世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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首都サーティカにて

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 ビシュマから見て北西部、イウ地方と呼ばれる広大な台地に、スワラッド商国の首都サーティカはある。
 比較的高い標高と冷涼な北風のおかげで、亜熱帯の国にしては涼しさが心地よい気候を生み出しており、首都では他の土地と比べて快適に暮らすことができるらしい。

 イウ地方の北東には三つ子山と呼ばれる大きな山がそびえており、そこから流れる川を運河として首都と各地の主要都市が繋がっている。
 残念ながらビシュマまで運河は届いていないが、海を使えば首都と繋がる都市へは容易に行けるので、間接的には繋がっていると言えなくもない。

 運河の一部を堀として首都全体を囲うことで、さほど高い城壁を持たないサーティカは防御の面ではあまり優秀とは言えないが、その開放的な街の姿は観光目的で訪れるには見栄えがよさそうだ。
 王が住まう城を中心に街が出来ていったとわかる放射線状の街並みは、一見乱雑そうに見えて特定の通りに沿った家々の建ち方には規則性もあり、丸一日かけて歩いてみたいと思わせる魅力があった。

 家の様式はビシュマと似てはいるが、首都の民家はどこか中華の気配を感じる造りをしており、もっと壁に赤い色が多く使われていれば、映画でよく見る古代中国の街並みの再現にも思えただろう。
 生憎、サーティカではカラフルさを好む家はあまりないようで、シンプルな色使いの家ばかりだが、それはそれでリアルな中国の裏町のようではある。

 放射状に外へ向けて広がるようにして伸びる大通りをたどっていくと、街の北東に王の住む城にたどり着く。
 当然ながら他と比べて頑健な造りをしている城は、サーティカの中で唯一壁に囲まれた建物だ。
 流石に王が暮らす城をオープンにはしないようで、レンガらしき建材を積み上げて作った城壁は、招かれざる客を力強く拒む威容を周囲に示していた。

 貴族や役人、特権を与えられた特営商人と呼ばれる人間などのみが登城を許される、まさにスワラッド商国の中心と言えるこここそが、政治と経済を動かす巨大な化け物の頭とも表現できる。

 そんな城の一室、本来は賓客を通すような豪華な部屋で、俺とパーラは上等なソファに並んで座って、上等そうな茶を啜っていた。

「…暇だねぇ。私達、いつまでこうしていたらいいのかな」

 行儀悪く手足を放り出しながら天を仰ぐパーラは、今日何度目かも分からない大きなため息を吐き出す。
 朝から城に来て、この部屋に通されてからはたまに使用人が来る以外は完全に放置されている。
 かと言って、俺達は城見学でもと自由に歩き回れる身分でもないため、そろそろ退屈に殺されそうだ。

「シャスティナさんが話をつけてくるまでだろ。今頃は俺らが船に乗れるかどうかの話をしてくれてるんだ。大人しく待つしかない」

 俺達がこうしてここで大人しくしているのは、大陸行きの船に乗るための許可をシャスティナが用意してくれるのを待っているからだ。

 ビシュマから帆船で四日、港で小舟に乗り換えて運河を遡って半日という長い時間をかけてわざわざサーティカに来たのは、乗船許可のためもあるが、それ以上にディースラの突然の行動に巻き込まれたせいでもある。




 十日間続いた竜候祭も終わりを迎え、ビシュマの街が日常に戻ると、ディースラは自分の縄張りに帰っていく……かに思えたのだが、突然、サーティカに行くと言い出した。
 全く予定にない行動だが、あまりにも強く望むため、仕方なくシャスティナが供を申し出ると、何故かついでにと俺にも同行の話が来た。

 俺とパーラに大陸行きの船に乗る許可を出すのは首都にいる官僚達であるため、シャスティナ曰く、『試練突破の功労者本人を同行させた方が、色々と説得力があるから』とのこと。

 国が運用する本来客を乗せることのない船に、急遽人二人を乗せるのはシャスティナでも簡単ではないらしい。
 そのため、ディースラの出した試練を突破した本人が、わざわざ首都までやってきて頼み込んでいるというスタンスで話をつけるようだ。

 そう言われては同行を断る気にもならず、ディースラとシャスティナ、そしてその護衛達の集団に混ざって、ともにサーティカへ向かうのを決めた。
 本来そこにパーラが加わる必要はなかったのだが、一人でビシュマに待つのも嫌だと本人が言ったため、一緒に連れていくことにした。

 突然の決定ではあったが、ディースラが出発を急いだため、準備に一日を使っただけですぐにサーティカ行きの船へと乗り込んで旅立った。

 旅は順調そのものだったと言っていい。
 俺達の乗った帆柱を二本持つ巨大な船は、風にも恵まれてかなりのスピードで北へと走っていく。
 ディースラが舳先で仁王立ちしているのが効いてか、道中に魔物が全く現れず、予定していた日数を大幅に短縮して最初の目的地としていたモンドンという港街へと到着した。

 そこから小舟に乗り換え、運河を使ってサーティカへと向かう。
 この運河だが、源流が北東の山にあり、そこから延びる川がサーティカを経由しているため、首都よりも標高の低い各地へと繋がる一方通行のものになる。

 普通は首都を発し、流れに沿って運河がつながる先へと行ったら、戻りは川に浮かべた船をロープで馬に曳かせて首都へと戻っていくというのが一般的な往復の姿だ。
 そのため、本来なら俺達は馬の背に揺られて運河沿いをカッポカッポと進まなければならないのだが、そこでディースラが名乗りを上げた。

 運河は十分な幅があり、おおよその真ん中を基準に船は右側を走るというルールになっている。
 首都から来る船は俺達から見て左側を下ってくるため、俺達は馬に曳かれている船に混ざっていると、ディースラが突然川に向かって何かを囁く。

 すると、俺達の乗る船の周りの水が、まるで泡立つように蠢き、漂うに任せていた船体は何かに押されるようにしてゆっくりと川を遡り始め、あっという間に草原を駆ける馬のようなスピードで走っていった。
 似たようなことを俺も水魔術で出来なくもないが、人と荷物でそこそこの重さとなっている船を、しかも流れのある川を高速で遡らせるのは難しく、それをあっさりと行うディースラは流石ドラゴンと驚きと納得を覚える。

 運河を下ってくる船よりもずっと速いスピードで走る船は普通ではなく、おまけに船の舳先ではディースラが高笑いをして立っているというのもあって、とにかく目立っていたことだろう。

 ドラゴンが持つ謎の力でグングン進む船は、大勢の目撃者を生みながら驚異的な速さでサーティカへと到着すると、大量の兵士が俺達の船を出迎えた。
 事前の連絡がしっかり機能していたようで、急な訪問ながら、ディースラの到着に合わせて派手に護衛と歓迎を兼ねた人員を配する辺り、スワラッドの警戒と緊張が窺える。

 出迎えた者達の中にいた身分の高そうな人間がまずはディースラに挨拶をし、そのまま俺達はサーティカの街中へと案内された。
 この大陸では身元保証が少し怪しい俺とパーラだが、ディースラとシャスティナと一緒だというのが幸いして、ほぼノーチェックで街門を通れて助かった。

 この日はもう陽が落ちていたこともあって、そのまま城へ向かうと俺とパーラは用意された部屋に泊まった。
 翌日、シャスティナに連れられて俺達は城内の応接室らしき場所へとやってきて、大陸行きの船の乗船許可の話をする間、ここで待てと言われて今に至る。




「…もう限界!ねぇアンディ、ちょっと抜け出して城の外に行かない?せっかくサーティカに来たんなら、街を見たいよ」

 飲み干したカップを乱暴にテーブルへ置いたパーラは、苛立ち交じりで声を上げる。
 その提案は実に魅力的だが、軽々しくは頷けない。

「ダメだ。今、ここの王様が寝込んでるんだぞ?城がピリついてんだよ。そんな時に俺らが勝手に城内を歩き回ったら、シャスティナさんに迷惑がかかる」

 実は数日前に国王が倒れたため、城内はちょっとした厳戒態勢にあった。
 病と言っても大したことではなく、何故か病名などの詳しいことは教えてもらえなかったが、少し休めば治るそうで、それでも警戒度は普段よりも跳ね上がっているそうだ。

 本来なら試練を突破した俺は、スワラッド商国が諸手を挙げて歓迎するところなのだが、そういう事情があって城内での行動には色々と制限を課されている。
 これは俺達に限らず、ある程度の高位にいる貴族以外は誰もがそうなっているらしい。

 俺達が昨夜城の部屋を宛がわれたのも、分かりやすい監視下もなくこうして応接室にいるのも、シャスティナが引率してくれたからだ。
 ここで俺達が城内を勝手に歩きまわり、もし誰かに見とがめられたらシャスティナが監督不行き届き等で責任問題になりかねない。

 故に、俺達はここでただ漫然と茶を啜っているしかないのだが、これも意外と悪くない。
 今日まで俺達は働きすぎだった。
 ここらで一息入れる時間も必要ではないだろうか。

 なんだかよくわからん穀物っぽいのをお茶請けに、ドンと置かれたポットから自分でお茶を淹れて飲む、この時間こそが俺達に与えられた最高の癒しなのである。

「二人とも、お待たせしました」

 お茶のお代わりを淹れ終えたタイミングで、部屋の扉が開かれてシャスティナが姿を現す。
 長時間の話し合いの後だからか、表情の薄い顔にも疲労の色が見てとれる。

 そのまま俺達の対面のソファに腰掛けたので、ついでにと彼女の分のお茶も淹れてやった。

「あら、ありがとう…ふぅ。さて、随分待たせてしまったようなので、まずは要件から先に。アンディとパーラ、両名が大陸行きの船に乗る許可は一応取れました」

「そうですか……一応?」

 カップを口に運び、口を湿らせたシャスティナから告げられた言葉に一先ず安どを覚えるが、同時に含むような物言いも気になる。

「ええ、実際に大陸行きの船が動くのはもう少し先になります。あちらへ向かう船は今の時期、港に待機して風向きが変わるのを待っているのです。例年だとあとふた月は待つことでしょう」

 なるほど、あちら行きの船は風が変わるまで出航しないため、とりあえず俺達に許可は出すが、出発はまだ先になるという意味でのあの言い回しか。

「こちらがその許可する旨を記した文書です。これをしかるべき船の責任者へ見せれば、二人程度ならばすぐに乗せてもらえるでしょう。ただし」

「荷物扱い、ですね」

「そういうことです」

 シャスティナがそう言いながら、テーブルの上に封筒を置く。
 見てわかるほどに上質な紙を使っているそれが、恐らくスワラッド商国が認める乗船許可の御免状となるのだろう。

 封蝋などが押されていないため、中身を取り出してみてみると、なんとももったいぶった言い回しで長々と書かれていたが、要約するとこの書類を持つ者はスワラッド商国がその身分を保証し、国の運用する船への乗船を認めるというものだ。

 使用期限などは書かれていないが、その代わりに一度使ったら船主の手によって処分しろという命令も添えられており、これを使って無限に船を乗り回すことができないようになっていた。
 そんなつもりはないが、これで船をタダ乗りして、大陸間を往復するということは無理なわけだ。

「…確かに、これであちらの大陸へ行けそうです。ご尽力いただき、ありがとうございました」

 封筒を大事にしまい込み、今日まで世話になった礼を口にする。
 これにはこの書類も含め、サーティカに来るまでの旅の世話に対するものも秘かに含めてある。
 こちらの大陸では身元証明が微妙な俺とパーラは、ここまでの道中でシャスティナが持つ身分の傘で随分と助かっていた。

 後ろ暗いことはないが、普通と比べて怪しまれるそうな俺達にとって、この旅が楽だったのは偏にシャスティナのおかげと言っていいだろう。

「礼には及びません。これは試練を突破したアンディへの褒美のようなものですから。知っての通り、我が国はこの試練の結果次第では、今後一年間の交易路が大きく変わるほどのものなのです。それほど重要であるからこそ、成し遂げたアンディには報いねばなりません」

 この城に来て、最初は俺に対しては興味のなさそうだった者も、試練を突破した人間だと分かると途端に尊敬の眼差しを向けてきた。
 俺が成したことが、この国にとっていかに重要かが分かる。
 シャスティナが一度試練に敗れていることも、俺の評価が上がるのに一役買っているようだ。

「そう言う割には、私達はここに待たされっぱなしだったけどねー」

「おいパーラ、よせよ」

 それだけ貢献した人間を、長いこと部屋で待たせたことにパーラは思うところがあるようだが、それをシャスティナに言っても仕方ない。
 俺達がここに来たタイミングが悪かっただけだ。

「それに関しては、時機とこちらの対応が悪かったとしか言いようがありません。本来であれば、アンディには陛下からお言葉をかけていただく機会もあったでしょうが、急に臥せってしまわれてはそれも難しく…。あなた方をここに押し込める形となりましたこと、本当に申し訳なく思っています」

「いえ、シャスティナさんがそこまで謝ることでは…。確かに部屋からは出られませんでしたが、居心地自体は悪くありませんでしたよ」

「死ぬほど退屈だっもふん」

「ちょっとお前黙っとけ」

 俺の気遣いを台無しにするようなことを言いかけたパーラの口を即座に塞ぐ。
 よっぽど退屈が堪えたのはわかるが、あまりシャスティナを責めるのもよくない。
 この城での俺達の扱いがいまいちな責任を彼女に求めるのは流石に酷だ。

「ところで、国王陛下の病状はいかがなものでしょうか?今朝シャスティナさんは大したことはないと言ってましたが、それでも病は病。急に悪化することもありますし」

 申し訳なさそうなシャスティナと、まだ言い足りないといった様子のパーラでこの場の空気が微妙なものになったので、ここで国王の病気についての話を振ってみる。
 今朝方、俺達をこの部屋に連れてくる際の世間話で少し聞いた程度だが、その後変化があったかというのも気にならなくはない。

「それに関しては問題ありません。元々命に関わるほどでもなく、法術での治療で大分回復しています」

「へぇ、法術で治る病気だったのは幸いでしたね」

 ヤゼス教が扱う回復魔術を法術と呼ぶのは知られているが、この法術でも治せないものが実は意外と多い。
 術師の技量にもよるが、多少の外傷や軽症の病はまず問題なく治療できるのに対し、一般的に難病と呼ばれるものは法術の効果が薄く、完治まで時間と手間がかかるか治療の甲斐なく命を落とすのも珍しくない。

 今回、スワラッドの国王が倒れた際にも、治療には法術が使われたはずだ。
 運よく治るタイプの病だったようで、大事に至らなかったのはよかったと思う。

「まぁ痔を病というかは疑問ですが…」

「え、痔で寝込んでるんですか?」

「ええ、なんでも玉座から降りる際、段差につまずいてお尻をぶつけたそうで……あ」

 呆れ果てたといった様子のシャスティナが、溜息と共につい漏らしたのだろう。
 予想外の病名がその口から飛び出した。

 まさか一国の王が痔で寝込んでいるとは、あまりにも意外だった。
 まぁ痔も酷いと立つこともできないというが、しかし法術で治っているのならさほどひどくはなかったということだろう。

「……ふ、二人とも、いい杖など欲しくありませんか?」

「なんですか、そのあからさまな買収は。痔のことなら別に言いふらしたりしませんよ」

「ていうか、私もアンディも杖使わないし」

 そして、それは俺達に明かしていい事情ではないようで、うっかり口にしてしまったシャスティナはあからさまに慌て出した。
 なにやらいい杖とやらで口止めをしようと試みるほどの失言か。

「…信じますよ?絶対に病名は誰かに言わないでくださいね?それと、私が口を割ったと他の人にバラしても駄目ですよ?」

「だから言いませんって。そもそも痔で臥せってるってこと自体、秘密にすることなんですか?」

「それは…陛下御本人がそう望まれたのです。我が君は自尊心が高く、お尻に関するこれを多くの者に知られるのは恥ずかしいのでしょう。今城でこのことを知っている者はほとんどおりません。私は立場上、すぐに知ることはできましたが、身分の低い者、国政に深く携わらない者には特に情報の統制が徹底されています」

 確かに痔になったというのはどうしても恥ずかしさが出る者で、あまり大っぴらに知られたくないという気持ちは分からんでもない。
 国王本人がそう望むのなら臣下はそれに従って動くため、情報が広まるのを抑えようとしていたのが今日までの城の厳戒態勢だったのだろう。

 にも拘らず、シャスティナがあっさりと俺達に話してしまったのは、それだけ気を許していたということでもあるが、彼女の失態には変わりない。
 だから物で釣ってまで口封じをしようとしたわけか。
 表情の変化が乏しいわりに、こういう時には実に分かりやすい。

「偉くなると、痔一つも大っぴらに明かせないんだねぇ。私らはそうじゃなくてよかったね、アンディ」

「偉かろうとそうでなかろうと、痔やら尻周りのあれこれを人に話すのは嫌なもんだろ」

「ふ、二人とも、あんまりそう痔というのを連呼するのは…」

 王の秘密を意図せず明かしてしまったシャスティナは、痔というキーワードが出るたびにビクビクしている。
 今この部屋には俺達しかいないので少し神経質になりすぎだろう。

「これは失礼。じゃあ痔の話はこの辺で終わりにして、ディースラ様って今どうしてますか?」

 いつまでも他人の尻事情をあーだこーだ言うのもつまらんので、話題を変えるためにディースラの行動を尋ねてみる。

「ディースラ様なら、今日は朝から高位の貴族から挨拶を受けていましたね。あぁ、でもその後に丞相と会う予定がありましたし、今頃はそちらでしょう」

「丞相?ってなに?」

 聞きなれない言葉なのか、パーラは首をかしげて丞相についてを尋ねる。

「国政の一番上の役職だろ、まぁ宰相と同じってところか。ですよね?」

「ええ、それで大体あっていますよ。国の貴族や官僚、軍をも司り、王を補佐する役目が丞相です」

 国が違えば役目の呼び名も変わる。
 スワラッドでは宰相という役職が丞相と名付けられているようで、古代中国の呼び名と重なるものがあるのは、何の因果だろうか。

 ひょっとしたら、昔にスワラッドにいた転生者辺りが関係しているのかもしれない。
 だとしたら、そいつは三国志フリークという可能性があるが、まぁどうでもいいか。

「丞相と会うってことは、もしかしてかき氷のことで?」

「恐らくそうでしょう。ディースラ様は、氷雪魔術を使ってのかき氷の安定供給を諦めていない様子でしたから。丞相ならば、国の魔術師に命を出すこともできますから、直接話をつけるつもりですね」

「あれからかき氷の話をしなくなったと思ってたけど、まだ諦めてなかったんだね」

「あの方も、かき氷をいつでも食べたいという思いがあるのですよ。ドラゴンだからこそ、未知の食には執着するし、人が年月を重ね、次代に伝えることで進化していくものを楽しみたいのでしょう」

 命に限りがある人間だからこそ、次の世代に何かを伝え、昇華させていくという性質が強い。
 ディースラも、その積み重ねを楽しみたいという思いから、かき氷にこだわっているのかもしれない。

「…美味しいものを食べたいって気持ち、執念っていうの?そういうのは私にも分かるね」

「ディースラ様はその思いが人よりも強いのですよ。尽きぬ寿命と悠久の時を生きるには、その先に楽しみを見出せなければ心が腐りますもの」

「それってシャスティナさんも?」

 パーラの尋ねた言葉に、シャスティナはなんとも言えない表情で笑みを返す。

 寿命の話をするなら、シャスティナも人間よりはるかに長い寿命を持っている。
 ドラゴンと違い尽きぬわけではないが、それでも六・七十年しか生きられない並の普人種から見れば、死までの猶予は遥かに長い。

 シャスティナが今日まで歩んできたその道のりに、何を見出したのかは気になるところだが、あの表情を見てしまうとそれを尋ねるのが躊躇われる。
 長く生きるだけに、抱える悩みや葛藤はきっと俺達にも想像できず、生半可な気持ちで聞く気にはならない。

 俺達とシャスティナはまだ知り合って日も浅く、気持ちを深いところで通わせていると、自信を持って言える間柄ではない。
 いつか、彼女と真に友となれる日が来たら、その時にはもっと色々話すとしよう。

「…ところで、ディースラ様のことを聞くということは、何か用でもあるのですか?」

「用というか、俺達はサーティカまで船をディースラ様に動かしてもらってきたじゃないですか。だったら帰る時もディースラ様にまた送ってもらうのかと思いまして。だからディースラ様の今後の予定なんかを聞いて、帰る日の予定を立てようと」

「なるほど、そういうことですか。帰るというのはビシュマにですか?ならばディースラ様のお力に頼る必要はありませんよ。サーティカからモンドンへの運河はいつでも使えますから、それでモンドンへ行って、ビシュマ行きの船をお探しなさい。あるいは、そこで大陸行きの船を見つけるのもいいでしょうね」

 言われて少し考えてみれば、俺達はビシュマには特に戻る必要はなく、モンドンで大陸行きの船を探すのも悪くはない。
 ビシュマでの知り合いに別れの挨拶をする暇はないが、手紙や伝言で済ませば義理は果たせるはず。

 一方で、どうせ風待ちの時間があるのなら、慣れ親しんだビシュマで生活する方が気も楽ではある。
 どちらを選ぶべきか、悩ましい。

「とはいえ、ディースラ様がご自身の領域へ帰る機が重なるのなら、それと同行した方がいいでしょう。あれであの方もお二人との旅を楽しんでいましたから」

「そうなんですか?」

「ええ、あまり人間には興味を持たない方ですが、あなた方は気に入ったようです。ひょっとしたら、かき氷のおかげでしょうか」

「はっはっは、だとしたらドラゴンというのも意外と食い意地が張っていますね。パーラに負けていない」

「ちょっと!なんで私を引き合いに出すのさ!別に私はそこまで食い意地張ってないでしょ」

 いやぁ、それはどうかな。

「まぁディースラ様とパーラの食い意地はともかく、どうせなら今から会いに行ってみますか?丞相との面談が終わってなかったら少し待てばよろしいし、終わっていたら昼食でも共にさせていだきましょう」

 今後の予定を決めるにしても、ディースラと話をしておくに越したことはない。
 それに、確かに腹も空いてきているし、シャスティナのご相伴にあずかるとしよう。

「…そうですね、じゃあそうしますか。パーラ、いいか?」

「いいんじゃない?昼食を食べるのに断る理由もないよ。それにディースラ様が食べる昼食って、きっと豪華なんだろうねぇ。楽しみだよ」

「お前はやっぱり食い意地の張った女だよ」

「なにをぅ!」

 と、パーラをからかっては見たものの、その言葉で俺も秘かに期待を抱いてしまった。
 超VIPのディースラが食べる昼食となれば、さぞかし豪華だろうという想像には俺も同意したい。
 今朝の朝食もそこそこいいものだったが、あれよりもいいものが食えるとなると口の中に涎が出てくる。
 いかんな、俺もあまりパーラのことは言えないか。




 シャスティナに先導され、ディースラがいると思われる丞相の執務室を目指して城内を歩いていく。
 疑っていたわけではないが、すれ違う誰もがシャスティナに丁寧な礼の態度を表すのを見て、やはりちゃんと偉い人だったんだなと改めて思う。

 そんな人間が先を行くだけあって、俺とパーラも特に止められることなく通路を進んでいくと、ある地点からそれまで通ってきた通路と雰囲気が変わる。
 通路を行き交う人の姿に、文官らしさが目立つようになったのは、ここがスワラッドの国政を司る中心、つまり丞相が働くエリアに近付いたという証拠ではなかろうか。

『もうよいわ!』

 通路にいくつか並んだ豪華な造りの扉の一つから、知った声が聞こえてきた。
 声の主はまず間違いなくディースラで、それが聞こえてきた扉の先にある部屋が丞相の執務室なのだろう。

『なんだ!ケチくさい!我がこうして頼んでおるのだぞ!魔術師の一人や二人、どうにかせぬか!』

「…なんかもめてるね」

「そうだな」

 パーラが扉に耳を付けながら言うが、そんなものはあの声を聴けばわかる。
 俺もパーラに倣い、扉にとりついて部屋の中の音を聞いてみる。
 執務室にはディースラの強い存在感に紛れるようにして弱弱しさのある気配が一つ感じられる。
 弱弱しい気配の主が恐らく丞相だろう。

 どんなやり取りがあってか、明らかに平常心とは言い難いディースラの声は不満からくる苛立ちがよく感じられ、あのドラゴンの気迫に晒されている丞相の精神状態が心配になる。

「魔術師というのは氷雪系の魔術師のことでしょう。やはりかき氷のことで協力を要請したようですが、あの声を聴く限りでは、丞相がいい返事をしなかったのかもしれません」

 俺とパーラと共に扉へ耳を預け、冷静に執務室の中にいるディースラを分析するシャスティナ。
 意外と肝が据わっている彼女だが、あの状態のディースラがいる部屋に入るのは躊躇われるのか、今は中の様子を確かめるのを優先しているようだ。

『実物を知らぬとはいえ、かき氷の価値に気付けぬうつけ者よ!うぬは!後で泣いて我に縋っても知らぬからな!バーカバーカバーカ!』

「子供かよ」

「そういう所はありますね、ディースラ様は」

 子供の捨て台詞のようなことを吐き捨てたディースラは、執務室を離れようと歩き出したようで、その乱暴に踏み鳴らされる足音が俺達の方へと近付いてきた。

「あ、まずっ。ここでこうしてたら」

「盗み聞きしていたのがばれますね。一旦離れましょう」

 そういって一足早く扉から離れながら言ったパーラとシャスティナの言葉に、俺も頷いて扉から耳を放そうとした瞬間、強烈な衝撃が俺の右頬を襲った。
 うまい具合に脳を揺らされた絶妙な衝撃の正体は、勢いよく開かれた扉が俺の顔に当たったものだ。

 あまりにも強い一撃によって薄れかけた意識で最後に見たのは、執務室で足を前に突き出しながら驚いた表情を浮かべるディースラだった。
 なるほど、部屋を出る際、苛立ちのままに蹴り開けた扉が凶器となったわけか。

 ディースラ本人も驚いている様子から、俺がいたとは全く気付いていなかったようだ。
 パーラとシャスティナは寸でのところで逃げれたが、俺は一瞬遅かったがための悲劇か。

「―…―…!」

 ほとんど暗くなりかけた視界の向こうで、ディースラが俺に何か声をかけてきた。
 声の内容は聞きとれないが、微かに見える顔から、俺を心配しているようにも思える。
 太々しいドラゴンのくせに、そんな表情を見せるとは、珍しくも面白いものが見れたな。

 その思考を最後に、俺の意識は闇の向こうへと飲み込まれていった。
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