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スワラッド商国
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この世界では、海を隔てた大陸同士での交流は基本的に行われていない。
過去には大陸間を頻繁に行き来していた記録もあるが、それも今は遠い昔の話だ。
あくまでも基本的にというだけで、実際は極稀に海を越えてやってくる船もあり、嵐などによって航路を大きく外れた交易船が漂流してきたりする。
漂着できるのは運がいい方で、ひどい場合だと海棲の魔物に襲われて肉片程度となった人体が乗った残骸が流れ着くこともあるそうだ。
というより、むしろその方が多い。
比較的無事に着いた船は、漂着した先で積み荷を売り払い、船を修復したりするなどでそれなりに長い滞在となり、そうなると船員などから他の大陸の話を聞くことはあるが、その際に彼方と此方で大陸名を呼びあうということはしない。
なぜなら、住む人間にとって自分が今立つ大地を何々大陸と呼ぶこともないからだ。
普通なら互いの地に呼び名がないなど不便極まりなく、必要に駆られるかして暫定的にでも大陸に名前をつけるものだが、そうしたこともなかった点からも大陸同士の交流がないというのがわかる。
これらの漂着した船がその後、自分達の元いた地へ運よく帰還し、海の向こうに大陸があると分かったとて、やはり間にある荒れ狂う海と危険な魔物が跋扈する航路を使うリスクを考えると、本格的な交流や交易を目的として船を送ろうとはならないだろう。
それが今までの大陸同士の関係だったのだが、ここに新しい風を吹きこむ国が現れた。
スワラッド商国だ。
スワラッド商国は元々、小さな国が集まって出来た、いわば連合のようなものに近かったのだが、長い年月をかけて今のような商国という形態へとまとまっていったという。
商業を国の要とし、交易による経済力で他国との政治的・軍事的バランスを取ってきたスワラッド商国は、建国から僅かの間に大きくなり、今では大陸の西部沿岸に広大な国土を誇る大国へとなっていった。
元となった国の多くが優れた航海技術を持った海洋国家であり、さらにそこに造船技術が優れた国も加わったことにより、持ち寄られた技術が一気に進歩し、スワラッド商国は海の上に限って言えば、近隣諸国はおろか、大陸随一の勢力として君臨している。
これで航海技術か造船技術のどちらかが足りていなければ話は違ったが、どちらも格段に進んだことによって、海洋貿易の舞台として沿岸に留まることをよしとせず、外海へと出ることは自然なことだったと言えよう。
それは今となっては増上慢だったと言えるが、当時のスワラッド商国は海の向こうにある大陸をも己の商業圏に加え、あわよくば侵略までを考えて大船団を送り出した。
その結果、当時外海のある地域を縄張りとしていた強大な魔物に出くわし、ほとんどの船が海の藻屑となり、海洋国家としての第一の資産である船を失ったスワラッド商国は、一時的にその国力を大きく落としてしまう。
そうなると普通は他国に付け込まれるものだが、スワラッド商国は交易で蓄えていた資金力で他と比べてまだまだ余力があり、どこかの国の属国となるのは回避できた。
その後は長きにわたって国力の回復に努めることとなるのだが、それでも海洋国家としての性か、外海へと打って出るのを諦めることはなかった。
国の代表が幾度か変わる年月を経て、再び外海へと挑もうと考えられるようになったスワラッド商国は、前回の失敗を踏まえ、新しい航路に望みをかけることにした。
外海はいずれも危険な魔物が犇めいているため、多少遠回りでも比較的安全なルートを選ぶか、辛うじて人間が対抗できる強さの魔物がいる海域を突っ切るかの二つの選択肢があった中、意外なことに選ばれたのは第三の選択、ドラゴンの縄張りとなっている最も危険な海域を使うというものだった。
そのドラゴンは決して友好的ではないが敵対もしておらず、人間をむやみに襲うことはしないが、だからといって安全というわけではない。
ドラゴンはドラゴンであり、人間など鼻息一つで殺せるほどに、この世界では最上級の危険生物だ。
竜種の中でも最下級とされている飛竜ですら、単独で一国の軍隊を滅ぼしたと言われている。
件のドラゴンは飛竜などとは比較にもならない強力な個体、いわば上位種だそうで、もしも怒らせたりでもしたらスワラッド商国は消滅を免れないだろう。
そんなものの縄張りに入るなど正気の沙汰ではないが、スワラッド商国も何も考えていないわけではなかった。
知られている生態として、ドラゴンは縄張りを侵されることが何よりも嫌いで、特に魔物に対しては苛烈なまでに攻撃性を発揮するらしい。
しかし一方で、魔物以外の生物にはその攻撃性も幾分か落ちるそうで、普通の動物がドラゴンの縄張りでは平和に暮らしているというケースは意外と多いとか。
歴史上、多くの生物や国が滅ぼしてもいるのだが、ドラゴンという生物は上位種になればなるほど高い知性を有しており、何かの基準で攻撃対象を決めているのではないかと考えられていた。
スワラッド商国から南方海域にいるドラゴンも例に漏れず、自らの縄張りには魔物を寄せ付けないが、嵐などで流されてきた船や人間は見逃すことも何度かあった。
そのことから交渉の余地があると判断した当時のスワラッド商国の上層部が、ドラゴンにどうにか許可をもらい、縄張りを通る航路で大陸までの道筋をつけようと考えた。
ドラゴンから見て下等な人間を相手に対話などあり得ないと思われたが、スワラッド商国は粘り強く交渉を重ね、一人の人間の生涯に相当する年月をかけて、なんとこのドラゴンの縄張りを通過する許しを得ることに成功してしまう。
これは有史以来変わることがなかった人間とドラゴンの関係に変化が訪れた瞬間であり、この時をもってスワラッド商国は新たな時代を歩むこととなる。
ドラゴンとの取り決めで縄張りを通過することができるようになり、別大陸へ開拓された交易によって約束された富を手にしたスワラッド商国。
しかし、あくまでも縄張りを通過するのは他の航路より比較的安全というだけで、実際には通過前後などに魔物に襲われたり嵐で船が沈没したりと、大陸へ無事にたどり着ける確率は決して高くはなかったようだ。
それでも数少ない往還の船によってもたらされる利益は決して小さくなく、当初の予定より規模は小さいながらも交易は続けられていった。
だが、そんな大陸同士の交易にも誤算が生じることとなる。
最初の交易から三年も経たずに、なんとドラゴンから縄張りを通過する際の条件を追加するという通達がされた。
それは、『年に一度、ドラゴンの試練を受け、満足する結果を示せば一年間は縄張りの通過を認める。できなければ通過は認めない』というものだった。
これにスワラッド商国は混乱と狼狽に包まれ、新たに捧げ物などを出して縄張りの通過を認めてもらおうと希ったが断わられ、既に別大陸へ渡っている船の帰還のために、止むを得ず条件を飲むこととなる。
年に一度あるドラゴンの試練には様々なものがあり、純粋な力試しから頭を使った謎解き、変わったものだと自生している植物を生きたまま別の土地へ植え替えるというのもあったらしい。
それに成功すればいいが、できずに一年間外海に船を出せないということも珍しくなかったそうで、長い時には十年近く挑戦に失敗し続け、その間大陸への進出からは遠ざかっていた時期もあるとか。
この一方的に始まったドラゴンによる試練だったが、国を挙げて対処していくうちにいつしか少しずつ形を変え、スワラッド商国では年に一度の祭り、『竜候祭』と呼ばれるようになったという。
今では祭りとなったこの竜候祭では、スワラッド商国一の港町であるビシュマにドラゴンが現れるわけだが、いつ現れるかというのは正確にはわからない。
前回の祭りからきっかり一年後ということは稀で、ドラゴンの気分次第では十数日は前後するのも当たり前。
そのため、前回の祭りがあった日から数えて一カ月前には、ビシュマを目指して国内外から人が集まってくるようになった。
商業で成り立つ国だけあって、平時から多くの人間が国中を動き回っているが、祭りの時期が近づくと、街道を旅人が徒歩や馬車で賑やかになるのが毎年の光景だ。
そんなスワラッド商国は今、竜候祭の時期を迎え、国全体が秘めたものを解放する時に備え、着々と熱を溜めこんでいるような空気に包まれていた。
「…とまぁ、こんなとこか。おいらもこの国で商人やって長いが、あんまり詳しいことは知ろうとしてこなかったもんでよ。もっと知りたきゃ、どっかで役人でも捕まえて聞いてくれ」
馬車を操る行商人の男性が暇潰しにと話しかけてきたので、その流れでスワラッド商国のことを教えてもらった。
あまり物を知らないと本人は謙遜するが、商人だけあって国家における交易の歴史は中々詳しく知っているようだ。
特にドラゴンがスワラッドの外海進出へ関わるあたりの話は、まるで歴史の講義を受けているようで面白い。
俺達が無窮の座から戻ってきて、今日で六日目になる。
大地の精霊から色々と聞いた翌日、俺達は目をつけていた人のいそうな場所を目指し、山を下りて南へ向かった。
途中で襲ってきた動物や魔物を倒しつつ、一日ほどかけてたどり着いたのは海を臨む小さな漁村だった。
そこで色々と情報収集を行い、外海を目指す船が出ている港がビシュマという街にあると分かり、道中で手に入れていた魔物や動物の素材で物々交換をし、旅の支度を整えるとすぐに出発した。
漁村では武器の類は手に入らなかったが、海に面していただけあって塩はもらえたし野営用の道具もいくらか揃えられた。
バイクも飛空艇も、噴射装置すらもない俺達は当然徒歩での移動になるのだが、身体強化で体力を増強しているおかげで長く速く歩いても苦にはならない。
外に放出する魔術は暴走の危険はあるが、体内を循環させるタイプの身体強化はまだ安定して使えるのだ。
そうして目的地をビシュマとして、街道を徒歩でいく俺達は途中で横倒しになった馬車と出くわす。
そこそこ年のいった男性が、一人で必死に車体を起こそうとしている姿は、明らかに無理があった。
聞けば、何かの拍子で馬が突然道を外れてしまい、その先で運悪く車輪が岩に乗り上げてバランスを崩して車体が倒れてしまったという。
幸い乗っていた商人も馬もケガはなかったのだが、商品を満載していることもあって車体を起こせずに困っていたので、俺とパーラが身体強化を使って馬車を引き起こしてやったわけだ。
本来なら荷台から荷物を降ろして多少は軽くした上で、大人数人掛かりでやっとという作業を、荷物をそのまま載せた状態の馬車を若造二人があっさりとやってのけたことでかなり驚かれてしまった。
特別な魔術でやったと明かすと素直に感心され、街道の進む方向が同じという幸運もあって、お礼にと馬車への同乗を誘ってくれた。
身体強化の効果で特に徒歩移動で疲れは感じていなかったが、楽な方法があるなら使わない理由がなく、途中までだがこうして馬車の世話になっている。
暫く馬車が進み、目的地の違いから俺達は道の途中で別れることとなる。
行商人は預かっている荷の売り先へ、俺達は港町へと進む先を変えて歩き出す。
陽の傾き具合から野営地の候補を探しつつの徒歩移動だ。
土魔術の小屋が使えない現状、いかに安全な場所で眠れるかが重要で、これまでの恵まれた環境を再認識する旅となっている。
夜になれば火を熾し、交代で見張りをしながら朝を待つという、冒険者としては当たり前の旅が逆に新鮮だ。
「アンディ、あそこの岩陰とかいいんじゃない?」
パーラが指さす先には、いい具合に背中を預けられそうな大きさの岩があり、近くにはロープの固定にも使えそうな木も生えていて、まさに野営にうってつけの条件が揃っている。
「良さそうだな。よし、あそこを野営地とする!」
遠目に見た感じだと他に人もいないようだし、誰にも気兼ねせずに使えるのもいいじゃないか。
近づいてみれば最近使ったと思われる焚火の跡も見え、昨日か一昨日にでも俺達と同じ考えの誰かがここで一泊したのだろう。
「さてと…じゃあ私、ちょっとそこらを回って薪と食べられそうなもの探してくるよ。アンディは火熾しの準備と、寝床整えてくれる?」
「おう、わかった。気を付けて行けよ?今俺達は武器持ってないんだから」
荷物を置き、散策へ出かけようとするパーラに一応注意を促しておく。
剣の一本もなく魔術も制限されている俺達は、丸腰同然で旅をしているようなものだ。
唯一武器と言えなくもないものが、漁村で手に入ったやや錆の浮いた小振りなナイフだけなのだ。
とはいえ、身体強化をした俺達はちょっとした魔物程度なら普通に殴るだけで倒せるので、あまり心配はいらない。
「大丈夫だって。なんか出てきても、こいつでガツンと一発やって食材にしちゃうからさ」
パーラはそう言って、ここまでの旅の友としていた木の棒を軽く振るう。
これはナイフ以外でせめて武器の代わりにでもと、旅の道すがらに拾ったいい感じの木の棒を削って作った木刀だ。
二人分用意したが、専ら杖としてしか使ってこなかった俺と違い、パーラはこの木刀で魔物を殴り殺した実績がある。
ただの木の棒と侮るなかれ、身体強化と合わせて使うとバカにできない威力を出す。
それ一本を頼りにするのは危険だが、あれでも引き際は心得ているので、無茶はしないはず。
薪と食料を探すと言いながら、鼻息荒く木刀を振り回しながら歩いていく様はなんとも物騒なものだ。
ああしてあえて目立って魔物を呼び寄せ、今夜の食事に肉を添えたいという狙いが透けて見える。
残った俺は焚火が作りやすいように石を組みなおし、夜露を避けるための布を張ってその下に寝る場所を作る。
暦で見ると今は春を迎えたばかりの頃のはずだが、スワラッド商国の気候が亜熱帯に属しているらしく、昼は若干暑いくらいに暖かく、夜はほどよい涼しさで寒くはない。
焚火がなくとも死にはしないが、あると安心感が違う。
「ただいまー。薪と、鳥肉が手に入ったよ」
陽が大分傾き、当たりが暗くなり始めた頃、肩に薪を担ぎ、木刀の先に鳥数羽を括り付けたパーラが戻ってきた。
「おかえり。へぇ、そこそこでかいな。よくこんな鳥が獲れたな」
「それがさ、薪拾ってたら急に襲って来たの。身体強化がなかったら、多分危なかったよ、あれは。六羽ぐらいが一遍に襲ってきたけど、倒せたのは四羽だけだった。今日の夕食にしてね」
突き出された鳥の死体を受け取り、その大きさと肉の付き具合を見て、頭の中で献立を組み立てる。
今手持ちの調味料は塩と少しの香草だけなので、作れるものは限られるが、何とか美味いものを作るとしよう。
「…ま、この大きさならから揚げだな」
小麦粉も多少は持ち合わせがある。
油はあまりないが、この鳥からも脂はとれるし、から揚げにするのは難しくはない。
ただ、荷物の中には鍋が一つしかなく、から揚げを作っている間は他の料理に移れないので、今日の主菜は一品のみになりそうだ。
「から揚げ!私あれ好き!」
だろうな。
から揚げを作ると、毎回鬼気迫る顔で貪ってたし。
「そりゃよかった。鳥は俺が捌くから、お前は火の準備を頼む。それと、荷物から鍋も出してくれ」
「はいはーい」
夕食に好物が出ると知って、ウキウキとした様子のパーラは可愛いもんだ。
雷魔術で火種を用意してやると、後はパーラに焚火の世話を任せて俺は調理を始める。
丸ごと一羽の鳥を肉にするのは色々と手間ではあるが、その先にある美食のためと、無心で羽をむしっていく。
辺りはもう大分陽が落ちて、焚火の明かりが頼りになってくる。
隣で腹の音と視線で無言の催促をしてくるパーラのためにも、早く調理してしまおう。
「ぷひー…んまかったぁ。塩の単純な味かと思いきや、香草の風味もしっかり利いた、絶妙なから揚げだったね。流石はアンディ、いい腕!」
「喜んでもらえて何よりだよ」
夕食を終え、焚火を眺めながら食後のゆったりとした時間に身を浸す。
ここ数日の不便な旅にも慣れたが、こうした以前と変わらない時間の過ごし方には安ど感を覚える。
あらゆるものが足りていない中、不安とストレスを感じる身にはこの時間が一服の清涼剤だと言ってもいい。
腹も膨れたし、見張りの順番を決めたら後はもう寝るだけと、どっちが見張りを先にするか決めようと思い隣に顔を向けると、パーラは神妙な顔でギルドカードを眺めていた。
「どうした?そんなもん眺めて」
「んー…いやさ、私らってギルドじゃ行方不明って扱いなんだよね?」
「大地の精霊が言うには、そうみたいだな」
「私、ギルドの規則とか全部知ってるわけじゃないんだけど、行方不明の人間ってギルドカードで街の入場とかいけるのかな。前の漁村じゃ、ギルドカードの提示なんか要求されなかったでしょ?けど、これから行くビシュマってとこはかなり大きい街らしいじゃない?そういうとこって、絶対ギルドカードの提示を求められるからさ」
「あぁ、なるほど。…まぁ、大丈夫だと思うがな」
「そう?そうかなぁ…」
パーラの危惧するところは俺にもわかるが、その心配は必要ないと思える。
確かに俺達は行方不明者としてギルドで処理されているだろうが、街へ入る際に確認されるのは、ギルドカードの持ち主が本人であるかと犯罪歴の有無ぐらいだ。
持ち主かどうかはギルドカードに情報が仕込まれているため、カード単体で判別できる。
犯罪歴に関しては、指名手配されていたり前科などはギルドでカードの情報を更新する際に記されるらしいが、見たところ俺もパーラもそういう記載はないので心配はない。
ちなみに、ギルドカードの犯罪歴はカードを更新しなければ記されないという仕組みから、犯罪者はギルドカードを更新しなければ街への出入りがし放題かと思いきや、入場の際に門番がカードの名前を見て手配中の容疑者かを判別できるので、街の出入りにおいて犯罪を隠ぺいするのはまず無理だとか。
ギルドカードがそんな状態なので、俺達が行方不明者云々で咎められる情報が門番程度に開示されることもまずない。
よっぽどのことでもない限り、俺達はビシュマへの入場を止められることはないだろう。
その辺りを説明するとパーラも安心したのか、器用にも安どのため息とともに欠伸を見せたので、今日のところは俺が先に見張りを買って出る。
不安は解消したはずだが、一応このタイミングで眠らせて精神的にも休ませたほうがいい。
聞いていたビシュマまでの残りの距離を考えると、恐らく明日明後日ぐらいには着く。
パーラもさっさと寝て疲れを取り、明日に備えなくてはな。
二日後の昼前、俺達はビシュマの街へと入場した。
パーラが懸念していた門番に止められるということも当然なく、あっさりと通行出来た俺達は、ビシュマの街並を眺めながら冒険者ギルドへと向かう。
大陸は違えど文化はそう違わないのか、目に映る家々はどれもそう変わったものはなく、強いて言えば窓の数が多いことや床が高いように見られ、風通しの良い作りにしていると思わせるぐらいだ。
亜熱帯の気候ゆえか、街を行く人の服装も露出が高く、褐色の肌をしている人が目立つ。
道行くエルフも褐色肌が多いようで、ファンタジー物でよくあるダークエルフやシャドウエルフなんかは、ひょっとしたら熱い地域に住んで日焼けしたエルフがそうなのかと想像すると、少し面白い。
大陸へ船を出す港だけあって、ビシュマは広大な港湾施設が街の半分を占めており、巨大な帆船がいくつも停泊している桟橋では、商人や人足が慌ただしく動き回っている姿が目立つ。
時折聞こえてくる声には、共通語のほかにも聞きなれない言葉が混じっていることから、様々な場所から船が来ているのだと分かる。
港に接岸している船は十隻ほどではあるが、そのどれもが縦帆の柱を複数抱える大型の帆船ばかりで、しかも港の桟橋の数を見るにまだ船の受け入れには余裕があるようだ。
それだけの船が集まっているこのビシュマは、まさに巨大港湾都市と呼んでもいいだろう。
これだけの船があるのだ。
俺達が向こうの大陸に渡る船も、ひょっとしたらすぐに見つかるかもしれない。
そんな期待を抱きつつ、冒険者ギルドへと到着した。
大陸が変わっても冒険者ギルドの外観はあまり変わらないようで、建物自体に多少の差異はあれど、こうして目にすると安心を覚える。
早速中に入ってみると、時間帯もあってか人の姿はまばらで、俺達に絡んでくるお約束の連中も当然おらず、受付までスムーズに行けた。
受付嬢としてそこにいたのは普人種の若い女性で、街で見かけた人と同様に日に焼けた健康的な肌をしている。
「いらっしゃいませ。なにかご依頼でしょうか?」
冒険者をやってそれなりに経つが、初っ端から依頼者として扱われるのは新鮮な気分だ。
普通の冒険者ならまずは掲示板へと向かうという行動をせずに一直線に受付へ来たことと、俺達が武器を持っていないことから、どうも依頼を出しに来た側の人間だと思われたようだ。
「いえ、そういうわけではなく…少し手続きしたいことがありまして。まずはこれを」
ギルドカードを提出し、俺達が置かれている状況をかくかくしかじかと説明していく。
「…行方不明者として登録されている恐れがあるため、確認の上で修正を希望される、と。かしこまりました。では情報の確認をしますので、ギルドカードをお預かりします。少々このままでお待ちください」
そう言ってギルドカードを手にして下がった受付嬢を見送り、待つことしばし。
戻ってきた時に浮かべていた顔は、なんとも言えない微妙なものだった。
「お待たせいたしました。確認しましたところ、大変申し上げにくいのですが、当ギルドではこちらのカードの情報を修正することができません。ご期待に沿えず、申し訳ございません」
「え」
謝罪する受付嬢の口から出る言葉があまりにも予想外で、俺とパーラは呆気にとられてしまう。
「どういうこと?私達がちゃんとカードの持ち主だってことは分かるんだよね?」
「はい、そちらは確認されました。ですが、カード自体の登録方法に若干の差異があるようで、当ギルドの機器では一部情報の照会はできても、修正まではできないようでして…」
申し訳なさそうな受付嬢に、思わずそんな馬鹿なとしかりつけそうになったが、はたとこうなっている原因に思い至る。
「あの、もしかして、俺達のギルドカードが別の大陸で作られたものだから、こちらの方式との何らかの違いでこうなってるってことはありますか?」
読み込めはしても書き込めない、これはよくパソコンなどでもある、フォーマットが違うというやつに似ている気がする。
ギルドカードはどこのギルドでも同じように扱えるが、大陸を隔てても果たして同様に扱えるものだろうか。
「え?ええ、まぁ、大陸が違うとギルドカードの様式も変わるでしょうが……あ、もしやお二人は別の大陸から?」
「実はそうなんですよ。まぁこっちに来たのも事故みたいなものでして」
「なるほど、そういうことでしたか」
聞けば、こっちの大陸とあっちの大陸では、ギルドカードの作り方自体は同じだが、情報を書き込むフォーマットが完全に違うそうで、たまに向こうからやってくる人間も、こっちでギルドカードが使えなくて困ることはよくあったらしい。
ランクや報酬など、仕組みはほぼ同じなのにギルドカードのシステムの一部だけが違うというのもなかなか興味深い。
この問題を解決するためには、向こうの大陸のギルドで情報をまとめた書類を発行してもらい、それをこちらの大陸のギルドでカードに追加で登録するという手順が必要なのだそうだ。
要は二通りの情報が書き込まれることになるのだが、それができるあたり、ギルドカードの情報域の容量は意外と多いのかもしれない。
魔道具による遠距離通信ができるのなら、こういうアナログな部分はどうにか出来そうな気もするが、古代文明の技術をよくわからないまま使っているがゆえに、ハイテクとアナログが奇妙に競合した不便さをギルドのシステムは強いてくるのだろう。
流石に海を隔てた長距離を通信だけですべては賄えないということか。
そういった書類で情報を登録することにより、ギルドカードには二つの大陸で異なるフォーマットの情報が書き込まれ、カードも問題なく利用できるようになる。
これはつまり、この手順を踏まなければこちらの大陸ではギルドカードが使えないということで、最低限本人確認と依頼を受けることは可能だが、依頼をこなしてもランクアップのための貢献度がたまることはなく、口座から金を引き出すことすらできない。
大陸を渡ってくる冒険者には、出発元のギルドも、乗り合わせる船乗りすら必ず教えてくれることなので、むしろ俺達が事故とはいえどうやってここまで来たのかをこの受付嬢に訝しがられてしまった。
無窮の座がどうのと説明する気にはならないので、事故とだけ言い張ってみるが、不審そうな目は解消されない。
「ちょっと待って。てことは、私らは預けてるお金も使えないの?」
「そうなる。こりゃあまだ当分は無一文かもな」
「何暢気言ってんのさ!ねぇお姉さん、何とかならない?ギルドカードで本人確認もできるんだから、口座のお金ぐらいさぁ」
ここでパーラは受付嬢の状に訴えかけようとしたようで、蛇のようにくねくねと体を動かして懇願しているが、目には悲壮感が感じられる。
ギルドに来たら無一文から解放されると信じていただけに、この状況はかなりのショックをパーラに与えているようだ。
「申し訳ありません。規則ですので」
当然、受付嬢は俺達の事情を斟酌するわけもなく、冷たく言い放たれてしまったが、この彼女の対応は間違ってはいないので文句は言えない。
お役所仕事なんてこんなもんよ。
「ちぇっ…。アンディ、どうしよう?このままだと、大陸に出る船を見つけてもお金払えないよ?」
船に乗るのならタダでというわけがないので、口座の金で船賃を用意するつもりだったのに、当てが外れてしまった。
しかも、今の状態では船が出るまでの滞在にかかる費用もない。
無一文なら外で野宿をするというのも選択肢だが、せっかく街に来たのだから宿でゆっくりと休みたい。
「大陸に出る船をお探しということは、お二人はあちらの大陸に戻るためにビシュマへ?」
頭を抱えそうになった俺達に、受付嬢が何やら気の毒そうな顔で声をかけてきた。
ギルドカードが使えない冒険者に対する同情からなら、その表情も向けるに相応しいものではあるが、どうもそれとは違う何かがあるような気が…。
「ええ。元々あっちが戻るべき場所ですから。ビシュマなら大陸行きの船が出ていると聞いて、やってきたんです」
「そうでしたか。それは時期が悪うございましたね。今は竜候祭の期間に差し掛かっているため、大陸行きの航路は全て止められおります。しばらくは外海へ向かう船もないかと」
「なん…だと…」
「え、船が止まってるの?祭りってだけで?」
「あぁ、お二人はご存じありませんか。スワラッドではこの時期、ビシュマにドラゴンがやってきて、人間に対して試練を課すのです。それを竜候祭と言いまして―」
「それは知ってます。ここに来る途中に教えてもらいましたから。ドラゴンの縄張りを通るのに、年に一度の試練をこなさなければならないとか」
「はい。それが今では祭りとなっておりまして、その試練が執り行われている間は、件の縄張りを通ることを人間側が自粛することとしているのです。ドラゴンがビシュマにいる間、勝手に船が通るのはまずいということで」
祭りの最中とその前後の期間は縄張りに船を近づけさせないように止める、考えてみればこの措置は間違いではない。
ドラゴンがどう思うかはともかくとして、留守の間に縄張りを勝手に通って怒らせたくないという考えは、臆病で脆弱な人間なら持って当然のものだ。
まぁ船が出ないのは分かったが、参ったな。
去年の試練はうまくいったらしいが今年はどうなるかわからないため、ドラゴンが来訪する前に出航したかったのに、そもそも祭りの前でも船は出さないとは思いもしなかった。
「アンディ、どうする?これじゃあ船に乗れないよ。それに今年の試練がダメになったら、結局一年はあっちに行けないってことになるし」
「どうするったって…どうしようもないだろ。試練は俺達がどうこうできないしなぁ」
今のところ船は出せないし、パーラが言ったように、もしもドラゴンの出す試練に今年はクリアできなかったら、来年まであちらの大陸行きの船は出せなくなる。
最悪、どうにか船を手に入れて、俺達だけで危険な海域を運に任せて突っ切るというのも一つの手だが、これはできれば取りたくない選択肢だ。
航海術を持たない素人だけで渡れるほど、海は甘くない。
となれば、今の俺達にできることとして、顔も知らない誰かが、今年の試練を上手くクリアしてくれるように祈るとしよう。
どちらにせよ祭りが終わるまでは動きようがないということは確定しているので、差し当たって俺達のこの後の行動は決まっている。
受付嬢に向き直り、今必要なことを尋ねる。
「カード情報の修正は仕方ないとして、今俺達がギルドの依頼をこなしたら、ちゃんと成功報酬はもらえるんですよね?」
「はい、そちらは問題ありません。ギルドは冒険者による依頼の達成で成り立っておりますので、正当な働きには正当な報酬が約束されます。ただ、ギルドへの貢献度は記録されないことをご理解ください」
今こちらで依頼をこなしても、ランクアップにはつながらないということか。
まぁそれぐらいはいいとして、とにかく生活できるだけの金を手にするのが先だ。
人は霞のみを食べて生きるには難く、温かい寝床無しでは理性を保てない。
一先ずは今日の糧を得るためにも、サクッと終わる依頼を見繕うとしよう。
しかしガルジャパタの奴め、よくもこんな面倒な場所に飛ばしてくれたものだ。
大陸が一つ違うだけでこうも不便だとは、もう会うことはないと言われているが、万が一にも再会したら殴ってやろうか。
過去には大陸間を頻繁に行き来していた記録もあるが、それも今は遠い昔の話だ。
あくまでも基本的にというだけで、実際は極稀に海を越えてやってくる船もあり、嵐などによって航路を大きく外れた交易船が漂流してきたりする。
漂着できるのは運がいい方で、ひどい場合だと海棲の魔物に襲われて肉片程度となった人体が乗った残骸が流れ着くこともあるそうだ。
というより、むしろその方が多い。
比較的無事に着いた船は、漂着した先で積み荷を売り払い、船を修復したりするなどでそれなりに長い滞在となり、そうなると船員などから他の大陸の話を聞くことはあるが、その際に彼方と此方で大陸名を呼びあうということはしない。
なぜなら、住む人間にとって自分が今立つ大地を何々大陸と呼ぶこともないからだ。
普通なら互いの地に呼び名がないなど不便極まりなく、必要に駆られるかして暫定的にでも大陸に名前をつけるものだが、そうしたこともなかった点からも大陸同士の交流がないというのがわかる。
これらの漂着した船がその後、自分達の元いた地へ運よく帰還し、海の向こうに大陸があると分かったとて、やはり間にある荒れ狂う海と危険な魔物が跋扈する航路を使うリスクを考えると、本格的な交流や交易を目的として船を送ろうとはならないだろう。
それが今までの大陸同士の関係だったのだが、ここに新しい風を吹きこむ国が現れた。
スワラッド商国だ。
スワラッド商国は元々、小さな国が集まって出来た、いわば連合のようなものに近かったのだが、長い年月をかけて今のような商国という形態へとまとまっていったという。
商業を国の要とし、交易による経済力で他国との政治的・軍事的バランスを取ってきたスワラッド商国は、建国から僅かの間に大きくなり、今では大陸の西部沿岸に広大な国土を誇る大国へとなっていった。
元となった国の多くが優れた航海技術を持った海洋国家であり、さらにそこに造船技術が優れた国も加わったことにより、持ち寄られた技術が一気に進歩し、スワラッド商国は海の上に限って言えば、近隣諸国はおろか、大陸随一の勢力として君臨している。
これで航海技術か造船技術のどちらかが足りていなければ話は違ったが、どちらも格段に進んだことによって、海洋貿易の舞台として沿岸に留まることをよしとせず、外海へと出ることは自然なことだったと言えよう。
それは今となっては増上慢だったと言えるが、当時のスワラッド商国は海の向こうにある大陸をも己の商業圏に加え、あわよくば侵略までを考えて大船団を送り出した。
その結果、当時外海のある地域を縄張りとしていた強大な魔物に出くわし、ほとんどの船が海の藻屑となり、海洋国家としての第一の資産である船を失ったスワラッド商国は、一時的にその国力を大きく落としてしまう。
そうなると普通は他国に付け込まれるものだが、スワラッド商国は交易で蓄えていた資金力で他と比べてまだまだ余力があり、どこかの国の属国となるのは回避できた。
その後は長きにわたって国力の回復に努めることとなるのだが、それでも海洋国家としての性か、外海へと打って出るのを諦めることはなかった。
国の代表が幾度か変わる年月を経て、再び外海へと挑もうと考えられるようになったスワラッド商国は、前回の失敗を踏まえ、新しい航路に望みをかけることにした。
外海はいずれも危険な魔物が犇めいているため、多少遠回りでも比較的安全なルートを選ぶか、辛うじて人間が対抗できる強さの魔物がいる海域を突っ切るかの二つの選択肢があった中、意外なことに選ばれたのは第三の選択、ドラゴンの縄張りとなっている最も危険な海域を使うというものだった。
そのドラゴンは決して友好的ではないが敵対もしておらず、人間をむやみに襲うことはしないが、だからといって安全というわけではない。
ドラゴンはドラゴンであり、人間など鼻息一つで殺せるほどに、この世界では最上級の危険生物だ。
竜種の中でも最下級とされている飛竜ですら、単独で一国の軍隊を滅ぼしたと言われている。
件のドラゴンは飛竜などとは比較にもならない強力な個体、いわば上位種だそうで、もしも怒らせたりでもしたらスワラッド商国は消滅を免れないだろう。
そんなものの縄張りに入るなど正気の沙汰ではないが、スワラッド商国も何も考えていないわけではなかった。
知られている生態として、ドラゴンは縄張りを侵されることが何よりも嫌いで、特に魔物に対しては苛烈なまでに攻撃性を発揮するらしい。
しかし一方で、魔物以外の生物にはその攻撃性も幾分か落ちるそうで、普通の動物がドラゴンの縄張りでは平和に暮らしているというケースは意外と多いとか。
歴史上、多くの生物や国が滅ぼしてもいるのだが、ドラゴンという生物は上位種になればなるほど高い知性を有しており、何かの基準で攻撃対象を決めているのではないかと考えられていた。
スワラッド商国から南方海域にいるドラゴンも例に漏れず、自らの縄張りには魔物を寄せ付けないが、嵐などで流されてきた船や人間は見逃すことも何度かあった。
そのことから交渉の余地があると判断した当時のスワラッド商国の上層部が、ドラゴンにどうにか許可をもらい、縄張りを通る航路で大陸までの道筋をつけようと考えた。
ドラゴンから見て下等な人間を相手に対話などあり得ないと思われたが、スワラッド商国は粘り強く交渉を重ね、一人の人間の生涯に相当する年月をかけて、なんとこのドラゴンの縄張りを通過する許しを得ることに成功してしまう。
これは有史以来変わることがなかった人間とドラゴンの関係に変化が訪れた瞬間であり、この時をもってスワラッド商国は新たな時代を歩むこととなる。
ドラゴンとの取り決めで縄張りを通過することができるようになり、別大陸へ開拓された交易によって約束された富を手にしたスワラッド商国。
しかし、あくまでも縄張りを通過するのは他の航路より比較的安全というだけで、実際には通過前後などに魔物に襲われたり嵐で船が沈没したりと、大陸へ無事にたどり着ける確率は決して高くはなかったようだ。
それでも数少ない往還の船によってもたらされる利益は決して小さくなく、当初の予定より規模は小さいながらも交易は続けられていった。
だが、そんな大陸同士の交易にも誤算が生じることとなる。
最初の交易から三年も経たずに、なんとドラゴンから縄張りを通過する際の条件を追加するという通達がされた。
それは、『年に一度、ドラゴンの試練を受け、満足する結果を示せば一年間は縄張りの通過を認める。できなければ通過は認めない』というものだった。
これにスワラッド商国は混乱と狼狽に包まれ、新たに捧げ物などを出して縄張りの通過を認めてもらおうと希ったが断わられ、既に別大陸へ渡っている船の帰還のために、止むを得ず条件を飲むこととなる。
年に一度あるドラゴンの試練には様々なものがあり、純粋な力試しから頭を使った謎解き、変わったものだと自生している植物を生きたまま別の土地へ植え替えるというのもあったらしい。
それに成功すればいいが、できずに一年間外海に船を出せないということも珍しくなかったそうで、長い時には十年近く挑戦に失敗し続け、その間大陸への進出からは遠ざかっていた時期もあるとか。
この一方的に始まったドラゴンによる試練だったが、国を挙げて対処していくうちにいつしか少しずつ形を変え、スワラッド商国では年に一度の祭り、『竜候祭』と呼ばれるようになったという。
今では祭りとなったこの竜候祭では、スワラッド商国一の港町であるビシュマにドラゴンが現れるわけだが、いつ現れるかというのは正確にはわからない。
前回の祭りからきっかり一年後ということは稀で、ドラゴンの気分次第では十数日は前後するのも当たり前。
そのため、前回の祭りがあった日から数えて一カ月前には、ビシュマを目指して国内外から人が集まってくるようになった。
商業で成り立つ国だけあって、平時から多くの人間が国中を動き回っているが、祭りの時期が近づくと、街道を旅人が徒歩や馬車で賑やかになるのが毎年の光景だ。
そんなスワラッド商国は今、竜候祭の時期を迎え、国全体が秘めたものを解放する時に備え、着々と熱を溜めこんでいるような空気に包まれていた。
「…とまぁ、こんなとこか。おいらもこの国で商人やって長いが、あんまり詳しいことは知ろうとしてこなかったもんでよ。もっと知りたきゃ、どっかで役人でも捕まえて聞いてくれ」
馬車を操る行商人の男性が暇潰しにと話しかけてきたので、その流れでスワラッド商国のことを教えてもらった。
あまり物を知らないと本人は謙遜するが、商人だけあって国家における交易の歴史は中々詳しく知っているようだ。
特にドラゴンがスワラッドの外海進出へ関わるあたりの話は、まるで歴史の講義を受けているようで面白い。
俺達が無窮の座から戻ってきて、今日で六日目になる。
大地の精霊から色々と聞いた翌日、俺達は目をつけていた人のいそうな場所を目指し、山を下りて南へ向かった。
途中で襲ってきた動物や魔物を倒しつつ、一日ほどかけてたどり着いたのは海を臨む小さな漁村だった。
そこで色々と情報収集を行い、外海を目指す船が出ている港がビシュマという街にあると分かり、道中で手に入れていた魔物や動物の素材で物々交換をし、旅の支度を整えるとすぐに出発した。
漁村では武器の類は手に入らなかったが、海に面していただけあって塩はもらえたし野営用の道具もいくらか揃えられた。
バイクも飛空艇も、噴射装置すらもない俺達は当然徒歩での移動になるのだが、身体強化で体力を増強しているおかげで長く速く歩いても苦にはならない。
外に放出する魔術は暴走の危険はあるが、体内を循環させるタイプの身体強化はまだ安定して使えるのだ。
そうして目的地をビシュマとして、街道を徒歩でいく俺達は途中で横倒しになった馬車と出くわす。
そこそこ年のいった男性が、一人で必死に車体を起こそうとしている姿は、明らかに無理があった。
聞けば、何かの拍子で馬が突然道を外れてしまい、その先で運悪く車輪が岩に乗り上げてバランスを崩して車体が倒れてしまったという。
幸い乗っていた商人も馬もケガはなかったのだが、商品を満載していることもあって車体を起こせずに困っていたので、俺とパーラが身体強化を使って馬車を引き起こしてやったわけだ。
本来なら荷台から荷物を降ろして多少は軽くした上で、大人数人掛かりでやっとという作業を、荷物をそのまま載せた状態の馬車を若造二人があっさりとやってのけたことでかなり驚かれてしまった。
特別な魔術でやったと明かすと素直に感心され、街道の進む方向が同じという幸運もあって、お礼にと馬車への同乗を誘ってくれた。
身体強化の効果で特に徒歩移動で疲れは感じていなかったが、楽な方法があるなら使わない理由がなく、途中までだがこうして馬車の世話になっている。
暫く馬車が進み、目的地の違いから俺達は道の途中で別れることとなる。
行商人は預かっている荷の売り先へ、俺達は港町へと進む先を変えて歩き出す。
陽の傾き具合から野営地の候補を探しつつの徒歩移動だ。
土魔術の小屋が使えない現状、いかに安全な場所で眠れるかが重要で、これまでの恵まれた環境を再認識する旅となっている。
夜になれば火を熾し、交代で見張りをしながら朝を待つという、冒険者としては当たり前の旅が逆に新鮮だ。
「アンディ、あそこの岩陰とかいいんじゃない?」
パーラが指さす先には、いい具合に背中を預けられそうな大きさの岩があり、近くにはロープの固定にも使えそうな木も生えていて、まさに野営にうってつけの条件が揃っている。
「良さそうだな。よし、あそこを野営地とする!」
遠目に見た感じだと他に人もいないようだし、誰にも気兼ねせずに使えるのもいいじゃないか。
近づいてみれば最近使ったと思われる焚火の跡も見え、昨日か一昨日にでも俺達と同じ考えの誰かがここで一泊したのだろう。
「さてと…じゃあ私、ちょっとそこらを回って薪と食べられそうなもの探してくるよ。アンディは火熾しの準備と、寝床整えてくれる?」
「おう、わかった。気を付けて行けよ?今俺達は武器持ってないんだから」
荷物を置き、散策へ出かけようとするパーラに一応注意を促しておく。
剣の一本もなく魔術も制限されている俺達は、丸腰同然で旅をしているようなものだ。
唯一武器と言えなくもないものが、漁村で手に入ったやや錆の浮いた小振りなナイフだけなのだ。
とはいえ、身体強化をした俺達はちょっとした魔物程度なら普通に殴るだけで倒せるので、あまり心配はいらない。
「大丈夫だって。なんか出てきても、こいつでガツンと一発やって食材にしちゃうからさ」
パーラはそう言って、ここまでの旅の友としていた木の棒を軽く振るう。
これはナイフ以外でせめて武器の代わりにでもと、旅の道すがらに拾ったいい感じの木の棒を削って作った木刀だ。
二人分用意したが、専ら杖としてしか使ってこなかった俺と違い、パーラはこの木刀で魔物を殴り殺した実績がある。
ただの木の棒と侮るなかれ、身体強化と合わせて使うとバカにできない威力を出す。
それ一本を頼りにするのは危険だが、あれでも引き際は心得ているので、無茶はしないはず。
薪と食料を探すと言いながら、鼻息荒く木刀を振り回しながら歩いていく様はなんとも物騒なものだ。
ああしてあえて目立って魔物を呼び寄せ、今夜の食事に肉を添えたいという狙いが透けて見える。
残った俺は焚火が作りやすいように石を組みなおし、夜露を避けるための布を張ってその下に寝る場所を作る。
暦で見ると今は春を迎えたばかりの頃のはずだが、スワラッド商国の気候が亜熱帯に属しているらしく、昼は若干暑いくらいに暖かく、夜はほどよい涼しさで寒くはない。
焚火がなくとも死にはしないが、あると安心感が違う。
「ただいまー。薪と、鳥肉が手に入ったよ」
陽が大分傾き、当たりが暗くなり始めた頃、肩に薪を担ぎ、木刀の先に鳥数羽を括り付けたパーラが戻ってきた。
「おかえり。へぇ、そこそこでかいな。よくこんな鳥が獲れたな」
「それがさ、薪拾ってたら急に襲って来たの。身体強化がなかったら、多分危なかったよ、あれは。六羽ぐらいが一遍に襲ってきたけど、倒せたのは四羽だけだった。今日の夕食にしてね」
突き出された鳥の死体を受け取り、その大きさと肉の付き具合を見て、頭の中で献立を組み立てる。
今手持ちの調味料は塩と少しの香草だけなので、作れるものは限られるが、何とか美味いものを作るとしよう。
「…ま、この大きさならから揚げだな」
小麦粉も多少は持ち合わせがある。
油はあまりないが、この鳥からも脂はとれるし、から揚げにするのは難しくはない。
ただ、荷物の中には鍋が一つしかなく、から揚げを作っている間は他の料理に移れないので、今日の主菜は一品のみになりそうだ。
「から揚げ!私あれ好き!」
だろうな。
から揚げを作ると、毎回鬼気迫る顔で貪ってたし。
「そりゃよかった。鳥は俺が捌くから、お前は火の準備を頼む。それと、荷物から鍋も出してくれ」
「はいはーい」
夕食に好物が出ると知って、ウキウキとした様子のパーラは可愛いもんだ。
雷魔術で火種を用意してやると、後はパーラに焚火の世話を任せて俺は調理を始める。
丸ごと一羽の鳥を肉にするのは色々と手間ではあるが、その先にある美食のためと、無心で羽をむしっていく。
辺りはもう大分陽が落ちて、焚火の明かりが頼りになってくる。
隣で腹の音と視線で無言の催促をしてくるパーラのためにも、早く調理してしまおう。
「ぷひー…んまかったぁ。塩の単純な味かと思いきや、香草の風味もしっかり利いた、絶妙なから揚げだったね。流石はアンディ、いい腕!」
「喜んでもらえて何よりだよ」
夕食を終え、焚火を眺めながら食後のゆったりとした時間に身を浸す。
ここ数日の不便な旅にも慣れたが、こうした以前と変わらない時間の過ごし方には安ど感を覚える。
あらゆるものが足りていない中、不安とストレスを感じる身にはこの時間が一服の清涼剤だと言ってもいい。
腹も膨れたし、見張りの順番を決めたら後はもう寝るだけと、どっちが見張りを先にするか決めようと思い隣に顔を向けると、パーラは神妙な顔でギルドカードを眺めていた。
「どうした?そんなもん眺めて」
「んー…いやさ、私らってギルドじゃ行方不明って扱いなんだよね?」
「大地の精霊が言うには、そうみたいだな」
「私、ギルドの規則とか全部知ってるわけじゃないんだけど、行方不明の人間ってギルドカードで街の入場とかいけるのかな。前の漁村じゃ、ギルドカードの提示なんか要求されなかったでしょ?けど、これから行くビシュマってとこはかなり大きい街らしいじゃない?そういうとこって、絶対ギルドカードの提示を求められるからさ」
「あぁ、なるほど。…まぁ、大丈夫だと思うがな」
「そう?そうかなぁ…」
パーラの危惧するところは俺にもわかるが、その心配は必要ないと思える。
確かに俺達は行方不明者としてギルドで処理されているだろうが、街へ入る際に確認されるのは、ギルドカードの持ち主が本人であるかと犯罪歴の有無ぐらいだ。
持ち主かどうかはギルドカードに情報が仕込まれているため、カード単体で判別できる。
犯罪歴に関しては、指名手配されていたり前科などはギルドでカードの情報を更新する際に記されるらしいが、見たところ俺もパーラもそういう記載はないので心配はない。
ちなみに、ギルドカードの犯罪歴はカードを更新しなければ記されないという仕組みから、犯罪者はギルドカードを更新しなければ街への出入りがし放題かと思いきや、入場の際に門番がカードの名前を見て手配中の容疑者かを判別できるので、街の出入りにおいて犯罪を隠ぺいするのはまず無理だとか。
ギルドカードがそんな状態なので、俺達が行方不明者云々で咎められる情報が門番程度に開示されることもまずない。
よっぽどのことでもない限り、俺達はビシュマへの入場を止められることはないだろう。
その辺りを説明するとパーラも安心したのか、器用にも安どのため息とともに欠伸を見せたので、今日のところは俺が先に見張りを買って出る。
不安は解消したはずだが、一応このタイミングで眠らせて精神的にも休ませたほうがいい。
聞いていたビシュマまでの残りの距離を考えると、恐らく明日明後日ぐらいには着く。
パーラもさっさと寝て疲れを取り、明日に備えなくてはな。
二日後の昼前、俺達はビシュマの街へと入場した。
パーラが懸念していた門番に止められるということも当然なく、あっさりと通行出来た俺達は、ビシュマの街並を眺めながら冒険者ギルドへと向かう。
大陸は違えど文化はそう違わないのか、目に映る家々はどれもそう変わったものはなく、強いて言えば窓の数が多いことや床が高いように見られ、風通しの良い作りにしていると思わせるぐらいだ。
亜熱帯の気候ゆえか、街を行く人の服装も露出が高く、褐色の肌をしている人が目立つ。
道行くエルフも褐色肌が多いようで、ファンタジー物でよくあるダークエルフやシャドウエルフなんかは、ひょっとしたら熱い地域に住んで日焼けしたエルフがそうなのかと想像すると、少し面白い。
大陸へ船を出す港だけあって、ビシュマは広大な港湾施設が街の半分を占めており、巨大な帆船がいくつも停泊している桟橋では、商人や人足が慌ただしく動き回っている姿が目立つ。
時折聞こえてくる声には、共通語のほかにも聞きなれない言葉が混じっていることから、様々な場所から船が来ているのだと分かる。
港に接岸している船は十隻ほどではあるが、そのどれもが縦帆の柱を複数抱える大型の帆船ばかりで、しかも港の桟橋の数を見るにまだ船の受け入れには余裕があるようだ。
それだけの船が集まっているこのビシュマは、まさに巨大港湾都市と呼んでもいいだろう。
これだけの船があるのだ。
俺達が向こうの大陸に渡る船も、ひょっとしたらすぐに見つかるかもしれない。
そんな期待を抱きつつ、冒険者ギルドへと到着した。
大陸が変わっても冒険者ギルドの外観はあまり変わらないようで、建物自体に多少の差異はあれど、こうして目にすると安心を覚える。
早速中に入ってみると、時間帯もあってか人の姿はまばらで、俺達に絡んでくるお約束の連中も当然おらず、受付までスムーズに行けた。
受付嬢としてそこにいたのは普人種の若い女性で、街で見かけた人と同様に日に焼けた健康的な肌をしている。
「いらっしゃいませ。なにかご依頼でしょうか?」
冒険者をやってそれなりに経つが、初っ端から依頼者として扱われるのは新鮮な気分だ。
普通の冒険者ならまずは掲示板へと向かうという行動をせずに一直線に受付へ来たことと、俺達が武器を持っていないことから、どうも依頼を出しに来た側の人間だと思われたようだ。
「いえ、そういうわけではなく…少し手続きしたいことがありまして。まずはこれを」
ギルドカードを提出し、俺達が置かれている状況をかくかくしかじかと説明していく。
「…行方不明者として登録されている恐れがあるため、確認の上で修正を希望される、と。かしこまりました。では情報の確認をしますので、ギルドカードをお預かりします。少々このままでお待ちください」
そう言ってギルドカードを手にして下がった受付嬢を見送り、待つことしばし。
戻ってきた時に浮かべていた顔は、なんとも言えない微妙なものだった。
「お待たせいたしました。確認しましたところ、大変申し上げにくいのですが、当ギルドではこちらのカードの情報を修正することができません。ご期待に沿えず、申し訳ございません」
「え」
謝罪する受付嬢の口から出る言葉があまりにも予想外で、俺とパーラは呆気にとられてしまう。
「どういうこと?私達がちゃんとカードの持ち主だってことは分かるんだよね?」
「はい、そちらは確認されました。ですが、カード自体の登録方法に若干の差異があるようで、当ギルドの機器では一部情報の照会はできても、修正まではできないようでして…」
申し訳なさそうな受付嬢に、思わずそんな馬鹿なとしかりつけそうになったが、はたとこうなっている原因に思い至る。
「あの、もしかして、俺達のギルドカードが別の大陸で作られたものだから、こちらの方式との何らかの違いでこうなってるってことはありますか?」
読み込めはしても書き込めない、これはよくパソコンなどでもある、フォーマットが違うというやつに似ている気がする。
ギルドカードはどこのギルドでも同じように扱えるが、大陸を隔てても果たして同様に扱えるものだろうか。
「え?ええ、まぁ、大陸が違うとギルドカードの様式も変わるでしょうが……あ、もしやお二人は別の大陸から?」
「実はそうなんですよ。まぁこっちに来たのも事故みたいなものでして」
「なるほど、そういうことでしたか」
聞けば、こっちの大陸とあっちの大陸では、ギルドカードの作り方自体は同じだが、情報を書き込むフォーマットが完全に違うそうで、たまに向こうからやってくる人間も、こっちでギルドカードが使えなくて困ることはよくあったらしい。
ランクや報酬など、仕組みはほぼ同じなのにギルドカードのシステムの一部だけが違うというのもなかなか興味深い。
この問題を解決するためには、向こうの大陸のギルドで情報をまとめた書類を発行してもらい、それをこちらの大陸のギルドでカードに追加で登録するという手順が必要なのだそうだ。
要は二通りの情報が書き込まれることになるのだが、それができるあたり、ギルドカードの情報域の容量は意外と多いのかもしれない。
魔道具による遠距離通信ができるのなら、こういうアナログな部分はどうにか出来そうな気もするが、古代文明の技術をよくわからないまま使っているがゆえに、ハイテクとアナログが奇妙に競合した不便さをギルドのシステムは強いてくるのだろう。
流石に海を隔てた長距離を通信だけですべては賄えないということか。
そういった書類で情報を登録することにより、ギルドカードには二つの大陸で異なるフォーマットの情報が書き込まれ、カードも問題なく利用できるようになる。
これはつまり、この手順を踏まなければこちらの大陸ではギルドカードが使えないということで、最低限本人確認と依頼を受けることは可能だが、依頼をこなしてもランクアップのための貢献度がたまることはなく、口座から金を引き出すことすらできない。
大陸を渡ってくる冒険者には、出発元のギルドも、乗り合わせる船乗りすら必ず教えてくれることなので、むしろ俺達が事故とはいえどうやってここまで来たのかをこの受付嬢に訝しがられてしまった。
無窮の座がどうのと説明する気にはならないので、事故とだけ言い張ってみるが、不審そうな目は解消されない。
「ちょっと待って。てことは、私らは預けてるお金も使えないの?」
「そうなる。こりゃあまだ当分は無一文かもな」
「何暢気言ってんのさ!ねぇお姉さん、何とかならない?ギルドカードで本人確認もできるんだから、口座のお金ぐらいさぁ」
ここでパーラは受付嬢の状に訴えかけようとしたようで、蛇のようにくねくねと体を動かして懇願しているが、目には悲壮感が感じられる。
ギルドに来たら無一文から解放されると信じていただけに、この状況はかなりのショックをパーラに与えているようだ。
「申し訳ありません。規則ですので」
当然、受付嬢は俺達の事情を斟酌するわけもなく、冷たく言い放たれてしまったが、この彼女の対応は間違ってはいないので文句は言えない。
お役所仕事なんてこんなもんよ。
「ちぇっ…。アンディ、どうしよう?このままだと、大陸に出る船を見つけてもお金払えないよ?」
船に乗るのならタダでというわけがないので、口座の金で船賃を用意するつもりだったのに、当てが外れてしまった。
しかも、今の状態では船が出るまでの滞在にかかる費用もない。
無一文なら外で野宿をするというのも選択肢だが、せっかく街に来たのだから宿でゆっくりと休みたい。
「大陸に出る船をお探しということは、お二人はあちらの大陸に戻るためにビシュマへ?」
頭を抱えそうになった俺達に、受付嬢が何やら気の毒そうな顔で声をかけてきた。
ギルドカードが使えない冒険者に対する同情からなら、その表情も向けるに相応しいものではあるが、どうもそれとは違う何かがあるような気が…。
「ええ。元々あっちが戻るべき場所ですから。ビシュマなら大陸行きの船が出ていると聞いて、やってきたんです」
「そうでしたか。それは時期が悪うございましたね。今は竜候祭の期間に差し掛かっているため、大陸行きの航路は全て止められおります。しばらくは外海へ向かう船もないかと」
「なん…だと…」
「え、船が止まってるの?祭りってだけで?」
「あぁ、お二人はご存じありませんか。スワラッドではこの時期、ビシュマにドラゴンがやってきて、人間に対して試練を課すのです。それを竜候祭と言いまして―」
「それは知ってます。ここに来る途中に教えてもらいましたから。ドラゴンの縄張りを通るのに、年に一度の試練をこなさなければならないとか」
「はい。それが今では祭りとなっておりまして、その試練が執り行われている間は、件の縄張りを通ることを人間側が自粛することとしているのです。ドラゴンがビシュマにいる間、勝手に船が通るのはまずいということで」
祭りの最中とその前後の期間は縄張りに船を近づけさせないように止める、考えてみればこの措置は間違いではない。
ドラゴンがどう思うかはともかくとして、留守の間に縄張りを勝手に通って怒らせたくないという考えは、臆病で脆弱な人間なら持って当然のものだ。
まぁ船が出ないのは分かったが、参ったな。
去年の試練はうまくいったらしいが今年はどうなるかわからないため、ドラゴンが来訪する前に出航したかったのに、そもそも祭りの前でも船は出さないとは思いもしなかった。
「アンディ、どうする?これじゃあ船に乗れないよ。それに今年の試練がダメになったら、結局一年はあっちに行けないってことになるし」
「どうするったって…どうしようもないだろ。試練は俺達がどうこうできないしなぁ」
今のところ船は出せないし、パーラが言ったように、もしもドラゴンの出す試練に今年はクリアできなかったら、来年まであちらの大陸行きの船は出せなくなる。
最悪、どうにか船を手に入れて、俺達だけで危険な海域を運に任せて突っ切るというのも一つの手だが、これはできれば取りたくない選択肢だ。
航海術を持たない素人だけで渡れるほど、海は甘くない。
となれば、今の俺達にできることとして、顔も知らない誰かが、今年の試練を上手くクリアしてくれるように祈るとしよう。
どちらにせよ祭りが終わるまでは動きようがないということは確定しているので、差し当たって俺達のこの後の行動は決まっている。
受付嬢に向き直り、今必要なことを尋ねる。
「カード情報の修正は仕方ないとして、今俺達がギルドの依頼をこなしたら、ちゃんと成功報酬はもらえるんですよね?」
「はい、そちらは問題ありません。ギルドは冒険者による依頼の達成で成り立っておりますので、正当な働きには正当な報酬が約束されます。ただ、ギルドへの貢献度は記録されないことをご理解ください」
今こちらで依頼をこなしても、ランクアップにはつながらないということか。
まぁそれぐらいはいいとして、とにかく生活できるだけの金を手にするのが先だ。
人は霞のみを食べて生きるには難く、温かい寝床無しでは理性を保てない。
一先ずは今日の糧を得るためにも、サクッと終わる依頼を見繕うとしよう。
しかしガルジャパタの奴め、よくもこんな面倒な場所に飛ばしてくれたものだ。
大陸が一つ違うだけでこうも不便だとは、もう会うことはないと言われているが、万が一にも再会したら殴ってやろうか。
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