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青出 風太

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File 3

薄青の散る 18

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―ヘキサ―

 六花は音もなく天井裏のラックの上に着地した。

 ギプソフィラが移動するのを見送ってから点検口を閉める。ここからはいつも通りの単独行動。

 イヤホンを左耳にはめ、マフラーで口元を覆うと、小さな暗殺者はラックの上を静かに歩き始める。

 天井の裏は埃だらけと言うほどでは無いが、細かな埃やチリが舞っていた。マフラーで口元を覆っておかなければ、咳き込んでしまっていただろう。司令部の用意したゴーグルに特別な効果はないが、目を守るというだけなら十分に役立っていた。

 天井裏の空間の高さは2m弱。下の部屋割りとほとんど同じところに壁があり、見通しはイマイチ。

 六花が普通に走る分には問題のない広さがあるが、金属製のラックの上を走るため、注意を払っていなければ階下にも響く音を立ててしまうだろう。

 六花の他にも人が天井裏にいるとは考えにくいが、念のために奇襲や潜入発覚には気を配りながら、しかし急ぎ足で進む。



(チラッと見えた廊下は真新しい感じだったけど天井裏はどこも汚い。新しい施設って言っても変わらないか)

 以前侵入したカミシロの本社ビルを思い出した。都内の一等地に本社ビルを構えている企業でも天井裏には手入れが行き届いていなかった。それに比べればここはまだマシな方だ。

 天井板を踏まないよう、ラックの上を器用に走る。

 突然耳につけたイヤホンからm.a.p.l.e.の声がした。ようやく起動したらしい。

〈ココカラ先ノナビゲートハ任セテ!〉
「最短経路でお願い」

 ギプソフィラの行っていた侵入調査で入手していた施設の見取り図は今回の作戦に関わる工作員の全員に共有されている。

 六花のスマホに入れられたマップ情報を頼りにサポートAI、m.a.p.l.e.がルートをナビゲートする。

 普段ならイヤホンの先にいるリコリスのナビゲート通りに動く六花だが、ギプソフィラの調べによるとここは長距離の通信を阻する電波が流れているらしい。

 リコリスからの長距離通信は現状届かない。しばらくは六花のスマホに入り込んだm.a.p.l.e.のナビを頼りに施設内を進むしかない。

「待って……あれは」

 視界の端に何か小さな陰が映った。

 念のため六花は足を止め、その陰を注意深く観察する。

(……ネズミか。死んでるみたい)

 施設の周りは森におおわれている。どこかの隙間から入り込んだであろう、野良ネズミが数匹倒れている。

 敵襲やトラップの類でないことにほっと胸を撫で下ろす。

(この様子じゃ虫の死骸もきっとそこらに……)

 薄暗いラックの上にひっくり返った虫の姿が六花には容易に想像できた。

 軽く身震いする。六花は虫を退治することはできるが、得意ではない。


 ダンボールで溢れるリコリスの部屋を掃除すると、必ずと言っていいほどその手の虫に遭遇してしまう。そのため始末には慣れているのだが、何度対峙しても虫は苦手だ。

 そうなる前に綺麗にしてほしいと掃除のたびに毎回言っていた。


「次は?」
〈20m先ヲ右折!ソシタラ50m直進デ、エレベーター到着ッ!〉

 音を立てないように、そして足元の死骸を踏まないように注意を払いながら目的のエレベーターを目指し、駆け出した。

 視界の端、不意に光が映る。足元の天井板の一部、四角形の枠から光が漏れている。

 六花が侵入した様な点検口があちらこちらに点在しているのだ。

 六花は頭の中で仕事内容を整理する。

 まず現在向かっているエレベーターを登ったら2階の東端、監視制御室まで行き、そこの点検口から降下し職員を無力化する。

 六花の一つ目の仕事は施設内の監視カメラ、および扉をはじめとする電子系統の操作権をリコリスを含む情報系のサポートチームに譲渡すること。そのためには監視制御室の中でカメラを確認している職員数名を無力化したうえで、m.a.p.l.e.を制御機器に繋ぐ必要がある。

 戦闘を想定していない施設職員だけならまだしも、警備員もその場に居合わせた場合が難しい。警備が巡回するタイプならば少し待てば職員だけになってくれるから楽だ。

 しかし、その場に常駐しているとなれば別だ。

 本作戦では六花が一人で施設内に先行している。ギプソフィラも施設に入り込んで別行動を取っているが、それは施設内に他の工作員を呼び込むためだ。

 内側から鍵を開けるだけならば問題はないのだが、その後各工作員達を誘導、サポートするためには、六花が電子系統の操作権をサポートチームに譲渡していなければならない。

 警備が数人いるというだけで、作戦を遅らせることはできない。

(最悪……私が)

 頭の中で考えをまとめるうちに空へと抜ける様な大穴に辿り着いた。縦方向に伸びた筒の様な穴。エレベーターだ。

 六花は一度考えることをやめ、目の前のエレベーターを登ることに意識を向けた。

 エレベーター本体とも言うべき籠は六花の頭上、1階部分に停まっている。

 六花は上を見上げ、人の乗る籠部分の裏側に重しと、それをつり上げるスペースがあることを確認した。

 つるべ式と呼ばれる人を乗せる籠部分とつり合い重りの重量をつり合わせ巻上機で駆動させるエレベーター。マンションやビルなどに用いられることの多い基本的なタイプだ。

 司令部の調べ通り、エレベーターはつるべ式だった。

 地上1階部分に停まった籠は侵入者にとってエレベーターという筒の中で上と下とを隔てる栓だ。

 六花の目指す監視制御室は2階。どうにかしてこの栓を突破し、籠のさらに上に行かなければならない。

 一般人であれば栓を通り抜けて上に登ることはできない。しかし、六花の小柄な体躯をもってすれば辛うじて脇の重しの空間を抜けることができるため、上に登ることができる。

(だから私にやらせたなアイツ)

 六花はライースに内心愚痴をこぼしつつ、ベルトからワイヤーを伸ばし、エレベーター内部を器用に登っていく。

 時折、壁越しに外の音を聞き、エレベーターが稼働する様子がないか確認する。六花がエレベーター脇をすり抜けて上に登るタイミングでエレベーターが動いてしまえば大怪我どころでは済まない。

(今なら……いける)

 意を決して六花は重し近くにワイヤーを巻き付けた。






 幸い、すり抜けるタイミングでエレベーターが動くことはなく、無事エレベーターの真上に出ることができた。

 エレベーターの裏側、地上2階部分には点検時の入り口として鉄製の扉がある。そこを抜けると先ほど走ってきた様な2階の天井裏に繋がっていた。

 代り映えのしない景色に若干落胆しつつもm.a.p.l.e.に声をかける。

「次は?」
〈地図ニヨルト前方ノ交差シテル道ヲ右ニ真ッ直グ〉
「わかった」

 六花は短くm.a.p.l.e.とのやりとりを交わし再び走り出した。
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