思い込み、勘違いも、程々に。

文字の大きさ
5 / 104

分かれば苦労はしない

しおりを挟む
 


「あのっ、お姉様」


 エルミナが何故か、祈るように両手を握って私を見つめた。


「歓迎会が終わったら、一緒に帰りませんか?」
「ごめんなさい。今日は最後までいるつもりはないの。終わったら、教会に行こうと思って」
「そうですか……」


 しゅんっと落ち込む姿に申し訳なさを抱くが教会には行きたい。明日からは、タイミングが合えば一緒に帰ろうと約束したら、満開の笑顔を見せてくれた。エルミナの笑顔には人の心を穏やかにさせる不思議な力がある。自分1人、除け者になったと塞ぎ込んだ時期もあった。けれど、異母姉妹だと知っても変わらず慕ってくれるエルミナを不幸にしたくない。
 教会に行けば、あの方がいる。正直『予知夢』通り、私が絶対にエルミナを虐げないと断言したいところだが、人間何時豹変するか不明な生き物だ。ずっと優しかった人が凶悪になり暴れる事例もあるとか。怖い怖い。

 最も大事なのは、エルミナとリアン様をどう引き合わせるかだ。
 私とリアン様にあまり接点はない。3年間クラスは同じになったが話す機会は無かった。意識的にリアン様を避けていたのもある。まあ、向こうは私のことなど一欠片も意識したことなどない。挨拶程度しか言葉を交わさない他人を意識する人はまずいない。
 リアン様と挨拶をするだけで私は幸せだ。秒で終わる一瞬の世界が幸福を齎してくれるから。

 折角の歓迎会、楽しまないと勿体ない。飲み物が置いてあるテーブルが近く、2人の好きな飲み物を選んだ。


「アウテリート様、エルミナ。頂きましょう」
「はい! お姉様」
「ありがとうフィオーレ」


 2人にグラスを渡し、自分もとレモンスライスが入ったグラスを選んだ。グラスを持ち上げ、2人に振り向いた直後体に衝撃を受けた。転びそうになったのを踏ん張ったものの、足に余計な力を入れ若干痛みが走った。持っていたグラスも前へ突き飛ばされたせいで飲み物が飛んでしまい。……気付かない間に私の前にいたアクアリーナ様に掛かってしまった。


「なんてこと! 私の制服にジュースを掛けるなんて!」


 大きな声で非難の声を上げられ、周囲の目が一斉に私達に注がれた。私にぶつかった取り巻きらしき女子生徒が顔を青く染めてアクアリーナ様に駆け寄った。


「も、申し訳ありませんアクアリーナ様! フィオーレ様は、私がジュースを取りたいと知っていたのに退いてくれなくて……」
「言いがかりは止めてくれませんか? ドロシー様」
「なっ!」


 私がグラスを選んでいる最中、近くにいたのはアウテリート様とエルミナだけ。恐らくだが2人は前後を挟み、グラスを取ったのを狙ったドロシー様が私を突き飛ばし、その弾みで中身がぶち撒けたジュースを近付いたアクアリーナ様が自分から掛かったのだ。顔を赤くして反論するドロシー様を黙らせたのは「見苦しいわ」と一刀したアウテリート様。


「全部見ていたわよ。あなた達の寒い三文芝居。大根役者でも、まだマシな演技をするのではなくて?」
「何よ、他国の令嬢如きが伯爵家と侯爵家の令嬢に向かって……!」
「お馬鹿!! グランレオド様は隣国の公爵家のご令嬢よ!? それに、隣国の先王妃様を大伯母に持つ……!!」
「え……」


 え……はこちらの台詞だ。同学年なら知っていて当たり前の情報をどうして彼女は知らない。プライドは人一倍高いアクアリーナ様でも、アウテリート様と敵対するのは不利だと悟って入学当初から避けていたのに。顔色を消したドロシー様、そして首謀者らしきアクアリーナ様は周囲の目の色が自分達に対し悪い物だと認識し、そそくさと会場を退場した。
 隣に来たアウテリート様から憐れみの視線をもらった。


「……ずーっと聞きたかったのだけれど、フィオーレ、あなた目を付けられた心当たりは本当にないの?」
「あれば苦労はしません……」


 本当に? と再度訊ねられるもないものはない。入学当初からアクアリーナ様は私に突っかかる。ノーラント家とエーデルシュタイン家うちは因縁も関わりもない間柄。1年生の頃、何気なくお父様やお義母様に聞いてもノーラント家の人と深く関わったことはないと言う。

 アクアリーナ様の行動は謎極まる。


「…………あの人、わたしのお姉様になんて無礼な……」
「うん? どうしたの、エルミナ」
「! いいえ、なんでもありませんわ!」


 その場を動かないでいたエルミナが何か言っていたような気もしたが、本人が何でもないと言うのなら気にしないでおこう。
 未だ、幾つかの目がこちらに向いている。若干の居心地の悪さを感じていると心臓が急停止しそうな出来事が起きた。
「災難だったな、アウテリート嬢、フィオーレ嬢」と気さくに話し掛けてくれたのは王太子殿下。……すぐ後ろにリアン様がいる。


「ええ。全くですわ」


 リアン様……リアン様がいる……っ!
 目を見たら恥ずかしさと緊張が天辺まで達して私は正気ではいられない。絶対に目を合わせないように王太子殿下にこうべを垂れようとすると手で制された。


「今は新入生歓迎会。堅苦しいのは無しでいこう」
「まあ殿下。どんな時でも礼儀は大事ですわ」
「そう言うな。学生時代でしか、気軽には出来ないんだ。リアンもそう思わないか?」
「俺はどっちでも」


 低く、色っぽい声色を聴覚は決して逃さなかった。耳から脳へ、脳から全身へ巡って嘗てない心地良さを走らせる。ダメ、私はリアン様の声をまともに聞けないとたった今知った。早々にこの場を去らないと。


「アウテリート様。私はそろそろお暇しますわ」
「あら、もう行くの? よろしく言っておいてね」
「勿論ですわ。王太子殿下、ロードクロサイト様、失礼します」


 私は最後にエルミナに向いた。


「歓迎会が終わったら真っ直ぐに屋敷に帰るのよ?」
「もう、お姉様までわたしを子供扱いしますの? お父様も出発直前までそうでしたのよ」
「エルミナを心配してるからよ」


 拗ねたように頬を膨らませるから、指で押すと空気が萎んで平になった。面白くてモチモチ肌を堪能し、怒られて離した。アウテリート様にエルミナを任せ、会場を出て教室へ向かった
 ……会場を出た直度、今日1番の強烈な視線を感じた。咄嗟に後ろを見ても、誰も私を見ていない。


「……気のしすぎ、なのかな……」


 不安を抱えたまま教室に戻って鞄を持ち、そのまま学院内を出た。今日は教会に寄って帰るからと敢えて迎えの馬車は断っていた。
 誰かに見られているなんて……でも後ろを見ても誰も私を見ていない。気のせいにしては、やはり回数が多い。特に最後、会場を出た瞬間の視線は痛いと感じる程だった。あの方に相談しよう。不思議とあの方に悩み事を相談すると驚くくらいに効果が現れる。
 何より、慈愛に満ちた相貌は見るだけで救われる。


「早く行きましょう」



しおりを挟む
感想 198

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様

恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。 不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、 伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。 感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、 ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。 「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」 足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。 「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」 一度凍りついた心は、二度と溶けない。 後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、 終わりのない贖罪の記録。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

行動あるのみです!

恋愛
※一部タイトル修正しました。 シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。 自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。 これが実は勘違いだと、シェリは知らない。

王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?

ねーさん
恋愛
 公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。  なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。    王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!

処理中です...