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ミエーレの誘惑1

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 放課後の図書室で向かい合って座るシェリとミエーレ。ヴェルデとミルティーもいる。
 ここ最近のレ―ヴの変貌振りの説明をミエーレから受け、処理しきれる情報じゃないとシェリは痛む頭に手を当てた。


「要は、アデリッサがミエーレ顔負けの高等魔法で殿下の心を操ってるってこと?」
「厳密に言えば、シェリへの好意を自分に向けさせたってこと。まあ、アデリッサ本人は魅了魔法と勘違いしてるから、操ってると言えば操ってる」


 レ―ヴを好きな気持ちはお互い本物。好かれていなかったのも同じ。
 シェリとアデリッサの唯一の違いは、婚約者であるかないか。嫌われていようとレ―ヴの婚約者という立場だけがシェリ唯一の拠り所だった。
 今までのレ―ヴの態度から、何処をどう見てシェリへの好意があったか甚だ疑問であるがミエーレは魔法に関しては偽りは申さない。


「ミエーレ。わたしはあなたの観察眼を疑ったことはない。……でも、今回の件にだけ言えば信じられない」
「まあね」


 長年のレ―ヴからの扱いを知るから、ミエーレも否定はしない。
「あの」と恐る恐るとミルティーが声を発した。


「ナイジェル様が殿下にかけた魔法は、私では解除出来ないのでしょうか……?」
「無理」と一蹴され、見るからに凹んだ。ヴェルデが苦笑交じりに説明をした。


「先程、ミエーレが言ったように強制的に相手の心を魅了し操る魅了魔法とは違い、元から存在する好意の方向を変えた転換の魔法は解除方法がないのです。魅了魔法だったら、ミルティーの【聖女】の力で解除出来ましたが」
「でもま、仮に魅了魔法だとしても、まだまだポンコツな君じゃどの道解除は出来なかったよ」


 ミルティー自身が一番気にしている【聖女】の魔法の痛い部分を容赦なく指摘され、頭上に巨大岩石が直撃し撃沈した。【聖女】の力に目覚めたばかりでまだまだ特訓が必要なのは本人が誰よりも理解している。
 が、やはり他人、それもヴァンシュタイン家始まって以来の天才からの指摘は堪えたみたいだ。
 悪気のないミエーレの直球の言葉は時に人をどん底へ叩き落すと長年の付き合いから身を以て経験しているシェリが鋭い声で注意をした。
 レ―ヴの異変の原因がアデリッサの魔法のせいだと知って一安心出来るかと思いきや、全くだ。好意を抱かれていて嬉しい反面、いつか自分に向けられていた筈の蕩けるような相好も仲睦まじく腕を組んで歩く光景を他の女性で見せ付けられてしまうと……。
 レ―ヴは悪くない。魔法によって好意を向ける対象を変えられただけだと言い聞かせるが心中穏やかになってくれない。


「シェリ」


 複雑極まるシェリの内心を読んだかのようなタイミングで真面目な声で呼んできた。


「どうする? 殿下をこのままにしていいの?」
「転換の魔法に解除方法はないわ……。それに、どうせもう、わたしと殿下の婚約は解消されたもの。アデリッサとそのまま婚約なりなんなりしたらいいわ」
「オーンジュ様……」ミルティーに痛ましげに紡がれ、自嘲気味な笑みを浮かべた。

「これがわたしの罰なのよ……」
「ですがっ」
「解除方法がないからじゃない、殿下とアデリッサが結ばれても問題はないの。ナイジェル家は公爵だしね」
「陛下は既にご存知なのですよね?」


 会話の途中、転換の魔法が使用されている事実を知るのは国王と王太子、ヴァンシュタイン公爵とナイジェル公爵、更にオーンジュ公爵と説明を受けた。


 ヴェルデは「アデリッサ様といると言えど、問題行動を起こしている訳じゃありませんから」と言う。
 婚約解消は既に実行済。レ―ヴとアデリッサが婚約しても後ろめたいことはない。
 高等魔法を駆使する才能はアデリッサにはなく、彼女の従者が魔法に長けていると耳にしたヴェルデが今密かに情報収集している最中。取り巻きから奪った従者らしく、先ずは被害に遭った令嬢から詳しい事情を聴く必要がある。


「こう言ってはなんだけど……」


 人の心の声さえ盗み見えるミエーレが得た情報。アデリッサが魅了魔法と勘違いしているのは、抑々従者に命じたのが魅了魔法だから。実際に発動されたのが転換の魔法だったのを見ると、恐らく態と使用する魔法を変えたのだと推測される。


「魅了魔法は王国で禁止されている魔法だ。いくら命令されたとは言えど、使用するだけで重罪だ。転換の魔法を使ったのは、露見した時罪が軽くなるようにってとこかな」
「だけど、魅了と違って転換は殿下が好意を抱く相手がいないと成立しないでしょう? 従者は……その……」


 口ごもるシェリは言葉にしようとすると恥かしくて出せなかった。レ―ヴがシェリを好きだったと。レ―ヴの本心を見抜いてないと使えない。一か八かの賭けに従者が乗った可能性も否定出来ない。


「兎に角、ちょっとの間は情報収集が先だね。ヴェルデがしてくれるんでしょう?」
「ええ」
「その間、おれ達は殿下とアデリッサを観察していよう」
「悪趣味ね」


 笑うヴェルデとミエーレに釣られ、シェリとミルティーも笑みを零す。


(……本当に、解除方法はないのかしら)


 あの時、他人行儀に振舞ったシェリに傷付いた相貌を見せたレ―ヴ。元々あったシェリへの好意。シェリに冷たい態度を取られ、動揺したのなら、突破口を開けるのではないかと淡い期待を抱いてしまう。


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