私のこと好きだったの?

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だるまさんが転んだ?

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 後ろ姿だけではなく、きちんと正面を見たいと思ったのも束の間、地下への道はサンタピエラ伯爵令嬢達が向かう方向とは違い、お父様が道を曲がったことで二人の姿は見えなくなった。


「お父様の用事が終わってサンタピエラ伯爵令嬢に会えたら話してみてもいい?」
「好きにしな」


 後ろ姿だけでは人の判別は無理である。地下へ続く階段を下りても上との景色とあまり変わりはなく、白に統一された空間において他の色は少ない。地下というから、もっと陰湿でジメジメとしている場所を想像してしまった。均等に並んだ扉の前を過ぎ去り、私を抱いたまま歩き進むお父様は最奥の大きな扉の前で立ち止まる。


「此処?」
「ああ」


 神官長の居場所を言った神官は安置所にいると言っていたが、本当にここが安置所? 
 疑問に感じていると一旦お父様に降ろされる。手を繋がれ、空いている手で扉を開いた。
 扉の向こう側は真っ白な世界に反し、黒一色に染まった異質な空間。壁に並んだ灯りが中央にいる人達を鮮明に映し出していた。台に掛けられた大きな布の下は膨れていて、側には小難しい相貌をした綺麗な男の人や神官服を着た人、更に騎士と思しき人までいる。皆の視線が一斉にこっちに向いて吃驚してしまい震えてしまった。


「あ」


 すぐにまたお父様に抱っこをされ、背中をぽんぽん撫でられる。これだけですごく安心する……。


「ルチアーノ卿。ご息女まで連れて来ることはないだろう」


 恐る恐る後ろを向く。異様な雰囲気に私が怖がってしまったせいか、綺麗な男の人が非難の声をお父様に放った。


「うるせえぞラウゼス。おれの娘が怯えるだろう」
「入ってきた時点で怯えていただろうが」


 濃い青の長髪に赤紫の瞳の男の人がお父様の言っていた神官長なんだ。綺麗な見た目とは裏腹に神官長の瞳は刃物の如き鋭さを宿し、構わず中央に近付くと険しさを増した。
 布に手を伸ばしたお父様に待ったが掛けられた。


「遺体を見るなら、ご息女は部屋の隅に置け。凄惨な遺体をたった六歳の娘に見せるつもりか」
「だ、そうだが?」


 姉に騙されてレンタルDVDで十八禁スプラッタ映画を鑑賞させられたことのあるせいで変に耐性がついてしまっている。前世の話をする際、映画とは言わず、グロテスクな死体を見たことがあると話しているからお父様は私に意見を求めたのだ。
 チェーンソーでぎこぎこされた切断遺体、眼球を吸い取られて真っ黒な窪みのある顔、皮膚を裂かれ臓器を丸だしにされた胴体等数え上げたらキリがない。ゴクリと唾を飲み込んだ私は「見れる」と遺体に注目した。


「な?」
「さすがルチアーノ卿の娘といったところか……」


 全然褒められてないよね? 言葉の端々に嫌味が混ぜられてたもん。


「ルチアーノ卿。遺体を見せる前に、ずっと貴方に言いたいことがあった」
「なんだよいきなり」
「ご息女の魔力検査を何故しない。王国で生まれた者は、貴族平民問わず出生届と共に必ず魔力検査を行うのが定められているというのに」


 え? そうなの? 初耳。


「出生届は出した。それでいいだろ」
「いいわけあるか。ルチアーノ卿の娘だからと特別扱いが許される筈がない。遺体の確認後、ご息女の魔力検査を行わさせてもらうぞ」


 どう、なんだろう。私はお父様が子育てをしたいっていう願望で創られた人造人間。一応人間の赤ちゃんと同じで受精卵から成長していったけど、母親の胎内ではなく魔水晶の中で育てられ栄養もお父様の魔力等を与えられた。私の中に流れる魔力はお父様と同等といっていい。
 ジョゼフィーヌ先生の授業で王国民は生まれてすぐに魔力検査が義務付けられていると聞いていたけれど、私の魔力検査をしていなかったのは……。


「それとも、後ろめたいことでもあるのか?」
「マルティーナの魔力に禁忌属性はない。この子の魔力については、生まれてすぐおれが調べたからな」
「なら、こちらで魔力検査を実施しても問題あるまい。ご息女の魔力に禁忌属性はなかったのだろう?」


 ひらり、ひらり、話を躱そうとするお父様を逃がさない神官長の追及は止まらない。


「お父様……」


 魔力検査をしたくないお父様の理由が分からないにしろ、私はお父様の味方だ。そう意味を込めて抱き付くと背中を撫でられた。


「ラウゼス。お前が何を言おうがマルティーナの魔力検査は大聖堂ではしない。既におれがしているからだ。今後マルティーナが禁忌属性特有の魔法を使った時は、直接お前がおれを罰せればいいさ」
「意地でも魔力検査をしたくないというのか」
「そういうことだ」
「……」


 あくまで私の予想だけど、お父様が検査をした時普通の人間と人造人間たる私の魔力に違いが見つかり、正式な場での魔力検査をしなかったのではないかな。隠し事がなければお父様は応じていた筈だもん。


「し、神官長」


 二人の険悪な雰囲気を察して神官が声を掛けるも重苦しい空気は変わらない。

 けど、先に折れたのは神官長だった。


「はあ」


 特大の溜め息を吐いた神官長がバサッと遺体に掛けられている布を落とした。危うく悲鳴を上げそうになるくらい遺体の状態は酷く、特に胴体の損傷が惨い。幸い頭部は綺麗に残っていて脳の損傷もなかった為記憶の読み取りが可能になったとか。


「お前の言う妙な点とはなんだ」
「騎士団に事前に伝えた情報は聞いているか?」
「ああ。目がないのに、振り返った魔物と対峙したら動けなくなったっていうやつか」
「遺体となった調査員も振り返った魔物と対峙し、動けなくなったところを殺られた。ただ、その時の記憶を見たんだが……」


 続きは実際に記憶を読み取ってくれと神官長は遺体の側を離れ、代わりにお父様が近付いた。


「隅っこにいろ」


 お父様に降ろされ、仕方なく言われた通り隅に移動した。
 目がないのに、振り向いた先にいた調査員達の動きを封じて殺した魔物の力とは何か。
 魔物を使役していた魔法使いがいた可能性が視野に入るも調査員の記憶を読み取った神官長曰く、他の気配は感じられなかったらしい。

 遺体の記憶を見ていたお父様は側を離れた。


「魔物に心当たりは?」
「ないな。突然変異種の確率が高い」
「面倒な……」


 通常の個体と違い、何らかの原因により全く異なる力を持つ個体が存在する。当然討伐方法も通常個体と異なる為対処が難しい。今回の魔物がそれに該当する。

 二人の会話を聞きながら、私は調査員が魔物に殺されたことについて考えていた。振り向いた先にいた調査員の身動きを封じるって、まるで前世の小さい頃に沢山遊んだ『だるまさんが転んだ』に似てる。あれって鬼役の子が背を向けてだるまさんが転んだって言っている間に近付き、振り向いたら動いてはいけない。


「お父様」
「うん?」


 私では多分調査員の記憶を見せてもらえない。お父様に近付いて腰に抱き付いた。


「どうした」
「魔物が振り向いて動けなくなる前に、調査員の人が動いたか分かる?」
「ちょっと待ってろ」


 再び遺体に目を向けたお父様に釣られてちょっと背伸びをして私も見た。騙されて十八禁スプラッタ映画を観させられた時は一日中恨んだけど、マルティーナになって感謝する日が来るとは思わなんだ。肉体をギコギコするのが大好きな殺人ピエロがやったと言ったら信じられそうなぐらい遺体の損壊が酷い。
 記憶を見ていたお父様に「咄嗟に逃げようとして動いているな」と聞かされ、抱っこをお願いした。お父様に抱き付きながら耳元で前世の遊びに似ていると囁く。


「どうかな?」
「要するに遊戯ゲームをしているってわけか。ラウゼス」


 どんなことでも真面目に聞いてくれるお父様で良かったと心底抱き、親子で秘密のお喋りをして機嫌がすごく悪い神官長にお父様がある提案をした。


「おれの娘が意外なヒントをくれた」
「娘といちゃつきたいなら他所でやれ」
「ラウゼス。後でお前からクロウリーに言っておいてくれ。魔物の討伐はおれ一人で十分だと。寧ろ、人数が多い方がこっちが不利だ」


 辟易としていた顔付きから真面目なそれに変わった神官長はどういう意味かとお父様に説明を求めた。


「例の魔物は恐らく突然変異種。遊戯ゲーム性の強い力を持つ。魔物が振り向いた直後、調査員達が逃げようとしたのをお前も見ただろ?」
「ああ。そして、身体が動けず、魔物に殺されてしまった」
「恐らく振り向いた先にいる生き物が動いた条件で作動する力を持った魔物なんだろうよ」
「……ルチアーノ卿。ご息女は魔物の力の正体に気付いていたのか?」


 前世の子供の頃の遊びをそのままお父様に伝えただけと言えど、お父様以外私が『転移者』とは知らない。当然前世の記憶を持っていることも。疑い深い赤紫の瞳に射抜かれると身体の奥底に眠る恐怖心が目覚め震えを起こす。すぐにお父様が私を抱き上げ、神官長を視界から遠ざけてくれたお陰ですぐに震えは止まった。


「いい大人が子供を怖がらせるな」
「魔力検査を実施したくない件といい、魔物の能力といい、ルチアーノ卿のご息女はどうも一般的ではないな。ルチアーノ卿、彼女の母親は誰なんだ」
「さあな。候補が多くて分からん」
「はあ!?」


 素っ頓狂な声を上げられても私も同意しか出来ない。私にとって母に当たる人は卵子提供者となるものの、多額の報奨金目当てにお父様の実験に協力した女性は多い。お父様の実験を知らない神官長からすれば、私の母親候補が多いという発言に驚きを見せるのは無理もない。


「不特定多数の相手がいるせいで父親が誰か分からないとは聞いたことはあるが、母親という事例は聞いたことないぞ!?」
「うるせえな」
「本当に母親が誰か心当たりがないのか?」
「金さえ積めば協力する女ばかりだったものでな」
「……」


 言い方は酷いにしろ、実際報酬金目当てで研究に協力した女性ばかりなのもまた事実。神官長はきっと何か言いたげな視線を向けていたであろうが、話を切り上げたいお父様の一言によって強制的に終了した。私の背を撫でつつ、もう少し詳しい情報を読み取り次第一人で魔物の討伐に行くと決定した後、転移魔法で屋敷へと戻った。

 降ろされそうになったが首に強く抱き着くとそのままにされた。


「怖がらせたな」
「神官長ってあんなに怖い人だったんだね」
「根は真面目なだけなんだがな。融通がきかないのが面倒くさい」
「もしも、私が魔力検査をしたら普通の人間じゃないってバレるの?」
「ああ、ラウゼスは気付くだろうな」


 神に仕える大聖堂側にとって人工生命体の研究は禁忌中の禁忌で……着手しただけで異端視され、厳しい異端審問が課せられるとお父様は言う。相手が誰であろうと大聖堂側に関係ない。


「バレないようにしないと」


 王妃殿下のように強硬手段を取るような人ではないと信じたい。


「心配するな。ラウゼスは規律にうるせえ真面目な男だ。王妃のような真似はしてこない」
「信じるよ?」
「違っても守ってやるよ」


 本当に信じてるからね、お父様。


「ということは」
「うん?」
「神官長の弟子になってるサンタピエラ伯爵令嬢とも距離を置いていた方がいいよね?」
「そうだな。大聖堂ともお前は距離を置こう」


 王家といい、大聖堂といい、私に厳しいところばっかり……。


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