まあ、いいか

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無断の実行決定

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 俯き、何も発しないジューリオ。天井からジューリオへ視線を変えたヨハネスは思ったことを口にしただけで悪気は一切ない。ジューリア自身に魔法を使う気も努力をする気もないのなら、それはジューリアに問題があると見ていい。しかし本人を見ていると魔法を使いたくないという訳ではなさそうで、膨大な魔力を持っているのに魔法が使えないというだけで周囲から冷遇されるのは見当違いもいいところ。

 ヨハネスの言う通り人間は視野が狭い。自分達とは異なる異物を受け入れようとせず、積極的に迫害する思考がある。人間を愚かと時折魔族が言うと昔伯父が語っていたのは、こういった部分を指しているのだろう。


「まあ、待つ待たないは君の勝手だから好きにすれば」
「……いえ……待ちます」
「ヴィル叔父さんと一緒だから、すぐには戻らないかもしれないよ」
「……」


 ジューリオは俯いたまま再び何も言わなくなった。小さく欠伸を漏らしたヨハネスは小さな人間のつむじを眺めつつ、早くヴィル達が戻るのを願った。




 ●〇●〇●




 市場巡りもあらかた終わり、後はのんびり大教会に戻ろうとなった三人。ヴィルと手を繋いだまま帰路を歩いていると正面出入口に皇家の馬車が停車しているのを見つけた。内心嫌な予感がし、大教会内に入ると神官のセネカが「フローラリア嬢!」と呼び止め、第二皇子がジューリアを訪ねに来ていると知らされた。肩を落としたくなるのを堪え、ジューリオが待っている客室に案内された。


「あ」


 室内にはジューリオの他にヨハネスもいた。何故か俯いて座っているジューリオとじっとそんなジューリオを眺めているヨハネス。空気が微妙に重いのは気のせいか。


「あ! やっと戻った叔父さん! なんで毎回僕を置いて行くの!」
「食べ終わったら毎回寝てるからだろう」
「起こしてくれていいのに!」
「起こしたらうるさいから。で、皇子様はまたどうして?」


 うるさいヨハネスから俯いたままのジューリオに問うたヴィル。ゆっくりと顔を上げたジューリオの相貌は些か暗い。良くない報せでも持ってきたのかと身構えるとジューリアがお茶会に参加するかどうか聞きに来たとか。
 出欠の返事はちゃんと参加で出したのに疑うか、と不満に思うもジューリアは口に出さず(但し顔には出して)参加するときっぱりと言い切った。


「そこの天使様がお茶会をとても楽しみにしているので必ず参加します。態々殿下が確認へ来なくても手紙なり使者を寄越すなりしたら良かったのでは」
「……そんなに、僕と会うのが嫌か」
「どちらかと言うと嫌です」
「……」


 考える素振りすらなく言われたジューリオはまた俯いてしまう。ジューリアに嫌いと言われたら不機嫌になるくらいだったのに、落ち込むのは初めてで。本当は何をしに来たのかかなり謎である。


「お茶会当日は殿下の婚約者として振る舞いますから、殿下も嫌でしょうが仲良しアピールはしてくださいよ」


 後で皇太子にうるさく小言を言われるのが嫌なら、ある程度の妥協はしてもらわないとならない。皇后はジューリオに対し同情的だから、案外仲が悪いアピールをした方が良い気がするも表向きは関係良好を示すのが吉。

 ジューリオも同じ考えであるようで、それでいいと力ない声で告げた。やけに元気がなさすぎる。逆に気になってしまい、何かあったのか、それとも体調が悪いのかと訊ねると首を振られるだけ。


「ヨハネス」見兼ねたヴィルが同じ部屋にいたヨハネスに訊ねた。


「皇子様に何か言った?」
「うん? ああ、その子が魔法を使えないのはその子自身が原因じゃないのに、まるでその子が全面的に悪いって決めつける人間って視野が狭いなって言っただけ」
「そう」


 一切悪気がないのに容赦のない言葉を浴びせられれば、ジューリアが嫌いなジューリオでも落ち込むかと納得した。


「こういう場合、悪いのはその子を産んだ母親か種の提供者である父親なんだけど」
「ジューリア以外の子供達は問題がないから、余計ジューリアに問題があると見られたんだよ」
「やっぱり、人間って視野が狭い」


 更に容赦がない言葉の数々にジューリアはドン引きした。ジューリアの場合は前世の記憶を持つ異邦人で、今世の魂と前世の魂がぶつかり合って一つにならなかったせいで魔力の流れが不安定となり、魔法の使用が出来なかった。現在は大人の姿だったヴィルが今世と前世の魂を一つにしたお陰で魔力の流れが安定し魔法を使えるようになっている。


「二人とも、お茶会当日は絶対にこの話はしないでね!? 空気が悪くなるだけだから!」
「僕はどうでもいいから言わないよ。大体、興味あるのは人間が作ったお菓子やお茶だから!」
「ジュースはいいんだ」
「ジュースだって飲むよ! というかあるの?」
「子供が中心だからある筈」
「やった!」


 甘い果物を絞って出されるジュースが大層気に入ったらしく、特にリンゴジュースの味が好きだと嬉々として語られた。ジューリアもリンゴジュースは好きなので今度街へ行った際にリンゴジュースをヨハネス用で買おうと決めた。


「ジュ、ジューリア」
「なんですか」
「当日は大教会から行くのか?」
「この後、屋敷に一旦戻るのでその時に決まるかと」
「そ、そうか」


 大教会から行こうがフローラリア邸から行こうがジューリオには関係ない筈。怪訝に思いながらもジューリアは何も触れなかった。

 その後ジューリオは帰って行った。遠くなる背中から哀愁が漂うのは何故? と首を傾げたジューリアであったが、時計を見てケイティにフローラリア邸へ向かう馬車の準備を頼んだ。そろそろ戻る準備をとなったところにひらり、ひらり、と淡い光を纏った蝶がヴィルの許へ。手に蝶を乗せたヴィルは次第に表情を険しくし、やがて大きなため息を吐いた。


「ヨハネス。前に悪魔狩りの再追試は許可しなかったって言ってたね?」
「言ったよ」
「再追試が実行されるって今ミカエル君から連絡が来た」
「嘘」
「ほんと」
「え~またネルヴァ伯父さんが怖い顔をして乗り込んで来るよ。あ……でも今天界への扉閉めてるのにどうやって再追試をするの?」
「問題はそこじゃないだろう……」


 能天気なヨハネスの台詞に溜め息を吐きつつ、問題なのは現神が許可しなかった悪魔狩りの再追試の実行を決定した事。ヨハネスがまだまだ未熟で父親の補佐がないといけなくても、ヨハネスが許可しなかったのなら従わないとならない。なのに、それを実行するということは……。


「ミカエル様はどうやって知ったの?」
「以前、兄者に情報を流した主天使から聞かされたみたいだよ。兄者にはまだ言わないでおくみたいだけど、どうも眼鏡や他の神族が勝手に決めたみたい。はあ」


 最後にまた溜め息を吐いたヴィル。天界への扉が閉まっている今、悪魔狩りの再追試が行われる心配はない。……かと思いきや違うとヴィルは続きを話した。


「ガブリエルがヨハネスを連れ戻すまでは、今人間界にいる天使で再追試を行って、連れ戻して天界への扉を開けた以降は他の天使も人間界へ随時派遣する計画になってるって」
「絶対天界に戻らないからね! よし、あの魔王の所に行ってガブリエルが来たら絶対に撃退してもらうよう頼みに行くよ!」
「……普通、魔族の王に熾天使の撃退を神が頼むなんて前代未聞なんだけど」
「ほら、叔父さん達行くよ!」


 早く早くと急かされジューリアとヴィルは仕方なく魔王が滞在している宿へ行くことに。途中、ケイティに出掛ける旨を伝え昼までには戻ると告げて出発した。

 宿に到着し、魔王がいる部屋の扉を叩いたらいてくれて。どうしたの? と目を丸くした魔王に事情を説明しようとジューリアが口を開く前にヨハネスが魔王に迫った。


「ねえ! 絶対の絶対にガブリエルを撃退してね! 僕天界に戻りたくないの!」
「え? えーっと……何かあったの?」


 ヨハネスを引っ込ませたヴィルが部屋に入り込み椅子に座り、呆れ果てた表情で悪魔狩りの再追試がヨハネスの知らないところで決まったと語った。困ったように笑う魔王は三人が来た理由を察してジューリアとヨハネスを部屋に入れた。


「あれ? でも確か、今は天界への扉って閉まっている筈じゃ」
「ガブリエルがヨハネスを連れ戻すまでは今人間界にいる天使に再追試をさせて、他はヨハネスを天界へ連れ戻したら随時派遣予定」
「そうなんだ。一応、リゼルくんに連絡しておいた方がいいかな。今人間界にいる天使はどれくらいいるか分かる?」
「ざっと二百はいるんじゃない?」
「そうかあ……うーん……念のために報せておくか」


 二百が少ないのか多いのかジューリアに判断は無理で、ヨハネスに訊くと少ない方だと返された。


「ところでビアンカさんは?」
「外に出ているよ。ずっと部屋にいても退屈だろうから、トラブルを起こさないなら出てもいいよと出したんだ」


 ブティックで購入したドレスに若干不満そうではあったが文句を言わず黙々と着ていたと教えられ、取り敢えず安堵した。


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