思い込み、勘違いも、程々に。

文字の大きさ
30 / 104

側にいてほしくて〜リアン視点〜

しおりを挟む
 

 

 初めて彼女を見た光景を鮮明に覚えている。父や母に話すと大層驚かれた。無理もない。それは俺が1歳にも満たない赤ん坊の頃の出来事だったからだ。

 淡い黄色の粒子に包まれ、嬉しげに声を上げる真っ白な子。
 色艶やかな紫紺色の瞳は天井に描かれる女神に向けられ、小さな椛を必死に伸ばしていた。
 長い空色の髪、太陽を閉じ込めたような薄黄色の瞳の――この世ならざる雰囲気を纏った女性は赤子に告げた。


『貴女に……祝福を……』


 後にそれは滅多にない、隣国の女神が人間の願いを叶えた瞬間だと言う。


「……」
「……」


 無言が支配する室内。王太子であるアウムルが時々使用する休憩部屋にフィオーレを連れ、昼食を摂っているが会話がない。彼女から発せられる気まずさは俺のせいなのだろう。ちびちびとホットミルクの入ったマグカップを口に付けては飲むを繰り返していた。

 俺が覚えている夢の赤子と目の前に座るフィオーレは同一人物だ。
 幼少期に開かれたパーティーで彼女を見た時の衝撃は忘れられない。
 冬の晴れた青空のような髪色と色艶やかな紫紺色の瞳。髪の色までは覚えてなくても、フィオーレの瞳の色だけは忘れられなかった。
 父に話をした際、赤子がエーデルシュタイン伯爵家の長女フィオーレだと教えてくれた。丁度、隣国の教会で俺の祝福を授けてもらうべく両親も足を運んた時の出来事だったのだ。

 伯爵夫人と妹に向ける、コロコロと変わる愛らしい表情も。妹の我儘で困ったように笑う姿も。伯爵夫人に連れられ、各々の家の夫人や子供に挨拶をする姿も。
 そのどれもに目が離せなくなった。

 愛らしくて、可愛くて、ずっと側にいてほしい……。フィオーレを婚約者にと願ったが不可能だった。
 エーデルシュタイン伯爵家を継ぐのは、長子である彼女。
 俺もまた、ロードクロサイト公爵家を継ぐ。
 跡取り同士の婚約は無理だと両親は俺を諦めさせようと、他の婚約話を持ってくる。中にはフィオーレの妹エルミナ嬢もあった。妹と婚約してしまえばフィオーレに近付ける口実が増える。だが、それではエルミナ嬢に不義理な上、フィオーレにも失礼だ。かと言って、フィオーレを諦めて他家の令嬢とも嫌だった。
 王家からの打診もあったようだが、これについては父が初めから断った。
 現国王には王妃との子であるアウムルとは他に、王女が1人いる。身分の低い愛人に生ませた子でロードクロサイト公爵家の後ろ盾欲しさに打診してきているのだ。俺の母が王妃の姉である為、絶対にお断りであった。

 俺はフィオーレがいい。
 たった1度だけ……フィオーレと話した。と言っても、パーティーで顔を合わせた際の挨拶だが。


『初めましてリアン様。エーデルシュタイン家長女、フィオーレです』


 可憐な姿にピッタリな声と仕草。洗練された動作は見事なもので、伯爵夫人も誇らしげにフィオーレを見守っていた。次にエルミナ嬢が挨拶をするもフィオーレに夢中な俺は目に見えなかった。


 粘りに粘って、父にある条件を叩き付けて漸くフィオーレへの婚約の打診まで漕ぎつけた訳だが。……この2年、伯爵家からはずっと返事は保留にされている。
 何度かエルミナ嬢はと言われるも、エルミナ嬢がいいなら最初からフィオーレに求婚なんてしない。

 同じクラスなら、慌てなくても接触の機会はいくらでもあると高を括った俺も馬鹿だった。
 1年生、2年生と……フィオーレはすぐに教室から姿を消す。選択授業も絶対に同じにならなかった。更に俺自身がアウムルの手伝いも相俟って余計時間が割けなかった。

 気付くと既に最終学年……。伯爵家からは未だ返事が来ず。
 恐らくだがフィオーレは婚約の件は知らないのではと疑問を抱く。
 そうでなければ、俺に婚約者を早く見つけろ、などと言う筈がない。


「フィオーレ嬢は……」
「は……はいっ……」
「……」


 昨日の食堂でもそうだ。俺が話し掛けると声が上がり、緊張が高まる。


「……フィオーレ嬢は……婚約者はいないのか……?」




しおりを挟む
感想 198

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様

恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。 不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、 伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。 感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、 ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。 「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」 足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。 「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」 一度凍りついた心は、二度と溶けない。 後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、 終わりのない贖罪の記録。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

行動あるのみです!

恋愛
※一部タイトル修正しました。 シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。 自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。 これが実は勘違いだと、シェリは知らない。

王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?

ねーさん
恋愛
 公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。  なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。    王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!

処理中です...