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しおりを挟む晴臣はゆっくりと踵を返し、私の話に耳を傾けた。
「永美ちゃんの部屋はすっかり変わってたけど、遼平くんの気持ちは何一つ変わってなくて、キス…される前からもうやめようって思ってて」
冷静に話したいのに、勝手に声が震え、枯れたはずの涙がじわりと視界を歪ませる。
「私が宣材資料読んでいる間に、遼平くんはソファで眠っちゃってて。風邪引いたらいけないと思ってブランケットを掛けて帰ろうとしたら…寝ぼけて永美ちゃんと間違ったみたいで…今にも泣きそうな声で『行かないで』って…」
涙が床に落ちて砕けると、懺悔を聞く神父のようにただ黙って私の話を聞いていた晴臣の顔が、歪んだ。
私の愚かな行いを咎められているような気持ちになって、恋心と一緒に棺に入れて封をしたはずの、へどろのような黒い罪悪感が、どろりと一気に溢れ出た。
「そ、そんなつもりなかった。ただ側にいられれば良かった…のにっ、永美ちゃんにも遼平くんにもっ、申し訳なくて…っ」
ついにしゃくり上げ始めた私の体を、晴臣が優しく包み込み、あやすように背中を叩く。
さっきの晴臣の表情が、咎めているものではないと分かり、鍛えられた広い胸にすがりついて懇願する。
「だか、だからお願い。お父さんにも…特に遼平っ、くんには…ぜっ、ひぐっ、絶対っ、言わ、言わないで」
晴臣は一旦私を引き剥がすと、ポケットからハンカチを取り出し、私の頬に軽く押し当てて、涙を拭いた。
「七年間、ずっとこの日が来ることを願ってた割に…全然嬉しくないな。思ってたのと全然違う」
もう一度、腕を引かれ、労うように頭を撫でられると、段々と心が落ち着きを取り戻していく。
「俺としては、近くに居ることで、仕事ができないとか、腹が出てるとか、加齢臭が凄いとか…アイツのダメなところ知って、千歳が勝手に幻滅してくれるのが一番良かったのに」
「…遼平くんは仕事もできるし、お腹も全然出てないし、いい匂いだよ?」
すぐさま反論した私の鼻を、晴臣がギュッと摘む。
「分かってるって。全部俺に都合のいい例え話だ。それに、いい匂いとか言うな。本当は今すぐにでも全部おじさんにぶちまけて、アイツを俺たちの前から消してやりたいの我慢してるんだから」
余計なことを言ってしまったと青ざめ、咄嗟に口を押さえれば、既に鼻を摘まれていたので、完全に息ができなくなった。
二人同時にそれに気づき、手を離す。
「…心配しなくても言わないでおいてやるよ。でもそれはアイツの為なんかじゃない。こんな形で会社から追い出したら、千歳の心が一生アイツに囚われたままになるからだ」
「…晴臣!」
晴臣の優しさに思わずギュッと抱きつくと、更に強い力で抱きしめ返され、体の自由を奪われた。
そして、悪魔が取引を持ちかけた。
「でもその代わり、一つだけ…いや、二つ条件がある」
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