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前世の私は突然死を迎えていたらしい
しおりを挟む――あれから二年。ある程度喋れるようになったものの、まだまだ舌足らずだが約束は約束だと父ルチアーノは事実を話してくれた。
私達が暮らす国はフェリキタス王国。建国千七百年の歴史を持つ北の大陸で一、二を争う強大な国。ルチアーノは魔導研究所と呼ばれる施設の管理長を務める偉い人である。王国の魔法使いや魔法に関する研究者が所属しており、王侯貴族は勿論平民出身者もいる。
私はルチアーノが子育てをしてみたいという理由で生まれたらしい。超絶美形で地位も権力もあるのに結婚もしていなければ、恋人も付き合っている女性もいないルチアーノ。もしかして男の人が好きとか? 一瞬腐女子思考になりそうだったが即否定された。そんな気になれないだけだとか。この世界には人間の他に、獣人族、人魚族、小人族、妖精族、エルフ族と呼ばれる種族が暮らす。ルチアーノはエルフの父と人間の母を持つハーフエルフだ。私の世界だとエルフって耳が長いイメージがあるけどルチアーノの耳は人間のそれと変わらない。ハーフの場合、種族の特徴が出ないことはよくある事だとか。ただ、ハーフエルフでも寿命は普通の人間と比べて長く、現に二百年は生きていると聞かされたまげた。どこをどう見ても二十代前半にしか見えないのに。
次に聞かされたのはどうして私に私という意思があるのか。驚くことに私は『転移者』と呼ばれる存在。肉体が死亡した為、魂が新しい器に移ったのだ。前世の私は死んでしまったからこの身体に移ってしまったという事だけど、信じられなくて最初に聞いた時は泣きじゃくった。布団に入って寝ただけなのに。
『お前の魂に傷はついていなかった。恐らく突然死したんだろう』
『……』
私の身内で事故死や自殺をした人はいないと聞き、事故死は痛いから嫌なのでなるべく寿命で亡くなれるようにと健康には気を付けていた。突然死してしまったのなら、誰にも防ぎようがない。
……夕ご飯が出来上がって私を起こしに来た家族はきっと驚いて……悲しんだだろう。家族仲は良好で喧嘩をしてもその日の内に謝って仲直りをした。
突然死してしまった以上、二度と前の家族には会えない。
お父さん。
お母さん。
姉ちゃん。
爺ちゃん。
婆ちゃん。
友達や近所のおばちゃん、家の前の犬小屋にいる小太郎にも。
誰にも会えなくなってしまった。
『ふ……うう……うわああああん……』
事故や病気なら自分の死を悟って死ぬ覚悟はあったかもしれないのに、何でいきなりなの。しかも記憶を持っているから余計辛くて自然と私は泣き出してしまった。
『あー泣くな泣くな』
言葉だけなら面倒くさがっていると感じるだろうが、泣いている私を抱き上げて頭を撫でるお父様の手は優しかった。
一頻り泣いた後、これからどうしたいと訊ねられた。どうしたいと言われても彼の娘として新しい人生が始まってしまった以上、彼を頼る以外に私が生きる術はない。アルバイトに勤しむ高校生が一人で、しかも異世界で暮らしていける筈がない。
「旦那様、お嬢様。冷たいお茶をご用意しますね」
「ああ」
思考を過去に浸らせているといつの間にか屋敷に戻っていた。お父様に抱っこをされたまま書斎に運ばれ、立派な椅子に腰かけたお父様の膝に乗せられた。
「おとおしゃま」
「なんだよ」
「なんでも」
ただ呼んでみせてもお父様はちゃんと返事をする。どうして子育てをしたくなったのかは、この舌足らずな喋り方を卒業してからになるだろう。
「子育てって男が色々と手を出そうとすると色々面倒なんだな」
子供の世話は女性がする。というのは、何処の世界でも共通しており、特に王族や貴族の場合は乳母が世話をする。歴史の授業とかでもそんな事言ってたような気がする。
私の場合はお父様の研究によって創られた為、母親という存在はいない。種を宿す苗床という役割は女性の卵子しか無理で研究に協力したい女性は多かったらしく、母親という観点で言うと卵子提供者が私の母になる。
前世の父は仕事は勿論、育児にも積極的だったとよく母は話してくれた。子供との時間を大切にし、母のことを一番に尊重し、働いていた父は私達が大きくなっても変わらない愛情を注いでくれた。母も同じだ。両親の仲は私の周りにいる夫婦で一番良かったと思う。毎朝出勤する父を見送り、子供達に父の悪口は決して言わず良いところばかりを話し続け、食事は家族の健康と好物をバランスよく取り入れていた。五十を過ぎても休日に二人でデートをするくらい仲良しでも時折喧嘩はした。主に母が体調を崩した時。具合が悪い時は休んでいてほしい父と家事は自分の仕事だと譲らず働こうとする母という構図な為、私と姉が父側について母を休ませるというのが恒例だった。
姉妹でよく父の取り合いをしたなあ、と思い出しているとお父様に呼ばれ顔を上げた。
「おれの娘である以上、お前には避けられない幾つかのことがある。大きくなってから詳細は話すが頭に入れておけ」
「あい」
見目麗しい美貌に確固たる権力と地位を持つルチアーノに突然娘が生まれたとなって上の人達は大騒ぎになっていたと赤ん坊の頃教えられた。私と同じ歳の王子様がいるようでその子と私を婚約させたいと王様が言っているらしく、お父様は断固拒否を貫いている。
やっぱり詳しいことはちゃんと話せるようになってからねー。
「失礼します」
扉がノックをされるとおじちゃん執事のテノールがカートを押してやって来た。氷の入ったグラスには紅茶とスライスされたレモンが淹れられており、もう一つの小さなグラスにはミルク。
大きさから見て分かる通り小さい方は私。
「一時間後にはおやつの時間ですのでお菓子は後程」
「ああ」
テノールが持った小さなグラスを両手で受け取りちびちびと飲む。美味しい。普通の牛乳も好きだけどシスコーンに注いだ牛乳を最後飲むのが一番好きだったなあ。
「旦那様。つい先程城より派遣された使者の方より手紙を預かっております」
「手紙ねえ」
此方です、とテノールはベルベットのトレーに載せた手紙を持ち上げ、お父様が手紙を拾うと——突然炎が発生し、瞬く間に手紙は灰となった。吃驚しているとテノールはお父様を咎めた。
「お嬢様が驚いていますよ」
「悪い悪い。どうせ下らねえ手紙なんだ。燃やしたところで問題あるか?」
「国王陛下ではないと思いますが……相手の方はきっと憤慨なさるかと」
「おれに文句があるなら、直接言いに来たらいいさ。手紙の差出人はお前の言う通り国王じゃない。あいつなら手紙なんてまどろっこしいものは使わず直接言いに来るかおれを呼び付ける」
「そうですね」
手紙の相手って誰なんだろう?
お父様とテノールの反応からして関わりたくないと見る。
「おとおしゃま」
「なんだ」
「てがみのひと、だれですか?」
「お前はまだ気にしなくて良い」
引っ掛かる言い方をされ、ますます気になってしまった私だが途端に襲った眠気に抗えず大きな欠伸を漏らした。危うくグラスを落としそうになって両手で強く持つものの、お父様にグラスを持たれ背中を押された。お父様に寄りかかると余計眠気が強まり、そのまま目を閉じて眠った。
「お子様に必要なのは十分な睡眠なんだ。寝たい時に寝たらいい。お休み、マルティーナ」
寝すぎてしまうと夜眠れなくなるのでは? と思っていたけど、そんなことはなく夜もぐっすり眠れたのだった。
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