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26話
しおりを挟む身を襲う快楽から逃れる術なんてどこにもない。柔らかなベッドの上で手を縛られて乱れるラヴィニアをじっと見つめる昏い空色の瞳。快楽に蕩けた青の瞳でメルに懇願する。メル、と呼べばキスをしてくれる。でもそれだけ。縛っている手を解放せず、奥へ奥へとラヴィニアの中に入って弱い場所をひたすらに突かれる。目の前が何度も真っ白に染まりかけ、その度にメルの甘い声がラヴィニアを現実に引き戻す。全裸にされて抱かれているラヴィニアと服を着たままのメル。今抱かれているというより、犯されているという言葉が正しい。
メルを怒らせたかったんじゃない、心配させたかったんじゃない。メルに今以上の負担を掛けたくなかっただけ。こっそりと皇太子に連絡を取り、メルが眠っている時に会いたいという手紙を侍女に託したが。その手紙は皇太子ではなく、メルに渡った。手紙を持って宮を出ようとした侍女をメルが呼び止めたのだ。彼女の主はメル、手紙を見せろと手を出されれば従わざるを得ない。メルに見つかったと微塵も思っていなかったラヴィニアは、部屋に戻るなり手紙を持って詰られた時は顔を青褪めた。
「メルっ……ごめ、なさ……メル……んあああっ」
「二度と何処にも行かせない、ラヴィニアはずっと俺だけを見ていろ。こうやってずっと側にいてくれ」
「側に……ああっ! いる、からあ……! ずっと、いるから……!」
表面的にメルは余裕そうにしながらも内面は決してそうではない。心臓の辺りに刻まれた印を刺激されて絶頂を迎え、何処を触っても敏感に感じるようになると挿入された。ラヴィニアを見下ろすメルの瞳には濃い翳りと強い執着が滲み出ていた。その奥には微かな恐怖が宿っていた。ラヴィニアがまた自分の前からいなくなってしまう恐怖だろう。
あの一件はメルに深いトラウマを与えてしまったのだと今更実感したラヴィニアは、何度も側にいろと言うメルの言葉に頷くしかなかった。
度が過ぎる快楽は気持ち良さを通り越して苦しくなる。今がそれだ。メルの与える快楽は甘く理性を狂わせてしまうのに、今日はその二つと苦しみが混ざっていた。手を縛っている戒めを外してほしい、メルに抱き付いて温もりを感じたい。甘い声を上げながら口にしてもメルは聞き入れない。代わりとばかりに口付けをするだけ。
エドアルトに会いたい理由は前戯の段階で吐かされている。プリムローズが本当にブラッドラビットを使って義母やプリシラを誘き寄せ餌にしてしまうのか、二人と険悪な自分が助けに来ると思っているのか、と。プリムローズを止める手段はないかと相談したかった。また、エドアルトに贈り物のお礼を言いたかった。メルが必要ないとお礼の手紙さえ書けていない。
「ああっあぁ……ああ……っ、あう……メル……! もっと、いっぱいして……メルをもっと……感じたいの……」
「素直なラヴィニアはとても可愛い」
「ああ……!」
何十何百と囁かれた“可愛い”の言葉に身体が馬鹿みたいに反応してしまう。中で動くメル自身をきつく締め付けてしまい、微かにメルの顔が歪んだ。
「ラヴィニアっ、そう、締めないで」
「だめえ……! や、気持ちいいよ……」
「……可愛い」
甘い瞳に見つめられ、甘い声で囁かれ、身体が溶けてしまいそうな程熱くなったラヴィニアはまたメル自身をきつく締め付けた。声を漏らしたメルは苦し気に眉を寄せるも、止まる気配がない。寧ろ、律動が速まった。
互いが繋がる場所からは激しい水音と肌がぶつかる乾いた音が鳴り、そこにラヴィニアの嬌声が響く。
ラヴィニアが何十回目かの絶頂を迎えると漸くメルも果てて中に出した。広がる熱にびくびく反応していると必ずメルは子種を出さないよう腰を回す。子種をラヴィニアの中に擦り付けるように。敏感な身体はこれだけでも十分な快楽を拾い、小さくイき、中の締め付けを強くする。
「あ、ああっあああ、あ、だめまたいっちゃ……!」
「何度だって、イけばいいっ、俺の身体でしか満足出来ないようにしてやる」
「メル、やだ、怖い……!」
「怖くなんかない、ラヴィニアが二度と俺から逃げないようにしてるだけだ」
「ああああああぁ……!」
エドアルトにこっそりと接触を図ろうとした罰が当たったのだ。印に口付けられ、呆気なく絶頂したラヴィニアは大量の愛液を噴き出した。それが何かと考えるよりも早くメルは上の服を脱ぎ、手の拘束を外すとラヴィニアの背に手を回して上体を起こした。仰向けに倒れたメルの上に乗せられたラヴィニアは初めての体勢に恥ずかしさよりも気持ち良さが勝って胸元に倒れ込んだ。慌てて起き上がろうとしても尻を掴んだメルの手に抑えられ動けず。下から穿たれる快楽に溺れるだけだった。
――最後は気絶するように眠ってしまったラヴィニアが目を覚ますと次の日を迎えていた。いつもなら夜着を着せてくれるのに、今日は裸のまま抱き締められていた。身体は綺麗に洗われている。メルも服を着ていない。逃がさないよう抱き締めながら眠るのは此処に来てからのメルの癖。今回はいつもより力が強い。そっと頬に口付けたら微かに力が緩んだ。起きている訳ではなくても、ラヴィニアから触れられてメルは無意識に安心したのだ。
「メル……」
「ん……」
寝起き特有の掠れた声でメルの名前を呟いた。起こすつもりはなかったのにメルは目を覚ました。眠そうな顔で瞬きを繰り返し、ラヴィニアを引き寄せ額にキスを落とした。
「おはようラヴィニア……もう起きる?」
「うん……でもメルが眠そうだからこのままでいいよ」
「いや……起きるよ」
背中に回っていた手で上体を起こされたラヴィニアは一緒に起きて腕の中に閉じ込めて来たメルの背に腕を回した。素肌での触れ合いは何度もしたのに、改めてすると恥ずかしい。固い胸元に耳を当て一定のリズムで鳴る鼓動を聞いているとメルがある事を告げた。
「ラヴィニア。朝食を食べたらシルバース家に行こう。此処にはもう戻らない」
昨日のプリムローズの一件の後、シルバース夫人に連絡を入れたメルは屋敷に戻って来いと父である公爵に言われた。まだまだ帝国に戻れない筈の父が屋敷にいて驚いたものの、妻から入る連絡を聞いて仕事を圧倒的早さで片付け丁度メルが連絡を入れた時間に戻ったのだとか。非常に珍しい偶然が起きた。母命の父にプリムローズやフラム大公夫妻、皇帝のしでかしを話せば即刻帰ってくるよう告げられた。
滅多に会わないシルバース公爵が帝国に帰還していただけではなく、連絡を受けたのが公爵本人なのも驚きだった。ラヴィニアは念の為メルに訊ねた。
「シルバース夫人は名前を使われたことをご存知だった?」
「いいや。知っていたらプリムローズは此処へは来れなかった」
「だよね」
「早く朝食を食べて宮を出よう。またいつプリムローズ達が来るか分からない」
「うん」
朝食を食べるより前にまずは服を着ないとならない。
侍女を呼んで着替えを済ませ、手早く朝食を済ませた。
宮から持って行く物は殆どない。必要なら後程人を使って屋敷に運べばいいだけだ。
「公爵様にお会いするのも久しぶりだわ。何だか緊張する」
「緊張なんかしなくていい。父上は何も変わってない」
「う、うん」
優しい人なのだが妙な怖さがある。何が、と聞かれると答えられない。
宮を出て結界の外に出た。もしかするとエドアルトやロディオンが待ち伏せしていたらと構えていたが誰もいなかった。
小さく安心するとメルに手を引かれて皇宮の外へ向かって歩いていく。途中、何人もの人と擦れ違うも視線に構っている暇はない。
「お待ちくださいメル様、ラヴィニア様」
外へと急ぐ二人の前を塞ぎ、呼び止めたのは魔法騎士の衣服に身を包んだ若い男性。メルは知っているらしく「何か? ニコライ殿」と不機嫌な声を返した。
「こっちは急いでいるんだが」
「閣下のご命令です。例の宮からお二人が出て来るのなら、この道は必ず通るから待っていろと言われました」
「父上が?」
「ええ。閣下は夫人と共に城に来ております。今は謁見の間にいるかと」
「こんな朝早くから?」
昨日の一件しか心当たりがない。謁見の間にはシルバース公爵夫妻の他にフラム大公夫妻とロディオン、プリムローズも集められていると聞かされた。
「集められた?」ラヴィニアが疑問を言葉にすれば「閣下が強制的に集めてきました。私は少しばかりお手伝いを」とニコライは淡々と答えた。シルバース公爵によって夫人以外は無理矢理謁見の間に出された。皇帝ですら恐怖する公爵の強引な手段をフラム大公夫妻だけ非難しているらしい。
「お二人にも謁見の間に来ていただきます」
「どうせ拒否権はないんだ。おいでラヴィニア」
「う、うん」
手を繋がれるも怖い予感が消えなくてメルの腕に抱き付いた。
ぴったりとくっ付いたままニコライを先頭に謁見の間に到着すると大きな扉の向こうからは騒がしい声が届いており、声の発生源は主にフラム大公夫妻。ロディオンも含まれている。ニコライが両手で扉を開けると中にいた人達の視線が一斉に出入口に集まった。
「メ、メル……!!」
朝から可憐なドレスを身に纏いながらも床に座り込んで泣いていたプリムローズは涙に濡れた顔を上げた。一瞬煌めいた空色の瞳も側にいるラヴィニアを見た途端強い嫉妬に染まりまた泣き出した。プリムローズを抱き締め慰めるのはフラム大公夫人。プリムローズを抱き締めつつ、ラヴィニアへの睨みは忘れない。プリムローズそっくりな顔に睨まれると数々の嫌がらせを思い出し身体が強張る。
「まあ! なんて底意地の悪い娘なの! プリムローズを辱めた挙句まだメル様の側を離れないなんて!」
間違いなく昨日の一件についてだろう。ラヴィニアはここだけは反論したくて声を上げた。
「プリムローズ様は自分で裸になったんです。私やメルは一切何もしていません!」
「嘘を言いなさい! プリムがそんなはしたない真似をする訳がないでしょう!」
「魔法検査はなさったのですか? それをすれば私やメルが関わっていないという事実が出てくる筈です」
「魔法騎士団の管轄下にある魔法検査なんて信用に値しないわ! シルバース公爵に手を回して結果を捏造するくらい簡単に出来るでしょう!!」
あんまりな言葉にメルよりもラヴィニアの方が早く反論した。が、話に出ている魔法騎士団を統べるシルバース公爵が「まあまあ落ち着き給え」と間に入った。
シルバースの名の如く揺れる銀の髪を緩く縛り、年齢を重ねても衰えない美貌が実年齢よりも若いと抱ける。銀色の瞳が茶目っ気たっぷりにメルへ。
「メル。どうだった、約一か月の婚約者との同棲は」
「とても良いものでしたよ」
「リフレッシュ休暇が出来たならそれで良い。そろそろシルバース家に戻って来い。ラヴィニアちゃんを連れて来ても良い」
「父上に言われなくたってラヴィニアは連れて帰りますよ。二度とキングレイ家には戻しません」
メルに繋がれている手に力を込められ、隣を見上げたらメルが不安げな目をしていた。ラヴィニアから手を握り返したら少しだけ安心したような笑みを浮かべて見せた。
プリムローズの泣き声が大きくなった。ロディオンやフラム大公が食って掛かろうとしたのをメルが止めた。
「フラム大公、それとロディオン。昨日の一件、どんな言い訳を聞かせてくださるのですか」
「言い訳だと? 此方の台詞だメル! 大事なプリムを……!」
「それは昨日も言った。さっきラヴィニアも言っていただろ。プリムローズが勝手に裸になったんだ」
「プリムが自主的に破廉恥な真似をするか! お前やキングレイ嬢が唆してプリムを辱めたんだろう!」
何度話しても言葉が伝わらない。魔法検査を実施させてもああだこうだと非難するだけで絶対に信用しようとしない。フラム大公も同じでメルとラヴィニアを罵る言葉ばかりを並べてくる。
その間、扇子で口許を隠しているシルバース夫人から重苦しい殺気が漂うも側に戻ったシルバース公爵が微笑んだまま落ち着かせ、まだまだ勢いが止まらないフラム大公とロディオンを強制的に黙らせた。魔法によって口が開けなくなった二人は手で口を開けようと力を込めるも口は塞がったまま。泣いているプリムローズを引き続き慰めるフラム大公夫人と合わせて視界に入れたシルバース公爵はにこやかに告げた。
「身内を大事にしたい気持ちは私にもあるからよく分かる。行き過ぎた気持ちは周囲にとっては害にしかならない。……ねえ、皇帝陛下」
「っ!!」
今まで黙ったままの皇帝に急に話題を振った公爵は酷薄な笑みを向け、段々と顔を真っ青にしていく皇帝からチラリとプリムローズとフラム大公夫人を見やった。
「大事にしたいのは結構だが私の子供やその婚約者、妻を巻き込まないで頂きたい」
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