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ミルティーの宣言1

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 ――婚約解消の話は今日行われる。
 昨日のレーヴの豹変。
 朝目が覚めて、実は悪夢だったという安心するオチだったら良かったのに。
 現実はどこまでも残酷だった。
 レーヴやアデリッサとも教室が違うシェリは、自分の在籍する教室に見せ付けるように仲睦まじくしている2人を見て心が痛んだ。昨日は沢山泣いた。泣いて、父に本気で婚約解消を頼んでも……長年の片思いは消えない。唯一違うのは、ミルティーと結ばれるようにと祝福を抱いた気持ちはなく、全て疑問に埋め尽くされていた。
 ずっと存在自体を認識しているか疑わしかったアデリッサと恋仲よろしくの姿を披露するレーヴに不審な点は無い。
 けれど、それは言い換えれば彼が正気であるという悲しい事実でもある。
 幸い二人の目にシェリは映らなかったようで、気付かれない内にと教室に入らず、静か図書室へ逃げた。
 続きが気になっていた本が返却されているかの確認をする余裕が無い。
 窓側の席にシェリが座るとタイミング良く声がかかった。
 
 
「あ、あの、オーンジュ様っ」
 
 
 緊張した声でやって来たのはミルティーだった。ぼんやりとした眼で視線をやると、顔を苦しげに歪め同席を求められた。拒否する気持ちもないので受け入れた。隣に座ったミルティーは控え目に話を切り出した。
 
 
「昨日の殿下ですが……」
 
 
 彼女から出される話題は絶対に昨日のレーヴの件だとは覚悟していた。心に刻まれた痛みがまた動き出すも、シェリは平静を装う。
 
 
「私……私! 絶対可笑しいと思います!」
「……そうね。殿下は今までアデリッサの事なんて眼中になかったのに」
 
 
 ずっとミルティーが好きなのだと思っていた。
 だから、嫌われている自分より、思いを寄せる女性と結ばれた方がレーヴも幸せになれると信じ、父に婚約解消の話を持ち出した。
 それがどうだ。
 ミルティーに思いを寄せていたヴェルデの恋心を踏み躙った挙句、実はレーヴはミルティーではなくアデリッサと水面下で仲を深めていた。今になって関係を表に出した経緯は知らない、知りたくもない。ミルティーにも悪いことをしてしまった。とんだ勘違いに巻き込んでしまったのだから。ヴェルデには更なる罪悪感を抱いた。
 
 
「ミルティーさんやヴェルデ様には、悪いことをしてしまったわ……」
「私とヴェルデ様……? オーンジュ様には何も」
 
 
 ここでもう、事実を全て暴露して……それから、それから、勘違いばかりの馬鹿女だと嘲笑ってほしい。
 シェリは全て話した。
 最初にレーヴとミルティーの婚約が浮上した理由を、何故そうしたのかという理由を。正直に話した。
 語り終えるとミルティーはショックを受けた、傷付いた表情になっていた。勝手な思い込みで無関係な二人を巻き込んでしまった自分が嫌になる。
 ミルティーが口を開いた。
 誰に対しても思いやりを忘れない彼女からどんな罵倒が飛んでくるかと覚悟した。
 
 
「オーンジュ様……私……ずっとオーンジュ様に感謝していました」
「……え」
 
 
 開口1番発せられたのは予想外な台詞だった。
 
 
「ラビラント家の人達は皆良い人です。貴族の生活に馴染めない私の為に色んなことを教えてくださいました。でも学院は違います。まだまだ淑女として未熟な私を嗤う人は沢山いました」
 
 
 平民生活が長かったのだから、生まれた時から貴族令嬢としてあれと育てられた他とは違って当然。悔しげに手を握り締め、失敗し嘲笑されても手を差し伸べて助けてくれる人はいなかったと語られた。
 ――シェリ以外。
 
 
「オーンジュ様に注意をされても、私は嫌な気持ちがなかったんです」
「自分で言うのも何だけど、結構言い方がきつかった記憶があるわ」
「はい。でも、言葉の中に確かな気遣いがありました。それに他の方のような人を見下す嫌な気持ちがオーンジュ様には全く感じられませんでした」
「……」
「1度注意されたことをまた別の日にやらかしてもオーンジュ様は呆れもせず指摘してくださいましたよね。自分では気を付けていても、やっぱり他の人の目から見た私はまだまだだと思い知りました」
 
 
 慣れない内は何度も失敗してしまうもの。2度も繰り返すなと家庭教師からお叱りを受けたシェリにしたら、反抗心も持たず真っ直ぐに励み続けるミルティーの強さが羨ましい。
 ミルティーを何度も注意したのはレーヴに好かれている彼女に嫉妬していたから。見るに耐えない振る舞いは貴族として生きていくには不要で、彼女を養女として迎え入れたラビラント伯爵家にとっても同じ。他の令嬢達は小馬鹿にするだけでまともな指摘をする者は皆無だった。上に立つ者になるならば、正しい振る舞いを見本として見せるのは当然で、出来ていないのなら指導するのも必要。ただ嗤うだけで何もしようとしない無能は要らない。
 
 【聖女】の証である黄金色の瞳には純粋さしかない。見ているだけで心が清められる。ミルティーはシェリの手を包むように両手で握った。
 
 
「私は伯爵令嬢としても【聖女】としてもまだまだ未熟です。いきなりどちらも一人前になる器用さは私にはありません。だけど、その、オーンジュ様には待っていてほしいのです」
「待つとは……?」
「その……殿下のことです。昨日の殿下は明らかに可笑しかったです。私が原因を必ず突き止めます。ですから、諦めないでほしいんです!」

 
 
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