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赤ちゃんになってる?
しおりを挟む――マルティーナ=デイヴィス。それが私の名前だ。私には前世の記憶がある。
『あ~疲れた~』
抽選で当たったイベントから帰宅し、夕ご飯を食べる前に仮眠を取ろうとベッドに潜り込んだところまで覚えている。寝るなら先に顔をクレンジングで洗えー、と姉が言っていた気がするが日焼け止めしか塗っていない顔なのだ一旦見逃してと独り言ちて眠った。やっぱり自分の家が一番落ち着く。特にベッドの中に入ると最高だ。もう何もしなくていい、というかしたくない気持ちが湧き上がり一切のやる気が消失した。
眠った私の意識が浮上した時違和感を覚えた。布団に入っていると言えど、全身を包み込む温もりは何なんだろう。顔まで温かい。基本布団を頭の天辺まで伸ばさないけど寝る前に電気を消し忘れたから眩しくて寝ている間にそうしたんだろうと納得し、再び眠ろうと浮上しかけた意識を再度底へ落とした。
今考えるとあの時目を開けなくて良かったと思える。
次に私が目を覚ましたのは、身震いしてしまう寒さを感じたせい。夕ご飯が出来て私を起こす為に家族の誰かが布団を引っぺがしたな? と一言文句を言うべく目を開けたら――想像もしていない光景が広がった。
「起きたのか」
「あう?」
誰? って言いたかったのに出て来た言葉は赤ちゃんが発する喃語。もう一度誰? と言ったつもりなのに同じ言葉が出て呆然とした。
金寄りな白金色の髪を耳に掛けた、青い瞳の超絶美形の男の人と顔が近い。マジで誰? 何で顔近いの? って思わず手を伸ばした。ら。
「うう!?」
私の目に入ったのは自分のものとは思えないとても小さな手。出産した親戚のお見舞いに行った時見せてもらった赤ちゃんと同じだ。
「う? うう??」
「焦るな。その内説明してやる。お前が喋れるようになったらだけどな」
一体何なの? どういうことになってるの?
訳が分からなくて私を抱いている男の人に聞きたくても、相変わらず私の口から発せられるのは言葉にならない言葉のみ。終いには「うるせえ」と一喝されたものの声色は優しく、すぐに眠くなってしまった。
次に目を覚ますと柔らかなベッドの上に寝かされていた。赤ちゃんになってしまった為、ベビーベッドに寝かされたんだ、と大きな欠伸をして周囲を見ようとまずは左を見た。吃驚した。私を抱っこしていた男の人が身体を横に向けて私を見ていた。
「起きたか」
「あううー」
「あーはいはい。何が起きてるか説明してほしいんだろ」
一体この人は誰なのか、部屋のベッドで寝ていた筈の私が全く知らない赤ちゃんになってしまっているのは何故なのか、聞きたいことは山の如き量を誇る。
「うー」
「子育てっていうのをしてみたくて人間の赤子を創ってみたはいいが、まさか『転移者』を引き当ててちまうとはな。運が良いのか悪いのか」
「ううう?」
『転移者』?
何だろう。
「詳しく話すのは最初に言った通り、お前が喋れるようになってからな。お前だって喋れる方がおれに色々と聞けるだろ?」
「う!」
一理ある。
分かった、という気持ちを伝えたくて強目に頷くと男の人の青い目が優しく細められた。あまりに優しい眼差しに頬が熱くなる。今まで生きて来た人生で有り得ないくらい綺麗な人だもん。テレビで見る俳優やアイドルなんかよりよっぽど綺麗でイケメン。面食いの気があると自覚しているけれど、面食いじゃなくても食い付く顔の良さ。
「おれは一般的に言うと父親ってことになる。母親はいないも同然だと思え」
そういえばこの人、私を創ったって言ってたよね。お母さんが出産して生まれた訳ではない様だ。なんだか言葉の中に含まれる魔法やエルフといった単語を聞くと俗に言うファンタジーの世界なのかな、此処は。どうして私が赤ちゃんになってしまっているかは、私が喋れるようになったらとことん聞いてみよう。
ふと、男の人――父親らしい人の髪に触れた。身体を横に向けて頬杖をついている為、髪が垂れている。何度見ても赤ちゃんの手だ。とても自分の手とは思えない。
「しかし、ちいせえな。握ったら手の骨を砕いてしまいそうだな」
さらっと怖い発言しないでよー!
手を引っ込めたら「冗談だ」と笑われ、指で頬を突かれた。
「ふーん。赤子の顔って女の胸より柔らかいんだな」
どんな感想ー!?
「あううう!」
子供に向かってなんてことを言ってくれるのよー!
抗議の意味を込めて掴んでいる髪をブンブン上下に力加減なく揺らせば、痛いのか「やめろ」と手を離された。貴方が子供に向かって下品なこと言うからでしょうが。ジト眼で見上げれば父親らしい人は喉を鳴らしたような笑いを零し、私の頭を優しく撫でた。
「さて。赤ん坊は寝るのが仕事だと既婚者共が言っていた。よく寝て、早く大きくなりな。マルティーナ」
マルティーナ……私の名前、だよね。前世の私と全然違う名前。外国の名前みたい。
「お休み」
一定のリズムで頭を撫でられる心地良さと温もりに私はすぐ眠気に襲われ、そのまま眠りに就いた。
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