砂糖漬けの日々~元侯爵令嬢は第二王子に溺愛されてます~

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7 ティアラ

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 アクアディーネ侯爵邸の一室。小花が散りばめられた壁紙、ピンク色のベッドやソファー、可愛いぬいぐるみや小物が置かれた女の子らしい部屋で、机に向かってペンを走らせる赤みがかった銀髪の少女がいた。
  

「出来た」
  

 少女の名はティアラ=アクアディーネ。エウフェミアの異母妹。日課である日記を書き終えると日記帳に鍵をかけ、引出に仕舞った。椅子から下りて、ソファーに座った。
  

「もうすぐ夜会ね。……会えたら良いな、お義姉様」
  

 ティアラは生まれてから侯爵家に引き取られるまでずっと平民として暮らしていた。いつも笑顔を絶やさず、ティアラを温かく包み込んでくれた母と優しい父に囲まれて育った。父は魔界の偉い人と母がよく言っていたが、幼いティアラではまだ意味を理解出来なかった。
  
 ただ、平民の割に非常に整った容姿をしているのはどうしてかと思った。悪魔は魔力量が多ければ多い程容姿が美しくなる。稀に平民でも非常に見目が整った悪魔がいると聞かされ、そうなのかと納得した。
 ティアラが9歳になった時、生活は一変した。平民だと思っていた父が実は侯爵家の当主だと聞かれた。『五大公爵家』には及ばなくても、魔界では力のある高位貴族。今まで黙っていた事と不自由な生活を強いた事を謝罪されたが、ティアラは不自由な思いをしたと感じた事は一度もない。母も同じ。父曰く、正妻が亡くなったのを機に2人を正式にアクアディーネ家で引き取りたい。魔界では人間界のように喪に服してから、という決まりはない。正妻が亡くなってもすぐに新しい妻を娶る事が可能だ。
 父には正妻との間に娘が1人いると聞かされ、ティアラは姉が出来ると知って喜んだ。不安と期待を抱いてアクアディーネ侯爵邸を訪れた。
 父に紹介された異母姉はティアラの1歳上。
 初めて見た姉の姿に感動した。
 魔界では珍しい純金の髪は悪魔が忌み嫌う天使のように美しく、海の底を思わせる深い青は姉の聡明さを表していた。姉は綺麗なカーテシーをティアラと義母に披露し、エウフェミアと名乗った。貴族の礼を知らないティアラはカチコチに固まりながらも自己紹介をした。
  
 ティアラと名乗ると、エウフェミアは「よろしくお願いします。ライラ様、ティアラ様」と返してくれた。鈴の音を転がした見た目通りの声は、ティアラの中の姉への期待をより一層高まらせた。
  
 仲良く出来るか不安だった気持ちはすぐに消えた。ずっと平民として暮らしてきたティアラも貴族の仲間入りとなったのだから、当然令嬢としての教育が待ち受けていた。文字の読み書きはある程度しか出来なかったので最初は家庭教師の質問や与える問題が解けなかった。
 ティアラはエウフェミアに頼った。エウフェミアにとって自分はあまり良い印象は持たれていないと思いながら。母が亡くなってすぐ別の女性とその娘を家族として迎え入れると言われれば、自分は受け入れられるかどうか。不満も言わず、見せず、淡々と受け入れたエウフェミアに罪悪感を抱きながら、ティアラは彼女に頼るしかなかった。
 勉強を教えてほしいと訪れたティアラをエウフェミアは快く迎え入れてくれた。
  
 分からない所はティアラが分かるまで丁寧に教え、難しい文字はこうすれば覚えやすくなると教え、マナーレッスンは練習あるのみと何度も付き合ってくれた。
  
 ――そんなエウフェミアをティアラは慕い、もっと仲良くなりたいと願うのは当然だったのに父は許さなかった。
 ティアラがマナーレッスンやダンスレッスンの練習のし過ぎで筋肉痛になればエウフェミアが休憩させないからと叱り、家庭教師の出すテストの点数が悪ければエウフェミアの教え方が悪いからと叱り、更にはティアラが体調を崩せばエウフェミアがストレスになっていると頓珍漢な理由で叱る。
 何度ティアラが違うと庇っても、父のエウフェミアに向ける態度は硬化して悪くなる一方だった。
  
 段々表情から笑顔は消え、姿を現せば父に叱られるせいでエウフェミアは部屋から出なくなった。ティアラが庇えば庇うだけ、そう言わされていると勘違いする父。
  
 約1年後――途方にくれるティアラからエウフェミアを攫うように彼は現れ、父に有無を言わせず魔王城へ連れて帰った。
 魔王の息子で第2王子ヨハン。ティアラがアクアディーネ侯爵邸を訪れる前にエウフェミアとお茶会で知り合い、一目惚れしたので貰いに来たと当時語っていた。
  
  
「大好きなお義姉様が連れて行かれるなんて、とても嫌だったけど……あれで良かったのよね」
  
  
 ヨハンに連れて行かれてからエウフェミアとは一度も会えていない。
 何度か父に義姉に会いたいと願うも、苦い顔をされ、さり気無く違う話へと毎回誘導されるので諦め。それならばと手紙を書くが返事が来たことはない。
  
  
「……」
  
  
 きっと、ヨハンのせいだ。ヨハンが手紙をエウフェミアに届かない様仕向けているのだ。
 1年前の結婚式もアクアディーネ侯爵家だけ招待されなかった。父はエウフェミアがそう仕向けた、恥をかかされたと激怒していたが何故あれだけ嫌う娘の晴れ姿を見たいと思うのだろうか。
  
 両親は大好きだ。でも、大好きなエウフェミアに冷たくする父は好きになれない。母はエウフェミアとどう接したら良いか分からないまま会えなくなったのでどう思っているかよく分からない。只、時折一時的にでも勉強を教わった時の話をすると嬉しそうに聞いてくれた。
  
  
「はあ……」
  
  
 自分ではどうする事も出来ないのか。
 今度の夜会までに考えようとティアラはもう一度机に座り直した。
 会って話がしたい。魔王城での暮らしやヨハンとの生活を。
 会って知ってもらいたい。エウフェミアがいなくなってからは、何時か会えた時立派な令嬢になったのを見てほしくて勉強やマナーレッスンを頑張った。
 努力して、努力して――立派かどうかはエウフェミアに判断されないと分からないが、家庭教師から太鼓判を押された現在いまなら堂々と会えるかもしれない。
  
 エウフェミアに会いたい気持ちを胸に抱き、ティアラは家庭教師の課題を熟すのだった。
  
  
  
  
  
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