133 / 173
17-7
しおりを挟む
ディスプレイが暗くなったスマホを置いたダイニングテーブルには、二人分どころではない量の食材と、フルボトルのワイン。
それから、晴臣の好きないちごのショートケーキと、私の好きなザッハトルテ。
「…一人でどうしろって言うのよ、こんなに…っ!」
冷蔵庫に押し込み、コートを仕舞うためにウォークインクローゼットに向かう途中、玄関で足が止まった。
「『ただ側にいられるだけでいい』って…『一生側にいさせてくれ』って言ったのに…」
吐き捨ててから、コートをハンガーに引っ掛け、玄関を見ないようにして自室へ駆け込んだ。
その勢いでベッドにダイブすれば、すぐにここで初めて晴臣と一緒に寝た日の温もり、声、仕草、全部が鮮明に蘇ってしまった。
瞬きもしていないのに、目から勝手に涙が溢れて、頬を伝う。
「こんな家…一人で住めるわけないじゃない!」
冷たい布団を目一杯きつく抱きしめ、自分に尋ねた。
じゃあ、ここを引き払いさえすれば、元の生活に戻れる?
答えは、NOだ。
とっくに、晴臣のいない人生なんて考えられなくなっていた。
生まれたときから私は晴臣の一部で、晴臣は私の一部だったから。
本当は、晴臣だって同じはず。
「私がいないと眠れない癖に…!」
私はベッドから跳ね起きて涙を拭くと、もう一度ウォークインクローゼットへ向かい、コートを掴んで走り出した。
勢いで光越本社に来たまでは良かった。
でも、その後のことは何も考えていなかった。
エントランスには警備員が立っていて、アポイントも何もない部外者の私なんてとても中に入れそうにない。
そもそも中に入れたとしても、晴臣は仕事中だ。
邪魔をするわけにはいかない。
短絡的な自分に呆れつつも、ここに来たのは間違いではないという確信だけはあった。
今日話をしなければ、多分晴臣は消えてしまう。
私が婚約の解消を申し出たときと同じように。
そして、今度こそ二度と私の前に姿を表さないだろう。
それだけは、嫌だ。
その一心で、社屋前に佇む街路樹にもたれ、私は晴臣が出てくるのを待つことにした。
あっという間に日中暖かく照らしてくれていた太陽が沈むと、一気に気温が下がり、体を芯から冷たくした。
何度か仕事を終えた光越の社員らしき人に、誰か待っているのかと尋ねられたけれど、「お構いなく」と断った。
けれど、待てど暮せど晴臣は出てこない。
ビルの灯りが一つ消える度に、どんどん心細くなり、変な遠慮なんてせずに、晴臣を呼んでもらえば良かったと後悔は大きくなった。
そしてとうとう、最後の灯りが消えた。
どうか、晴臣でありますように。
祈るような気持ちで、エントランスから出てくる人物の顔を見た。
長身で、涼し気な目元の男―
「…千歳ちゃん?」
でも、その声も、その呼び方も、晴臣のものではなかった。
それから、晴臣の好きないちごのショートケーキと、私の好きなザッハトルテ。
「…一人でどうしろって言うのよ、こんなに…っ!」
冷蔵庫に押し込み、コートを仕舞うためにウォークインクローゼットに向かう途中、玄関で足が止まった。
「『ただ側にいられるだけでいい』って…『一生側にいさせてくれ』って言ったのに…」
吐き捨ててから、コートをハンガーに引っ掛け、玄関を見ないようにして自室へ駆け込んだ。
その勢いでベッドにダイブすれば、すぐにここで初めて晴臣と一緒に寝た日の温もり、声、仕草、全部が鮮明に蘇ってしまった。
瞬きもしていないのに、目から勝手に涙が溢れて、頬を伝う。
「こんな家…一人で住めるわけないじゃない!」
冷たい布団を目一杯きつく抱きしめ、自分に尋ねた。
じゃあ、ここを引き払いさえすれば、元の生活に戻れる?
答えは、NOだ。
とっくに、晴臣のいない人生なんて考えられなくなっていた。
生まれたときから私は晴臣の一部で、晴臣は私の一部だったから。
本当は、晴臣だって同じはず。
「私がいないと眠れない癖に…!」
私はベッドから跳ね起きて涙を拭くと、もう一度ウォークインクローゼットへ向かい、コートを掴んで走り出した。
勢いで光越本社に来たまでは良かった。
でも、その後のことは何も考えていなかった。
エントランスには警備員が立っていて、アポイントも何もない部外者の私なんてとても中に入れそうにない。
そもそも中に入れたとしても、晴臣は仕事中だ。
邪魔をするわけにはいかない。
短絡的な自分に呆れつつも、ここに来たのは間違いではないという確信だけはあった。
今日話をしなければ、多分晴臣は消えてしまう。
私が婚約の解消を申し出たときと同じように。
そして、今度こそ二度と私の前に姿を表さないだろう。
それだけは、嫌だ。
その一心で、社屋前に佇む街路樹にもたれ、私は晴臣が出てくるのを待つことにした。
あっという間に日中暖かく照らしてくれていた太陽が沈むと、一気に気温が下がり、体を芯から冷たくした。
何度か仕事を終えた光越の社員らしき人に、誰か待っているのかと尋ねられたけれど、「お構いなく」と断った。
けれど、待てど暮せど晴臣は出てこない。
ビルの灯りが一つ消える度に、どんどん心細くなり、変な遠慮なんてせずに、晴臣を呼んでもらえば良かったと後悔は大きくなった。
そしてとうとう、最後の灯りが消えた。
どうか、晴臣でありますように。
祈るような気持ちで、エントランスから出てくる人物の顔を見た。
長身で、涼し気な目元の男―
「…千歳ちゃん?」
でも、その声も、その呼び方も、晴臣のものではなかった。
1
あなたにおすすめの小説
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される
山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」
出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。
冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる