世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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あの村を守るのはあなぁた~

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穏やかな寝息を立てながら眠るパーラに心苦しさを覚えながらも、そろそろ動き出したいと思い始めて揺すり起こすと、眠そうにしながらもしばらく俺を見つめ、そして再び抱き着かれるという一幕もあったが、無事に自由の身となった俺はチコニアに案内されて怪我人の置かれている天幕へと向かった。

その際、パーラが俺のマントを掴んだままで一緒に移動したのだが、どうやら今度こそ俺がどこかに行かないようにとしているようだが、些か幼児退行が入っている気がするのはそれだけ心配をかけたせいだと思うので、好きにさせることにした。
起きてからほとんど口を開かないパーラは、初めて会った時の頃を思い起こさせ、それもまたなんだか懐かしさを覚える。

向かう途中で思いだしたのだが、この村の広場に飛空艇を置くことの許可を貰いたいので、村長あたりに挨拶に話を通したいことをチコニアに告げると、それも含めて怪我人のいる場所へと向かっているそうだ。
魔物の襲撃があった時点で村長が前線に立って指揮を執り、迎撃に当たっていたのだが、負傷で下がってからはチコニアが指揮を引き継いだという。
なので、これから怪我人の治療を行う際に、そこにいる村長から許可を貰えばいいというわけだ。

広場から少し奥まった場所に張られた大き目の天幕に怪我人達は集められていた。
これは治療と経過観察のために家へ帰ることなく留め置かれているだけで、誰も危険な状態にはいないのが幸いだった。

中に入ると、真っ先に俺達に視線が集まるが、チコニアの姿に気付くとその視線も散っていった。
怪我人は二十人に届かないほどの数だが、この全員がここ数日の戦闘で、先頭切って戦っていた者達なわけで、確かにこの人数が戦力として使えるのなら防衛も多少気が楽になる。

「あそこで横になってるのがこの村の村長よ。見ての通り、足を怪我しているからまずはそれを治療してくれるかしら?」
「わかりました」
チコニアの指さす先にいる老人の下へと向かい、まずはチコニアが話しかけるのを待ってから治療に移る。

「村長さん、具合はどうかしら?」
「おぉ、チコニア殿。わざわざ見舞いに来てくれたのかね。ご覧の通り、足をちょいと負傷しただけで他はピンピンしとるから力が余っとる。今からでも外壁に行って弓を射るだけの役目は果たせそうだわい」
カカと笑う老人は確かに怪我人にしては活力に満ちているようで、足さえどうにかなれば今にも飛び出していきそうだ。

「それは頼もしいわ。なら、足の怪我を治したらバンバン働いてもらわなきゃね」
「もちろんだ。あんな魔物の群れなど、わし一人でも追い払って見せようか?」
村長であれば戦況を聞かされているはずなので、怪我が治るまで村が持たないということは分かっていたはずだ。
だがこうしてチコニアの言葉に強気の言葉を返すのは、集団の頭として弱いところを見せるわけにはいかないというのもあるのかもしれない。

「…ところでそちらの少年はどなたかな?見かけない顔だが、もしやあの空飛ぶ船でやって来た方だろうか?」
村が魔物に襲われてからは使者として人を送り出して以降、村の門は閉じられているのでここ数日の間に見なかった顔となると飛空艇でやって来た人間という推測に行きつくのは当然だ。

「彼はアンディと言って、私の知り合いでパーラのパーティメンバーよ。お察しの通り空飛ぶ船、飛空艇でやって来たの」
「飛空艇…。しかし聞いたところだと一人だけしか降りてこなかったようだが、他に応援の人間はおらんのかね?」
どうやら村長は俺が応援の使者からの要請にこたえてここにやって来たと思っているようだ。

「生憎俺は応援の要請で来たわけではありません。たまたまパーラを探してこの村に来て、惨状を知っただけですよ」
実際俺はパーラとの合流を目指していただけなので、他の戦闘可能な人間を連れてくる理由がなかった。
既に救援の使者は出ているので、俺が動き回るまでも無くいずれ救援はやってくるのだから、俺が近隣の村々を回って人を集めるよりも、村の防衛に加わる方がいいと判断してここにいるに過ぎない。

「戦力になる人は他にいませんが、俺も多少魔術の腕には覚えがあります。村の防衛に力を貸したいと思ってます。差し当たって、まずは怪我の治療からいたしましょうか。失礼」
村長の脚に巻かれていた布を外し、患部を露にすると早速水魔術での治療を行う。

「何を―」
「静かに。大丈夫。アンディは回復魔術を使えるから、これぐらいの傷ならあっという間に治せるよ」
いきなり患部を晒されたことに抗議しようとする村長だったが、久しぶりに口を開いたパーラから説明を受けると口を噤んで俺の手元をジッと凝視するのみになった。

踝からふくらはぎまで細く爛れた皮膚を見るに、どうやら傷は火傷に近いものだ。
虫型の魔物の中には酸を飛ばす攻撃をしてくるのもいるため、この傷も恐らく酸によるものと思われる。
皮膚を大分深く損傷している様子から、酸が当たった後に十分洗い流すことが出来なかったのではと推測する。

水が貴重な土地柄であるとともに、急遽籠城することとなったせいで水を節約する考えがあったせいで十分に酸を洗い流すことが出来ず、布で患部を覆ってからも暫くは皮膚を焼き続けることになったのかもしれない。
これでは少し動かすだけでも激しい痛みが走り、立ち上がることはおろか身じろぎすら躊躇われてしまうことだろう。
巻かれていた布は傷口の保護だけではなく、足を固定するためのものでもあったようだ。

ただ不幸中の幸いというべきか、火傷が細い線状に集中しているおかげで、治療にかかる手間は大分少なくて済む。
焼けた皮膚を再生させるために古い皮膚を浮かび上がらせるように新陳代謝を促すとともに、傷口に滲み出ていた体液を排出させていく。
それにあわせて傷口を覆うように魔力で生み出した水を纏わりつかせることで傷の再生を加速度的に早めていくと、治療を始めた最初こそ痛みで呻いていたが、傷口が蠢くようにして治っていくにつれて呻き声も薄れていった。

「…こんなもんでしょう。しばらく皮膚が突っ張るような感触は残るでしょうが、時間が経てばそれも馴染んでいって気にならなくなるはずです。痛みの方はどうですか?」
「お、おぉ……痛みがすっかり消えとる。…立てる、立てるぞ。はは…、うははははっ!こりゃすごい!完璧に治っているぞ!」
二・三度足を動かし、痛みがないと判断すると跳ねるようにして起き上がり、笑いながらそこらを歩き回る村長の様子から、どうやら問題なく治療が出来たようだ。

「いやぁ、何と礼を言ったらいいかわからん!アンディ殿、誠に感謝する!よもやこれほどの回復魔術の使い手が訪れるとは、天は我らを見捨ててはいなかったようだ」
俺の手を取って感謝の言葉を口にする村長は、先ほど横たわっていた時よりも生き生きとしており、あれでもやはり怪我で気が弱くなっていたようだ。

「元気になられたようで何よりです。それでは他の方の治療に移りますね。…あぁ、そうだ。村長さん、今村の広場に飛空艇を置いてるんですけど、あのまま置かせてもらえるように許可を頂けますか?」
「ん?おお、構わんよ。広場は好きに使ってくれていい」
怪我の治療をしたおかげで、それを恩に感じてあっさりと広場を占有するのを許可してもらえた。

籠城戦となれば広場は物資の集積場として使われることもあるのだが、この村は門の辺りに十分広いスペースがあり、そこに戦闘用の物資を積み上げているため、巨大な飛空艇を置くのにも許されたらしい。

村長の治療を終え、俺はすぐに他の怪我人の治療を行う。
チコニアは村長と話があるらしいので、俺とパーラで怪我人の下へと向かった。
怪我人の割合としては、先ほどの村長のように体を魔物の酸で焼かれた者が多いようで、次いで切り傷などの外傷がはっきりとしている者が殆どだ。

意外と魔物の攻撃での怪我人よりも、それ以外での事故によるけが人の方が多いのは、それだけ魔物の襲撃に混乱した現場だったのかもしれない。
骨折は治せないことはしっかりと告げたが、それ以外の外傷であればそれほど時間もかからず全員の治療を終え、感謝の言葉を貰いながら天幕を後にした。
チコニアはいつの間にか村長と一緒にいなくなっており、恐らく村の防衛に関することで何かしら動いていることだろう。

初体験となる大勢の怪我の治療となると、やはり精神的な疲労はかなりのものになるようで、少しだけ休みたい気持ちになる。
「パーラ、少し疲れたから飛空艇で休もうと思うんだが、お前はどうする?」
「飛空艇ってあの広場にあるあれでしょ?興味あるから私も一緒に行きたい。…それに話したいこともあるし」
「そうだな。お互い、離れて動いてた間のことを報告し合うか。パーラのことだからこの飛空艇も気になるだろ?」

一ヵ月ほど別々に行動していたため、パーラがどうしていたのかも知りたいし、俺の方は飛空艇のことも話しておきたい。
なにせ今後はこの飛空艇が俺達の脚になるとともに、家となるかもしれないのだ。
好奇心旺盛なパーラはこの飛空艇にも興味を持ったことだろう。

「それもだけど、私はアンディに言いたいことがいっぱいあるんだからね」
こちらを少し睨むようにして言うパーラだが、どうやら中々胸の内にたまっているものがあるようで、和やかに旅の話をするというわけにはいかないようだ。
色々と心配をかけていたこともあるし、少しの小言ぐらいなら甘んじて受けようか。

外と比べて空調が効いて過ごしやすい船内に驚くパーラに、色々と説明をしながら適当な場所に腰を落ち着ける。
ちなみに今この飛空艇、以前84号遺跡に向かった時に設けいていた席は撤去されており、その空いたスペースにはテーブルとソファーを幾つか設置してある。

航空機のような整然とした客席こそ無いものの、ソファーとテーブルの存在が快適な空の旅を提供してくれることだろう。
俺とパーラが座ったのもそんなソファーの一つで、テーブルを挟んで対面にお互いの顔を見せながら近況を報告し合った。

流砂の底で飛空艇を手に入れ、それから皇都に遺跡にと飛び回ったことを話し終えたのまではよかった。
しかし、その後のパーラがチコニアと一緒に旅をして回った話を聞いているうちに、段々とパーラの声に嗚咽が混ざり始め、ここの村での籠城戦の話に及んだ頃には完全に泣いてしまっていた。

「悪かった!心配かけたし、村に籠るのも本当は不安だったんだよな?」
「うぅっぐっふっぐ…本当はっ、アンディも生きてないんじゃないかってうっうっうおぼってぇええ…んぐ思ってたけど、いきなり現れて生きてたんだって思ったら…」
顔を拭うことなく天を仰ぎながら泣き続けるパーラに、俺も隣へと移動してその背中を撫でながら、ひたすら謝ることしかできない。

随分長い時間生死定からぬ不安を抱かせたようだし、村の防衛で日々募るストレスもあったところに俺が現れたおかげで、パーラの中にあった箍が外れて剥き出しの心がこうして涙となって外に出てきているわけだ。
だがこうして泣かせているのは俺が原因ではあるので、その泣き声とともに漏れるパーラの言葉は悉く俺の心に突き刺さる。
ちなみにこの間、パーラは時折俺を殴ってくるのだが、それも敢えて防いだりせず、この身に受けるものとして好きにさせていた。

「あ、そうだ。パーラ、あれ食べるか?ここに来る間に寄った町で買ったんだけど、これがなかなかいけるんだよ」
部屋の隅に置いていた麻袋からのぞく刺々した果物を指さす。
フィンディからここまでの間に立ち寄った村で仕入れた果物で、見た目はジャックフルーツの凸凹がより刺々しくなったものだが、味はライチに近いという面白フルーツだ。
大きさも俺の知るジャックフルーツよりも大分小さく、もしかしたら本当は大きなライチなのかもしれない。

爽やかな甘みと酸味が楽しめ、砂漠の暑い中で食べるには実に爽快感がある。
これをテーブルの上に積み上げ、ナイフで殻を剥いてパーラの前に差し出す。
「ぐずっ…じゃあもらうね」
グジュグジュと鼻を鳴らしながら匂いを嗅ぎ、手に取ったそれを口に運んだ。

すると泣いた顔があっと言う間に笑顔に変わり、一転してご機嫌になったパーラはあっと言う間にテーブルの上にあった果物を平らげてしまった。
もうすっかり泣き顔は引っ込んでしまい、ようやく笑顔のパーラを見ることが出来た。

「うまかったか?」
「うん、美味しかった。あれってどこで買って来たの?」
「さっき話したけど、俺はお前が立ち寄った町村を辿って来たって言ったろ?その時に寄った村で買った。ほら、あの風車が4つ並んだとこの」
「あぁ、あそこね。へぇーこんなの売ってたんだ。あそこには水の補充で寄っただけだったからすぐに立ち去っちゃったんだよね」

未だ目元に泣いた痕は残るものの、もうすっかりよく知るパーラの顔に戻っており、ここまでの旅の話をする俺達の間に流れるのはいつもの空気であった。

「それにしてもすごいのを手に入れたね」
パーラが周りを見回すようにして首を巡らし、感嘆の言葉を口にした。
「飛空艇か?まぁな。流砂に飲み込まれて死を覚悟したが、こんなお宝が眠ってるなら危険な目にも合ってみるもんだ」
「何言ってんの。死ぬかもしれない目にあったんだから、少しは反省してよ。宝があっても死んだら意味ないんだからね」
もっともなお言葉。

「とは言っても俺達も冒険者だし、どうしても危険な目に合う機会は多いんだ。なるべく無茶はしたくないけど、少なくとも今回みたいなパーラに心配をかけないように気を付けるってことで、な」
「…まぁ気を付けてくれるならいいけど。それじゃあこの飛空艇のことをもっと教えてよ。これから私達の移動手段はこれになるんでしょ?」
「おう、そうだな。この飛空艇の設備は結構すごいぞ。調理場も風呂もあるし、寝床だって俺とお前で別々に使えるぐらいに部屋があるんだ」

まずどこから説明しようかと考えていると、ゴンゴンという音が船内に響き渡る。
「アンディー?いるー?」
音の後に俺の名前を呼ぶチコニアの声が聞こえて来た。
どうやら飛空艇の扉をノックした音のようだが、ここまで聞こえてきたということは結構な力で叩いたのだろう。

すぐに飛空艇の扉へと向かうと、扉を開けた俺と第二打を打とうとしているチコニアとが丁度鉢合わせた。
「うおっ!危ね!」
「あ、ごめん」
位置的に俺の股間にチコニアの裏拳がヒットしそうになるのを腰を引いて躱し、たたらを踏んで下がった俺と入れ替わりに前に出たパーラが口を開く。

「チコニアさん、どうしたの?…もしかして、もう来た?」
「ううん、違うわ。けどもうすぐ来そうな感じだから呼びに来たのよ」
男の急所が危機一髪だったことの恐怖など分かりそうにない二人は普通に会話をしているが、その内容は俺の耳にも届いていた。

「魔物の攻撃ですか?もうすぐ来るってよくわかりますね」
相手は人間と思考が異なる生き物であるため、いつ攻めて来るのか予想を立てるのは簡単ではないはずだ。
しかしチコニアは大凡の攻撃のタイミングを分かっているようだ。
逸れに関しての疑問を口にした俺に、チコニアの説明が返って来た。
「別にはっきりと分かるわけじゃないわよ。狩人の誰かが気付いたんだけど、この魔物の群れってある一定の周期で攻めて来てるの。それに照らし合わせてもうすぐ来るって予想を立ててるに過ぎないわ」

虫はそれぞれが感覚器官の受容を環境に依存している場合が多く、それに則って魔物も行動を起こしているのかもしれない。
例えば気圧の変化や太陽の傾き、温度の変化などでも虫の活動は左右されている可能性もある。
それがチコニアの言う周期に当てはまっているのだとしたら、確かに予想を立てる事は出来そうだ。

「それじゃああなた達も外壁に来てね。魔術師の手は一人でも多い方にこしたことはないから」
「あ、ちょっと待って下さい。チコニアさん、矢が足りてないと聞いてましたけど、よければ俺の方で提供しましょうか?」
「え…矢があるの?それを早く言って頂戴!ある分全部出して!」
「では貨物室の扉を開けますので、船の後ろに回って下さい。そっちの方です」
俺の指さす方にチコニアが回り込んだのを確認し、船内を通って貨物室へと向かう。

フィンディを旅立ってからすぐのことだが、パーラ達がドレイクモドキの素材を届けた街で武具の安売りをしている店を見つけ、そこで剣に槍、弓矢を転売目的で少しだけ買っていたのがまさか役立つとは思いもしなかった。
「あ、バイクも積んできたんだね」
一緒に付いて来たパーラが貨物室の端の方に係留してあるバイクを見てそんなことを呟く。
「ここまで旅をして世話になったんだ。誰かに譲るのも売るのも出来なくてな。それに飛空艇よりも小回りは利くし、どこかで役に立つだろう」
フィンディ以来、バイクに触れていなかったパーラは懐かしいのか駆け寄ると跨り、嬉しそうにハンドルを握って何かを思っているようだ。

飛空艇の後部ハッチを開き、そこからチコニアを中へと招き入れると、貨物室の一角に積み上げておいた束の矢を指し示す。
「あらあら、結構あるじゃないのよ。うん、こんだけあればしばらくはもちそうね。これ、全部持って行っていいんでしょ?」
「ええ、構いません。ただ、元々転売目的で船に積み込んだ物なので、いくらか代金を頂ければ助かるんですが…」

今が村の存亡の危機であることは分かっているが、この矢を買うのにも少なくない出費があったのだ。
しっかり稼ごうとは思っちゃいないが、それでも多少は出費を還元したいのが人の性というもの。
「もちろんよ。今回のはギルドの緊急条項が適用されるから、使った物資はギルド経由で補填が見込めるから安心なさい」
「緊急条項?…って何ですか?」

チコニアが言う緊急条項というのは、ギルドの支部が存在する街か、ギルドに所属する冒険者が滞在する町村が災害や魔物の被害に遭った際、そこで消費された個人が所有する物資を後日申請すれば、貨幣か物品で補填されるというものだ。
申請には低ランク冒険者であれば複数人の証言が必要だが、黄ランク以上であれば一人の証言があれば補填は実行される。

今回はチコニアがこの補填の申請を保証する立場になるため、俺が提供した矢はほぼ確実に補填の対象に認定されることだろう。
そういうことならと気前よく矢は全て放出できる。
なにせ申請の際に貨幣での補填を望めば転売の手間が省けるというものだ。

矢自体は消耗品ではあるが、さほど値幅があるものではないため、儲けよりも転売の手間をどれだけ省くかを考えた方がいいとは仕入れ先の店主から頂いたアドバイスだ。

束ねてはいるとはいえ、量自体がかなりのものになる矢は、流石にチコニア一人で運ぶのはつらいため、俺とパーラも運搬の手伝いを買って出る。
そこで役に立つのがバイクに繋いだリヤカーだ。
重さも持ち辛さもリヤカーに積めば一挙に解決する。

バイクの姿が珍しいこの村で、矢を積んだ乗り物を走らせる俺達は結構目立つ。
チコニアもバイクに乗るのは初めてだったため、本人の希望でサイドカーに乗せてみたが、やはり大はしゃぎだった。
「へぇー、これがコンウェルの言ってたバイクかぁ。乗り心地はすごくいいんだけど……遅いわね」
コンウェルからバイクの話を聞かされてはいたようだが、ゆっくりと走るバイクに些か落胆の声となる。

「まぁ今は村の中なのでそれほど早く走らせてないだけですよ。実際はガイトゥナとも競えるぐらいの早さは出せますから」
「ガイトゥナと!?それは凄いわねぇ。…これってどこに行けば手に入るのかしら?」
「んー…アシャドルの王都だと多分手に入るかもしれませんね。ただ動かすのに結構魔力を食いますし、値段もかなり高いですよ?」
チコニア自身は魔術師なので魔石への魔力の充填は敷居は高くないが、それでもバイクはまだまだ安いものではないはずだ。
俺が王都でクレイルズに支払った金額を教えると、やはり顔を顰めてしまう。

「んー…ちょっとその額は…」
「ついでに言うと、多分このバイクと同等の性能は望めないかもしれません」
チコニア本人の稼ぎでみればバイクは多少の無理をすれば手が届く金額だ。
だがちょっとした一軒家程度なら買えてしまう金額をポンと出すのは流石に難しいものなのだ。

おまけに俺はクレイルズという天才とも呼べる魔道具職人とアプロルダの魔石が揃うという絶好のタイミングに恵まれたおかげで、高性能のバイクを手に入れることが出来た。

同じ条件を揃えるとするなら、クレイルズを紹介するぐらいは俺にも出来るが、高品質で特大の魔石は早々出回るものではないため、すぐにはバイクの制作に取り掛かるには少々無理があるだろう。

直近のドレイクモドキ討伐で出た魔石を手に入れるというのも考えられるが、ソーマルガでは魔道具技術の発展具合が他国よりも抜きんでているため、あのレベルの魔物の魔石となればとっくに誰かの手に渡っているに違いない。

「―ということなので、多少性能の劣化はありますけど、それでもいいなら職人を紹介しましょうか?」
「いえ、今はやめておくわ。もし今後いい魔石が手に入ったらどうするかわからないけど、急いでバイクが欲しいわけでもないからね」
「そうですか。まぁもしバイクを作ろうとするなら、アシャドルの王都にあるクレイルズという職人を訪ねてみて下さい。俺の紹介だと言えばきっと話は聞いてくれると思いますから」
「ありがと。その時になったらそうしてみるわ」

そんなことを話しながら、バイクは村の門へと辿り付き、矢の束を積んだリヤカーを切り離して外壁の上に立つ村人達にチコニアが声をかける。
「みんなー、補充の矢が来たわよー。取りに来なさーい」
チコニアが上げた声に、ざわりとした反応が上の方で起こり、すぐに大勢が小走りで駆け下りて来てリヤカーに群がる。

「おお!確かに矢だ!」
「すげぇ、束でこんだけあんのか」
「これならまだまだ戦えるぞ」
「おーい!誰か上に行ってロープを垂らしてくれ!これ全部引っ張りあげちまおうや!」
ワイワイと騒ぐ人達とは少し離れて見守る俺達の元に、しっかりとした足取りとなった村長が近付いて来た。

「チコニア殿、この矢は一体どこから?」
「アンディの飛空艇に積んでいたものを提供してもらったものよ。ギルドの緊急条項が適用されるから、遠慮なく使って構わないわ」
「それは有り難い。矢が尽きたならばいよいよ打って出ようかと思っていた所だ」
そう言って笑い声をあげる村長だが、すっかり怪我で伏せていた時よりも活力を取り戻しており、心なしか若返っているようにも見える。

矢が外壁に上げられ、十分な数の矢を手にした村人達の顔はどれも笑みが浮かんでいる。
恐らく矢が少なくなったことで節約しながらの戦いを強いられていたこれまでと違い、潤沢に矢が使える状況が彼らの心に闘志を蘇らせるとともに、自らの手で村に迫る脅威へと一矢を突き立てられることを喜んでいるのだろう。

俺達も外壁に立ち、村へと続く一本道の向こうに蠢く影を見る。
不思議なことに、門の前にあると思われた魔物の死骸はきれいさっぱりと無くなっていた。
村人が片付けたのかと思ったが、村の門を開けることの危険さはわかっているはずなので、誰かが外に出て死骸をどけたというのは考えにくい。

その辺りをパーラに聞いてみると、返って来たのは少々気が滅入る事実だった。
どうやら死んだ魔物は他の魔物にとってはただの食料としかならないようで、昆虫系統の魔物であるということもあって、死体はその場で奴らに食われてしまうため、倒しても邪魔になることは無いそうだ。
俺はその瞬間は見ていないが、自分達が相手している魔物のそういった姿を見て、村人達の心労は結構なものになっているのではないだろうか。

しかしこうして見る限りでは魔物相手に過度な恐怖を抱いている者はいないように見受けられる。
末端の村人にも戦士の心が宿っているのは、流石ギルナテア族とでもいうべきか。

「来るぞ!弓矢構えーい!……っ放てぇ!」
村長の号令の下、揃えられた動きで構えられた弓から一斉に矢が飛び出す。
一糸乱れずとはいかないまでも、ほぼ同じタイミングの同じ狙いで放たれた矢は、そのまま一本道を駆けあがろうとして渋滞していた魔物達に襲い掛かった。

甲殻のある魔物には矢が弾かれることもあるのだが、それでもすべてを完璧に防ぐことなどは出来ず、次々と矢によって地面に縫い付けられたり後続の魔物を巻き込んで坂となっている道を転がり落ちたりと、第一波の出鼻をくじくことは出来た。

とはいえ、そこはやはり虫だ。
恐怖など知らぬ虫にとっては矢など恐れるわけもなく、すぐに湧き出る水のように魔物の群れが一本道を駆けあがってくる。

こうして俺は、ごく少数の人数で圧倒的な物量を相手取る絶望的な籠城戦へと臨むことになった。
不思議と恐怖は無く、かといって興奮も無い。
ただただ目の前に迫る敵をいかに効率よく倒すかを冷めた頭で考えている。
これが人間相手だったらもっと動揺していただろうが、今相手にするのは人間に敵対的な生態の魔物だ。
生きるために戦う相手としては、全く手加減の必要はない。
持てる力の全てで磨り潰してやろうじゃないか。
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