世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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世の中は意外とコネで何とかならない

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 ペルケティア教国の主都であるマルスベーラでは、歴史ある街並の中にも溶け込むようにして聳えたつ巨大な建造物が随所に見られる。
 街自体の面積が大都市と呼ぶに相応しいだけの広さもあってか、高さのある建物が作りやすいのだろう。

 街の北西側には政治の中枢となる城が置かれており、そこを基点にしてヤゼス教関連の施設が適度な間隔で存在してるのは、ヤゼス教が都市設計の段階で国の中枢に食い込んでいた証拠だ。

 そんなヤゼス教関連の建物は実用性重視のシンプルなものがほとんどなのだが、中には重厚さや瀟洒を前面に出した建物もそれなりにある。
 対外的には清貧を示したいところだが、時には豪華絢爛な形式が必要なこともあるため、教会での地位が高い人間はそれだけ立派な建物にいることが多い。

 それらの建物はもっぱら公務や祭祀に使われるが、居住にも不自由がないほどの十分な広さと設備が備わっているため、屋敷代わりに高官が住み込んでいるケースも少なくはない。
 高級官僚や司祭ほどにもなれば、自分の持ち家に戻るよりも公邸で過ごす日の方が自然と増えるらしく、いずれも要人と言って差し支えない人間が所在を明らかにしやすい場所だけに、厳重な警護が義務付けられている。

 そういった物々しい警護の敷かれている建物の一つに、聖女が暮らす屋敷があった。
 シペアに連れられて徒歩で訪れたそこは、以前見たサニエリ司教やグロウズの屋敷を比べてもかなり立派な建物だ。

 外観こそマルスベーラの街並みと同じぐらいに長い歴史を感じさせる古びたものだが、各所には手入れの行き届いた様子がしっかりと見られ、まだまだ現役の家屋としては不足はないように思える。
 敷地内を囲む外壁は不法侵入を諦めさせるほどの厚みと高さがあり、その向こうに覗く平屋か精々二大建てと思われる屋敷は、先程後にした教会よりも確実に大きい。

 強固な外壁で連想されるように、門もまた見張り付きの厳重なもので、立ち番をしている二人の兵士は近付いてきた俺達を見て警戒心を丸出しにしている。
 門番の職務上、助祭の恰好のシペアはともかく、俺とパーラは怪しんで損はないので正しい判断だ。

「何者か」

 顔を布で覆っていたから分からなかったが、意外にも門番の声は女性のものだった。
 女性兵士というのも決して珍しくはないのだが、要人の屋敷の門衛というのはやはり男性の仕事であることが多い。

「祭礼三局所属のシペアです。聖女様お付きのスーリアに会いに来ました」

 祭礼三局というのが恐らくシペアの勤め先の部署なのだろう。
 それを聞いて門番の警戒があからさまに緩むのを感じ、また門番の誰何に対し、神妙な態度で答えるシペアに成長を見た気がした。

「話は聞いている。しかし、来るのは一人だけだったはずだが?」

 この屋敷で働いているスーリアにシペアが会いに来る約束をしていたとなれば、門番には来訪が先に伝えられていてもおかしくはない。
 まだ若干残る警戒はやはり俺とパーラへ向けられており、元々の予定になかった同伴者を訝しむ兵士の目は鋭いものだ。

「この二人は私の友人で、スーリアとも知り合いです。こちらでばったりと会いましたもので、スーリアにも会わせてやろうかと」

「ふむ、ならば身元を証明するものを提示してもらおう」

 そう言われ、俺とパーラはギルドカードを門番へと手渡す。
 聖女がいる屋敷に身元が怪しい人間を簡単に近づけるわけがないので、ギルドカードの提示を求められるのは当然の処置だろう。
 罪歴などなくクリーンな一般市民である俺達に後ろ暗いことなど一つもなく、好きなだけ検めてもらいたい。

「冒険者か。本人ではある、と。それに、犯罪歴もなし、武器も持っていないようだな」

 手慣れた様子で俺達の身柄を確かめ、問題がないと判断したのかようやく警戒を解いてくれた。
 目に見えて武器となるものを身に着けていなかったのも警戒を解いた理由のようだが、生憎丸腰でペルケティアを闊歩できないトラウマがこちらにはある。

 普通に見ただけではまず武器として見抜けない利点も考慮して、可変籠手だけは常に持ち続けるよう心掛けているのだ。
 騙すようで悪いが、こちらも思慮なくこいつを振り回すつもりはないので、門番の勘違いは訂正しないでおく。

「いいだろう。少し待て。今呼んでこよう」

 流石にそのまま中には通すことはしないようで、門番の一人がスーリアを呼びに屋敷の中へと入っていった。
 そのまま待たされる形になったものの、残っている門番と見つめ合うのに気まずさを感じ、シペアと会話をして暇を潰すことにした。

「なぁシペア、聖女のお付きってどんな仕事なんだ?やっぱ忙しいのか?」

「なんだよ急に。どんな仕事ってもなぁ…俺もあんまり詳しいことは知らねぇよ。忙しいかどうかっていうなら、まぁ忙しいんじゃねぇの?」

「お付きの仕事って、聖女の身の回りの世話でしょ?まさか一人で全部やってるわけじゃないよね?」

 仕事に過酷さが付き物のこの世界だが、流石に要人の世話を一人で全部こなすのはハードすぎる。
 パーラもそれは分かっているようで、あくまでも否定されるのを前提で尋ねただけだろう。

「んなわけねぇだろ。聖女様の身の回りに関しては、何人もの人間で世話してるって話だ。スーリアはその内の一人だよ。忙しいってのは、前に俺が少しそう聞いたことがあるってだけだ」

「聞いたことがあるって、どんなのだ?」

「なんでも、聖女様ってのは結構…なんというか、細かく要望を口にする質らしくてな。お付きになった人間は、聖女様のそういうのに応えるためにいつも走り回ってるって話だ」

 あえて我が儘という言葉を使わなかったところに、シペアの思いやりが感じられる。
 教会にとって重要人物ともなれば、わずかに我が儘を言ったところで周りが全力で叶えようと動くものだ。
 聖女ともなると、衣食住に文句の一つでも言えば、ちょっとした騒動にもなるのかもしれない。

「少し前にどっかの部署で騒いでる女官を見たんだが、それが聖女様のお付きの人らしくてな。なんかの手配を頼んでた姿は大分疲れてそうだったぞ」

「そりゃあ一体どんな我が儘を言われたんだか。その聖女のお付きってのは、恰好からして他とは違うもんなのか?」

 身分によって衣服の品質は明らかに違うが、下級の神官同士ならそれほど差はないと思われるのに、シペアがパッと見て聖女のお付きと気付けたのなら、分かりやすい何かがあったのだろうか。

「いや、教会で働く以上、同じ意匠の神官服を身に着けるって決まりだ。ただ、お偉いさんの側付きになる人間は、すぐに見分けが付きやすいように何かしらの印を持つのが慣例らしい。その聖女様のお付きの女官も、分かりやすいのを持ってたからな」

「印っていうと、装飾品か?」

「分かりやすいのだとそういうのだな。耳飾りに指輪、釦を変えたりとか。他にも、特徴的な柄や目立つ色の布なんかを服のどこかに着けたりとか、派閥によって様々だよ。聖女様付きの女官だと、首元か腰回りに黄色系の布を巻いてるのがそうだ」

 集団の中で更に派閥が分かれる中、ワンポイントで帰属を表せるのは組織内での立ち位置が分かりやすくて便利だ。
 派閥同士で争う際にも敵味方が分かりやすく、またパワーバランスによっては個人の身を守る力にもなる。

 宗教組織であっても、派閥による争いとは無縁ではいられないのが人間というもので、聖女の側仕えであっても、分かりやすい印が必要となるのがこの国、ひいてはヤゼス教の実情というわけだ。

「お、来たみたいだな」

 他人事ながらペルケティアで教会関係者として暮らすことの悲哀を覚えた時、屋敷の中から人影が出てきたのをシペアが気付く。

 それが誰かなどと言うまでもなく、先程館内へ行った門番を背後に引き連れてやってきたのは、シペアと同じ意匠の服を身に纏い、首元には淡い黄色のスカーフを巻いたスーリアだった。
 疑っていたわけではないが、本当に聖女のお付きをやっているのだと、そのスカーフを見て確信が持てた。

「あぁ、パーラちゃん!アンディ君!久しぶりだね!」

 目を輝かせて俺達の下へと小走りに駆け寄り、嬉しそうに抱き着いてきたスーリアは最後に見た姿とは変わりはなく、シペアとは違って外見からは時の流れを微塵も感じさせない。
 このあたりはハーフエルフであるスーリアと普人種のシペアで成長に差があるせいか。

「おう、久しぶりだ」

「元気そうでよかったよ、スーリア」

「二人も、元気そう…でもないみたいだね。パーラちゃん、肩の怪我はどうしたの?」

 しばしのハグから解放された俺達は、スーリアと向き合って再会の言葉を交わすと、パーラが吊っている左腕に気付いたスーリアが満面の笑みから一転、痛々しい顔へと変わる。

「ちょっと色々あってね。こんなんだけど痛みはないし、傷も結構塞がってるから」

「そうなの?仕事が仕事だし無茶しないでってのは言いにくいけど、気を付けてね?」

「分かってるって。それでさ、ちょっとスーリアにお願いがあるんだけど、いい?」

「なになに?パーラちゃん達が困ってるなら私、何でも聞くよ」

 ん?おいおいおい、いいのか?そんな軽々しく言っちゃって。

「…今、なんでもって言ったね?」

 やはりパーラも目敏く食いついたな。
 いやらしい笑みを湛えてそう言うパーラに何かを感じ取ったか、スーリアも一瞬たじろぐが、優しい性格の彼女は言ったことを引っ込めるつもりはないようだ。

「え、うん、言ったけど…あ、私にできる範囲でね?あんまり変なお願いは聞けないよ?」

「大丈夫、変なお願いかどうかはともかく、現状スーリアにしかできない頼みだから」

 スーリアの不安に答えず大丈夫と返してしまうパーラのなんと無責任なことか。
 だが聖女への繋ぎという、普通の感覚なら無茶な部類に入る頼みではあるが、パーラの言う通り現状ではスーリアだけが頼りなのは確かだ。

「そんな風に言われたらちょっと聞くのが怖いけど…とりあえず、場所を変えて話を聞かせてくれる?こここじゃ、ね」

 そう言われ、俺達を見る門番の視線に気づく。
 再会の挨拶に水を差さずに気遣ってくれていたが、明らかに門の前で話し込む俺達は邪魔以外の何ものでもない。
 門番が発する気配からは、なんとなく『他所でやれや』という意図が籠っているような気がしてしまう。

「分かった。どっかいい場所はあるか?お前ら、この街に住んでそこそこ経ってるんだろ?」

 スーリアの意見には賛成するが、俺とパーラはこの街にはそこまで詳しくないため、行き先の決定権は住人である二人へと託す。

「なら、あっちの方にいい場所がある。たまに俺が休憩に使ってるから、人目もほとんどないぞ」

 そう言ってどこかを指さすシペアは、何かを自慢するような顔をしており、こいつの性格的に考えれば、きっと秘密基地的な場所なのだろう。
 そういうのは嫌いじゃない。

 赤の他人に聞かせるには少しデリケートな話をするため、人目を避けるという気配りも嬉しいところだ。
 ただ、なんとなくだがシペアのこの言いようから、普段はサボるために使っているような印象を受けたのだが…そこは追及しないでやるのが情けというものか。




 シペアに連れられて俺達がやって来たのは、外壁沿いに所々で存在する空き地のの一つだ。
 そこに低木が密集した箇所があり、あまり人の手は入っていない場所のようにも見える。
 管理が行き届いている街中には基本的に背の高い木や植物は生えていないのだが、こういった空き地は人の目が集まり辛く手入れが後回しにされるようで、場所によっては手つかずの木々が放置されているようだ。

 シペアは迷う様子も見せずに、俺達の身長程度の大きさの木々の中を進んでいく。
 俺達もその後に続いて少し歩くと、木々の中に八畳程の開かれた空間が現れた。

「へぇ、見事にぽっかりとしてんな。シペア、お前がやったのか?」

 このスペースだけは綺麗に木が存在しておらず、人の手が無く作られるにはあまりにも不自然で、明らかに誰かの意図がここを整えたのだと分かる。
 まるで我が家のような気軽さで立っているシペアを見るに、ここがさっき言ったいい場所とやらで間違いないだろう。

「まぁな。けど、大したことはしてねぇよ。元々あった枯れ木をどかして、少し下草を刈ったぐらいかな。たまに考え事したり、飯食った後に少し休んだりとかで使ってんだ。ほれ、こういうのを椅子代わりにしてな」

 どかした枯れ木の一部だろうか。
 隅の方へ置かれていた木材に腰を下ろしたシペアは、そのまま器用に寝そべって見せた。
 快適な椅子とは言い難い木材をデッキチェアのように使うその姿に、普段からそのようにして休んでいるというのが伝わってくる。

「あーもーシペア君ダメだよ。服が汚れちゃうってば」

 脇に放っておかれていただけに、決して清潔とは言い難い木材に身を横たわらせたシペアにスーリアが駆け寄り、身を起させると背中を叩く様に払いだした。
 乾いた土でも着いたのか、土ぼこりが立ちだしたシペアの服は確かに汚れてはいるようだ。

「別にいいって。どうせ後で洗うんだしよ」

「ダメだよ。こういうのは気付いた時にやらないと後々も残るんだから。ほら、立って」

「へいへい。…お前は俺の母親かよ」

 どちらかというと、好きな男の世話を焼いているように見えるので、母親というよりは同棲しているカップルっぽい気がする。

「はい、一先ずこれでいいよ。後でちゃんと水で洗ってね?汚いままにしてると叱られちゃうんだから」

「分かったって。じゃあスーリア、なんか椅子とかテーブルとかって出せるか?せっかくだし腰を落ち着けて話そう」

「いいよ。アンディ君、パーラちゃん、ちょっとそこ空けてくれる?」

「おう、このぐらいか?」

「うん、そのあたりで」

 俺達が数歩後ずさるのを確認すると、スーリアは右手を前に突き出して、召喚陣を掌に生み出す。
 ほのかに青く光る幾何学模様が一種輝きを強くすると、虚空から小さなテーブルとちょっとしたベンチがセットで現れた。

 異空間から物を呼び出すこの能力は、何度見ても圧巻だ。
 これが召喚術本来の運用ではなく、付随するおまけの効果なのだから恐れ入る。

「さ、座って。お茶もあるから、みんなで飲みましょ」

 早速テーブルに着いたスーリアは、追加でティーセットをテーブルの上に呼び出し、慣れた手つきで人数分のお茶を淹れる。
 立ち上る湯気はポットのお湯がまだ熱さを保っている証拠で、少し遅れて辺りに漂うお茶の香気は、茶葉の保存状態のよさを表している。

「…うん、いい香りだ。腕を挙げたな、スーリア」

 香りからして様々なハーブをブレンドしたと思われるそれを一口飲み、お茶の良さを余すことなく生かす淹れ方をしたスーリアの腕を称賛する。
 正しく保管され丁寧に入れられたお茶は、最後の一滴までなんとも美味いことだ。

 スーリアの異空間に収納されたものは、状態をある程度保つ効果があるため、お湯の温度は下がりにくく、茶葉も時間の経過による劣化から守られる。
 その結果、こうして美味しいお茶が俺達の喉を潤してくれているわけだ。

「ふふ、ありがと。本当は何か一緒につまめるものでもあればよかったんだけど、リエット様にさっきお出ししたのが最後だったから切らしてるの。ごめんね」

『リエット様?』

 申し訳なさそうなスーリアが口にした名前に、俺とパーラが揃って首を傾げる。
 様と付けて呼んでいるのなら、スーリアよりも上位の人間なのは分かるが、ここまで一切出てきていない名前だ。

「聖女様の名前だ」

 そんな俺達の疑問に答えてくれたのは、少し呆れた様子のシペアだ。
 やはりヤゼス教の象徴だけに、当然シペアも名前は知っているのだが、むしろここに至るまで名前を知らないでいた俺達がおかしいのだろう。

「リエット様にお茶の用意をする時は、いつもお菓子も一緒に出してたの。甘いお菓子が好きだからね。アンディ君達とお茶をするってわかってたら、少しは残せたんだけど…」

「いいよ、気にしないで。急に来ちゃった私らが悪いし。それに、お菓子は無くてもスーリアのお茶は美味しいよ」

「パーラちゃん…」

 男の俺が聞いても母性をくすぐるであろうパーラの言葉に、スーリアが感極まったように体を震わせる。
 再会の感動に加えてこんな言葉を言われた日には、俺だったら惚れてまうかもしれん。

「それでスーリアよ、俺達がここに来た目的なんだが、実はパーラのこの怪我に関してなんだ」

 一杯やって寛いだところで、本来の目的であるパーラの怪我の状態をスーリアに語る。
 これまでの俺達の冒険を聞くスーリアは落ち着いた様子ながら楽しそうではあったが、ファルダイフでの灰爪との戦いの顛末を聞くと表情が歪む。

 冒険者として危険と隣り合わせなのは理解しているが、それでも友人が怪我をして、しかも左肩から先が不随となった事実にはいたたまれない様子だ。
 話し終わった頃には、スーリアはパーラに寄り添って動かない肩を慈しむように撫でていた。
 目にはうっすらと涙も見え、他人の痛みにそうまで共感できる優しさに触れ、誰も口を開くことは出来ない。

「…アンディ君の話を聞くと、生きてるだけでもいいって思えちゃうね。けど、やっぱり腕はちゃんと動くように治してあげたいよ。法術士には診てもらったの?」

「うん、ソーマルガでね。けど、手に負えないって言われちゃった」

「そっか。ただの病気とか切傷とも違うもんね。そうなると治せるのは……え、もしかして、私に頼みたいことって!?」

 法術士が匙を投げる怪我だ。
 ではどうすれば治せるかを考えれば、答えは一つに収束していく。
 スーリアもそれを察して、目を見開いて俺達を見てきた。

「ま、そういうわけだ。パーラの怪我を治すために、俺達は聖女に会いにここまで来た。けど、普通の人間じゃ会うどころか用向きすら聞き届けちゃもらえない。そこにスーリア、お前が聖女の世話をしてるってシペアに聞いて、こうして頼らせてもらったってわけだ」

「それでシペア君と一緒に私のところに?」

「あ、違うよ?シペアと会ったのは偶々。スーリアが聖女の世話係ってのもその時に聞いただけね。でも、今一番頼れるのがスーリアしかいなかったのは本当なの。それで…どうかな?」

 友人のコネにただあやかりに来たと思われるのが心苦しいのか、パーラが言い訳めいたことを口にしながら、上目遣いでスーリアへ訴えかける。

「どうって言われても……聖女の力で誰を癒すかは、リエット様本人の意志よりも司教とか枢機卿の話し合いで決められるの。そんなの、一女官に過ぎない私がどうにか出来ると思う?」

 やはり聖女の癒しを受けるには、教会の偉い人間のコネが必要か。
 世話係をしているスーリアなら、聖女の耳に囁きでも流し込んでうまいことやれないものかと思ったが、難しそうだ。

「まぁ無理だよなぁ。すまん、無茶を言っちまった。どうしたもんか…こうなると、キャシーさんが戻ってくるのを待つしかないか?」

「あ」

 俺達の目的である聖女に会うために、スーリアの世話係としての立場を天秤にかけるわけにはいかない。
 ここはキャシーの帰還を待つしかないかと、諦めの溜息を吐いたその時、少し考え込む仕草をしたスーリアが小さく声を上げる。

「ちょっと聞くけど、アンディ君って園芸に詳しい?前に野菜を作るのが上手いって聞いたことがあるけど」

「詳しいってほどじゃないが、多少ならな。野菜作りが基本だが、園芸も多少は聞き齧ったことはある」

 前世では米農家をメインにやってはいたが、知り合いには花農家もそれなりにいたため、手伝いなどをした経験が多少はある。
 専門家には及ばないが、素人に比べればましといったところか。
 それに野菜も結局は花を経て実になるのだから、広義では花を育てていたと言いはるのに無理はないはず。

「そうなんだ…じゃあ、行けるかな?」

 俺の返事を聞いて再び考え込むスーリアだったが、すぐに俯かせていた顔を上げる。

「もしかしたらなんだけど、アンディ君なら聖女様に直接会えるかもしれないよ。その時にパーラちゃんのことを頼めば、もしかしたら…」

 ここに来て急転直下の展開か?
 何やらスーリアに妙案がありそうだ。

「いや、それがほんとなら願ったりだが、なんで俺なら会えるんだ?パーラはダメなのか?」

「うーん、多分パーラちゃんは無理かな。必要なのはアンディ君の知識の方だから。…実は今、リエット様が育ててるある花の育ちが悪くて、すごく困ってるらしいの」

「それの助言をしろってか?花の育て方ぐらい、庭師とかに聞けばいいだろ」

 ペルケティアにも貴族はいて、見栄や趣味などで城や屋敷に花園を作ることは珍しくはない。
 聖女が花の育成をするなら、庭師など造園のプロのアドバイスがあってもかしくはないはずだが。

「そうでもないんだよ、これが。その成長が悪い花ってのは、実は他の国から献上されたものでね。ペルケティアの人間には詳しい人っていないの」

「なるほど、各国を旅して回った経験があって、植物の育成にも多少知識がある俺なら、なにかいい助言が出せるかもしれないと思ったわけか」

「うん。そういう名目があれば、アンディ君も聖女様に近付けるはずだよ。それこそ、お声がけしてもらえるぐらいには」

 聖女が夢中になっている園芸が上手くいっておらず、それの助言に俺が颯爽と登場する、と。
 園芸のアドバイスの名目であれば、スーリアも外部から人を招く口実にも出来る。
 その先で聖女と直接言葉を交わし、パーラの治療を頼むのは俺の仕事となるわけだ。

 色々と強引な話の運び方になりそうな気もするが、スーリアが手引きをするのであれば聖女の屋敷の深いところまでは潜り込めるのだろう。
 多少の粗に目を瞑って、勢いとその場のアドリブで乗り越えたのは、これまでも何度もあったのだ。

 それに、最近は自分で全部考えて行動を起こしてきていたので、久しぶりに誰かに引っ張ってもらうのも悪くない気がしている。

「…それしかないか、わかった、その園芸を利用して聖女に接近する作戦でいこう。段取りやらなにやらが必要だとは思うがスーリア、任せていいか?」

「任せて。うまくいくように私なりに頑張ってみる。じゃあまずは、アンディ君に似合う女物の服を用意しなきゃね」

「頼もし……今なんて?」

「え、私なりに頑張ってみる―」

「そっちじゃなくて、後半の方。俺に似合う女物の服って」

「あ、それ?だって聖女様の屋敷って男の人は入れないよ?男子禁制。だから、アンディ君には女装してもらわないと!女装を!しないとね!」

「なぜ二回言う?」

 聖女が住む場所だけに、低俗な男は踏み入れさせないというやつか?
 そんなバカなとは言いきれないのが宗教組織というやつで、仮にその禁を破るとしたら、文字通り命を懸ける必要がある。
 端から男が入れない場所なら、女装で侵入という選択肢は分からんでもない。
 俺が当事者じゃなければ、真っ先に検討する手段だ。

 だが率直に言って、俺自身が女装するのは嫌だ。

「ちょっとスーリア!なんてことをっ…!」

 どうにか女装を回避できないかと悩ませていると、パーラが勢いよく立ち上がって震え交じりに鋭い声をあげる。
 おぉ、こういう時は相棒のなんと頼りになる事よ。
 俺の心を慮って、立ち上がってくれたのだな?

 そうだよな、パーラだって俺のそんな姿など見たくもないと、スーリアにはっきりと言ってやれ。

「そんな面白いこと…私もアンディを女の子にしたい!」

 どうやら相棒は俺の心を裏切ったらしい。

「パーラちゃん、勿論よ。一緒にアンディ君を立派な淑女に仕立て上げよう!」

 共に立ち上がり、ガシリと手を握り合う女二人。
 だめだ、こいつらはもうだめだ。

 なんとかしないと…もうこうなったら、シペアに助けを―ダメだ。
 あいつ、自分は関係ないからと、暢気にそっぽを向いて茶を啜ってやがる。

 こういう時、盛り上がっている女連中に水を差すといいことがないと分かっているからこそ、俺を見捨てようというのだろう。
 その的確な判断は称賛されてしかるべきだが、今は恨めしい。

 汚い、流石シペア汚い。

「どんな服着せようかな。あ、化粧もしなくちゃ」

「化粧は私に任せて。服の方はパーラちゃんが選んでよ。一緒にいて長いんだから、アンディ君の男っぽさを消す感じにね」

 俺の意思など無視し、勝手に女装談議に花が咲くパーラ達が恐ろしい。
 このタイミングで女装は嫌だなどと言えば、女性陣に袋叩きにあいそうだ。

 ……仕方ない。
 完全に俺が女装して聖女の屋敷に行くのは決まっているので、もうそこは諦めるとして、せめて下着だけは男物を死守するべく戦わねばなるまい。

 そして願わくば、レース付きのヒラヒラドレスだけは勘弁して。
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