世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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決着はいつも突然に

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『かかる屈辱は刃にて晴らさん』

 その昔、生涯において二百を超える数の決闘に臨み、そのほとんどを勝利で彩った女傑が、決闘の前に必ず口にしていたのが先の言葉だ。
 光すら断つとまで謳われた槍捌きから、『銀閃公女』と呼ばれるまでになった件の女性によって作られた決闘の作法は、現在に至るまで残るほど、決闘という仕組みの大本となった人物だと言われている。

 その作法に則るなら、俺とゴードンは決闘の前にまずお互いの家名を名乗りあい、何を求めての戦いなのかを明らかにするのだが、大陸が違えば作法も変わる上に、俺は貴族ではないので家名を持たず、これから行われるのは決闘という枠組みをかりた喧嘩に過ぎない。
 勝って得られるものは多少の名声だが、負けても失うものは特にない。

「武器や戦術に制限はありません。どちらかが降参、あるいは戦闘能力の喪失をもって決着とします」

 決闘を始める前、注意事項を俺とゴードンに話しているのはミラだ。
 ここは腕力での決着を行う場だが、最低限のルールぐらいは共有しておく。
 頭の固い女というイメージのミラだったが、説明役は意外と様になっており、こういう場をいくつか経験しているのかもしれない。

「時間制限は設けませんが、練兵場を間借りしている関係上、横槍が入った時点で終了となります。その際は、この場にいる数人を無作為に抽出して多数決で勝敗を決めます。では双方、異議がなければ武器を構えてください」

 それだけを言ってミラが下がるのに合わせ、俺とゴードンはそれぞれ剣を握り、切っ先を相手に向けて動きを止める。
 周りではこの決闘の行方を見守る多くの目がある中、少し離れた所でなにかコソコソと動く数人の姿が見える。

 ―俺はゴードン様に3枚!

 ―私は…アンディに2枚!

 ―手堅くゴードン様に7だ!

 俺とゴードンの名前と数字、そして何やら手渡している様子から、どうもこの決闘の勝敗で賭け事が行われているようだ。
 指揮官は特に止める様子もないことから、兵士達のガス抜きでも考えてのお目こぼしだろうか。

 しかもフラッズがその胴元をしているようで、ニヤニヤといやらしい笑みで金を集めている姿は実に様になっている。
 ミラ同様、こちらも似たようなシチュエーションの経験は豊富そうだ。

「あいつまた…」

 剣を構えながら、深い溜息とともに呟くゴードンの言葉には、部下の行動を咎めるような響きが感じられる。
 本人としては、純粋な決闘をダシにされていることに対して、何らかの思うところがあるのだろうか。

「不満ですか?俺達の決闘を賭けに使われるのが」

 まだ動く気配を見せないゴードンへ、ジャブ代わりに声をかけてみる。
 フラッズの方へと意識を向けている以上、隙ありと襲い掛かってもいいのだが、恐らく無駄だろうからまずは様子見だ。

「見世物になるのがいい気分になるやつはいねぇだろ。けど、あいつはほっとくと何しでかすかわかんねぇ奴だからよ、あれぐらいなら見逃すさ」

「行動を読めないってやつですか。まぁそういう人は面倒ですからね」

 ―向こうもアンディには言われたくないと思うけど

 背後から聞き馴染みのある声が飛び出したが、流石に俺はあれほどではない。

 ふいに砂煙と打撃音を残し、ゴードンの姿が掻き消えた。
 意識を背後の声に取られたのが隙となったか、対峙している相手の姿を完全に見失ったのは不覚以外の何ものでもない。

 よーいドンで始まる闘争など児戯にも劣ると俺は思うが、こうして意表を突かれる立場になると意外とショックを受けるものだなと、内心で自嘲してしまう。

 しかし、悔やむのは一瞬だけだ。
 今は視覚と聴覚、触覚を総動員し、消えたゴードンを探す。
 最後に立っていた場所に残っている砂煙の流れ方から、俺から見て左手側に動いたのは分かる。

 半ば勘任せではあるが、危機感にも背中を押されて左側へ向けて剣を立てるようにして振るう。
 すると、甲高くも鈍い金属音と共に、剣と剣がぶつかった場所に探していた人物の姿があった。
 あの一瞬でここまで移動したとするなら、そのスピードは俺の雷化に迫るか、入りの鋭さなどはそれ以上かもしれない。

 ジンと手に感じる痺れから、今の一撃には俺が死ぬのに十分な威力であり、今がただの決闘ではなく、命のやり取りだということを改めて思い知る。

「ほう!姿を見失いながら、俺様の初撃を防いだか。大したもんだ。いや、まさか俺の動きが見えてたのか?」

 横なぎに振るわれた大剣を、運よく十字に交差する形で防げたことで、ゴードンは驚いた顔を見せた。

 最初の一撃を止められはしたが、そこからさらに押し込んで来ようとするゴードンに対抗するため、俺も剣の腹へ体ごと押し返すように力を込めていく。

「ぐっ…さぁ、どうかな?そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「さっき、シャスティナとなんか話してたな。大方、俺の戦い方を聞いてたんだろ?てことは、一踏四足も知ってたか?それとも、防げたのは偶々かぁ?」

 戦いの最中ということもあって、精神的な優位性を取られたくなかったが、順序だてて思考を重ねられると、あっさり見抜かれてしまう。
 この男、決闘でモテようと画策する程度に馬鹿ではあるが、戦闘においての頭の巡りは悪くないようだ。
 何より、一撃の鋭さと重さに込められた殺意から、俺を殺すことも厭わない迫力が感じられる。

 鍔迫り合いの様相を呈している中、体格の差で徐々にこちらへ剣が押し込まれてくる。
 こっちは強化魔術で腕力が増しているというのに、ゴードンの方が押してくるとは、こいつも身体強化を使っているか、もしくは素の力が化け物染みているのか。

 武器のサイズと体格の差、体勢の悪さからこのまま力比べをすることが不利だと判断し、剣の角度と体の回転を使って力を受け流すと、急に手応えが変わったゴードンがたたらを踏んだのを見てから、俺は即座に距離を取る。

 相手の体が流れたことで十分な隙が出来たため、強化した脚力で跳ねるようにしてゴードンから離れ、すぐさま剣を構えて対峙しようとした俺の目の前に、たった今引き剥がしたはずのゴードンが、大きく振りかぶって迫ってくる。

 その恐ろしいほどの瞬発力に、舌を巻く暇もない。

「逃がさねぇ!おらぁっ!」

 剣の届く距離となったことで、袈裟斬りに振るわれた一撃が俺の体に迫る。
 勢い・角度が揃った見事な剣閃は、ただその軌道上に剣を置いただけでは防ぐことが難しいと思われ、かといって躱すには体勢が悪い。

「チィッ…!」

 こうなったら止むを得ない。
 暴走の危険を覚悟の上で、足元の土へ魔術で干渉する。

 発動速度をとにかく優先し、土の固さはほどほどでも勢いをつけ、ゴードンの手元を狙った土の柱を一気に作り出す。
 戦いの最中だというのに、暴発もしていない、狙った通りの魔術の形に内心で思わず安堵してしまう。

 細く隆起した土の塊が、剣の振る勢いを作り出すゴードンの手首をかちあげるようにして押すと、若干だが袈裟斬りの勢いが衰え、それによって極わずかな、しかし確かな隙が作りだされた。

 これで倒れこむような勢いで背後へと逃げることができた俺は、念のためもう三歩程飛び退ってゴードンとの間の距離を稼ぐ。
 今の攻防が一秒に満たない瞬間で行われていたため、ここでようやく息を長く吐くことができる。

「…なるほど、確かに聞いていた通りに魔術師だ。しかし、詠唱もなしに発動するなんざどういうことだ?おまけに狙いも精密とくればお前、ただもんじゃあねぇな」

 俺が魔術師だということを誰かから聞いていて、それでも剣しか使っていないのを疑問に思っていたのが、今の攻撃で納得を得たゴードン。
 一方で意識発動型の魔術を知らないのか、自分の手首を襲った土の柱の残骸を眺めながら、その発動速度に感心してもいるようだ。

「ふぅ……そちらこそ、まさかあの状態から俺に追いすがってくるとは思いませんでしたよ。あれも一踏四足で?」

 鍔迫り合いから脱したあの瞬間、確かにゴードンは俺を到底追えるような姿勢ではなかった。
 にも拘らず、まるで全ての硬直をなかったものにするかのような速度で迫ってきたのは、ちょっとやそっとの体術では説明がつかない。
 となれば、ゴードンが持つ特殊な技術がそれを可能としたと考えるのが妥当だろう。

「さぁてな…と、すっとぼけてもいいが、二回も逃げられたんじゃ格好わりぃし、褒美に教えてやる。最初と今、どっちの時も俺様が使ったのは一踏四足だ」

「へぇ、その一踏四足という技術、てっきり直線での動きに特化したものと思ってましたが、思ったより柔軟に動けるようですね」

 開始直後に突っ込んできた時はともかくとして、その後の俺に迫ってきた時の動きは滑らかで捉えずらい体捌きが織り交ぜられていた。
 地面には踏み込んだ際に出来たと思われる足型が刻まれており、その数と配置から、細かいステップが使われたのが分かる。

 踏み込んで移動する以上、直線的な動きに限られるとばかり思っていたが、小刻みに軌道を変えられるとなれば、カウンター攻撃へも対処できる歩法でもあるようだ。

「言っとくが、一踏四足はただの移動法じゃあねぇ。高速移動はあくまでも余芸。本来は地面を蹴った反発を攻撃へ乗せる、れっきとした攻勢の体術だ。重心の移動と組み合わせれば…こういうこともできる!」

 そういうや否や、その場で身を深く沈めたゴードンは、大剣を担ぐようにして構え、力強く一歩踏み出すとともに、前へ倒れこむ勢いを乗せるようにして剣を振るう。
 この時、ゴードンの姿を見失いかけたが、今度は視力を強化したおかげで、その動きを辛うじて目で追うことができた。

 十分にあった距離が一瞬で詰められ、俺の脳天を叩き割る勢いで迫る剣に対し、こちらも防御しようと剣を上へ構える。

 だが次の瞬間、ぶつかると思っていた剣がピタリと空中で止まり、逆再生のように大剣が上へと戻っていった。
 その剣の主であるゴードンは、剣を引き戻す動きに合わせてまるでコマのように半回転し、踏み込んでいた体勢からのけ反る様な動きを見せたかと思うと、蛇のようにうねる軌道を描いた剣が、今度は下から迫ってきた。

 この一連の奇妙な剣の動きは、ゴードンが複雑なステップで剣を走らせた結果なのだが、単純な速度頼りではなく、一踏四足に剣術由来の対裁きを織り交ぜたことによるもののようだ。

 来たる衝撃に身構えていた俺の体はそれを見てもすぐさま反応できず、このままだと下から襲い掛かってくる剣先が体のどこかを切り裂くことは避けえないだろう。
 視界に見えるゴードンも必殺の一撃を確信してか、凶悪な笑みを浮かべていた。

 防御も回避も難しい状況に、俺の思考は死を回避するためにフル回転を始め、そして答えを出す。

 避けるのも防ぐのも無理なら、自爆するしかねぇ!

「ッッ!?地面がっ…クソったれ!」

 足元の土に対し、崩壊の意図を込めて一切の手加減をせずに魔力を流しこむ。
 そうすることで土魔術は俺の意思を受け、足元から半径十メートルほどの範囲が一気に崩れだす。
 本当は落とし穴に叩き込みたかったところだが、ある程度の実力を持つ奴は落とし穴を平気で回避するので無駄だろう。

 砂漠の砂ほどではないが、土が極端に細かくなったことでゴードンも踏ん張りがきかなくなり、振るっていた剣がその行方を狂わせ、ギリギリ俺に当たることなく左半身を掠っていった。
 少し傷を負ったが、直撃よりはずっとましだろう。

 当然、今のを誰がやったのかはゴードンも理解しており、俺を見る目は苦々しさでいっぱいだ。
 そして、すぐさま体勢を立て直そうと足場の悪い中、俺から距離を取ろうと動く。

 足場を大事にする剣士にとっては、この状況を一旦立て直すためにもしっかりとした足場まで後退するのは妥当な判断だ。
 だが相手の不利はこちらの有利。

「こんな地面じゃ特殊な歩法だろうと無理だよなぁ!」

 逃げるゴードンに対し、今度は俺から攻撃を仕掛ける。
 今この時追わずして、いつ追いすがるというのか。

「だが剣は振れるぜ!?おら来いよ!」

 追撃する俺を牽制するように剣を突き出すゴードンだが、一踏四足での離脱が出来ていないのはやはり足下が悪いせいだろう。
 二度ほど見た踏み込みから判断するに、一踏四足は固い地面がなければ生かせない技術と推測する。

 よってあの異常な加速はないと信じ、眼前にある剣にこちらからも剣をぶつけるようにして振るいながら、一歩ずつ進んでいく。

 長引かせるつもりは端からなく、一撃で倒すつもりで剣を繰り出すも、しかし全てが防がれてしまう。
 こいつ、剣士としての技量は全体的に粗削りだが、真っ当な剣術を修めているせいで思ったよりもやるな。
 俺のムラだらけの我流剣術では簡単に対処されてしまい、今一つ攻めきれない。

 大剣と長剣、リーチでは向こうが勝っているが、軽さでは俺の方が有利だというのに、ゴードンはどういうわけか俺とほぼ変わらぬスピードで剣を振るう。
 そういう技術があるのかわからないが、剣速の優位が全く生かせていないこの打ち合いは圧倒的に俺が不利だ。
 こういう時に取る手は一つだけ、少しでも距離を離されないよう、ひたすら前へ出るのみ。

「てめぇ…なんで普通に走ってやがんだ!?」

「答える義理はないね!」

 そうした攻撃と防御が繰り出される中から、焦りと苛立ちが混ざった声が飛び出す。
 同じ条件であるはずの地面に立ちながら、覚束ない足取りで後退を続けるゴードンに対し、速さはそうでもないが着実に前へ進む俺が奇妙に思えるのだろう。

 答えは単純。
 俺が走りながら自分の足元の土だけを固めているからだ。

 未だ暴発の危険を抱え、精度でも不安が残る俺の魔術だが、今この時だけは土魔術に関する心配はいらないで済む。
 なぜなら、俺が発動させている土魔術は硬化を一瞬行うだけで、それを維持する必要がないからだ。

 魔力の使用をごく短時間に絞り、範囲を足元だけに限定することで、魔術が制御を逸脱する前に効果が消え、暴発の危険性もまずない。

 とはいえ、足場のしっかりした俺に対し、まともに動きづらいはずのゴードンで互いに剣を振るい、ようやく互角となっているこの状況は些かまずい。
 どう斬り込んでも剣術の基礎のしっかりしたゴードンにはいなされるばかりで、俺の剣は一向に届く気配がないのだ。

 向こうも後退するので精いっぱいで、俺にろくな反撃が飛んでこないのは幸いだが、このままだともうじきゴードンは俺が崩したエリアから抜け出し、まともな足場のある場所までたどり着いてしまう。
 そうなれば、またあの特殊な歩法で攻撃を仕掛けてくることだろう。

 もう一度俺の周りの地面を崩して足場を奪うというのは、恐らく向こうも警戒して通用しない可能性もある。
 となると、どうにかして今のうちに決着をつけたい。
 剣術では向こうに分があり、魔術でどうにかしたいところだが、同時に異なる属性の魔術を発動できないという制約上、ここは足元を固めている土魔術を諦め、立ち止まって雷魔術による遠距離攻撃へと切り替えるべきか?

 だが雷魔術は土魔術以上に制御がデリケートだし、暴発する可能性もはるかに高い。
 命の取り合いも黙認される決闘とはいえ、相手のバックボーンを考えればうっかり殺すのもまずい。
 一体どうしたものかと考えていても結論は出ず、もうあと数歩で崩れた地面が終わるというところまで来ている。

 それを向こうも気付いているのか、チラリと背後を見たゴードンの笑みが深まる。
 しっかりした足場を得た瞬間、一踏四足で更に距離を取るか、あるいはカウンターで俺へと迫るかのどちらかを考えているというのが実に分かりやすい。

 そのどちらをやられても俺は不利なので、決めるならここしかない。
 とっておきを使う時が、まさに今、この時なのだ!

「あーっ!あそこに丸裸でエロい踊りを踊ってる女が!」

 人差し指をやや上気味に向けて遠くをさし、男なら絶対によそ見を禁じ得ない言葉を叫ぶ。
 これでゴードンが気を取られて足を止めるか、せめて視線だけでも他所へ向くなら隙をついて引き足を掬えるだろう。

 さあ!その隙を俺に晒すが―あれ?見てない!?

「…馬鹿かよ、てめぇ」

 ゴードンは俺の指さした方を全く見ておらず、それどころか呆れた顔でそう言われてしまった。
 いや、俺だって馬鹿な手だとはちょっぴり思ってたが、男なら誰でも引っかけられるという自負はある。
 現に、決闘を見守る連中のほとんどは、俺が指さした方を凝視してるし。

「魔術師としては優秀、剣の方もそれなりにやれる、なのに馬鹿な手を使う。…てめぇのことがよくわからねぇな。ま、これで決着だし、もういいが」

「あ」

 眉を寄せてそう言うゴードンの言葉で、彼が今立つ場所がもう俺の崩した地面ではなくなっていることに気付く。
 裸の美女作戦は効果を発揮せず、ついにゴードンを逃げ切らせてしまった。
 そのことに歯噛みするが、こうなってはもうどうしようもない。

 今のところ使われた一踏四足による攻撃を全て防いでいる俺を、今度はゴードンも確実に仕留めにかかってくるはずだ。
 初撃のような運任せでの防御は厳しい。

 土魔術で周囲の地面を隆起させて壁とし、一踏四足で接近させないようにするのも手だが、それが効果を出す前にゴードンの剣の方が先に届く。
 実際、目の前では大剣を肩担ぎにして全身を撓めるゴードンは、今にも飛び出さんと勢いを溜めている。

 俺が何かするよりも向こうの攻撃が先に当たるとなれば、ここまで温存していた奥の手も、このタイミングでは効果は望めないかもしれない。
 これはもう勝敗は決まったかと、後は死なないようにゴードンの攻撃をうまくいなして負けを認める流れを考えるべきか。

 まぁ負けても俺自身は特に失うものもなく、多少ディースラ辺りがブチブチと言うぐらいだし、このままうまいこと怪我なく負けを宣言すればそれでいいだろう。




 ―……本当にそれでいいか?

 確かにこの決闘の勝敗で、俺には得るものも失うものもない。
 だが、それでは俺の気持ちはどうなる?

 勝手に決闘を挑まれ、勝手に承諾され、こうして剣を手にしているこの理不尽な現実に対する思いは何もないのか?
 そんなわけがない。

 ただ流されるようにして決闘に臨んだ俺もよくないが、それ以上にゴードンやディースラの身勝手さに対する反骨心のようなものは確かにあるのだ。
 勝っても負けても同じなら、せめてゴードンを負かして悔しがらせたい。
 ディースラには…まぁいつかなんか意趣返しをするとしよう。

 そう考えた途端、視界が開けてゴードンの一挙手一投足へ意識が集中していく。
 人間、前のめりになると感覚が研ぎ澄まされるとはこのことだという好例だ。

 ゴードンの全体重を乗せたような重みのある踏み込みが、スローモーションでしっかりと見える。

 今度こそは一踏四足が使われる瞬間を見極めるつもりだったが、スーパースロー並みの感覚の中であってもゴードンの体が一瞬沈むと同時に間髪いれずその姿は掻き消えてしまった。

 一踏四足はこれほどかと、内心で唸る。
 分かっているつもりだったが、こうしてスローモーションの世界で見ても目で追えないとは予想以上だ。
 まるで動画の一コマを飛ばされたような消え方は、もはや歩法の域を超えている。

 姿が消えた以上、また左右どちらかに回り込まれるか、あるいは背後かと悩むが、断定はできない。
 ほんの一瞬にも満たない時間の迷い、それは高速で攻撃を仕掛けてくる相手を前にしては致命的な隙だった。
 だが、気付けたのは幸運だ。

 晴れている空の下、一瞬だけ俺の足元に広がる影が歪む。
 それは、頭上に現れた影が俺のものと混ざり合ったせいだった。

「っ!危っ!」

「ちっ!」

 咄嗟に上へ剣を構えると、そこへゴードンの剣が打ち付けられた。
 どうやら地面を蹴った勢いで上空へ飛び、落下する勢いを足して奇襲をしかけてきたたようだ。
 加速と小回りを活かせる足場を放棄してまでも空中へと躍り出たのは、恐らくゴードンはまた地面を崩されるのを嫌ったからだろう。
 有利を手放すその決断の良さに、影で気付かなければ、今頃俺はサックリとやられていたかもしれない。

「気付きやがったか!勘のいいガキは嫌いだな!だがこのままっ!」

 上手く防いだと思いきや、この状態でもゴードンはさらに剣を押し込んでくる。
 一体どんな技術なのか、踏ん張りがきかないはずの空中だというのに、地面で相対しているような手応えだ。

 徐々に俺の方へと動く大剣に、ゴードンは歓喜の笑みを浮かべるが、それを見て俺もまた笑みを浮かべる。

「…何笑ってやがる。何がおかしい?」

「いえ、まさかこういう決着になるとは思わなかったもので」

「へっ、そうかい。まぁてめぇはよくやった方さ。俺と剣でここまでやりあえたのはそういねぇ。負けたとはいえ、自慢していいぜ?」

「これは光栄の至り、とでも言えばいいんですかね?ただ、一つ誤解なきように。俺はまだ負けてないんで」

「いいや、これで終いだ!」

 そう言い、ゴードンは器用にも大剣を握る手を支点にして、俺の腹をめがけて蹴りを繰り出してきた。
 一踏四足を使える脚力、それによる蹴りが決して軽いわけがなく、直撃したら肋骨骨折か内臓破裂で重傷は確実だろう。

 勝ち誇った笑みをさらに深めるゴードンだが、すぐさまそれも驚愕の顔に変わる。
 なぜなら、俺とゴードンが揃って地面に沈み始めたからだ。
 下へと動く勢いと、驚きから蹴り足はその勢いを失くし、今は共に土に飲まれる動きに囚われている。

「なにを!?てめっ…放せ!」

 すぐにその場を離れようともがくゴードンだったが、俺に袖口を掴まれてそれもできない。
 籠手を身に着けていなかったのが災いしたな。

「足元に落とし穴を作っても避けられると思った!だから逆に考えたんだ、こうして一緒に引きずり込んでやればいいってね!」

 同じ土魔術なら敵を落とし穴に落とすのが一番効率的だが、ゴードンぐらいの実力者なら簡単に避けられるだろうし、土の檻を作って閉じ込めるのも完成までの速度とその逃げ足から同じ理由で難しい。
 となれば、俺自身を餌にして地面への沈下に巻き込んでしまえばいい。

 自分を中心に地面を沈下させるのは、あまり精密な操作はいらないため、暴発の危険性はほとんどない。
 そうしてゴードンは全身を土に囲まれて身動きはできなくなるが、俺自身は土魔術で簡単に脱出することができるという寸法だ。

「てンめぇえ!こんな決着があるかよ!放せっ、このダボがぁっ!」

「誰が放すかこのビチグソがぁっ!」

 まだ自由に動く拳で殴り合いながら互いに罵倒していると、あっという間に俺とゴードンは腰のあたりまでが土の中に埋まってしまう。
 あと数秒もせずに仲良く土の中…というところで、意識していなかった方向より上がった声が強烈に辺りへ響いた。

 ―貴様らぁ!なにを馬鹿騒ぎしておるか!

 距離があるにもかかわらず、体が気を付けの態勢を取ってしまいそうになるほど迫力ある声に、思わず魔術の発動を止めてしまった。

 何事かと声の方を見てみると、これまで見た中で最も豪華そうな騎士装束を纏った大柄な老人が、般若のような怒りの表情で、練兵場の入り口から俺達を睨みつけていた。

 ―げぇ!ぐ、軍団長!?

 どうやらその老人はこの国の軍団長、つまり実戦部隊の一番偉い辺りにいる人物のようで、それが恐ろしい顔で近付いてくると、見学していた兵士達も目に見えて慌てだす。

「ちっ、もう来やがったか。おい、ここまでだ」

「ええ、わかってます」

 この場にいる誰よりも練兵場の使用に正しい判断を出すと思われる人物の登場に、俺もゴードンも体から力を抜き、決闘の終了を決める。
 ミラが開始時に言った『横槍が入った時点で終了』というのがまさに今の状況なので、これ以上続けるのは無理だ。

 指揮官が慌てて軍団長に近付いていくのを見ながら、俺は土魔術でゴードンと共に地面から抜け出す。
 ついさっき勝って決着をつけると決めたというのに、この終わり方は少々不完全燃焼気味だが仕方ない。

 遠くの方では、軍団長が兵士達へ叱責を始めたようで、見える限りの顔はどれも悲壮なものだ。
 その矛先がこちらへ向く前に、どうにかしてこの場を離脱したいが…。

「そこの二人!こちらへ来い!」

 あぁ、無理だったか。
 睨むような目が俺とゴードンを捉え、有無を言わせない迫力で手招きをされてはこのまま去るのも後が怖い。

 仕方なく軍団長の方へと歩みを進めると、意外なことにゴードンも一緒に歩き出す。
 てっきり指揮官あたりに全部なすりつけて逃げそうな気もしたが、よくよく考えたら軍団長ともなればゴードンも役職的に逆らえないものがあるのかもしれない。

 この後は確実に何か言われるとは思うが、せめて俺への追及はゴードンとディースラを盾にして少しでも軽減したいものだ。
 悪いのはこいつらだし。
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