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いつか、どちらを選んでも①

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「元気ー?」
「……」


 能天気な声をかけてきた相手に反応する気力も頭も用意する気がない。薄く、脱がせやすいネグリジェを着せられ毎日精神異常を起こした男性の相手をさせられているアデリッサ。用意された部屋で時間になったら男性の精神ケアをしなければならないアデリッサの部屋は、生涯幽閉となった罪人にしたら非常に豪華な部屋だ。衣食住に何ら困ることもなく、毎月決まった額だけ好きな物を買える。
 声をかけた相手――ミエーレはつまらなさそうに表情に笑みを消した。


「感謝しなよ? 本来なら、王族の殺害未遂と精神異常を引き起こした君は処刑一直線だったんだ。ナイジェル公爵はクロレンス王国にとって重要な人なんだ。その公爵が愛する娘を処刑されたとあっては気の毒だから……生きていてくれたらいい、と陛下に頭を下げて涙を流した公爵に報いるよう、君も頑張らないとね」
「……いよ」
「うん?」
「殺しなさいよ……わたくしを……今すぐ殺しなさいよ……!」


 アデリッサは正気を決して失わない。
 気が触れることも、堕ちることも許されない。
 常に正気なままでいさせられる。
 ミエーレの魔法によって。



「毎日毎日気持ちの悪い男に抱かれる日々なんてもううんざりよ! これなら、処刑された方が遥かにマシだった!」
「だろうねえ。でもそれが? これが君の刑なんだ。嫌だろうがなんだろうが君が拒否する権利はない」


 アデリッサの待遇は破格だ。最高級娼館の頂点に座する娼婦と比べても引けを取らない。此処と娼館どちらがいいかと問われれば、客に気に入られると身請けされ外に出られる娼館の方がマシと答える者もいるだろう。最高級娼館は身請けする側も厳正な身辺調査がされ、買われていった娼婦達が後日酷いことになったという報告は極めて少ない。
 アデリッサに男を拒否する権利はない。アデリッサはレーヴに掛けられたあの魔法が“転換の魔法”とは知らない。罪の意識を忘れさせないよう“魅了の魔法”と偽り続けている。第2王子に魔法をかけ、危害を加えようとした。
 更に個人的な感情で言うとシェリに大怪我を負わせた。レーヴが助けても間に合わず、大怪我を負って数日眠っていたままだった。


「ほらアデリッサ。次の患者さんが来たよ。頑張って」
「っ~……!」


 騎士が男を連れて来た。顔は真っ白、頬は痩せこけ、目だけが異様に大きい。扇情的な姿のアデリッサを目にした途端目の色を変えた。興奮したように息を荒げ、大股で床に座っていたアデリッサをベッドに投げた。


「嫌よ!! 嫌あああああぁ!! ミエーレ様助けて!! お願いよ、ミエーレ様シェリが好きなんでしょう!? なんだったら、シェリの好きなことわたくし知って……」


 男に覆い被せられ、ネグリジェを破かれたアデリッサが泣き叫ぶ。
 ミエーレは大きな欠伸をすると騎士に「おれ帰るね~。報告は父上にしといて」と告げて部屋を出た。


「ミエーレ様! ミエーレ様ぁ!! っ、嫌ああああぁぁぁ!!! 来ないでよおおおぉ!!!!」


 扉が閉められてもアデリッサの絶叫が途切れることはなかった。


「ふわあ……態々アデリッサに言われなくてもシェリの好きなことは知ってるよ」


 伊達に昔馴染みはしていない。
 王家の番犬はこういった汚れ仕事も熟す。忠臣と名高いラビラント伯爵が何度かラビラント家も手を貸そうと言ってくれるがお断りだ。ヴァンシュタイン家の領域に足を踏み入れるのは許さない。たとえ、汚れ仕事ばかりヴァンシュタイン家が担っているのを苦い気持ちを抱いている伯爵の良心からの提案でも。
 ヴァンシュタイン家の者は大体ロクでなしが多い。ミエーレだってそう。
 レーヴに本気で嫌われたと落ち込むシェリに付け入るようにレーヴの前で仲を見せ付けた。“転換の魔法”を使われて心の向きを変えられただけと知っていたのに。

 そのお陰か、災いか、レーヴは段々とアデリッサから離れた。好意はシェリにあった。なら、元から好いていたシェリに冷たくされ、更に違う相手が現れると心の根本は揺らぐ。“転換の魔法”に解除方法がないとされていたのは、元から向けられていた好意対象者は始末されていたからだろう。新たに好意を向けられた相手の邪魔にならないように。それならば、幾ら解除方法を探しても見つからない。元の想い人が死ねば、変えられた心の向きは永遠にそのままとなる。
 “魅了の魔法”とはまた違う、恐ろしい精神操作の魔法だ。


「昼からだけど、学院に行こうっと」


 シェリに会って確認しないと――。

 レーヴとやり直すのか、それとも……



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