13 / 81
シェリとミルティー1
しおりを挟む(あら……?)
授業が始まる少し前に裏庭を出たシェリは教室近くまで来て目を見張った。太陽の光を浴びて、一層キラキラと輝く青みがかった銀色。壁に凭れてレーヴは誰かを待っていた。
(馬鹿ね……誰か、なんて分かり切ってるのに)
ミルティー以外誰がいる。
今教室にミルティーがいないから、ああやって外で待っているのだ。教室に戻らないといけないがレーヴと会わずに戻るのは無理だ。ああやって恋する人を待っている時に嫌いな相手が来たら、折角の高揚した気分は台無しとなる。王子としての教育で滅多に表情を崩さないレーヴの心をずっと穏やかにしていたい。
シェリはここは悪手だが、保健室に行こうと方向転換をした。
保険医に頭痛が治らないと弱っている振りをして、1時限目は休ませてもらおう。無遅刻無欠席でレーヴに関する事以外は大人しい上、オーンジュ公爵家の娘なら深く追及されずに済む。
最後にもう1度レーヴの姿を目にしたくて、バレないようにこっそり盗み見た。冷たい印象を受ける青みがかった銀糸も、王族にしか受け継がれない特殊な青い宝石眼も、ひたすら王族としての務めを果たそうと時間を削って努力し続けていた姿も――全てを引っ括めてレーヴ・クロイスという人に恋をしていた。
レーヴが王子じゃなくてもシェリは恋をした。
そして――失恋していた。
「……行きましょう」
これ以上いてレーヴに気付かれてはいけない。
そっと踵を返したシェリは、途中で廊下を右に曲がって階段を下りた。1階にある保健室に入室し、嘘の症状を告げてベッドを貸してもらった。
貴族が通う学院だけあって保健室のベッドの質は良く。ふかふかで温かい。洗剤も花の香りがしてリラックス出来る。
暫し横になって目を瞑っていると……
「すう……すう……」
シェリは眠ってしまった。
人間、眠くなくても心地好いベッドに横になると睡魔が押し寄せ眠ってしまう。規則正しい寝息を立てるシェリ。
――起床したのは数時間後。午前最後の授業が終わる間際に目覚めたシェリは驚いた。彼女が起きた気配を感じた保険医が顔を出した。
「オーンジュさんよく眠れた?」
「は、はい……すみません」
実際、体は何処も悪くないのに病人のベッドを占領してしまって……。
「いいのよ。きっと、知らない内に疲れが溜まっていたのね。オーンジュさんのような真面目な方は、自分が気付かない間にストレスを抱えるものなの」
「ストレス……」
「もうすぐ鐘も鳴るから、お昼になったら食堂でリラックス効果のあるハーブティーを飲むといいわ。そうね、カモミールやハイビスカス辺りがいいかしら。ハイビスカスは美容にも良いわよ!」
「ありがとう御座います、先生」
オススメのハーブティーを更に聞いた後、保健室を出たシェリは食堂へと向かった。何人か、同じクラスの子から視線を受けるもシェリより上の身分の子はいないので誰も声を掛けず。公爵家より上といえば、大公家か王家だけ。クロレンス王立学院の最高位は言わずもがなレーヴだ。次に公爵家の令息や令嬢。大公家の令息は去年卒業したので今年はいない。
保険医の言った通り、シェリは自身が知らない間にも多分のストレスを抱えてしまっていたらしい。今は気分がとてもスッキリとしていた。
食堂に着くと人の多さに一驚した。
お昼に訪れる事が無かったので無理もない。平民は先に空いている席を確保してからメニューを注文するが、貴族は注文してから席を探す。学院では皆平等だ。中には身分を笠に着て傲慢な態度を取る者もいるが、大抵は他の者から白けた目を向けられるのがオチだ。
シェリも料理を注文するべく列に並んだ。前にいた人がシェリに列を譲ろうとしてくれたが丁重に断った。
ビクビクと「す、すみません……」と謝られるのは気分が悪い。だが、母譲りの見た目は自分が思う以上に人の目を集めてしまう。幼いシェリを遺して亡くなった母を心の底から敬愛している。短い時間だったが母は溢れんばかりの愛情を注いでくれた。母の為にも、そして1人娘の自分を大事にしてくれる父の為にも、これ以上醜い部分は見せたくない。
漸くシェリの順番が回って来た。前は放課後にホットドックを頼んだ以来となる。流石に人の目が多くある今ホットドックは頼み難い。定番のAランチを選び、品の乗ったトレーを持った。
皆グループを作って思い思いの時間を過ごしていた。何処か、空いている席はないかと食堂をキョロキョロと見渡す。
出来れば1人で食べても気にされない場所がいいが生憎とシェリの要望が叶う席がない。テラスも一杯。仕方なく適当に空いている席にしようと足を浮かした時だ。
「あ、あのっ」
トレーを落とさなかったシェリは誰かに誉めてもらいたくなった。
きっと勇気を振り絞って声を掛けたのだろう。横を見ると、緊張した面持ちで自分を見る金色の瞳があった。
「よ、よろし、ければ、私と同席しませんか? オ……オーンジュ嬢!」
明日、レーヴとの婚約が正式に発表されるミルティー・ラビラントは途中何度か言葉を噛みつつシェリを誘った。
100
あなたにおすすめの小説
チョイス伯爵家のお嬢さま
cyaru
恋愛
チョイス伯爵家のご令嬢には迂闊に人に言えない加護があります。
ポンタ王国はその昔、精霊に愛されし加護の国と呼ばれておりましたがそれももう昔の話。
今では普通の王国ですが、伯爵家に生まれたご令嬢は数百年ぶりに加護持ちでした。
産まれた時は誰にも気が付かなかった【営んだ相手がタグとなって確認できる】トンデモナイ加護でした。
4歳で決まった侯爵令息との婚約は苦痛ばかり。
そんな時、令嬢の言葉が引き金になって令嬢の両親である伯爵夫妻は離婚。
婚約も解消となってしまいます。
元伯爵夫人は娘を連れて実家のある領地に引きこもりました。
5年後、王太子殿下の側近となった元婚約者の侯爵令息は視察に来た伯爵領でご令嬢とと再会します。
さて・・・どうなる?
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。
欲深い聖女のなれの果ては
あねもね
恋愛
ヴィオレーヌ・ランバルト公爵令嬢は婚約者の第二王子のアルバートと愛し合っていた。
その彼が王位第一継承者の座を得るために、探し出された聖女を伴って魔王討伐に出ると言う。
しかし王宮で準備期間中に聖女と惹かれ合い、恋仲になった様子を目撃してしまう。
これまで傍観していたヴィオレーヌは動くことを決意する。
※2022年3月31日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。
だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。
異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。
失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。
けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。
愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。
他サイト様でも公開しております。
イラスト 灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる