社長の×××

恩田璃星

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 その後葵はすぐに真田会長に実家に戻ると宣言した。
 『週末は今までの分も父に親孝行したい』とか言って、ちゃっかり週1回真田本家に顔を出すという条件もなしにして。

 全くもって想定外の提案だったらしく、あの・・真田会長が呆気に取られて、引き止めることもできなかった。

 真田律も同じような反応で、真田父子のその様子を目の当たりにして、ある意味真田家で最強なのは葵なんじゃないだろうか、と思えてきて、可笑しくて笑いを噛み殺すのが大変だった。



 無事真田邸を出て、コンビニに立ち寄っているときに、またも見計らったようなタイミングで真田会長から電話がかかってきた。

 「天澤くん?今大丈夫?」

 「はい。ちょうど葵さん、今席外しているので」

 「そう。ところで、葵が実家に帰るよう入れ知恵したの、キミ?」

 「いえ、私は何も」

 「…そう。言っておくけど、私の目の届かないところで葵に変なことしたら、キミのところの会社ごと潰すからね」

 スッと背筋に冷たい汗。
 昨夜の件、さっきバレなくて本当に良かった。

 「葵さんの望まないことはしません。それはお約束します。」

 「それって、葵が望めば何でもするってこと?」

 「俺にできることなら」

 「まだ出会ってたった数日だよね?なぜそこまで?」



 「俺はー」

 真田会長の問いに答えようと口を開きかけたところで、コンビニの自動ドアが開いて、両手にコーヒーを持った葵が出てきたのが見えた。

 「すみません。葵さんが戻ってきたので、失礼します」

 電話を切った後、アポのなくなった俺たちは、一度会社に戻って、葵のスーツケースを回収してから葵の実家に向かった。

 さすがに葵の父親の留守中に上り込むわけにも行かず、玄関先まで荷物を運び終えると、そのまま解散した。

*****

 翌朝出社すると、葵が俺を見つけて小型犬のごとく駆け寄ってきた。

 「おはようございます。昨日は本当に色々とありがとうございました」

 「おはよう。突然帰って、お父さん大丈夫だった?」

 「はい。結局父に会えたのは、今朝、それもほんの短い時間だけでしたけど。驚いてはいましたが、ダメとは言われませんでした」

「そう、良かった」

 思い描いていた形ではないけれど、葵と真田律を引き離すことができて本当に良かった。

 これで、思い切り仕事に集中できる。





 『このままの、創業者の血族ってだけのお飾り社長のままじゃ話にならないよ』

 昨日真田会長に言われた言葉は、俺の胸にグサリと刺さったままになっていた。

 実際、俺が女だったら、なんの努力もせずに社長になった男なんて先が不安で、絶対選ばない。

 それに、いくら物理的に引き離したからと言って、1日やそこらであの男を忘れるなんて、葵には無理だろう。

 だから、今は葵に自分をアピールするより、仕事で一つでも多く成果を上げる時だ。

と、決意しつつ、そういう姿に好意を持ってくれたら…と期待した自分も存在した。



 しかし、いざ挨拶回りや営業に、秘書として連れて回ると、葵に注目が集まり過ぎてしまった。
 容姿の派手さはないが、葵には人を惹きつける何かがある。

 俺と話をしながら、葵の方をチラチラ見るだけならまだしも、俺の目の前で堂々と連絡先を聞こうとするヤツまでいたし。

 葵は葵で、その下心に気づかないのか、アッサリ教えようとしてたし。

 パーティー会場で最初に見た、殺気溢れる真田律を嫌でも思い出してしまった。






 「今日はもう上がっていいよ」

 定時を少し過ぎた頃、ちょうど打ち合わせが終わったのでそう告げると、俺の少し後ろを歩いていた葵が驚きの声を上げた。

 「え…?だってまだ夜の会食が残って…」

 「大事なこと聞き忘れてたんだけど、葵ってお酒飲めるクチ?」

 今夜の会食の相手は、酒癖と女癖の悪いことで有名な、中規模スーパーマーケットの社長だ。
 そういう人間の相手には慣れている利加子が苦戦するほどの人物なので、この会食が決まった時点で葵を参加させるつもりはなかったが、今後の参考のために聞いてみた。

 「…絶対飲むなって言われてます。特に外では」

 聞くまでもなく、命じているのは真田律だろう。

 「因みに、酔ったらどうなるの?」

 「それが…自分ではよく分からなくて」

 酔った葵とムッツリで悪戯好きの真田律の組み合わせって…想像しただけで恐ろしい。

 「じゃあ尚更、今日はこれで終わり」

 「で、でも…」

 「社長命令」

 ピシャリと打ち切ると、葵はそれっきり、反論しなかった。




 結局、真田律の命令の理由が気になって、その後も葵を夜の会食に付き合わせることはしなかった。

 夕方、キリの良い時間になると、葵に社用車でそのまま自宅まで行かせるか、スケジュール的に無理なら会社で別れ、葵が家に着くのを見計らい、仕事の合間を縫ってメールか電話で無事を確認するのが日課になった。

 こうして歴代の社長秘書ではあり得ない、ほぼ定時上がりさせるスタイルが常態化した。

 俺の方は、朝、葵よりも早く出社して、深夜に帰宅する生活。
 休日も取引先のゴルフだとか、ジム通いに付き合わされて、全然休む時間がない。

 それでも頑張れたのは、最初は義務的だった、例の葵との日課のメールや電話に変化が現れたからだ。

 ”お疲れ様。ちゃんと家に着いた?”
 ”お疲れ様です。無事着きました”

という超素っ気ない文面から

 ”お疲れ様。ちゃんと家に着いた?”
 ”ありがとうございます。今日は帰りにスーパーに寄ったので少し遅くなりましたが、今家に着きました。社長も飲みすぎないよう気をつけて頑張ってください”

 なんて、ハートマークこそついてないけど、気遣い溢れる文面に変わっていった。





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