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魔術式品種改良
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「へぇ、植物の品種改良?魔術ってそういうのもできるんだ」
「いや、私も初めてやるわよ、こんなの。私の固有魔術が植物に特化してるからってのはあるけど、上手くいくかは分からないわ。ま、何事もやってみないとね」
学園のとある一室で、野菜の種が乗った小皿に何やら魔術を施しているキャシーを、俺とパーラはテーブル越しに見ている。
ディケットの街に戻ると、門で合流したパーラとキャシーが互いに名乗りあい、やや警戒気味だったパーラにキャシーがフレンドリーに接することですぐに打ち解け、学園に着く頃には笑顔で会話をするほどにまでなっていた。
グロウズのせいで聖鈴騎士というものにあまりいいイメージを持っていなかったパーラだが、キャシーの為人に触れることでそういう感情も収めることはできたようだ。
「でもサトウニンジンだっけ?砂漠で育つ植物をこっちでも育てたいだなんて、アンディ君も欲張りね」
「そうですかね?美味い物をどこででも食べたいってのは、人の性だと思いますが」
「アンディってそういうとこあるからね。普通なら諦めるのだって、やり方を変えてどうにかしようって考えたりさ」
「ふーん、そういう考えは嫌いじゃないけど、あんまりやり過ぎると生きてくのも大変よ?…はい、終わり。こんな感じね」
そう言ってキャシーが種にかざしていた手をどけると、俺とパーラは顔を寄せて小皿をのぞき込む。
皿に乗せていたサトウニンジンの種には、元々の見た目からの変化はない。
「…なんか変わったようには見えないね」
「それはそうよ。私の魔力で生命力と頑強さを強化しただけだから、変化が分かるのはある程度育ってからになるわね」
特定の環境では生育が悪いサトウニンジンだ。
やはり狙う効果は頑強さの強化をとキャシーには伝えていたため、そういう方向で改良してくれた。
俺は品種改良と呼んでいるが、キャシーがしたことはあくまでも自分の魔力で種に内包される生命力を強化しただけと、本人的にはさほど難しいことはしていないらしい。
ただ、単純な効果だけに、目に見えてわかりやすい変化は起きず、結果は育ててみなければわからないというわけだ。
「なるほど、ではもうこれで完了ということで?」
「ええ、後はアンディ君が植えるなりなんなり好きにするといいわ」
「季節的に、植えるのは来年になりそうですけどね」
改良したとはいえ冬に芽が出るわけではないので、雪が解けてから種を植えることになるだろう。
こうしてキャシーが改良したことでちゃんと生育できるか、それの確認も込めての種まきとなる。
春まではディケットに滞在して、その後に畑へと戻るとしよう。
植物というのはよく出来ているもので、種の状態なら適切な管理を行えば驚くほど長い間、保管できてしまう。
本音を言えば今すぐに植えてしまいたいところだが、こればかりは適切なタイミングを待つのみだ。
「ねぇねぇ、アンディ達の用事はこれで終わったんだよね?じゃあそろそろ夕食食べに行かない?私、昼抜きだったからもうお腹空いちゃって」
種を丁重に小袋へ移し終えると、それをいいタイミングと見たのかパーラがそんなことを言い出す。
そういえば、キャシーとの手合わせを終えたのが昼過ぎ頃で、それから一直線に学園へ戻ってきて作業をしてたからな。
言われて俺も腹の空き具合を改めて自覚した。
「そうだな、丁度校門も解放されてる時間だし、街で美味いもんでも食って帰るか。キャシーさんも、良かったら一緒にどうですか?」
「私?うーん、誘ってくれるのは嬉しいけど、この後少し用事があるのよ。だからごめんね」
「いえ、そういうことならまたの機会に」
これでキャシーも今回の訪問でやって来た集団の中でも偉い方なので、用事ぐらいはあるか。
もしかしたら、俺との手合わせの時間を捻出するために、夕方に仕事を回したというのかもしれない。
そんなわけで、キャシーとは校門を出てすぐに分かれ、俺とパーラはそろって街へと繰り出した。
いい時間ということもあって賑わう大通りを進み、いい匂いを頼りに適当な店へと入る。
注文を済ませ、料理が来るのを待っていると、パーラが何やら意味ありげな目で俺を見てきた。
「どうした?なんか言いたそうだな」
「別にー。ただ、アンディって年上の人好きだよね」
「いや、別にそんなことは無いと思うが」
俺は別に年齢で好き嫌いを決めない。
「キャシーさん、美人だったよねぇ。あとおっぱいも大きいし」
確かにキャシーは乳がでかい。
おまけに美人だ。
しかし、なんでまた急にその話をしだしたんだ?
「もしかしてさ、キャシーさんをパーティに引き入れる気?」
「はぁ?なんでそうなる」
「だって仲良さそうに手合わせなんかしちゃってさ」
「お前は何を見てたんだ?どこが楽しそうだったんだよ」
「え、キャシーさん笑ってたじゃん。楽しんでたんじゃないの?」
「向こうが一方的にな」
主にキャシーが俺の実力を見るためにと仕組まれた手合わせだったが、俺は楽しんで臨んでなどいなかった。
いつだって俺は勝負には真剣に挑む、そういう男だ。
「あのな、昨夜も言ったけど、あの手合わせは向こうが俺の実力をはかるって目的があったんだよ。だからキャシーさんがパーティに加わるとかは全くない。大体、あの人は聖鈴騎士だぞ?今更冒険者になんてなるかよ」
「…ほんと?私を捨ててキャシーさんとイチャコラするとかない?」
「ないよ。俺の相棒はお前だろ?…つーかなんだよ、イチャコラって」
どういうわけか、俺がキャシーと組んで、パーラは自分が捨てられると思ったようだが、どうしてそう考えたのか不思議でならない。
言いようから、俺とキャシーの手合わせに何かを感じてそういう心境に陥ったのか、不安そうな様子のパーラに、相棒と言う以外に安心させる言葉を俺は持たない。
「そっか……だよねー!流石に私に一言もなしにそういうことはしないか!いやぁーごめんね。最近アンディとは別行動が多かったから、なんかちょっと色々考えすぎちゃってさ」
俺の言葉がちゃんとパーラに響いたのか、何かを吹っ切れたような笑顔に変わった。
ついさっきまでの泣きそうな顔から一転して、清々しさはあるものの、それがどこか空々しさを覚えるのは、やはりパーラにそんな顔をさせたことが少しだけ俺の中で棘となっているせいか。
「そういやそうか。朝と夕以外はここんとこずっと別々だったな」
「うん。私がアミズさんの手伝いでしょ。アンディは……あれ、よく考えたらアンディって暇してなかった?だったら私のところに顔を出してくれてもよかったんじゃない!?」
おっと、今日のパーラは感情の揺れ幅が大きいようだ。
ここしばらくの間、俺が蔵書室の主になっていたことはパーラも知っていたので、それで気付いてしまったか。
「おい、あんまり大声を出すなって。店の中だぞ。…そうは言うが、前にちょっと覗いたけど、アミズさんの実験してる姿ってなんか怖いんだよ。だからちょっと行くのが躊躇われてな」
あの時は、夕日が差し込む実験室で、一人にやけながらサイケデリックな色の液体をかき混ぜていたアミズの姿に腰を抜かしそうになった。
一旦出直して戻ってくると、普通にアミズとは話が出来たのだが、それだけにあの光景がなお怖いものとして残ってしまっている。
「…まぁ確かに、実験中のアミズさんって時々凄い顔してるけど」
パーラも俺の言いたいことには納得したようで、実験の手伝いをしているうちに何度かそういう場面も見てしまったのだろう。
どこかバツの悪そうな顔に変わったことで、俺への追及も終わり、丁度よく運ばれてきた料理に手を付けていく。
今日の手合わせでは、パーラには狙撃手として待機してもらったこともあるし、今日の夕食は好きなものを好きなだけ食わせてやるとしよう。
俺を追及する勢いだったパーラも、食事になれば機嫌は一気によくなり、賑やかで穏やかな雰囲気で時間を過ごせた。
SIDE:キャサリン・ダウワー
手合わせを終え、アンディ達と別れたその足で宿へ戻ると、私の執務室に使っている部屋の前でヒューイットが待っていた。
私に気付いて向けてきた目には、いつになく真剣な光を宿しており、今この時にこうしているということは、恐らくアンディとの手合わせについて何か聞くことでもあるのだろう。
「あら、こんなところでどうしたの?仕事はもう終わった?それともなんかあった?」
「なんかあったというのなら、書類仕事を僕に全部任せてるのがどうかしてると言いたいね」
「それは私じゃなく、ウィンガル卿に言うのね」
ヒューイットへの懲罰として、滞在中に発生する諸々の仕事を、ヒューイットに全部やらせるというのは、私も賛同こそしたが発案と決定はウィンガル卿がしたものだ。
どうにかしたいのなら私に言っても仕方ない。
「まぁいいさ。それより、アンディ君と手合わせしてきたんだろ?よかったら話を聞かせてくれないか」
「そんなことで待ってたの?もの好きねぇ。ま、とりあえず、中へお入んなさい」
立ち話をするのもどうかと思い、部屋にヒューイットを招き入れてお互いにソファへ腰かける。
私が聖鈴騎士とうこともあって、そこそこいい部屋を用意してくれたおかげで、備え付けのソファも座り心地のいい上等なものだ。
「で、アンディ君との手合わせについてだったかしら?」
「うん。率直に聞くけど、君から見てアンディ君はどうだった?今後、僕たち聖鈴騎士にとって脅威となり得るかな?」
「そういうのは私に聞くより、二回も直接やりあったあなたの方が分かるんじゃない?」
手合わせはしょせん手合わせに過ぎず、全力でぶつかったヒューイットこそ、アンディの脅威は感じ取りやすいはず。
「もちろん、僕なりに分かってることもある。けど、それ以上に僕はキャシーの意見が知りたいんだ。聖鈴騎士一の、人物眼の持ち主である君のね」
挑むような、それでいて縋るようでもあるヒューイットの目に、思わずため息が零れた。
聖鈴騎士の中で、公正な人物評が出来る人間はそう多くない。
特に、教国やヤゼス教に仇名す人間を見出すという点においては、私以上に適任はいないと自負しているし、周りも認めている。
人生経験からくるものは勿論、元々そういうのを見抜く目が養われやすい環境で育ったというのもある。
そんな私から見て、アンディがどうなのかというのをヒューイットは知りたいのだろう。
正直、人間としてのアンディのことは気に入っているので、脅威だとかの物差しでは測りたくはない。
しかし一方で、手合わせを通してヒューイットの問いに答えることができる程度には判断材料を得ているのも事実で、そこからアンディが脅威足りえるかを知ることはできるのが、私自身の難儀な性だと思う。
「…そうねぇ、性格的には歪んだところもない、まっとうな人間だと言えるわね。思想の方はどうかわからないけど、こちらから何か仕掛けない限り、積極的に敵対することは無いと思うわ。…あなたとサニエリ元司教とのことみたいなのは特にね」
「ふんっ、その話はもうやめてくれよ。為人についてはどうでもいい。戦闘能力についての脅威はどう見る?」
「あら、それこそ、命の取り合いをしたヒューイットの方が分かるんじゃない?」
「僕の時は二回とも、全力とは言えなかったよ。そういうのを計るのは君が得意じゃないか。魔術師同士でこそ分かるものもあるだろ?」
確かアンディとの一度目の戦いでは、ヒューイットは捕縛のために殺さないように力を抑えていたと聞くし、今回は得意の武器を欠いた状態での戦いと、色々不足していたというのは理解できる。
しかし、私の場合も手合わせという本気とは言えないやりとりだった。
そんな状態でも分かるものがあると思っているのだろうか、この子は。
まぁあるけど。
「アンディ君との手合わせは、あくまでも手合わせ。だから実力の一旦から推測するぐらいだけど、それでも非凡な才能ってのは垣間見えたわね」
これでも長いこと生きてきて、魔術師との戦いはそれなりの数を経験している。
その中でも強敵と呼んでいい魔術師と比べて、アンディは格が違うと言っていいほど優れた魔術師だ。
「正面切って戦っても強いだろうけど、あの子は多分、搦め手とか意表を突く戦いが得意なんでしょうね。私の時もそういう手を使ったし。普通に戦っても十分強いのに、不意打ちを躊躇わない精神性を備えてるってのは、あの歳にしては少し出来過ぎだわ」
普通、あれぐらいの歳だと卑怯な手を嫌って、正々堂々にこだわったりするのだけど、アンディにはそういうのが全く見られない。
冒険者として生きてきて身に着いた性質だと言われれば納得するが、それにしては考え方がこなれすぎている。
「正攻法に縋らない魔術師って、見えないとこから攻撃してくると本当に厄介よ?サニエリ元司教の屋敷にあれだけのことをして逃げおおせたのも、アンディ君のそういうところのおかげでしょうね」
「それはつまり、アンディ君の魔術は暗殺向きってことかい?」
「暗殺〝も〟できるってこと」
険しい顔でそう言うヒューイットは、アンディが暗殺者となった場合を想定しているようだ。
ヒューイットは個人としての戦闘能力は聖鈴騎士でも随一だが、探知や看破といった能力はあまり高くない。
仕事柄、要人の護衛をすることもある私達にとって、暗殺者への警戒は怠ることを許されないのだが、何事にも向き不向きというのはある。
もしも自分、あるいは護衛対象が暗殺の危険にさらされたときのことを考えてか、ヒューイットの顔には大分苦悩が見られる。
「土に雷、あと水も使えるって聞いたけど、複数属性が使える時点で十分多彩なうえ、術の応用力も並外れて高い。多分、やれることの範囲は私なんかより大分広いわね」
「あの夜葬花がそうまで言うとはね。それほどの魔術師ということか」
「そうね。ただ、私も今が冬じゃなければもうちょっとやれてたから、夏場の森の中って言う条件なら、私一人でアンディ君を無力化することはできる、と付け加えておくわ」
聖鈴騎士の中でも、私ほど条件次第で戦闘能力が変わる人間はいない。
季節によっては序列が上下しそうなぐらい、強さに幅がある。
そのため、完全に優位な状態の私ならアンディをどうにかできるだろうけど、逆に最弱な時、特に冬の岩場とかならあっさり負けると、自信を持って言える。
「もし仮に、アンディ君が本気で暗殺を仕掛けてきたとしたら、聖鈴騎士の序列上位陣が四人がかりで防げるかどうかってところかしら。私を抜きにした上でね」
「それはまた随分と危険な相手だ。今からでも殺しておくべきかな?」
「バカね、下手に手を出して敵に回したらまずいのよ。アンディ君の性格を考えれば、よっぽどのことをしなきゃこっちと対立はしないわ」
「僕とサニエリ元司教は攻撃されたけど?」
「よっぽどのことをしたからでしょ」
真っ当に暮らしていて、ある日いきなり不当に投獄されていい気分になる人間などいない。
復讐するかどうかは人によるが、私だったらそうしてる。
「ヒューイットの危惧もわかるけど、基本的にアンディ君は善性を持った人間よ。不当なことや命を狙われたりとかしない限りは、敵に回すのは得策じゃない、というのが私の見立てね」
「…そうかい。ま、差しあたっての敵対は心配しなくていいってのは分かったよ。悪かったね、長々と説明させちゃって」
「いいわよ。久しぶりに可愛いバカ弟子が頼ってくれたんだもの。これぐらいはね」
「弟子はともかく、バカはないんじゃないかい?」
「何言ってるのよ。あれだけのことして、バカをつけてるだけで弟子扱いしてる私の懐の深さに感謝しなさい」
既に私から独立しているとはいえ、元弟子ということであの事件の後には私にも非難の声は少なからずあった。
監督不行き届きとまではいかずとも、教育を失敗したと言われれば腹も立つ。
こんなでも聖鈴騎士としてのヒューイットは私が育てた。
謹慎処分を終えて、その身柄を預かる先を上層部が探していると聞いたときは、真っ先に名乗りを上げたほどには、弟子としての愛情を抱いているつもりだ。
私自身に子はいないが、バカな子ほどかわいいというのはヒューイットで体験しているので、多少のことでは見捨てることは無いだろう。
「…迷惑をかけたってのは分かってるけど、だからっていつまでも僕を子供扱いするのはやめてくれよ」
「こうして私が身柄を預かってる間は、立派な大人とは言えないわねぇ。あぁ、そういえば、例の人工翼の件。ラサン族の誰かが今日来たそうね?どうなったの?」
生意気なことを言うヒューイットに釘を刺し、ふと思い出したことを尋ねてみる。
ついさっき、ウィンガル卿の随行員と偶々顔を合わせた時に軽くその話をされたが、人工翼絡みは現状、ヒューイットが情報の取りまとめをしているので、詳しく聞くならこの子が適任だ。
「どうもなにも、そのラサン族の人、クレインって言うんだけど、彼はあくまでも先触れで、何日か遅れてもう一人来るから、人工翼についての話を進めるのはもう少し待ってほしいって言われたんだよ」
「もう一人?なにそれ、なんで一緒に来なかったの?」
私達がここにいる理由である、人工翼について色々知るという目的のために、学園長がわざわざ呼んでくれたラサン族の人だが、何故わざわざ二回に分けてやって来るのか。
こっちとしてはさっさと話を進めたいのだから、そのクレインという人から話を聞けばそれでいいだろうに。
「そりゃ人工翼で飛んだ人と馬車で来る人の違いだね。そのクレインは人工翼で文字通り、飛んできたからさ」
空を飛べるということは地形をほぼ無視できるために、馬車よりも遥かに早く移動できる。
クレインはその馬車で来る人から先行して来たのだろうが、そうなると今ウィンガル卿が求めていた、制作者以外で人工翼の飛行を経験した人間というのが彼なわけだ。
「へぇ、ならそのクレインって人に話を聞けばいいと思うけど、待つってことはその後から来る人が重要ってことかしら?」
「さぁね。学園長がそうするべきだって判断したってことはそうかもしれないけど」
「ふぅむ、なら人が揃うまで待つとしますか。どうせウィンガル卿もそうする気なんでしょ?」
「ああ。でなきゃ僕がこんな断言する言いようはできないさ」
ヒューイットにもある程度の裁量権はあるが、こと飛空艇開発に関することとなればここではウィンガル卿が最終的な決定権を持っている。
人工翼のことについても同様で、クレインから遅れてやって来る何某かを待つというのも既に決定事項となったのだろう。
「あ、じゃあその人工翼も学園にあるってことになるのよね?見たの?」
「いや、実物は見てない。けど、今は研究室に保管されてるってのは聞いたよ。確か…ヒエスだったっけか。その学生に与えられてる研究室兼倉庫にね」
ヒエス…確か人工翼をアンディと一緒に完成させた生徒だったか。
そりゃあ保管するのなら彼の下が適任ではあるね。
「ふぅーん、じゃあ明日辺りちょっと見てこようかしら。ヒューイット、あなたも一緒にどう?」
「仕事がなければご一緒したいね。仕事がなければ」
「なら無理ね」
二度言うあたり、私に対する当てつけのつもりだろうけど、だからといって仕事を手伝おうという気にはならない。
別にどうしても一緒に行こうという訳ではないし、それならそれで私一人で人工翼を見に行くつもりだ。
皆が皆そうではないが、聖鈴騎士は机仕事を嫌う傾向にあり、それは私にも言えることで、罰という名目で仕事を丸投げできている現状は楽で楽で仕方ない。
いっそのこと、暫くは私の監督下でヒューイットに書類仕事をさせるのもいいと思える。
可愛い元弟子を守るのとひん曲がった性根の矯正に加え、面倒な書類仕事も任せられるとは、こんなにも嬉しいことは無い。
こうして自由に動き回れるのも、ヒューイットのおかげだし、明日はこの子の分も私が人工翼をしっかりと鑑賞してこよう。
SIDE:END
キャシーとの手合わせから数日が経ち、俺達はいつもの日常を送っていた。
手合わせを学園の生徒には知らせずに行ったことで、夜葬花との魔術バトルを見たがっていた生徒達からは顰蹙を貰いはしたが、手合わせは遊びではないので俺とキャシーは聞く耳を持つことは無かった。
ただ、どこから伝わったのかキャシーを俺が倒したという結果だけは知られてしまい、それまでの俺への『ちょっと変わった土魔術を使える奴』というイメージから、『限定条件下ではあるが夜葬花を倒した凄い奴』へ認識が改められ、学園内を歩くと尊敬の眼差しを向けられることが増えた。
しかし同時に、強い奴に会いに来た系の人間からは剣呑な気配を向けられることも増え、その内決闘を申し込まれるのではないかと戦々恐々だったりもする。
まぁこれで俺が学園の生徒だったら、上級生とかから言いがかりをつけられてとっくに決闘騒ぎになっていただろうが、今の俺は臨時とはいえ講師ではあるので、その心配はない。
この立場を手に入れておいた俺の先見の明を褒めたいところだ。
そして、ようやくというべきかもうというべきか、クレインが学園へとやってきた。
人工翼を実際に使った人間の話を聞くということで、学園長が招聘したのだが、使者を送り出してからやって来るまでが意外と早かったように思える。
学園長から聞いた話だと、ラサン族の村と学園の距離を考えると半月はかかると予想していた所に、冬場に吹く山あいの強風と特有の季節風に乗って人工翼でやってきたそうだ。
すぐにでもウィンガルを呼んで話し合いになるかと思いきや、クレインがもう一人同席させたいのがいると言い、とりあえず話し合いの席はまだ先延ばしとなっている。
その同席させたいというのはクレインの弟らしく、人工翼についてラサン族でも扱いに揉めたところがあるため、それについても学園長に相談しておきたいことがあるとのこと。
人工翼は現状一つしかないため、クレインがまずは説明役として先行して、弟は馬車で遅れてやって来るそうだ。
クレインとしてはその話し合いの席にヒエスもいて欲しいようだったが、レゾンタムからヒエスの現状を聞くと、無理はさせまいとあっさり引き下がった。
鳥人族にとって、ヒエスは空を取り戻してくれた恩人という扱いなので、そのヒエスが疲れ切っているとなれば無理強いはできないのだろう。
さらに、娘のジルをヒエスの世話に回そうと提案するぐらい、心配する様子を見せている。
今のヒエスの状況を考えると、サポートしてくれる人間は多ければ多い方がいい。
人工翼の件で恩を感じているラサン族の人間なら、それも相応しいのでそう悪い話ではない。
勿論、ジルの意思を確認してのことになるが、その辺りは当人達で決めてもらいたい。
ともあれ、さほど久しぶりでもないが再会を懐かしんでいたところに、街の衛兵がクレインを尋ねてきた。
ただ事ではない空気を纏いながらクレインへ伝えた言葉は、傍にいた俺にも衝撃を与えるものだった。
その衛兵が言うには、今日、巡察に出ていた騎士により、馭者と乗客の合わせて二人が遺体となって放置されている馬車がみつかったとのこと。
発見した騎士が偶々、現在学園に滞在しているラサン族のことを知っている人間で、身元を確認したところクレインの弟だと分かったため、こうして報告に来たという訳だった。
この後の予定に一緒に食事でもと話していた穏やかな空気から一転、動揺と怒りの感情に染まったクレインが駆け出し、それに少し遅れて俺も後に続いていく。
恐らく詳しい話を聞くために詰め所へ向かうと思われるが、そこから先は馬車の発見現場にまで足を運ぶことも考えられる。
俺が着いて行ってどうなるものでもないが、一緒に報告を聞いてしまった以上、付き合うのが人情というものだ。
クレインとは付き合いはそう長くないが、一緒に空を飛んだ仲ということで多少の仲間意識を持ってしまう。
家族が死んだと聞いて動揺しているだろうから、幾分かでも和らげられるよう、暫くは一緒に行動するとしよう。
遺体となった経緯はまだ全く分からないが、次第によっては荒事もあり得るので、パーラにも来てもらった方が良いのだろうか。
確か今日のパーラは、アミズの手伝いが休みで、ギルドへ顔を出していたはず。
今進んでいる道の途中でギルドの前を通るから、一瞬だけ中を見てパーラがいたら声をかけるとしよう。
恐ろしい勢いで通りを行くクレインは、後ろについている俺からは分からないが、よっぽど怖い顔をしているようで、一言も発せずに人の群れが割れて道が出来ていく。
着いていくのは楽でいいのだが、街の平和を乱しているような気がして少しだけ申し訳なく思う。
午前の穏やかなひと時は失われ、騒がしいスタートを切る日になってしまったことが残念でならない。
「いや、私も初めてやるわよ、こんなの。私の固有魔術が植物に特化してるからってのはあるけど、上手くいくかは分からないわ。ま、何事もやってみないとね」
学園のとある一室で、野菜の種が乗った小皿に何やら魔術を施しているキャシーを、俺とパーラはテーブル越しに見ている。
ディケットの街に戻ると、門で合流したパーラとキャシーが互いに名乗りあい、やや警戒気味だったパーラにキャシーがフレンドリーに接することですぐに打ち解け、学園に着く頃には笑顔で会話をするほどにまでなっていた。
グロウズのせいで聖鈴騎士というものにあまりいいイメージを持っていなかったパーラだが、キャシーの為人に触れることでそういう感情も収めることはできたようだ。
「でもサトウニンジンだっけ?砂漠で育つ植物をこっちでも育てたいだなんて、アンディ君も欲張りね」
「そうですかね?美味い物をどこででも食べたいってのは、人の性だと思いますが」
「アンディってそういうとこあるからね。普通なら諦めるのだって、やり方を変えてどうにかしようって考えたりさ」
「ふーん、そういう考えは嫌いじゃないけど、あんまりやり過ぎると生きてくのも大変よ?…はい、終わり。こんな感じね」
そう言ってキャシーが種にかざしていた手をどけると、俺とパーラは顔を寄せて小皿をのぞき込む。
皿に乗せていたサトウニンジンの種には、元々の見た目からの変化はない。
「…なんか変わったようには見えないね」
「それはそうよ。私の魔力で生命力と頑強さを強化しただけだから、変化が分かるのはある程度育ってからになるわね」
特定の環境では生育が悪いサトウニンジンだ。
やはり狙う効果は頑強さの強化をとキャシーには伝えていたため、そういう方向で改良してくれた。
俺は品種改良と呼んでいるが、キャシーがしたことはあくまでも自分の魔力で種に内包される生命力を強化しただけと、本人的にはさほど難しいことはしていないらしい。
ただ、単純な効果だけに、目に見えてわかりやすい変化は起きず、結果は育ててみなければわからないというわけだ。
「なるほど、ではもうこれで完了ということで?」
「ええ、後はアンディ君が植えるなりなんなり好きにするといいわ」
「季節的に、植えるのは来年になりそうですけどね」
改良したとはいえ冬に芽が出るわけではないので、雪が解けてから種を植えることになるだろう。
こうしてキャシーが改良したことでちゃんと生育できるか、それの確認も込めての種まきとなる。
春まではディケットに滞在して、その後に畑へと戻るとしよう。
植物というのはよく出来ているもので、種の状態なら適切な管理を行えば驚くほど長い間、保管できてしまう。
本音を言えば今すぐに植えてしまいたいところだが、こればかりは適切なタイミングを待つのみだ。
「ねぇねぇ、アンディ達の用事はこれで終わったんだよね?じゃあそろそろ夕食食べに行かない?私、昼抜きだったからもうお腹空いちゃって」
種を丁重に小袋へ移し終えると、それをいいタイミングと見たのかパーラがそんなことを言い出す。
そういえば、キャシーとの手合わせを終えたのが昼過ぎ頃で、それから一直線に学園へ戻ってきて作業をしてたからな。
言われて俺も腹の空き具合を改めて自覚した。
「そうだな、丁度校門も解放されてる時間だし、街で美味いもんでも食って帰るか。キャシーさんも、良かったら一緒にどうですか?」
「私?うーん、誘ってくれるのは嬉しいけど、この後少し用事があるのよ。だからごめんね」
「いえ、そういうことならまたの機会に」
これでキャシーも今回の訪問でやって来た集団の中でも偉い方なので、用事ぐらいはあるか。
もしかしたら、俺との手合わせの時間を捻出するために、夕方に仕事を回したというのかもしれない。
そんなわけで、キャシーとは校門を出てすぐに分かれ、俺とパーラはそろって街へと繰り出した。
いい時間ということもあって賑わう大通りを進み、いい匂いを頼りに適当な店へと入る。
注文を済ませ、料理が来るのを待っていると、パーラが何やら意味ありげな目で俺を見てきた。
「どうした?なんか言いたそうだな」
「別にー。ただ、アンディって年上の人好きだよね」
「いや、別にそんなことは無いと思うが」
俺は別に年齢で好き嫌いを決めない。
「キャシーさん、美人だったよねぇ。あとおっぱいも大きいし」
確かにキャシーは乳がでかい。
おまけに美人だ。
しかし、なんでまた急にその話をしだしたんだ?
「もしかしてさ、キャシーさんをパーティに引き入れる気?」
「はぁ?なんでそうなる」
「だって仲良さそうに手合わせなんかしちゃってさ」
「お前は何を見てたんだ?どこが楽しそうだったんだよ」
「え、キャシーさん笑ってたじゃん。楽しんでたんじゃないの?」
「向こうが一方的にな」
主にキャシーが俺の実力を見るためにと仕組まれた手合わせだったが、俺は楽しんで臨んでなどいなかった。
いつだって俺は勝負には真剣に挑む、そういう男だ。
「あのな、昨夜も言ったけど、あの手合わせは向こうが俺の実力をはかるって目的があったんだよ。だからキャシーさんがパーティに加わるとかは全くない。大体、あの人は聖鈴騎士だぞ?今更冒険者になんてなるかよ」
「…ほんと?私を捨ててキャシーさんとイチャコラするとかない?」
「ないよ。俺の相棒はお前だろ?…つーかなんだよ、イチャコラって」
どういうわけか、俺がキャシーと組んで、パーラは自分が捨てられると思ったようだが、どうしてそう考えたのか不思議でならない。
言いようから、俺とキャシーの手合わせに何かを感じてそういう心境に陥ったのか、不安そうな様子のパーラに、相棒と言う以外に安心させる言葉を俺は持たない。
「そっか……だよねー!流石に私に一言もなしにそういうことはしないか!いやぁーごめんね。最近アンディとは別行動が多かったから、なんかちょっと色々考えすぎちゃってさ」
俺の言葉がちゃんとパーラに響いたのか、何かを吹っ切れたような笑顔に変わった。
ついさっきまでの泣きそうな顔から一転して、清々しさはあるものの、それがどこか空々しさを覚えるのは、やはりパーラにそんな顔をさせたことが少しだけ俺の中で棘となっているせいか。
「そういやそうか。朝と夕以外はここんとこずっと別々だったな」
「うん。私がアミズさんの手伝いでしょ。アンディは……あれ、よく考えたらアンディって暇してなかった?だったら私のところに顔を出してくれてもよかったんじゃない!?」
おっと、今日のパーラは感情の揺れ幅が大きいようだ。
ここしばらくの間、俺が蔵書室の主になっていたことはパーラも知っていたので、それで気付いてしまったか。
「おい、あんまり大声を出すなって。店の中だぞ。…そうは言うが、前にちょっと覗いたけど、アミズさんの実験してる姿ってなんか怖いんだよ。だからちょっと行くのが躊躇われてな」
あの時は、夕日が差し込む実験室で、一人にやけながらサイケデリックな色の液体をかき混ぜていたアミズの姿に腰を抜かしそうになった。
一旦出直して戻ってくると、普通にアミズとは話が出来たのだが、それだけにあの光景がなお怖いものとして残ってしまっている。
「…まぁ確かに、実験中のアミズさんって時々凄い顔してるけど」
パーラも俺の言いたいことには納得したようで、実験の手伝いをしているうちに何度かそういう場面も見てしまったのだろう。
どこかバツの悪そうな顔に変わったことで、俺への追及も終わり、丁度よく運ばれてきた料理に手を付けていく。
今日の手合わせでは、パーラには狙撃手として待機してもらったこともあるし、今日の夕食は好きなものを好きなだけ食わせてやるとしよう。
俺を追及する勢いだったパーラも、食事になれば機嫌は一気によくなり、賑やかで穏やかな雰囲気で時間を過ごせた。
SIDE:キャサリン・ダウワー
手合わせを終え、アンディ達と別れたその足で宿へ戻ると、私の執務室に使っている部屋の前でヒューイットが待っていた。
私に気付いて向けてきた目には、いつになく真剣な光を宿しており、今この時にこうしているということは、恐らくアンディとの手合わせについて何か聞くことでもあるのだろう。
「あら、こんなところでどうしたの?仕事はもう終わった?それともなんかあった?」
「なんかあったというのなら、書類仕事を僕に全部任せてるのがどうかしてると言いたいね」
「それは私じゃなく、ウィンガル卿に言うのね」
ヒューイットへの懲罰として、滞在中に発生する諸々の仕事を、ヒューイットに全部やらせるというのは、私も賛同こそしたが発案と決定はウィンガル卿がしたものだ。
どうにかしたいのなら私に言っても仕方ない。
「まぁいいさ。それより、アンディ君と手合わせしてきたんだろ?よかったら話を聞かせてくれないか」
「そんなことで待ってたの?もの好きねぇ。ま、とりあえず、中へお入んなさい」
立ち話をするのもどうかと思い、部屋にヒューイットを招き入れてお互いにソファへ腰かける。
私が聖鈴騎士とうこともあって、そこそこいい部屋を用意してくれたおかげで、備え付けのソファも座り心地のいい上等なものだ。
「で、アンディ君との手合わせについてだったかしら?」
「うん。率直に聞くけど、君から見てアンディ君はどうだった?今後、僕たち聖鈴騎士にとって脅威となり得るかな?」
「そういうのは私に聞くより、二回も直接やりあったあなたの方が分かるんじゃない?」
手合わせはしょせん手合わせに過ぎず、全力でぶつかったヒューイットこそ、アンディの脅威は感じ取りやすいはず。
「もちろん、僕なりに分かってることもある。けど、それ以上に僕はキャシーの意見が知りたいんだ。聖鈴騎士一の、人物眼の持ち主である君のね」
挑むような、それでいて縋るようでもあるヒューイットの目に、思わずため息が零れた。
聖鈴騎士の中で、公正な人物評が出来る人間はそう多くない。
特に、教国やヤゼス教に仇名す人間を見出すという点においては、私以上に適任はいないと自負しているし、周りも認めている。
人生経験からくるものは勿論、元々そういうのを見抜く目が養われやすい環境で育ったというのもある。
そんな私から見て、アンディがどうなのかというのをヒューイットは知りたいのだろう。
正直、人間としてのアンディのことは気に入っているので、脅威だとかの物差しでは測りたくはない。
しかし一方で、手合わせを通してヒューイットの問いに答えることができる程度には判断材料を得ているのも事実で、そこからアンディが脅威足りえるかを知ることはできるのが、私自身の難儀な性だと思う。
「…そうねぇ、性格的には歪んだところもない、まっとうな人間だと言えるわね。思想の方はどうかわからないけど、こちらから何か仕掛けない限り、積極的に敵対することは無いと思うわ。…あなたとサニエリ元司教とのことみたいなのは特にね」
「ふんっ、その話はもうやめてくれよ。為人についてはどうでもいい。戦闘能力についての脅威はどう見る?」
「あら、それこそ、命の取り合いをしたヒューイットの方が分かるんじゃない?」
「僕の時は二回とも、全力とは言えなかったよ。そういうのを計るのは君が得意じゃないか。魔術師同士でこそ分かるものもあるだろ?」
確かアンディとの一度目の戦いでは、ヒューイットは捕縛のために殺さないように力を抑えていたと聞くし、今回は得意の武器を欠いた状態での戦いと、色々不足していたというのは理解できる。
しかし、私の場合も手合わせという本気とは言えないやりとりだった。
そんな状態でも分かるものがあると思っているのだろうか、この子は。
まぁあるけど。
「アンディ君との手合わせは、あくまでも手合わせ。だから実力の一旦から推測するぐらいだけど、それでも非凡な才能ってのは垣間見えたわね」
これでも長いこと生きてきて、魔術師との戦いはそれなりの数を経験している。
その中でも強敵と呼んでいい魔術師と比べて、アンディは格が違うと言っていいほど優れた魔術師だ。
「正面切って戦っても強いだろうけど、あの子は多分、搦め手とか意表を突く戦いが得意なんでしょうね。私の時もそういう手を使ったし。普通に戦っても十分強いのに、不意打ちを躊躇わない精神性を備えてるってのは、あの歳にしては少し出来過ぎだわ」
普通、あれぐらいの歳だと卑怯な手を嫌って、正々堂々にこだわったりするのだけど、アンディにはそういうのが全く見られない。
冒険者として生きてきて身に着いた性質だと言われれば納得するが、それにしては考え方がこなれすぎている。
「正攻法に縋らない魔術師って、見えないとこから攻撃してくると本当に厄介よ?サニエリ元司教の屋敷にあれだけのことをして逃げおおせたのも、アンディ君のそういうところのおかげでしょうね」
「それはつまり、アンディ君の魔術は暗殺向きってことかい?」
「暗殺〝も〟できるってこと」
険しい顔でそう言うヒューイットは、アンディが暗殺者となった場合を想定しているようだ。
ヒューイットは個人としての戦闘能力は聖鈴騎士でも随一だが、探知や看破といった能力はあまり高くない。
仕事柄、要人の護衛をすることもある私達にとって、暗殺者への警戒は怠ることを許されないのだが、何事にも向き不向きというのはある。
もしも自分、あるいは護衛対象が暗殺の危険にさらされたときのことを考えてか、ヒューイットの顔には大分苦悩が見られる。
「土に雷、あと水も使えるって聞いたけど、複数属性が使える時点で十分多彩なうえ、術の応用力も並外れて高い。多分、やれることの範囲は私なんかより大分広いわね」
「あの夜葬花がそうまで言うとはね。それほどの魔術師ということか」
「そうね。ただ、私も今が冬じゃなければもうちょっとやれてたから、夏場の森の中って言う条件なら、私一人でアンディ君を無力化することはできる、と付け加えておくわ」
聖鈴騎士の中でも、私ほど条件次第で戦闘能力が変わる人間はいない。
季節によっては序列が上下しそうなぐらい、強さに幅がある。
そのため、完全に優位な状態の私ならアンディをどうにかできるだろうけど、逆に最弱な時、特に冬の岩場とかならあっさり負けると、自信を持って言える。
「もし仮に、アンディ君が本気で暗殺を仕掛けてきたとしたら、聖鈴騎士の序列上位陣が四人がかりで防げるかどうかってところかしら。私を抜きにした上でね」
「それはまた随分と危険な相手だ。今からでも殺しておくべきかな?」
「バカね、下手に手を出して敵に回したらまずいのよ。アンディ君の性格を考えれば、よっぽどのことをしなきゃこっちと対立はしないわ」
「僕とサニエリ元司教は攻撃されたけど?」
「よっぽどのことをしたからでしょ」
真っ当に暮らしていて、ある日いきなり不当に投獄されていい気分になる人間などいない。
復讐するかどうかは人によるが、私だったらそうしてる。
「ヒューイットの危惧もわかるけど、基本的にアンディ君は善性を持った人間よ。不当なことや命を狙われたりとかしない限りは、敵に回すのは得策じゃない、というのが私の見立てね」
「…そうかい。ま、差しあたっての敵対は心配しなくていいってのは分かったよ。悪かったね、長々と説明させちゃって」
「いいわよ。久しぶりに可愛いバカ弟子が頼ってくれたんだもの。これぐらいはね」
「弟子はともかく、バカはないんじゃないかい?」
「何言ってるのよ。あれだけのことして、バカをつけてるだけで弟子扱いしてる私の懐の深さに感謝しなさい」
既に私から独立しているとはいえ、元弟子ということであの事件の後には私にも非難の声は少なからずあった。
監督不行き届きとまではいかずとも、教育を失敗したと言われれば腹も立つ。
こんなでも聖鈴騎士としてのヒューイットは私が育てた。
謹慎処分を終えて、その身柄を預かる先を上層部が探していると聞いたときは、真っ先に名乗りを上げたほどには、弟子としての愛情を抱いているつもりだ。
私自身に子はいないが、バカな子ほどかわいいというのはヒューイットで体験しているので、多少のことでは見捨てることは無いだろう。
「…迷惑をかけたってのは分かってるけど、だからっていつまでも僕を子供扱いするのはやめてくれよ」
「こうして私が身柄を預かってる間は、立派な大人とは言えないわねぇ。あぁ、そういえば、例の人工翼の件。ラサン族の誰かが今日来たそうね?どうなったの?」
生意気なことを言うヒューイットに釘を刺し、ふと思い出したことを尋ねてみる。
ついさっき、ウィンガル卿の随行員と偶々顔を合わせた時に軽くその話をされたが、人工翼絡みは現状、ヒューイットが情報の取りまとめをしているので、詳しく聞くならこの子が適任だ。
「どうもなにも、そのラサン族の人、クレインって言うんだけど、彼はあくまでも先触れで、何日か遅れてもう一人来るから、人工翼についての話を進めるのはもう少し待ってほしいって言われたんだよ」
「もう一人?なにそれ、なんで一緒に来なかったの?」
私達がここにいる理由である、人工翼について色々知るという目的のために、学園長がわざわざ呼んでくれたラサン族の人だが、何故わざわざ二回に分けてやって来るのか。
こっちとしてはさっさと話を進めたいのだから、そのクレインという人から話を聞けばそれでいいだろうに。
「そりゃ人工翼で飛んだ人と馬車で来る人の違いだね。そのクレインは人工翼で文字通り、飛んできたからさ」
空を飛べるということは地形をほぼ無視できるために、馬車よりも遥かに早く移動できる。
クレインはその馬車で来る人から先行して来たのだろうが、そうなると今ウィンガル卿が求めていた、制作者以外で人工翼の飛行を経験した人間というのが彼なわけだ。
「へぇ、ならそのクレインって人に話を聞けばいいと思うけど、待つってことはその後から来る人が重要ってことかしら?」
「さぁね。学園長がそうするべきだって判断したってことはそうかもしれないけど」
「ふぅむ、なら人が揃うまで待つとしますか。どうせウィンガル卿もそうする気なんでしょ?」
「ああ。でなきゃ僕がこんな断言する言いようはできないさ」
ヒューイットにもある程度の裁量権はあるが、こと飛空艇開発に関することとなればここではウィンガル卿が最終的な決定権を持っている。
人工翼のことについても同様で、クレインから遅れてやって来る何某かを待つというのも既に決定事項となったのだろう。
「あ、じゃあその人工翼も学園にあるってことになるのよね?見たの?」
「いや、実物は見てない。けど、今は研究室に保管されてるってのは聞いたよ。確か…ヒエスだったっけか。その学生に与えられてる研究室兼倉庫にね」
ヒエス…確か人工翼をアンディと一緒に完成させた生徒だったか。
そりゃあ保管するのなら彼の下が適任ではあるね。
「ふぅーん、じゃあ明日辺りちょっと見てこようかしら。ヒューイット、あなたも一緒にどう?」
「仕事がなければご一緒したいね。仕事がなければ」
「なら無理ね」
二度言うあたり、私に対する当てつけのつもりだろうけど、だからといって仕事を手伝おうという気にはならない。
別にどうしても一緒に行こうという訳ではないし、それならそれで私一人で人工翼を見に行くつもりだ。
皆が皆そうではないが、聖鈴騎士は机仕事を嫌う傾向にあり、それは私にも言えることで、罰という名目で仕事を丸投げできている現状は楽で楽で仕方ない。
いっそのこと、暫くは私の監督下でヒューイットに書類仕事をさせるのもいいと思える。
可愛い元弟子を守るのとひん曲がった性根の矯正に加え、面倒な書類仕事も任せられるとは、こんなにも嬉しいことは無い。
こうして自由に動き回れるのも、ヒューイットのおかげだし、明日はこの子の分も私が人工翼をしっかりと鑑賞してこよう。
SIDE:END
キャシーとの手合わせから数日が経ち、俺達はいつもの日常を送っていた。
手合わせを学園の生徒には知らせずに行ったことで、夜葬花との魔術バトルを見たがっていた生徒達からは顰蹙を貰いはしたが、手合わせは遊びではないので俺とキャシーは聞く耳を持つことは無かった。
ただ、どこから伝わったのかキャシーを俺が倒したという結果だけは知られてしまい、それまでの俺への『ちょっと変わった土魔術を使える奴』というイメージから、『限定条件下ではあるが夜葬花を倒した凄い奴』へ認識が改められ、学園内を歩くと尊敬の眼差しを向けられることが増えた。
しかし同時に、強い奴に会いに来た系の人間からは剣呑な気配を向けられることも増え、その内決闘を申し込まれるのではないかと戦々恐々だったりもする。
まぁこれで俺が学園の生徒だったら、上級生とかから言いがかりをつけられてとっくに決闘騒ぎになっていただろうが、今の俺は臨時とはいえ講師ではあるので、その心配はない。
この立場を手に入れておいた俺の先見の明を褒めたいところだ。
そして、ようやくというべきかもうというべきか、クレインが学園へとやってきた。
人工翼を実際に使った人間の話を聞くということで、学園長が招聘したのだが、使者を送り出してからやって来るまでが意外と早かったように思える。
学園長から聞いた話だと、ラサン族の村と学園の距離を考えると半月はかかると予想していた所に、冬場に吹く山あいの強風と特有の季節風に乗って人工翼でやってきたそうだ。
すぐにでもウィンガルを呼んで話し合いになるかと思いきや、クレインがもう一人同席させたいのがいると言い、とりあえず話し合いの席はまだ先延ばしとなっている。
その同席させたいというのはクレインの弟らしく、人工翼についてラサン族でも扱いに揉めたところがあるため、それについても学園長に相談しておきたいことがあるとのこと。
人工翼は現状一つしかないため、クレインがまずは説明役として先行して、弟は馬車で遅れてやって来るそうだ。
クレインとしてはその話し合いの席にヒエスもいて欲しいようだったが、レゾンタムからヒエスの現状を聞くと、無理はさせまいとあっさり引き下がった。
鳥人族にとって、ヒエスは空を取り戻してくれた恩人という扱いなので、そのヒエスが疲れ切っているとなれば無理強いはできないのだろう。
さらに、娘のジルをヒエスの世話に回そうと提案するぐらい、心配する様子を見せている。
今のヒエスの状況を考えると、サポートしてくれる人間は多ければ多い方がいい。
人工翼の件で恩を感じているラサン族の人間なら、それも相応しいのでそう悪い話ではない。
勿論、ジルの意思を確認してのことになるが、その辺りは当人達で決めてもらいたい。
ともあれ、さほど久しぶりでもないが再会を懐かしんでいたところに、街の衛兵がクレインを尋ねてきた。
ただ事ではない空気を纏いながらクレインへ伝えた言葉は、傍にいた俺にも衝撃を与えるものだった。
その衛兵が言うには、今日、巡察に出ていた騎士により、馭者と乗客の合わせて二人が遺体となって放置されている馬車がみつかったとのこと。
発見した騎士が偶々、現在学園に滞在しているラサン族のことを知っている人間で、身元を確認したところクレインの弟だと分かったため、こうして報告に来たという訳だった。
この後の予定に一緒に食事でもと話していた穏やかな空気から一転、動揺と怒りの感情に染まったクレインが駆け出し、それに少し遅れて俺も後に続いていく。
恐らく詳しい話を聞くために詰め所へ向かうと思われるが、そこから先は馬車の発見現場にまで足を運ぶことも考えられる。
俺が着いて行ってどうなるものでもないが、一緒に報告を聞いてしまった以上、付き合うのが人情というものだ。
クレインとは付き合いはそう長くないが、一緒に空を飛んだ仲ということで多少の仲間意識を持ってしまう。
家族が死んだと聞いて動揺しているだろうから、幾分かでも和らげられるよう、暫くは一緒に行動するとしよう。
遺体となった経緯はまだ全く分からないが、次第によっては荒事もあり得るので、パーラにも来てもらった方が良いのだろうか。
確か今日のパーラは、アミズの手伝いが休みで、ギルドへ顔を出していたはず。
今進んでいる道の途中でギルドの前を通るから、一瞬だけ中を見てパーラがいたら声をかけるとしよう。
恐ろしい勢いで通りを行くクレインは、後ろについている俺からは分からないが、よっぽど怖い顔をしているようで、一言も発せずに人の群れが割れて道が出来ていく。
着いていくのは楽でいいのだが、街の平和を乱しているような気がして少しだけ申し訳なく思う。
午前の穏やかなひと時は失われ、騒がしいスタートを切る日になってしまったことが残念でならない。
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