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分かれば苦労はしない
しおりを挟む「あのっ、お姉様」
エルミナが何故か、祈るように両手を握って私を見つめた。
「歓迎会が終わったら、一緒に帰りませんか?」
「ごめんなさい。今日は最後までいるつもりはないの。終わったら、教会に行こうと思って」
「そうですか……」
しゅんっと落ち込む姿に申し訳なさを抱くが教会には行きたい。明日からは、タイミングが合えば一緒に帰ろうと約束したら、満開の笑顔を見せてくれた。エルミナの笑顔には人の心を穏やかにさせる不思議な力がある。自分1人、除け者になったと塞ぎ込んだ時期もあった。けれど、異母姉妹だと知っても変わらず慕ってくれるエルミナを不幸にしたくない。
教会に行けば、あの方がいる。正直『予知夢』通り、私が絶対にエルミナを虐げないと断言したいところだが、人間何時豹変するか不明な生き物だ。ずっと優しかった人が凶悪になり暴れる事例もあるとか。怖い怖い。
最も大事なのは、エルミナとリアン様をどう引き合わせるかだ。
私とリアン様にあまり接点はない。3年間クラスは同じになったが話す機会は無かった。意識的にリアン様を避けていたのもある。まあ、向こうは私のことなど一欠片も意識したことなどない。挨拶程度しか言葉を交わさない他人を意識する人はまずいない。
リアン様と挨拶をするだけで私は幸せだ。秒で終わる一瞬の世界が幸福を齎してくれるから。
折角の歓迎会、楽しまないと勿体ない。飲み物が置いてあるテーブルが近く、2人の好きな飲み物を選んだ。
「アウテリート様、エルミナ。頂きましょう」
「はい! お姉様」
「ありがとうフィオーレ」
2人にグラスを渡し、自分もとレモンスライスが入ったグラスを選んだ。グラスを持ち上げ、2人に振り向いた直後体に衝撃を受けた。転びそうになったのを踏ん張ったものの、足に余計な力を入れ若干痛みが走った。持っていたグラスも前へ突き飛ばされたせいで飲み物が飛んでしまい。……気付かない間に私の前にいたアクアリーナ様に掛かってしまった。
「なんてこと! 私の制服にジュースを掛けるなんて!」
大きな声で非難の声を上げられ、周囲の目が一斉に私達に注がれた。私にぶつかった取り巻きらしき女子生徒が顔を青く染めてアクアリーナ様に駆け寄った。
「も、申し訳ありませんアクアリーナ様! フィオーレ様は、私がジュースを取りたいと知っていたのに退いてくれなくて……」
「言いがかりは止めてくれませんか? ドロシー様」
「なっ!」
私がグラスを選んでいる最中、近くにいたのはアウテリート様とエルミナだけ。恐らくだが2人は前後を挟み、グラスを取ったのを狙ったドロシー様が私を突き飛ばし、その弾みで中身がぶち撒けたジュースを近付いたアクアリーナ様が自分から掛かったのだ。顔を赤くして反論するドロシー様を黙らせたのは「見苦しいわ」と一刀したアウテリート様。
「全部見ていたわよ。あなた達の寒い三文芝居。大根役者でも、まだマシな演技をするのではなくて?」
「何よ、他国の令嬢如きが伯爵家と侯爵家の令嬢に向かって……!」
「お馬鹿!! グランレオド様は隣国の公爵家のご令嬢よ!? それに、隣国の先王妃様を大伯母に持つ……!!」
「え……」
え……はこちらの台詞だ。同学年なら知っていて当たり前の情報をどうして彼女は知らない。プライドは人一倍高いアクアリーナ様でも、アウテリート様と敵対するのは不利だと悟って入学当初から避けていたのに。顔色を消したドロシー様、そして首謀者らしきアクアリーナ様は周囲の目の色が自分達に対し悪い物だと認識し、そそくさと会場を退場した。
隣に来たアウテリート様から憐れみの視線をもらった。
「……ずーっと聞きたかったのだけれど、フィオーレ、あなた目を付けられた心当たりは本当にないの?」
「あれば苦労はしません……」
本当に? と再度訊ねられるもないものはない。入学当初からアクアリーナ様は私に突っかかる。ノーラント家とエーデルシュタイン家は因縁も関わりもない間柄。1年生の頃、何気なくお父様やお義母様に聞いてもノーラント家の人と深く関わったことはないと言う。
アクアリーナ様の行動は謎極まる。
「…………あの人、わたしのお姉様になんて無礼な……」
「うん? どうしたの、エルミナ」
「! いいえ、なんでもありませんわ!」
その場を動かないでいたエルミナが何か言っていたような気もしたが、本人が何でもないと言うのなら気にしないでおこう。
未だ、幾つかの目がこちらに向いている。若干の居心地の悪さを感じていると心臓が急停止しそうな出来事が起きた。
「災難だったな、アウテリート嬢、フィオーレ嬢」と気さくに話し掛けてくれたのは王太子殿下。……すぐ後ろにリアン様がいる。
「ええ。全くですわ」
リアン様……リアン様がいる……っ!
目を見たら恥ずかしさと緊張が天辺まで達して私は正気ではいられない。絶対に目を合わせないように王太子殿下に頭を垂れようとすると手で制された。
「今は新入生歓迎会。堅苦しいのは無しでいこう」
「まあ殿下。どんな時でも礼儀は大事ですわ」
「そう言うな。学生時代でしか、気軽には出来ないんだ。リアンもそう思わないか?」
「俺はどっちでも」
低く、色っぽい声色を聴覚は決して逃さなかった。耳から脳へ、脳から全身へ巡って嘗てない心地良さを走らせる。ダメ、私はリアン様の声をまともに聞けないとたった今知った。早々にこの場を去らないと。
「アウテリート様。私はそろそろお暇しますわ」
「あら、もう行くの? よろしく言っておいてね」
「勿論ですわ。王太子殿下、ロードクロサイト様、失礼します」
私は最後にエルミナに向いた。
「歓迎会が終わったら真っ直ぐに屋敷に帰るのよ?」
「もう、お姉様までわたしを子供扱いしますの? お父様も出発直前までそうでしたのよ」
「エルミナを心配してるからよ」
拗ねたように頬を膨らませるから、指で押すと空気が萎んで平になった。面白くてモチモチ肌を堪能し、怒られて離した。アウテリート様にエルミナを任せ、会場を出て教室へ向かった
……会場を出た直度、今日1番の強烈な視線を感じた。咄嗟に後ろを見ても、誰も私を見ていない。
「……気のしすぎ、なのかな……」
不安を抱えたまま教室に戻って鞄を持ち、そのまま学院内を出た。今日は教会に寄って帰るからと敢えて迎えの馬車は断っていた。
誰かに見られているなんて……でも後ろを見ても誰も私を見ていない。気のせいにしては、やはり回数が多い。特に最後、会場を出た瞬間の視線は痛いと感じる程だった。あの方に相談しよう。不思議とあの方に悩み事を相談すると驚くくらいに効果が現れる。
何より、慈愛に満ちた相貌は見るだけで救われる。
「早く行きましょう」
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