ラヴィニアは逃げられない

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27話

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「私にとってマリアベルやメル、メルが大切にしているラヴィニアちゃんが大事なように。陛下、貴方にとっても大事なのは解っていますよ。ただ、公私混同は控えて頂きたい」


 何故か皇帝とプリムローズ、フラム大公夫妻を交互に視界に入れながらシルバース公爵――ヴァシリオスは淡々と述べていく。彼の口から出たマリアベルはシルバース夫人の名である。


「な、何を言っているのか私には分からないな」
「そうですか。ならもっと解るように言ってあげましょうか?」
「ま、待て! じょ、冗談だ、ただの冗談を真に受けるな」
「冗談ねえ……」


 解るようにとはつまり、直接的表現を出すということ。非常に拙いと悟った皇帝は慌てて撤回をした。ヴァシリオスの銀瞳が冷めていく。口許には笑みを浮かべているのに、瞳だけは冷え冷えとしており、何時何をされるか気が気がじゃない皇帝は大量の冷や汗を流しており。どちらが場の主導権を持っているか明白であった。


「父上、どういう意味ですか?」メルが訊ねても皇帝が話させないと割り込んだ。明らかに様子が可笑しい。メル、とヴァシリオスに呼ばれたメルは幾分か温度を戻した父の銀瞳と見合った。


「下らない私的事情だ。お前が今気にすることじゃない」
「……分かりました」
「聞き分けがよくて助かる。
 ――さて、単刀直入に言いましょうか。陛下、フラム大公」


 皇帝とフラム大公達に視線を戻すと銀の瞳は再び氷点下にまで温度が下がった。彼等に対する慈悲の無さが目に見える。
 ヴァシリオスに対する理由不明な恐怖はこういうことなのかとラヴィニアはメルの手を強く握りしめながら抱いた。身内に見せる情は非常に篤いのに、敵対者に見せる情は非常そのもの。


「私の妻の名を無断で使ってプリムローズ様にメルとの既成事実を作らせようとした挙句、ロディオン様が違法の魔獣狩をしたにも関わらずお咎めなし。如何に皇帝陛下と大公と言えど許されることではありませんぞ」
「何を言う! ブラッドラビットは村人を餌にしていると確かな情報を聞き、被害が広がる前に我々が対処をしたのだ!」
可怪おかしなことを言うものではありませんぞロディオン様。件の村を縄張りとしていたブラッドラビットは、村の守り神として存在していた。ブラッドラビットは人間を食べることは滅多にない。村人がブラッドラビットに干渉しない代わりに、ブラッドラビットは他の魔獣を食べるだけで村には一切被害を与えていない。昔から続く彼等の関係を下らない見栄の為に破壊し、結果、大きな被害を与えたのは君達の方さ」
「な、何という侮辱だ! 現に情報があったから此方は!」
「だから、ね、ロディオン様。その情報にどれだけの信憑性がある?」


 自らの行いが絶対に正しいのだと食って掛かるロディオンから、未だ顔を真っ青なままの皇帝へヴァシリオスが問い掛けた。


「陛下。何故、彼を止めなかったのです」
「調査をする間もなかったのだ。報告が上がった頃には、既にロディオンがブラッドラビットを捕らえた後で……」
「ならば何故、違法な魔獣狩を罰しないのか、理由を答えていただきましょう。捕らえた後でも、ブラッドラビットが村人を襲った、等という報告が嘘か真か調べる時間はいくらでもあったでしょう」
「そ、それは……」


 青い顔色はどんどんと悪くなっていき、冷や汗も止まらない。淡々としたヴァシリオスの口調が却って恐ろしさを増長させていた。


「シルバース公爵! それ以上、我が息子への無礼を見過ごすわけにはいかん!」


 何も答えられない皇帝に代わって、フラム大公が声を上げた。相手が変わってもヴァシリオスの余裕は変わらない。


「父と息子揃って我が子供達を愚弄するのはどういう了見だ!」
「先程から言っているでしょう。プリムローズ様の件は彼女の自業自得、ロディオン様の件は違法だと」
「第一、茶会で魔獣のお披露目なんて品のない者がすることですわ。その点については母と娘親子仲良しでよろしいことで」
「元皇女だからといって妻と娘に何と無礼な……!!」


 雰囲気から苛立ちを隠そうともしないマリアベルが口を挟んだ。捕獲した魔獣は魔法や魔法薬で拘束、鎮静化されていても、全ての魔獣に効果が現れるものじゃない。中には牢獄を破壊して外へ逃げ出す魔獣だっている。フラム大公家が厳重な警備態勢でブラッドラビットをお披露目しても万が一がある。一つでも危険な伴う茶会を開催しようとする思考が有り得ないのだ。
 好き勝手に夫人やプリムローズを馬鹿にされていると大公は激怒するも、シルバース公爵夫妻の余裕は一切崩れない。
 あまり会話に入れないメルとラヴィニアは行方を見守るだけ。


「私とメルはいてもいいのかな……」
「いろと言うのならいるしかない。俺やラヴィニアが必要かと言われると要らないだろうがな」
「うん……」


「酷い! 酷いですわ公爵夫人! わたくしやお母様を……!」
「あら、貴女や大公夫人がラヴィニアちゃんにしてきた嫌がらせに比べたら大したことじゃないでしょう」
「格下の侯爵令嬢風情がメル様と婚約しているのが最初から間違いなのです! マリアベル様、私は何度も頼んだじゃない! メル様とキングレイ侯爵令嬢の婚約を解消してほしいと。キングレイ侯爵令嬢に代わりの婚約者を探すとも言ったじゃない!」
「冗談じゃないわ。メルとラヴィニアちゃんの婚約は、私とテレサの約束によって成立したものです。確かに二人の気が合わなければ無理に婚約をさせるつもりはなかったわ。でもお互いがお互いを気に入ったのなら、婚約を継続させても何ら問題はないの。問題なのは貴女達の方よ」
「死んだ人間との約束がそれほど大事なのですか!?」
「……何ですって?」


 マリアベルが手に持つ扇子に罅が走っていき、重い魔力が発せられる。親友との約束を、死人との約束呼ばわりされてマリアベルの我慢が切れかけた。咄嗟にヴァシリオスが止め、肩を叩いて魔力の流れを操作し気分を落ち着かせた。
「新しい扇子を手配しないと」「気に入っていたのに」「私が君に似合う物を探す。それで気を静めておくれ」会話を繰り広げ、マリアベルの魔力が落ち着いたのを見計らい、魔力に当てられて顔面蒼白なフラム大公夫人と共に食らったプリムローズへ微笑んだ。


「テレサ様はマリアベルの親友だった方です。生きた人間だろうと死んだ人間だろうと、他人を侮辱する権利が貴女にあるとは思えない。メルとラヴィニアちゃんの婚約については私もマリアベルと同意見なんです。ただ、そこにプリムローズ様が割って入る隙間が最初からなかっただけです」
「で、でも、プリムはずっとメル様を慕っていたのですよ!?」
「だから何だと? 相手を慕っているから自分の気持ちに応えろと? 無理難題を押し付けないでいただきたい。植物が土地や環境によって芽を出さないのと同じで人間だって土地や環境が合う合わないがある。人間関係も似たようなもの。メルがプリムローズ様に勘違いを抱かせたのが悪いにしても、発端はラヴィニアちゃんへの嫉妬から起きた嫌がらせの数々。他人を平気で悪意に晒す人間をどうやって好きになれと? 私でも子供には言えない」


 相手が激昂しようが罵ってこようが決して平静を失わず淡々とした口調で正論しか述べないヴァシリオスの銀瞳だけは感情を表しており、極寒の地に放り込まれた錯覚を抱かせる。
 ヴァシリオスからの言葉に何も言えなくなった大公夫人は黙り俯いてしまった。ずっと夫人に慰められていたプリムローズが揺すっても反応しない。プリムローズは化け物を見るような目でヴァシリオスを見上げた。


「ひ、酷いわ公爵様、お母様を……!」
「私は何もしていませんよ。ただ、事実を述べただけ」
「あんまりだわ! お母様はただわたくしを想ってのことなのに……!」
「私も同じ気持ちですよプリムローズ様。私もメルが大事で、息子が大事にしている婚約者を大事にしてあげたい。プリムローズ様、貴女にはメルよりも相応しい相手がいらっしゃるではありませんか。
 ――エドアルト皇太子殿下が」


 未だ婚約者のいないエドアルトが実の妹のように可愛がるのがプリムローズ。プリムローズも兄のように慕っている。頭の出来が良くないから皇太子妃候補には上がらないとされている。ヴァシリオスの後押しがあれば皇太子妃候補に入れるのだろうか。

 突然出されたエドアルトの名に。


「エド兄様……?」
「ええ。ご両親や兄君以外でとても貴女を大事にしてらっしゃる皇太子殿下なら、貴女を幸せにしてくれるのでは」


 ヴァシリオスが言うならプリムローズも満更ではない……とラヴィニアが楽観視し出したところ、大きな間違いだとプリムローズ自身に分からされた。


「エド兄様がわたくしを大事にするのは当然じゃない! 公爵様は何を馬鹿なことを仰っているの!」


「え」と声を上げたのはラヴィニア。過去エドアルトにプリムローズ関連で何度も睨まれてきたから、彼がプリムローズを大事にしていたのかを知っている。プリムローズ本人が当然と思っていたのがあまりに傲慢だと呆然としてしまった。
 これには大公夫妻とロディオンも驚いた相貌でプリムローズを見た。



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