのを見てみたい。
「わかりました。元々、ヒエスに飛行機を教えたのは俺ですし、本人が乗り気なら手伝うのもやぶさかではありません。…乗り気なんだよな?」
「当然。じゃなきゃ、わざわざ君を呼んでもらったりしないさ」
念のため、ヒエスのやる気を確認しておくが、鼻息を荒くした返事が返ってきた。
「そうか。協力、感謝する」
素っ気ない返事のように聞こえるが、クレインの顔には明らかに安堵の色が見え、断られる可能性に幾分か怯えていたというのが分かる。
それだけ、鳥人族にとっては繊細な問題だということか。
「では、アンディ君とヒエス君、二人にはクレイン氏に協力するよう、学園側から正式に要請を出しましょう。必要なもの、人、申請などは学園長の名において優先的に処理することを約束します」
一応これで話はまとまったようで、学園側からも十分なバックアップを得られることをレゾンタムの口から約束を貰ったので、学園内では動きやすい。
これからヒエスと共に手掛けるのは、人ひとりを滑空させることが可能な翼の制作になる。
作る物が物なので、気分は鳥人間コンテストに挑戦する学生といったところか。
実際ヒエスは学生だし。
異世界鳥人間コンテストか…悪くないだろう。
今ある模型をスケールアップさせるだけでは上手くいかないだろうから、かなりの試行錯誤が行われることになる。
かかる時間もそれなりのものとなるため、その辺りもクレインには説明しておいた方がいいか。
そういえば、俺が以前ヒエスに頼んでいたものはどうなったのだろうか?
最後に会ってからその話は全くしていないため、進展の方も全く分からない。
実はクレインが欲しているものと、その俺が頼んだものは似ているため、もしかしたらまとめて進められるかもしれないので、そこもヒエスには聞いておこう。
クレインからヒエスへの翼制作の依頼が決まってから暫くが経った。
あの後、クレインは自分の村へと戻り、俺とヒエスは敷地内にある倉庫の一つをレゾンタムから借りて、そこに籠って飛行機の翼制作へと取り掛かっていた。
依頼の内容として、飛行同好会の活動にもすこしだけ掠っているとも言えなくもないので、一応エリー達他の会員にもこの作業のことを伝えたが、基本的に他の会員達は翼の制作にノータッチということとしている。
この制作にはヒエス以外で適任がいない現状、慣れていない人間が関わっても戦力にはならない。
勿論、簡単な作業などを任せることはできるが、その段階はもう過ぎているため、今は二人だけでの制作を行っていた。
まぁそれでも、エリーなんかはたまに様子見で顔を見せるので、飛行同好会の活動らしさはあると言えた。
そして、その俺達の目の前には、木と布を組み合わせて作られた、長さ二メートルほどの飛行機の羽が一対、計二枚が鎮座している。
軽量化を図った結果、ほぼグライダーと同じような出来上がりになった。
それとは別に、背負子とハーネスの合いの子のような装着具も用意していて、これらを組み合わせて背負う形の翼が完成する予定だ。
仮称ではあるが、人工翼と呼ぶことにする。
とはいえ、これもまだ試作段階と言え、ここからさらに改良がくわえられることになるだろう。
「とりあえず急ぎで仕上げてみたけど、やっぱり大きいねぇ」
いつになく感慨深そうに自分の作品を見るヒエスだが、その表情が若干曇って見えるのは、やはりこの大きさで作ったことがない不安からだろう。
模型飛行機はいくつか作ってきたが、人を飛ばす大きさとなれば色々手探りにもなるというものだ。
「そうだな。一応、クレインさんの体格には合わせてあるんだよな?」
「うん、しっかり採寸したからね」
俺はすっかり忘れていたが、ヒエスはちゃんとクレインの採寸を行っていたため、一応この大きさでクレインが飛ぶのに不足はないはずだ。
鳥人族の体重が軽いこともあって、このサイズで生み出される揚力でもいけるとは思う。
俺は航空力学の専門家ではないが、ベルヌーイの定理は学校の物理の時間で横道に逸れた話で習ったし、おおまかな航空機の仕組みなんかはY〇uTubeや海外のドキュメント番組で見た記憶がある。
ただ、あくまでも正式に学んだわけではないため、この後に起こり得る問題への対処は、実際に使ってみて調整していくしかない。
「しかし、俺の頼んでた物が流用できたのはよかったな。大分作業を短縮できたぞ」
「そうだね。アンディ君には悪いけど、作りかけのがそのまま使えて丁度よかったよ。設計も一からやらなくて済んだし」
噴射装置を使う際、こういう翼も併用すれば航続距離が伸びるんじゃないかと思って、飛行を補助する道具の製作を前々からヒエスには相談していたのだ。
まぁ作ろうとしていたのは、布と木の細いフレームだけで作るハンググライダーみたいなものだが。
まだ実用段階にすらなっていなかった翼を、ヒエスは今回、クレインからの依頼のために流用するという決断をし、その成果がこういう形となっていた。
多少出来上がっていたとはいえ、この短期間でここまで作り上げたのは異常な速さだとは思う。
この時点で俺が頼んでいた品は後回しになっているわけだが、別に急いでいたわけでもなし。
必要としている人間がいるなら、そっちを優先してもらって一向に構わんッッ。
「しかし、こいつも重量をもうちょっとどうにかしたかったが…」
「木材もそうだけど、布の方はどうしても厚手になっちゃうからね。でも、僕からしたら十分軽いとは思うけど」
「まぁ一応、実用範囲の重さではあるな。あと、クレインさんの体重が軽いのも救いか」
フレームに使っている木材は軽くて頑丈なのを選んだつもりだが、やはりカーボン素材ほどの強度・軽量は望めず、俺としてはあと二割は軽量化を図りたかった。
ただ、鳥人族の体重は普人族より平均三割少ないおかげで、これを一応の完成と認めることはできる。
ヒエスかそれ以外の誰かの研究が進めば、素材もより軽いものが使える未来もありうるので、とりあえず今のところはこれでいくしかない。
「けどアンディ君、本当にやる気かい?いきなり人間で飛ばしてみるってのは、流石に僕も結構怖いんだけど」
「そりゃ普通なら先に人形とかで試すんだろうが、どっちみち使うのは人間なんだ。一足飛びに試してみるのも悪くない」
何日かしたらまたクレインが学園に来るそうだし、その時に使い心地を試してもらうことになっているが、まずは俺が実際に試しておくべきだろう。
噴射装置の時もそうだったが、万が一があった時、墜落しても俺ならギリギリ生き残れるので、適任は他にいない。
危険はあるが、時として人はそれを冒してでも挑まなければならない。
それが今かはちょっとわからないが、俺はそうだと思っている。
そんなわけで、早速人工翼を外へ持ちだして試験飛行となったわけだが、場所を探して少し学園の敷地を彷徨うことになる。
いつもの飛行同好会で勝手に使っている塔の方は現在、定期の修繕作業で立ち入り禁止となっていて、他の場所を見つけなければならない。
そこそこの大荷物を担いで夕暮れの学園内を彷徨い歩くことしばし。
ようやく丁度いい場所を見つけた。
周りが拓けていて障害物がほとんどなく、滑走路に向いた硬い地面と、不時着時のクッションに向いている柔らかい地面が同時に存在する、試験飛行にはもってこいのいい場所だ。
そこは練武科がよく馬術の練習をしている馬場で、放課後には他の同好会が使うことはあるが、今は誰の姿もないようなので、勝手に使わせてもらう。
「ヒエス、ここでやろう」
「そうだね。ここなら開け具合も最高に丁度いい」
同意も得られたことで、早速翼を装着していく。
噴射装置を装着するハーネスと、背中部分のないランドセルといった見た目の物を身に着け、ヒエスの手を借りて二メートルほどの翼が俺の背中に取り付けられた。
急造も急造、色々とパーツも他から流用しているために不格好さはあるが、ひとまず形にはなっていると思う。
「むぅ、やっぱり後ろに多少重心が行くか」
「仕方ないよ。それだけの重さはあるんだ」
小っちゃいハンググライダーを背負っているようなものなので、自然と反るような体勢になってしまうが、中身のやや詰まったリュックだと思えば多少は感覚も修正できる。
恐らく今の俺のシルエットは、少々歪ながら天使のそれに近いものとなっているはずだ。
もしくは某勇者王のロボットとか。
「んじゃ早速飛んでみる。噴射装置を使うから、ヒエスは離れてろよ」
「わかった。くれぐれも気を付けて」
「おう」
ヒエスが俺から十分距離をとったところで、腰に下げいる噴射装置を起動させる。
丁度、垂直に打ち上げるロケットのような感じになるが、こればかりはやりようが他にないので、この実験では噴射装置を使わせてもらう。
本来、この翼を使うのはクレイン達鳥人族で、彼らは高いところから滑空するような使い方をするらしいが、今回の実験では噴射装置を使って俺が高いところへ浮かんでから、翼の滑空を試す形となる。
いつもの塔が使えればよかったが、そうでないなら他の手を使うしかない。
いつもの感覚で圧縮空気を吹き出し、空へ飛びあがる。
しかし、普段より重さのある背中側に少し姿勢が持っていかれたため、修正するためにレバーを握りこんで噴出する空気を増やすと、ようやくいつものような鋭い軌道で天へと舞い上がれた。
そうして飛び続けて、十分な高さまで来たところで噴射装置を停止。
同時に下方向へ鋭角になるような姿勢へ移行させると、俺の体は徐々に落下を始める。
このまま落下速度が増えていけば、俺は地面に追突することになるが、翼の機能が正しく働くと、発生した揚力が俺を持ち上げてくれるはず。
あっという間に人が死ねるだけの速度で地面へと向かい始めると、普段、噴射装置でも感じることがない種類の恐怖を覚えだす。
一応、地面ギリギリで逆噴射できる圧縮空気は残っているし、いざとなったら雷化で死ぬことはないのだが、それでも生物としての根源的な部分にある落下死に対する何かが、俺の首筋をチリチリと焦がすように刺激してくる。
もしかしたらこのまま地面に叩きつけられて、背中の羽と噴射装置が犠牲になるかもということを考え出した時、体を締め付けているハーネスがさらに食い込みだした。
これは俺が急激に太ったとかではない。
ようやく人を支えるだけの揚力が翼に発生した証拠だ。
鋭角に落ちていた俺の態勢が、若干水平方向へ向きだしたことで、翼が間違いなく効いて滑空していると分かる。
依然、落ちるスピードは速いままだが、その角度は緩やかになりつつあり、流石に上昇は無理でも、ゆっくりとした着陸へと移行は出来そうだ。
もう少し低速域での安定性を目指す必要はあるが、翼の形状や角度に改良の余地ありとしても、試作品としてはまずまずの出来だ。
実験は成功だと、そう思っていた時が自分にもありました。
緩旋回でヒエスにも翼の効果を見せようと、体を少しひねった瞬間、俺の背中から今一番聞きたくない音が聞こえてきてしまった。
バキャッという音と共に、右側が沈むように視界が変化したと同時に、体が錐もみをするような動きをしだした。
「…げ!折れっっうぅわぉお!」
回転する視界の中で何とか背中を見てみれば、本来あるはずの翼端部分がゴッソリと欠けている。
強度不足だったのか、翼が折れてしまったがために、揚力のバランスが崩れてこのありさまという訳だ。
天と地が入れ替わるようにして目まぐるしく変化していく中、このままではまずいと、噴射装置に伸ばしかけた手を一瞬止め、代わりに肩の部分にある紐を思いっきり引く。
すると、それまで俺の背中を引っ張りまわしていた力が一瞬で消え去り、錐もみの勢いが大きく減ったところで現在の向きを確認でき、そうしてからやっと噴射装置を一気に吹かす。
気付けば、地面まで残り十メートルはないかという高さで、ギリギリの状態だったことに冷や汗を流しつつ、地面へと降り立った。
同時に、膝から力が抜けたような感覚に襲われ、無様にも尻もちをついてしまう。
「アンディ君!」
すると俺に追いついたヒエスが、傍に座り込んだ。
心配をかけたようで、こちらを気遣わし気に見ているが、とりあえず今は翼の方について話をしなければならない。
「ヒエス、悪い。実験は失敗だ。あのままだとまずいと判断して、翼の方は捨てちまった」
「いや、的確な判断だよ。下で見てたけど、あのまま地面に激突するんじゃないかと思った」
「ああ、俺もそう思ったよ。けど、なんとか寸前で羽を切り離せた。いざというときの分離機構を組み込んでてよかったな」
人工翼が折れて落下していたあの時、俺が引っ張った肩部分のひもは、実験に際して万が一の事態には翼部分をパージできるようにとしていた仕掛けだった。
噴射装置という信頼と実績のある道具があるからこそ認めた機構でもある。
本当はパラシュートをつけたかったが、あれはソーマルガでも試験運用の段階の品だと聞くし、エリーのコネを頼ったとしても多分手に入れるのは難しいので諦めた。
急造ではあったが、ちゃんと機能したのには安心した。
緊急事態でも普通に動いたのは、ヒエスがちゃんとしたものを作ってくれたおかげだ。
「君に言われたときは首を傾げたけど、今はつけといてよかったと、心底思っているよ」
まぁ普通は空を飛んでいる最中に羽を切り離すなんてことは考えないので、ヒエスの気持ちはよく分かる。
だが、俺としてはあくまでも実験の対象は翼部分なので、何かあれば噴射装置で生還できるようにと考えたに過ぎない。
「そういえば、切り離した翼はどうなった?」
「あっちだよ。遠目にだけど、思ったより壊れてない感じだね」
ヒエスの指さす先には、木片が散らばった人工翼の残骸と呼べるものが地面に転がっていた。
折れた部分も近くにあることから、意外と纏まって落下したと分かる。
原形はとどめているようだし、ヒエスの言う通り、修復できるレベルの破損のようだ。
「参ったな。せっかく作ったのに壊れちまった」
「いや、でも逆に考えれば、クレインさんに引き渡す前に壊れたって思えるよ。アンディ君には悪いけどね」
「確かに、これがクレインさんだったら、助かってなかったかもしれないな。そういう意味ではよかったと言えるか」
とりあえず被害は人工翼の破損だけなので、翼に問題があったとしたら、今分かってよかったとも言えなくもないか。
「しかし、なんで折れたんだろうな。俺、変な動きとかしてなかったと思うんだが」
「僕も下から見てたけど、ただ普通に飛んでていきなり折れたって感じだったよ。もしかしたら、強度か組み立てで問題があったのかもね。いったん回収して、原因を探ってみようか」
「だな。んじゃさっさと拾って戻ろうぜ」
「あぁ、いいよアンディ君は。あんなことがあったんだ。回収は僕がやるから、君は先に戻って休んでててよ」
俺は別に怪我はしていないのだが、あの落下のショックで精神的な部分にちょっと疲れが出てるので、ここはヒエスの言葉に甘えるとしよう。
それに、あの翼を作った一人として、ヒエスにそれぐらいはやらせることで、多少なりとも俺を墜落させたという後ろめたさも和らぐかもしれないしな。
後ろめたさを覚えてるかは分からないが。
「…そうか?んじゃお言葉に甘えるわ。お先に」
「うん、もうじき日が暮れるから、気を付けて」
「そっちもな」
そう言って手を振り、赤から深い青へと変わりだした空を眺めながら、倉庫を目指して歩き出す。
これからヒエスが倉庫に戻ってきたら、壊れた翼をチェックし、破損個所とその原因を探る。
原因が分かったら、それが他の個所にも起きないか素材や構成、組付け方の洗い出しと、やることは山積みで、若干憂鬱だ。
いかんな。
こうして歩いていると、先程の出来事が意外と効いていることに気付く。
ヒエスも言った通り、本格的な使用の前に失敗したことを喜ぶべきなのだろうが、それでもせっかく作ったものを惜しむ思いはどうしても拭えない。
クレインに人工翼を引き渡す期限まではまだ日もあるが、分解してわかる原因次第では、納期を考え直す必要がある。
そうなると、クレインと学園長の信頼を裏切ることになるかもしれないが、不完全品で怪我人、死人が出るよりはましだ。
ただ、ちょっと今日のところはこれで帰りたい気分だ。
勿論、あきらめるという訳ではない。
今日だけは、この精神的な疲れを癒す時間が欲しいのだ。
多分だが、ヒエスも俺と同じ気持ちのはずだ。
せっかくだし、ヒエスと一緒に酒でも一杯ひっかけるか。
学園内での生徒の飲酒は禁止されているのだが、倉庫でコッソリやる分にはばれないだろう。
都合よく、明日は学園が休みだし、今日だけは飲みまくっても許されるはず。
この酒をガソリンにして、また明日から頑張るので許してほしい。
「どぇへへへへ、酒っておいしいもんだねぇ、アンディく~ん」
顔真っ赤にして締まらない笑いを上げながら、ヒエスが俺に絡みついてくる。
倉庫に戻ってきてから、コッソリと持ち込んだ酒を少し飲んだだけでこれだ。
ヒエスは酒を飲むのはこれが初めてなのだが、普段の姿からは想像もできないほどに酒癖がひどい。
俺もそれなりに酒は入っているが、こうも酔いの酷い人間がいると素面にもなるというもの。
少々強引に飲ませた俺も悪いが、もうヒエスには酒を禁止しようと誓う夜となった。
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サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
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