世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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 事故や病気によって、人間の体はいとも容易くその機能を失う。
 つい先日まで何の支障もない日常を送れていたのが、ある日を境に一変してしまう体験というのは、途轍もない絶望を伴うという。
 特に四肢を切断して失う喪失感もそうだが、見た目は無事なのに微塵も動かせない事実も精神的なダメージは大きいそうだ。

 パーラが地道なリハビリを続けていたのも、回復することは勿論期待していたが、そうならなかった場合に備えての覚悟を積み重ねていたとも言える。
 俺が組んでいたリハビリは、回復を目的としながら左腕の機能を他の部位で代替させることも想定していた。

 万が一、パーラの腕が元に戻らなかった場合のものだったが、無事にリエットの治療が成功したおかげで無駄になったのはむしろ喜ぶべきだろう。

「肩軽っ!バカ軽だよアンディ!ほら!」

 安静にする時間も省略され、少々元気になりすぎているのは、考え物ではあるが。
 テンションの高いまま治ったばかりの腕をぐるぐる回すパーラの姿に、俺は溜息を我慢できない。

「そりゃよかったな。けど、治ったばかりなんだ。あまり激しく動かさない方がいいんじゃないか?」

「心配いりません。痛みもないようですし、完全にパーラの腕は元通りになったのでしょう。今は、気持ちのまま好きなようにさせておあげなさい」

 一応病み上がりということもあり、無茶な動きは控えさせようとしたが、リエットの自信ありげな声でやんわりと制されてしまった。
 普通の法術と違い、聖女の癒しは治療というより復元と言えるもので、パーラの腕は以前の万全な状態へと戻っている。
 無理をして傷口が開いたりといった危険はほとんどないと思っていい。

 調子に乗って騒ぐのは鬱陶しいが、それだけ片腕の不自由にはフラストレーションがたまっていた反動だと思うと、今は強く諫める気は起きない。

「そうですか。…リエット様、改めてお礼を。パーラのこと、本当にありがとうございました」

「あ、私からも!ありがとうございました!」

 そういえばと礼の言葉を口にしていなかったのを思い出し、感謝を告げるとパーラも俺に続いて頭を下げる。
 ほぼ直角に近い形で腰を折るパーラの姿は、怪我を直してもらった思いの強さの現れだろう。

「礼には及びません。私は私にできることをしたまで。それに、これほどの品を貰える対価と思えば安いものです」

「……ん?貰える?」

 聖女然とした顔で、未だ身につけている天衣を撫でるリエットの口から飛び出した言葉に、俺は引っかかるものを覚えた。
 まるで天衣がリエットのものになったかのような物言いは、スルーしてしまうにはあまりにも妙だ。

「もしかして、その服―天衣がもう自分の物になったつもりになってませんか?」

 少し聞くのが怖いが、まさかリエットの中では天衣を俺達が譲渡したことになっているのではなかろうか。
 確かにあれは聖女専用といっていい性能を秘めているが、こちらとしては手放すつもりはまだない。

「ちっ」

 こいつ、やっぱりそういうつもりだったか。
 リエットめ、急に不機嫌そうな顔に変わって舌打ちをしやがった。

「アンディ、よく考えてください。この天衣は聖女が扱ってこそ輝くのです。教会が所有するものに比べ、明らかに格の違うこれは、我々が管理するのが道理だとは思いませんか?」

 ズイと血走った目で迫られては怖いものはあるが、しかしその勢いに飲まれて頷くことはできない。

「言いたいことはわかりますが、あげませんよ。貴重な品である以前に、一応思い入れもある品なので」

 あっちの世界で普段着として使っていたという思い入れもあるのだが、パーラがパジャマ代わりに使っているほど、こっちの世界の衣服と比べて着心地は抜群にいい服だ。
 恐らく同じ物は二度と手に入らないとなれば、手放すのはあまりにも惜しい。

「…どうしても?」

「はい」

「私が…聖女が頼んでいますよ?」

「そうですか。ダメです」

 しっかりと断ったのだが、諦めきれないといった様子でなおも縋ろうとするリエットに、より一層キッパリと伝える。
 俺は魂こそ日本人だが、こういう時はノーと言える人間だ。
 聖女としての立場を強調するのはいい手ではあるが、生憎俺はヤゼス教の熱心な信者ではないので、あまり効果はない。

「むぅ、これほどのものを教会の外に置くなど、大きな損失なのですが」

「たとえそうだとしても、ヤゼス教は個人の財産を一方的に奪うことはしないと俺は信じていますよ」

 博愛と清貧を謳うヤゼス教だけに、貴重な品だからというだけで一般人から略奪を働こうなどとはするまい。
 まぁ権力に物を言わせて暴走する可能性もなくはないが、以前に司教がやらかしているだけに、少なくとも俺への対応は慎重になるはずだ。

「…仕方ありませんね。ただ、もしも手放す場合は教会に連絡してください。決してそこらに売りさばいたりなどはしないように。我々ならお金だろうがなんだろうが、とにかく対価は惜しみませんから」

 必死だな。
 身を引いたようなことを口にはしているが、諦めているとは到底言えない顔だ。
 無理矢理接収はしないが、他に流れるのを良しとせずに自分達で確保するという思いの強さは伝わってくる。

「…なんか私抜きで話ししてるけど、あの服は私のよ?手放すとか譲るとか、そういうのは私が判断するからね」

 そんな話をしていると、リエットが纏っている天衣の本来の持ち主であるパーラが、実に不服そうな顔で口を挟む。
 確かにあれをどうこうするのは、パーラにこそ決定権がある。

「そりゃそうだ。じゃあパーラ、お前としてはリエット様に天衣を譲ってもいいのか?」

「だめ、あげない」

 一瞬、パーラの判断に光明を見出したような顔をしたリエットだったが、しかし素気ない言葉に肩を落としてしまった。
 期待させておいて落とすとは、こいつもひどい奴だ。

「結局俺と同じじゃねぇか」

「そりゃそうでしょ。あれがなくなったら、私は何着て寝ればいいのさ」

「いや普通にあれ以外にも着てたろ」

 さもパジャマが一着しかないと言わんばかりだが、日頃からパーラは何着かのパジャマを着回しているため、別にあれがなくなっても困ることはないはずだ。
 ただ、お気に入りだからというのであれば、手放したくない理由には十分でもあるが。

 とはいえ、一応先程リエットから提案のあった、手放す際には教会へ連絡するというのにはパーラも同意はしてくれたので、いつかその時が来たら教会へ納めるとしよう。





「さて、パーラの腕も治ったし、これで俺達がリエット様を拘束する理由は無くなったわけですが…いかがなさいますか?」

 いつまでも脱ごうとしないリエットから若干強引に天衣を剥ぎ取り、ぶつくさ文句を垂れるのを無視しながら、次の行動についての話をする。

 誘拐事件からリエットの身を守り、手元に確保し続けていた目的は果たした。
 これ以上俺達がリエットを留め置く理由もほぼなくなり、言い方は悪いがもう用済みになったというわけだ。
 リエット自身の身の安全に目を瞑れば、今すぐ外に放り出してお別れをしてもこちらは何も困らない。

 ただ、治療をしてもらったことに小さくない恩を感じていることもあって、命を狙われている状況ぐらいは何とかしてやりたい。

「いかがもなにも、私は屋敷へ戻らない方がいいのでしょう?なら、どこか安全な所へ身を隠したいですね」

 リエットの館に忍び込んだ賊がどうなったかはともかく、内部へ手引きした人間が屋敷に潜んでいる可能性を考えれば、リエットをのこのこと館に帰すのは些か不安だ。
 だからといっていつまでもここに隠れていては、聖女の行方不明としての騒ぎが一層拡大してしまう。

 少なくともリエットの健在と所在の大まかな情報程度なら、真っ当な教会関係者に知らせた方がいい。

「それがよろしいかと。どこか安全な場所の宛てはありますか?」

「そうですね……やはりシェイド司教でしょうか。あの方ならば、事情を知った上で私を匿ってくれるはずです」

「シェイド司教ですか…俺はその方をよく知りませんが、ボルド司教と対等以上にやりあえると見ていいんですね?」

「派閥としての力関係はともかく、司教という立場なら上下はありません。下手に手を出してくれば、ボルド司教が各方面から非難されるだけです。シェイド司教の懐に入り込めれば、まずは安心できます」

 シェイド司教といえば、聖女となる前からの誼があり、こんな状況でも名前がすぐに挙がるほどリエットの信頼も厚い。
 それに、今回の件を企んだと思われるボルド司教と役職でも同格であるなら、政治的な方面からでもリエットを助けてくれるだろう。

「ではそのシェイド司教の元までリエット様をお送りしましょう。なにか事前に伝達などはしますか?」

 俺もパーラも高速で空を移動できる手段があるので、一人が先行して受け入れ体制を整えるようシェイド司教サイドに伝えることはできる。

「いえ、生半可に連絡をしてボルド司教の妨害を呼び込むのも困ります。いきなりシェイド司教の館へ向かいましょう。ただ、その前にドリーへ私の無事を伝えたいですね」

 これから向かう先の情報を察知され、ボルド司教に余計な妨害を受けるよりは電撃的にシェイド司教の館へ駆け込む方がいい。
 確かにリエットが信頼するドリーへ連絡するなら、シェイド司教の所へ身を寄せるこのタイミングがよさそうだ。

「わかりました。手紙の形でもよければ、パーラに届けさせます」

「え、私?…まぁいいけど」

 急に名指しされて間抜けな顔をしているが、パーラも怪我が治ったことだし、ここらで勘を取り戻させてやりたい。
 手紙を届けるぐらいの用事なら任せてもいいだろう。





「この手紙をドリーかケリーに」

 手持ちの中で使えそうな紙片をリエットに渡すと、手早く書き上げられた手紙がパーラに託された。
 封筒などと気の利いたものがない以上、二つ折りにしただけの手紙となったわけだが、状況を簡単に伝えるだけならこんなもので十分だ。

「了解。ちなみに中は見ちゃっても?」

 いきなり不躾なことを口にしたパーラだが、これはなにも人の手紙を覗きたいという意図からではない。
 万が一にも手紙を破損や喪失した場合に備え、伝達役が内容を知っていれば口頭で伝えることもできるからだ。

「手紙には、私の無事とシェイド司教の下へ身を寄せる旨が書いてあるだけです。見られて困るものでもありません」

 要するに見ても構わないというわけだが、そもそも手紙の内容は分かり切っているので、このやり取りも果たして意味はあったのか。

「確かに預かりました。…じゃあ私は行くけど、手紙を届けた後はどうする?アンディ達と合流した方がいい?」

「いや、手紙を届けたら宿で待っててくれ。リエット様を送り届けたら、そっちで合流しよう。それと、館に行ったら俺達のことを簡単にでいいからスーリアに話しておいてくれ」

「スーリアに?なんで?」

「誘拐の時にかち合ったんだよ。もしかしたら、リエット様を攫われるのを防げなかったとかで今頃落ち込んでるかもしれん。それとなく慰めてやれ」

 根が真面目で責任感も強いスーリアだけに、目の前でリエットが攫われるのを防げなかったショックは大きいはず。
 犯人の正体が俺とは気付かれてはいないと思うが、罪悪感からスーリアのメンタルケアぐらいはしてやりたい。
 そのあたりは、仲のいいパーラなら上手くやってくれるだろう。

「慰めるって…アンディがリエット様を攫ったってのは言わずにってことよね?」

「そうだな。できればまだそこは伏せておきたい」

 知られれば俺はスーリアから恨まれかねない。
 少し時間を置いて、誘拐騒動の熱が落ち着いてから明かしたいところだ。

「しょうがないなぁ。わかった、何とかしてみる」

 パーラもこのタイミングでスーリアに全部明かすのはまずいと分かっているため、渋りながらも承諾してくれた。

 立つ鳥跡を濁さずの精神で諸々の準備や片付けを済ませ、今まで身を潜めていた藪から抜け出し、パーラは聖女の館へ、俺とリエットはシェイド司教の館へそれぞれ目指して飛び立つ。

 なお、リエットは俺の背中でおんぶして運ぶことになった。
 昨夜と違って出発に余裕があるため、リエットごと俺の体にロープを巻いて固定を施し、安全性も多少は改善されている。

 人間二人の重さで噴射装置の跳躍距離は減るが、シェイド司教の館は今いる場所からそれほど遠くないため、すぐに到着した。
 リエットの存在を盾にすればそのまま駆け込んでもよかったが、正門の様子を見て、一旦付近に身を潜めて様子を窺う。

 外から見えるシェイド司教の館は、その地位に見合う立派な造りではあるが特に派手ということもなく、他の司教の館と大差がない様子だ。
 しかしただ一点、正門に立つ武装した衛兵の姿だけが、これまで見た司教の館にはなかったものだ。

「門番がいるようですが、ここはいつもあんな感じで?」

 距離があるため気取られはしないだろうが、一応隠れているということから声を潜めてリエットへ目の前の光景について尋ねる。
 玄関扉を守るように扉の両脇へ立つ門番の、周囲の警戒にしっかりと目を光らせている様子から、到底平時の警戒レベルよりも高いと推測した。

 もしあのまま噴射装置であそこに舞い降りでもしていたら、よくない誤解でいきなり斬りかかられていた可能性も否定できない。

「いえ、そんなはずは…少なくとも、普段はあのように物々しくはありませんでした。何かを警戒しているのでしょうか?」

 リエットの館には常に門番は立っていたが、それはヤゼス教の象徴たる聖女の安全のためと、内外にわかりやすく喧伝するものでもある。
 一方、主都にあっては普通は襲撃などまずされない司教の館には、建物内に相応の警備こそいるものの、普段は外に門番を置くようなことはない。

 それが今、緊張感を持った門番を見せつけるように配置しているのは、よっぽどの何かが起きているとも思える。

「リエット様が誘拐されたことで、司教も警戒しているとかですかね?」

 聖女が攫われたというのをシェイド司教が朝一番に知ったとして、もしも市井に情報が漏洩した場合の混乱に備えての措置というのは考えられなくもない。

「どうでしょう。でもあれを見る限りでは、まるで次は自分が狙われるとでも言わんばかりですが。…とにかく、中に入りましょうか。門衛の片割れには見覚えがあります。すぐに私だとわかってくれるはずです」

 ヤゼス教の関係者でも、末端になれば聖女の顔を見慣れておらず、リエットを見てすぐに聖女だと気付かない恐れもあったが、面識があるのなら手間が省ける。
 ゆっくりとした足取りでリエットが正門へと向かうと、それに気付いた門番達が一瞬体を強張らせたが、すぐにリエットだと分かると警戒を解いた。

「これはっ…聖女様!?ご無事でしたか!」

 なるほど、このもの言いからして門番らはリエットの誘拐があったことは知っているわけだ。
 本来なら秘匿するべき情報が、一晩明けただけの段階で門番にも知られているのは流石に耳が早すぎる。
 ただ、シェイド司教がリエットとも深い繋がりがあることから、何らかの手で誘拐騒ぎを知ったうえで、この来訪までを読んで門番に情報共有していた、というのは穿ち過ぎだろうか。

「ええ、この通りに。手間をかけますが、リエットが参ったと、シェイド司教に取次を」

「は、ただちに!」

 聖女然としたリエットの頼みを受け、若い方の門番が玄関扉を蹴破る勢いで館へと入っていった。
 あの様子だと、そう時間をおかずに司教の命を受けて戻ってきそうだ。

「一先ずは中へ。見ればお疲れの御様子。何か温まるものでも用意いたします。…聖女様、その者は?」

 残された方の門番はベテランのようで、聖女を前にして若干の緊張はありつつ、落ち着いた様子で館の中へと招き入れようとする。
 だが、リエットに付き添う形でいる俺を見て、不審そうな目を向けてきた。

 明らかに教会関係者には見えない格好の人間が、誘拐されたはずの聖女と共に行動しているのは些か奇妙に感じるのだろう。
 正門を通していい人間か疑うのは、門番として正しい。

「彼は私の護衛です。共に館に入らせてもらいますよ」

 ここへ送り届けた時点でリエットとはお別れでも一向に構わなかったのだが、リエットが放った一言のせいでまだ付き合うことになりそうだ。

「は、聖女様が仰せならば。ではこちらへ」

 リエットのたった一言だけであっさりと俺への疑いがなくなり、門番に促されて屋敷の中へと入る。
 外見から予想していたが、屋敷内に見える調度品や装飾などには派手なものが全くなく、ここを見た限りではシェイド司教が贅沢をするタイプの権力者ではないように思える。

 門番の案内で俺達は応接室らしき場所へと通され、座り心地のいい椅子へ腰を落ちつけると、使用人が温かいお茶を目の前で淹れてくれた。
 そう言えばと、朝起きてから何も口にしていなかったのを思い出し、出されたお茶が実にありがた身を覚える。

 薄黄色の水面から立ち上る爽やかな香りから緑茶を想像しながら口に運んでみると、しっかりした甘みと舌先を刺激するスパイシーさに少し驚く。
 初めての味わいに一瞬面食らうが、これはこれで悪くない。

 リエットも温かいお茶に癒されたのか、今日初めて穏やかな顔を見せている。
 ここまで平然としていたが、こうして見ると改めて精神的な負荷は大きかったようだ。

 寝ているところを叩き起こされ、誘拐未遂から命を狙われて逃亡したというのは、荒事から遠い聖女にはストレスもあったことだろう。
 ようやく安全な場所へ辿り着き、一杯のお茶で落ち着けたその姿は、激動の時間の果てに訪れた平穏を噛みしめているようにも見える。

「お寛ぎのところ失礼いたします。主より聖女様をお連れするように仰せつかりました。ご足労頂くよう、無礼を承知でお願い申し上げます」

 ゆっくりとお茶を楽しんでいると、応接室へやってきたメイドがリエットにそう言い、綺麗な所作で頭を下げる。
 どうやらシェイド司教がリエットを自室へ呼んでいるようだ。

 ただの司教なら聖女を呼び出すのではなく、応接室まで足を運んで話をするのがマナーではあるが、シェイド司教とリエットの関係性は子弟に近いので、こういう扱いを気にする人間はこの場にはいない。

「そうですか。では参りましょう。アンディ、あなたはここにいなさい」

 立ち上がりながら俺に待機を命じて、リエットがメイドの後に続いて部屋を出ていった。
 言われずとも俺が着いていく義理はなく、茶をすすりながら待つつもりだ。

 そうしてリエットがいなくなると、部屋には茶を用意してくれた使用人と俺の二人だけとなった。
 客として招かれたおかげで居心地の悪さなどもなく、のんびりとした時間を送れそうだ。

「お客様、よろしければ別のお茶などいかがでしょう?ご賞味いただければ、お気に召すかと」

 優雅なひと時とも言える過ごし方をしている俺に、使用人が控えめにだが強い意志が込められたような声音で別の茶を提案してきた。
 今飲んでいる茶に不満はないが、その意気を感じては断るのも惜しい。

「それはいいですね。いただきましょう」

「かしこまりました。すぐにご用意いたします」

 ニコリと笑い、使用人が一度部屋から出ていくと、すぐに別のお茶の用意をして戻って来た。
 丁寧な所作で淹れられたお茶が新しく俺の前に置かれる。

 先程飲んだ物とは香りも見た目も違い、香ばしい香りと黒い液体はコーヒーとも見紛うほどだ。
 ただ、香りに薬くささが僅かにあることから、薬草茶の類かとも思える。
 正直、見た目と匂いだけならあまり美味しそうには思えないが、口にもせずに否定するのは性に合わない。

 早速カップを手に取り、口に運ぼうと持ち上げた瞬間、俺へと向けられた微かな殺気を感じた。
 発生源は他でもない、たった今お茶を用意してくれた使用人だ。
 何故このタイミングで、しかも客である俺へ殺気など放ったのか。

 さり気なく使用人の視線を探ってみれば、俺の手にあるカップを意識しているのが分かる。
 ……ふむ、これはもしかしたらもしかするか?

 こうも怪しいとなると茶など飲むことはないのだが、ここは敢えて向こうの思惑に乗ってみるのも手だ。
 リエットの護衛として立場を明らかにしている俺にちょっかいをかけることの動機がいまいちわからないが、それもこの後に分かるかもしれない。

 突如生まれた謎を解くためにも、多少の覚悟と共に一気にカップを煽った。
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