世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

文字の大きさ
398 / 469

帰ってきたらマイホームが壊されてた件

しおりを挟む
「正直、すまなかったと思っている」

 目の前で土下座をするのは、この施設で一番偉いはずの女で、ほんの一瞬前は自分の執務室を尋ねてきた俺とパーラの姿を見て派手に喜んでいたのだが、飛空艇のことをこちらが口にした途端、このような姿となった。

「とりあえず頭を上げてよ、ダリアさん。私らもそんな状態じゃ話しにくいからさ」

「…そうだな。では」

 放っておくといつまでもそのままでいかねないダリアを宥め、同じ目線で話すためにもソファへと戻るようにパーラが促すと、居住まいを正して向かい合って話すこととなった。

「あらためて二人とも、無事で何よりだ。もはや会うことは出来ないとは思っていたが、まさか生きていたとは。噂も大概当てにならないな…アンディ君はどうしたんだ?随分覇気がない。それに心なしか、色が薄いような…向こうが透けて見えそうだぞ?」

 先程研究員の男から飛空艇の状況を教えられて、確かに口を開く気も起きないほど落ち込んでいる。
 ダリアとの会話はパーラに任せる気満々でいるぐらいだ。
 そのショックがいかに大きいかは何となく自覚しているが、そこまで言うほどだろうか?

「うん、まぁちょっとね。飛空艇がバラバラにされてるって知ってから落ち込んじゃって。ほら、あれって私らの家みたいなものだからさ」

「なるほど、遥々家に帰ろうとやって来て、その家がなくなっていればこうもなるか。重ね重ね、すまないと謝るしかない」

 気分としては出張から帰って来たら、マイホームの立っていた土地が更地にされていた気分に近い。
 今俺はとんでもない喪失感を覚えている。

「それで私らの飛空艇のことなんだけど、何があってそんなことになったの?ちゃんと説明してほしいんだけど」

「ああ、わかっているよ。そのことはちゃんと話す」

 パーラが僅かに語気を強くして説明を求めると、ダリアは申し訳なさそうな顔をして俺達の飛空艇がいかに扱われたのかを教えてくれた。




 巨人との戦いに派遣されたソーマルガ号が帰還する際、当時の現場指揮官であるアルベルトが持ち主不在の飛空艇をそのまま他国に残すことを危惧し、一緒に持ち帰った俺達の飛空艇は、その扱いがソーマルガの首脳部で一時問題となった。

 元々俺達の飛空艇はソーマルガ皇国から無期限で貸与されているという形をとっていたため、その持ち主が死亡、あるいは所在不明などで飛空艇の保持が困難となった場合、ソーマルガへ返還されるというのが約定として書類にも残されている。

 普通なら、この飛空艇もソーマルガの保有する機体の一つに収まり、今頃は国内を飛び回っていたのだが、これに待ったをかけたのがアルベルトだ。
 俺とパーラが死亡したものとして、飛空艇の扱いを決めていくお偉方に対し、あくまでも飛空艇を持ち帰ったのは持ち主が行方不明になっている間の保全の措置であり、返還処理で接収するのは尚早だと強く申し立てた。

「ミルリッグ卿がそう言ったのって、やっぱり私らが生きてるって信じてたからだよね?」

「そうらしい。実際、こうして生きていたわけだが、その時は巨人との戦いで死んだとしたい国と、生存を信じているミルリッグ卿との間でかなりのやり取りがあったと聞くね」

 アルベルトとて何も俺達が生きているのを楽観的に信じていたのではなく、持ち主が死んだからと淡々と飛空艇の処遇を決めていく官僚達に思う所があったのだろう。

「それって大丈夫なの?飛空艇の運用を話し合うぐらい偉い人達に正面から文句言うなんて、いくら近衛騎士でも問題になるでしょ」

「確かに近衛の領分ではないね。しかし、ミルリッグ卿は巨人との戦いでの功があるからな。そこに絡んだ事案であれば、多少口を挟む権利ぐらいはあるさ」

 城の中で王族を守る近衛騎士は、基本的に飛空艇の運用に口出しすることはない。
 そもそもの統括元が異なるからだ。
 アルベルトが他国へ派遣され、現地ではソーマルガ号の艦長まで任されたというのがかなり異例なことで、王直々の命令があったからこそできたことだという。

 だがアルベルトは俺達の飛空艇の扱いに異議を唱えたのは、やはり俺とパーラへの義理もあったからだと思う。
 共に戦い、何度も死と生の狭間を駆け抜けた中で紡がれた絆により、俺達の生存を信じずにはいられなかったのかもしれない。
 あれでアルベルトも、熱いところのある男だからな。

 しかし、ソーマルガのお偉いさんは、限りなく薄い希望のために今ある飛空艇を遊ばせるという考えはなかったようだ。

「でもミルリッグ卿の意見は聞き入れられなかった、と。……ん?ちょっと待って。だったらなんで私らの飛空艇が分解されたの?ソーマルガで運用するために接収したんじゃないの?」

 ダリアの話では、俺達の飛空艇はそのままソーマルガの空を飛ばすために使われるという感じだった。
 しかし実際は分解されてしまっているとなれば、一体どんな経緯があったのだろうか。

「それに関しては事情があってね。君達も知っているとは思うが、ソーマルガでは自国製の飛空艇の量産と試験飛行を行っていたんだが…」

「へぇ、あれってもう量産されてたんだ。流石はソーマルガ、脅威の技術力だね」

「まだ量産は最近始まったばかりだがね。それで、先行して量産した飛空艇を実際に運用していたところに問題が起きた」

「なに?墜落でもした?」

「その通り。パーラは鋭いね」

「え。あ…なんか、ごめん」

 そんなはずはないかと若干茶化すような口調のに対し、あっさりと肯定の言葉を返されてしまった。
 今のやり取りだけを見ると、まるでパーラが性格の悪い女みたいだ。

「いや、いいんだ。空を飛ぶ以上、墜落の可能性は皆無とは言えないからね」

「…乗ってた人はどうなったの?」

「ほとんどはパラシュートで脱出した。だがいくつかの飛空艇では脱出が間に合わず、操縦士が計五人、亡くなってる」

「そっか」

 自分達も便利に乗り回していた飛空艇が、人を容易に死なせる道具なのだということを思い出してか、パーラはダリアと共に神妙な顔で視線を下げる。

 飛空艇は高高度を高速で移動する。
 そこから地面に放り出されると、生身の人間ではまず助からない。
 そのためにパラシュートを開発したわけだが、それとて万全の安全装置ではないのだ。

 何かの原因で作動しなかったり、パニックになってパラシュートを使うのを忘れたなどということも十分あり得る。
 そのためには脱出訓練も必要なのだが、実際にその時になって冷静に動ける人間というのはどれほどいるものやら。

「問題なのは、墜落した原因の方だ。新製の飛空艇では六割で不具合が発生し、その中の二割が墜落したわけだが、原因が全く分かっていない」

「操縦士の誤操作とかは?」

「勿論疑ったが、生き残った操縦士の報告からしてその線は薄い。一部では低出力の方の動力に問題が出たという報告もあるが、それ以外が原因の可能性もまだ残っている」

 新製の飛空艇には、動力を二つ搭載するという画期的とも苦肉の策とも言える方式が採用されている。
 初期に制作されたその飛空艇を俺は乗ってみたが、あの時は特に問題もなく飛べていたのが今になって問題を起こすとは。
 高度な技術を模倣すると、時間をおいて不具合が出るのは往々にしてあることだが、それが今のソーマルガに降りかかっているわけだ。

「墜落したのって、ソーマルガで一から作ったやつだけ?遺跡から発掘したのは落ちてないの?」

「そうなんだよ。いやな話さ。大昔に作られたものは問題なく動き、新しく作ったものは数度飛ばしたら落ちてしまった。ソーマルガの技術力が疑われそうだよ、これでは」

 このあたり、遺跡から発掘した飛空艇が未だ墜落していないのは、過去の文明がいかに高度なものだったかの証となり、新製のものに比べて信頼性をさらに底上げする理由にもなりうるだろう。

「じゃあその新製の飛空艇の作り方が問題ってことになりそうだね。そういえば、あれって主機を二つ積んでたけど、そのせいとかってのもある?」

「ないとは言えないな。しかしそれだけが理由とも言い難い。単一の原因なのか、あるいは複合的な原因があるのか、この手の問題は特定が難しいんだ。だから今、ひとまず飛空艇の製造は一時止めて、原因究明に注力している。とはいえ、あまり芳しくない。このままだと、悲願である量産型飛空艇の普及が遠ざかるだけだと思っていたところに、君達の飛空艇が戻って来た」

「もしかして、私達の飛空艇を分解したのってそのせい?」

「そうだ、君達の飛空艇をもう一度分析しなおし、さらには先行量産型の飛空艇との機構を比較しようという試みに使わせてもらった」

「えー…なんで私達のを使ったのさ。他の飛空艇でいいじゃん」

「そうはいかないんだよ。特に量産する飛空艇に採用した操縦系は、君達の飛空艇のものを大いに参考にしている。そこだけは他の飛空艇では参考にできない。墜落の原因が分かっていない以上、調べられることは全て調べると、そういうつもりだった」

 以前、ダリアは俺達の飛空艇を解析して、その技術を飛空艇製造に生かすため、いわゆるリバースエンジニアリングのようなことをした。
 その時は簡単に調べる程度だったが、今回は完全に分解にまで至っているのは、それだけ件の墜落の原因がダリア達にとっては解決を急がれる重要課題となっているようだ。

 こうなると、アルベルトが俺達の飛空艇を保管しようと動いてくれても、結局今のソーマルガが抱えている先行量産型飛空艇の墜落原因究明のために、俺達の飛空艇が犠牲になるのは避けようもなかったというわけだ。

「操縦系ってことは、操縦室がまるっと分解されたんでしょ?だったら、他の部分は無事ってことになるから、すぐに組み直せるよね?ね?」

 懇願するように詰め寄るパーラに対し、ダリアは視線を逸らしている。
 この様子だと、今すぐには直せない事情がありそうだ。

「それはその、戻すつもりはあるにはあったんだが…うん、まぁこの際だ。君達の飛空艇、ちょっと見に行こうか」





 ダリアの執務室を後にし、施設のさらに奥にある巨大な格納庫へとやってきた。
 ここは飛空艇の大規模な修繕や改修などをする場所で、中に入るには見張りの厳重なチェックが必要なほど重要な設備らしい。
 当然ダリアはノーチェックで、俺とパーラは簡単なボディーチェックだけで通してもらえた。

 ちょっとした運動場とも言えるほどに広さのある格納庫は、天井から延びるいくつものクレーンアームも相まって、実に男心をくすぐる空間となっている。
 屋根から壁まで見事に密閉されながら、作業のために設けられたライトに照らされる格納庫内は思いの外明るい。
 流石にエアコン的なものは使われていないだろうが、日差しもなく外部の熱気もほとんど遮断されているせいか、内部は意外と涼しく快適だ。

 中には組み立てか分解の途中と思しき飛空艇の姿がいくつかあるのだが、スクラップ同然の元飛空艇らしい物体もいくつかあり、どうやら墜落した飛空艇もここで原因調査の分解が行われているようだ。

 研究員と作業員が共に話し合いながら飛空艇を弄っている姿は、ここから新しい技術が生まれるのだという希望を感じさせる光景だ。

 並ぶ飛空艇の間を通り抜け、奥まった場所へと向かうダリアに続いて歩いていくと、到着したそこには布で覆われた巨大な物体が置かれていた。
 ここにあることと大きさからして飛空艇で間違いはなく、布越しに分かるフォルムで俺達の飛空艇で間違いはないだろう。

 完全にバラされていると聞いていたが、こうして大まかに分かる程度には形が残っているとなれば、復元もそう難しいことではなさそうだ。

 ようやく、ようやくだ。
 遥々海を越え、長い旅路の果てにたどり着いた。
 これこそが、俺が求めていたもの。

「お、おぉ…」

「あ、復活したみたい」

 それまで幼子のようにパーラに手を引かれていた俺だったが、こうして飛空艇を目の前にしてようやく、腑抜けになりかけていたこの身に力がみなぎりだした。

「…ダリアさん、この布は取っても?」

 一歩一歩ゆっくりと踏み出し、飛空艇を覆う布へ手をかけて背後にいるダリアへと確認する。

「あ、ああ、勿論だ。…アンディ君、気をしっかりな?」

 気を?
 一体どういうことなのかという疑問は一瞬浮かんだが、それよりも今は、飛空艇との再会を優先したく思い、それを尋ねずに布を握る手を勢いよく引く。

 ザァという音と共に取り払われた布の下には―

「え…」

 懐かしい姿が現れるかと思ったが、そんなことはなかった。

 果たして俺とパーラ、どちらの口から出た声だったのか。
 しかし目の前の光景が原因なのは確かだ。
 なぜなら、そこには俺達の飛空艇の形をした骨組みだけしかないからだ。

 外装はほとんどがはがされて内部は露出し、本来そこにあるであろうパーツ類がゴッソリと欠けており、残っているのは船体の強度を担保するメインフレーム部分といくつかの機械類だけで、布を取り去る前の方が飛空艇だと想像できただけまだましだったとすら思える。
 まるで部品取りが終わった飛空艇だと言われても、疑いはしないレベルだ。

 あまりの惨状に、言葉も出ずに体が硬直してしまっている俺の背中に、ダリアの申し訳なさそうな声が掛けられる。

「いやぁ、なんせ君達の飛空艇は色々と特別な仕組みが詰まっていたものでね。私は操縦系だけを借りたんだが、他の研究室の連中があれこれと興味を持ってしまって…ただ置いておくぐらいならと持ち出しを許可したら、こうなってた。まったく、あれらも遠慮がないなぁ、ははははは……いや、本当にすまん!」

 ガバリと背後で大きく動きがあった音がしたため、ダリアは再び土下座でもしているのだろうが、俺はそちらを見る気力がわかない。

 確かに俺達の飛空艇は他のに比べて特別な機能が満載だった。
 操縦系はもとより主機も高性能だし、空どころか深海まで潜った実績もある。
 冷蔵庫やトイレ・バスまで備え、空調設備はどんな魔術や魔道具よりも優れていた。

 持ち主の不在となった飛空艇であることをこれ幸いにと、ここの研究員がそれらの仕組みを知るためにパーツを持ち出した結果が目の前にある飛空艇の姿となったわけだ。
 多少分解された程度ならともかく、ここまでになるともう…。

 あはっあはっ、こんなになっちゃった…なっちゃったからにはもう…ね。





「正直、すまんかったと思っておる」

 デジャヴかな?

 ダリアと同様、俺達の目の前で土下座をしているのは誰あろう、この国で王の次に偉いと言っても過言ではない宰相のハリムだ。

 昨日の飛空艇研究施設での衝撃的な出来事から一日経ち、ダリアの手配で急遽ハリムとの面会が叶った俺達は早速城へ行って宰相の執務室へとやってきたのだが、そこで人払いがされたところで突然このような土下座を食らわされた。

 もしこの光景だけを城の人間に見られたら、俺とパーラはとんでもないことになるのではなかろうか。

 とりあえず土下座をやめさせて、話をするためにソファへと座った俺とパーラとハリムだったが、例によっては俺は心を失くしてしまっているので、相変わらず会話はパーラがする形となっている。

「よもや生きておったとはな。もっと早く知れておれば、あの飛空艇も無事に残しておれたが…いや、それはミルリッグ卿の訴えを最後まで信じきれなかったわしの不徳か」

 そう言ってハリムはこちらを申し訳なさそうな目で一瞥し、天を仰ぐようにして顔を上向かせると目を瞑ってしまった。
 昨夜ダリアの家で聞いた話によれば、アルベルトの訴えは一考こそされたものの、最終的にはハリムの決定で俺達の飛空艇は国に接収され、パーツごとに分けられて各研究室に持っていかれたわけだ。

 死んだ可能性の高い者の持ち物で、しかも便利な道具をいつまでも手元にただ置いておくだけよりも、今抱えている問題のために活用しようと決断を下すのは、国の舵取りをしている一人として正しい。

「私達も本当はもっと早く戻りたかったけど、色々と事情があったもので。それで、私達の飛空艇についてなんだけど」

「うむ、ダリアから話は届いた。どうにか復元したいそうだな?わしとしてはその願いを叶えてやりたいところだが、なにせあちこちに部品が引き取られておるからな。いっぺんに回収するのも今すぐにとはいかん」

 現在ソーマルガの量産型飛空艇に由来する問題を解決するため、各研究室に配られたパーツはあらゆる調査と分析が行われているそうだ。
 これらは最優先での作業のため、ただちに取り上げるとなれば今抱えている問題の解決は先延ばしになりかねず、ソーマルガとしては非常に困るとのこと。

「でも私らだってあれがないと困るよ。なんせアシャドルに行かなきゃいけないから」

「分かっておる。行方不明の処置を取り下げるためであろう?なにも返さないと言っているわけではない。少し時間がかかると言っておるのだ」

「時間ってどれぐらい?」

「さて、それはわしには何とも言えんな。技術の話はダリアあたりに聞いてくれ。ただ、少なくとも今年中にどうのという話ではないとは思うぞ」

 外装から主機まで、見事にあらゆるパーツがはぎとられているあの姿を見ると、再び組み立てる作業も決して簡単なものではないはずだ。
 仮に各研究室にパーツの返還をただちに要請したとしても、研究バカな人種は大抵自分の都合を優先すべくのらりくらりと返事を躱して先延ばしにすることだろう。
 誰だってそうする、俺だってそうする。

 そうなれば、完全に元の形に戻るのは下手をすれば来年以降ということも十分に考えられる。

「そんなの長すぎるって。…じゃあ、小型のでいいんで動かせる飛空艇を一機貸してくださいよ。私らの飛空艇が復元されるまで、それで旅をするんで。ハリム様ならそれぐらいどうにかできるよね?」

「ふむ、そう言えば以前にそうしたことがあったな。代わりの飛空艇を貸すというと、あの時のようにか」

「そうそう!代わりの飛空艇さえ使わせてもらえればそれで十分だから」

 目下の目的としては、俺達はアシャドルに行く足さえ確保できればいい。
 そのためにここにきたのだし、小型のでもいいから飛空艇を一機レンタルできれば今はこれ以上文句は言わない。
 マイホームが更地にされてしまったのはショックだが、それも今はどうにもできないしな。

「まぁ前例がある以上、無茶な話ではないが…とはいえ無理だな」

「なんでよ!?」

「ダリアから聞いておらぬのか?今ソーマルガ国内を飛んでいる飛空艇は、全て遺跡から発掘したものばかりだ。本来は今頃新製の飛空艇が巡察に動いている予定だったのだが、不具合のせいで運用が見送られたからな。遊ばせられる機体は一つもないのだ」

 飛空艇を量産できるという算段の上で国内のパトロール計画が組まれていたとすれば、突如リコールのようにして使える飛空艇の数が減ったことによる影響は大きいはずだ。
 となると運用する予定の数が減り、余剰機など見込めないのかもしれない。

「そんなのそっちの都合じゃん…私らの飛空艇をそっちに預けてるんだからさ、一機だけでもなんとか融通できない?」

「本当にすまないと思っておる。だが、無理なものは無理なのだ。我が国が保有する飛空艇は今、すべて余すことなく稼働している。短時間ならともかく、長い期間貸与する余裕などない。それ以外でならいくらでも協力しよう」

 この言いようだと、飛空艇は無理でも風紋船や馬などであれば貸す用意はあるということか。
 俺達の飛空艇を使えなくしてしまったことへの配慮だと思うが、この分だとこれ以上食い下がったところで飛空艇が使えるようにはならないだろう。
 潮時か。

「パーラ、もういい」

 それまで無気力に座っていたソファに態勢を変えて座り直すと、次の不満の言葉を吐こうとしていたパーラを手で止める。

「アンディ!正気に戻ったの!?」

「ちょっと色々あって気落ちしてただけだって。おかしくなってたみたいに言うな」

 確かに考えるのをやめた岩のようだったとは思うが、そこまで驚くことはないだろうに。
 ここまでの話は普通に聞いていたし、いいタイミングで口を出そうと思っていたぐらいだ。

「なんだ、妙に腑抜けておったようだが、もうよいようだな」

「腑抜けてって…まぁそう見えててもおかしくはないほど落ち込んでましたが。ハリム様だって、やっと帰って来たら自分の家が無くなってたともなればこうなりますよ」

「ふむ、かもしれんな」

「それで、さっきの話ですけど、飛空艇のことはもういいです。いや、よくはないんですが、事情は分かりました。とりあえず今は飛空艇は諦めます。ですが、ちゃんと元通りに復元して返してもらえると、そう思っていいんですよね?」

「む…うむ、多少時間はかかるが、そこは約束しよう」

 俺達の飛空艇は何もすべて失われたわけじゃない。
 時間はかかるが、返還される可能性が他ならぬ宰相の口から聞けたのならよしとしよう。
 ただ、ハリムが若干口籠ったようだし、早々にとはいかないとみて、今は俺達の目的を優先する。

「分かりました。では俺達は陸路でアシャドルを目指すとしましょう。ハリム様、クレイルズさんは今どちらにいますか?」

「クレイルズ…おぉ!アシャドルから来ていたあの魔道具職人達の一人か」

「ええ、あの人にはバイクを修理のために預けていたんですよ。流石にそろそろ直っているかと思って」

 少し前までは俺達の旅の足はバイクだった。
 飛空艇が手に入ってからは出番も減っていたが、それでもまだまだ十分旅に使える。

 壊れてしまったのをクレイルズに預けて随分経っているので、もう直っているはずだ。
 あの人は間違いなく天才だからな。

「…わしがこう言うのもなんだが、お前達もついておらんな。あの者達ならもうここにはおらぬ。大分前にアシャドルへ帰ったぞ」

「…なんですと?」

 既に頭の中ではバイクでの旅の計画を立て始めていたというのに、ハリムから言われた言葉はそれを打ち砕くのに十分な威力を持ったハンマーだった。

「ほれ、アシャドルからの職人を迎え入れたのも、元は技術交流という名目であろう?互いの技術も交換し終えたと判断して、アシャドル王国からの指示の下、帰国していったわ。当分は次の技術交流の機会を見送るというのも、向こうから言われておる」

 なんということだ。
 てっきり技術交流による滞在はまだ長引くものとばかり思っていたが、まさかこれほど早く帰国の指示が出されるとは。

 それほどに飛空艇関連の技術習得が早かったのか?
 クレイルズ達が優秀な職人なのは認めるが、だとしても飛空艇を一から作ろうとするならまだまだ学ぶことは多いと思えるのだが。
 一年かそこらで飛空艇を作れるようになれるほど、空と重力は優しくはない。

「もう帰国するとは…なんというか、思い切った判断をしましたね」

「…ここだけの話だが、巨人の死体を巡って我が国とアシャドルは少し揉めてな。そのこともあって職人達を急いで帰国させたというのも一面としてある」

 他に耳をそば立てている者などいないはずだが、心情的にか声を潜めるハリムの言葉に、そういえばそんなこともあったなと思いだす。
 大地の精霊が語ったものによれば、巨人の死体を独占したいアシャドルが、援軍としてやってきた他国の者を遠ざけようとしていたとか。

 流石にそれだけで飛空艇技術の習得のチャンスを棒に振るとは思わないが、派遣していた職人がソーマルガで人質にされて、巨人の死体の所有権をめぐる交渉の道具にされる危惧もあったのかもしれない。
 ソーマルガをよく知っていれば被害妄想も過ぎると思うところだが、アシャドル王国としては奇貨として転がり込んだ特大の古代遺物に、神経を尖らせているとすればそういう判断もあり得るだろう。

 あるいは、巨人の死体の解析に魔道具職人の手を借りようとでも考えたのかもしれない。
 古代遺物の研究をする人間はアシャドルにもいるが、何せ巨人のでかさを考えれば魔道具職人ですら駆り出されそうだ。
 専門家ほどではないにしろ、魔道具職人も古代遺物の扱いは心得があるからな。

 しかし参ったな。
 クレイルズがこの国にいないとなれば、バイクもきっと彼が持ち帰ったに違いない。
 あれは一種のオーパーツと言っていい完成度を誇る乗り物だし、修理を託されたとなれば自分の手元で管理するのが預かった者の礼儀でもある。

「一応聞きますが、バイクを残していったりなんかは…してませんよね」

 念のため、クレイルズがバイクをソーマルガに忘れていった可能性に一縷の望みをかけてみるが、俺の言葉にハリムが首を振ったことでその希望は絶えた。

 一応、クレイルズを追ってアシャドルまで行くことは出来る。
 馬車などを用意して、それで陸路をゆっくりと進めばいいだけの話だ。
 そもそも普通の旅人はバイクや飛空艇を使わずに移動しているのだからな。

 飛空艇が使えるようにハリム交渉を続けるよりは、さっさと旅立ってアシャドルの王都を目指した方が手っ取り早い。
 手っ取り早いのだが、バイクを当てにしていただけにショックは意外とでかい。

「はぁ…結局飛空艇もバイクもダメ、と。普通にアシャドルを目指すしかないか。ハリム様、こうなったら馬車ぐらいはそちらで手配してもらえませんか?」

「うむ、それぐらいならばな」

 もう普通にアシャドルを目指すことを心に決めたが、せめて馬車での余裕ある旅程度は望んでもいいだろう。
 ただ、今から馬車を手配するには手持ちの金は心もとないので、それはハリムを頼ることにした。、

 俺達に申し訳なく思うのなら、馬車を用立ててほしいものだと頼んでみると、あっさりと了承された。
 流石は一国の宰相だけあって、それぐらいは屁でもないか。

「助かります。あぁそれと、俺達の飛空艇の貨物室に積んでた荷物なんですが、あれは今どこにありますか?ダリアさんに聞いたら、行方を知っているのはハリム様だと言われたものですから」

 飛空艇は分解されたが、貨物室の中身には手を付けられていないはずだ。
 勿論、遺跡から見つけた貴重な道具もいくつか積んでいたが、それ以外はここの研究者が興味を持たないものも多い。
 その中でも、特に調味料や食材などは、持てるだけ持って旅立ちたい。

 分解された飛空艇の貨物室は完全に空になっていて、その中身についてはパーラがダリアに尋ねたものの、ハリムに聞けとだけ言われていた。
 ならば今聞かずしていつ聞くというのか。

「あぁ、それならこちらで保管しておるぞ。貴重な品もいくつかあった故な。しかし、お前達も抜け目がない。あの巨大船で見つけたものを隠し持っていたとは。まぁお前達が見つけたものだし、あれぐらいならうるさくは言わんが…」

 よかった、どうやら荷物の方はハリムが預かってくれていたようだ。
 何せ色々と貴重な品も多いし、特にダンガ勲章をはじめとして色んな国の偉い人からのプレゼントもそこそこあるから、下手に処分されなくてよかった。

「ただ、食料品の方は大分腐っておったもの多い。それは処分しておいたぞ」

 …ん?腐ってた?
 まぁ食料品もそこそこあったし、これだけ時間が経てば悪くなっているのも多いだろう。
 ただ、貨物室には発酵食品も多く置いていたのが少し気になった。
 人によってはそれらも腐っていると判断される品ではある。

「お手数をおかけしたようで…一つお聞きしますけど、まさか味噌樽とかは処分してませんよね?」

 まさか、そんなはずはないと、急に高まった自分の心臓の鼓動を耳障りに思いつつ、恐る恐る尋ねた俺の言葉に返されたのは、またしても無情なものだった。

「ミソ樽?樽ならすべて処分したぞ。腐っていたと言うただろう。あそこまで腐っているとは、随分長く放っておいたようだが、だらしがないぞ、アンディ」

 一年越しの味噌と醤油、死亡確認。

 この国の偉い人はいつだって俺の大切なものをぶち壊す。
 俺の大切なものを…。

 もう、ショックで漏らしそう。
しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ
ファンタジー
マユラは優秀な魔導師を輩出するレイクフィア家に生まれたが、魔導の才能に恵まれなかった。 そのため幼い頃から小間使いのように扱われ、十六になるとアルティナ公爵家に爵位と金を引き換えに嫁ぐことになった。 だが夫であるオルソンは、初夜の晩に現れない。 マユラはオルソンが義理の妹リンカと愛し合っているところを目撃する。 全てを諦めたマユラは、領地の立て直しにひたすら尽力し続けていた。 それから四年。リンカとの間に子ができたという理由で、マユラは離縁を言い渡される。 マユラは喜び勇んで家を出た。今日からはもう誰かのために働かなくていい。 自由だ。 魔法は苦手だが、物作りは好きだ。商才も少しはある。 マユラは王都の片隅で、錬金術店を営むことにした。 これは、マユラが偉大な錬金術師になるまでの、初めの一歩の話──。

没落貴族は最果ての港で夢を見る〜政敵の公爵令嬢と手を組み、忘れられた航路を拓いて帝国の海を制覇する〜

namisan
ファンタジー
日本の海運会社に勤めていた男は、事故死し、異世界の没落貴族の三男ミナト・アークライトとして転生した。 かつては王国の海運業を牛耳ったアークライト家も、今や政争に敗れた見る影もない存在。ミナト自身も、厄介払い同然に、寂れた港町「アルトマール」へ名ばかりの代官として追いやられていた。 無気力な日々を過ごしていたある日、前世の海運知識と経験が完全に覚醒する。ミナトは気づいた。魔物が蔓延り、誰もが見捨てたこの港こそ、アークライト家再興の礎となる「宝の山」であると。 前世の知識と、この世界で得た風を読む魔法「風詠み」を武器に、家の再興を決意したミナト。しかし、その矢先、彼の前に最大の障害が現れる。 アークライト家を没落させた政敵、ルクスブルク公爵家の令嬢セラフィーナ。彼女は王命を受け、価値の失われた港を閉鎖するため、監察官としてアルトマールに乗り込んできたのだ。 「このような非効率な施設は、速やかに閉鎖すべきですわ」 家の再興を賭けて港を再生させたい没落貴族と、王国の未来のために港を閉鎖したいエリート令嬢。 立場も思想も水と油の二人が、互いの野望のために手を組むとき、帝国の経済、そして世界の物流は、歴史的な転換点を迎えることになる。 これは、一人の男が知識と魔法で巨大な船団を組織し、帝国の海を制覇するまでの物語。

妖精族を統べる者

暇野無学
ファンタジー
目覚めた時は死の寸前であり、二人の意識が混ざり合う。母親の死後村を捨てて森に入るが、そこで出会ったのが小さな友人達。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

処理中です...