隠世の門

海谷ノ

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第7話 空席の影

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朝。

影山の欠席は、ホームルームで短く告げられた。

「体調不良だって」
担任の一言で、教室はすぐにいつもの流れへ戻っていく。

ざわつきはある。
笑い声もある。
机の脚がこすれる音も、いつも通りだ。

――なのに。

晴翔はるとだけは、影山の席のまわりから目を離せなかった。

人がいないはずの場所に、
“暗さ”だけが残っている。

光の当たり方では説明できない、沈んだ濃さ。
まるで席そのものが、水底みたいに深くなっている。

(……暗い)

肩の上で妖狐が低く息を沈めた。
冷気が背中に薄く張りつく。

足元のカマイタチは、風を刃のように細くして静止している。

(……誰の“揺れ”?)

晴翔が視線をゆっくり巡らせたとき、
一つの席が、異様に“濃い”影を落としているのに気づいた。

影山の席だった。

◆ 影の“空席”

影山は――いない。
机には荷物もなく、椅子も引かれたまま。

なのに。

椅子の上に、影だけが座っていた。

人ひとりが腰かけているような輪郭。
誰も触れていないのに、影だけが存在している。

晴翔が一歩近づくと、
影がびくりと震え、かすかに“こちらを向いた”。

(……見られた、って、反応……?)

妖狐が肩で鋭く尾を立てた。
冷気が細く尖り、晴翔の首元を守るように流れる。

カマイタチの風が足元で渦を巻いた。
“踏み込むな”。

そんな合図だった。

◆ 授業中──音が落ちる

二限目。
教室のざわめきがふっと途切れた。

誰かが喋り続けているはずなのに、
その声が一瞬だけ“水に沈んだように”遠のく。

影が全部、同じ方向へ傾いた。
天井の光でも、窓の角度でも説明できない揃い方。

(……見られてる)

晴翔の呼吸が浅くなる。

肩の上で妖狐が尾を広げ、
白い冷気が晴翔の半身を覆った。

足元のカマイタチは風を完全に消し、気配だけを鋭く立てる。
“応じれば、喰われる”。

影山の席の影が、ゆっくりと机の上に伸びた。
影山本人はここにいないのに。

(あれ……影山の、じゃない)

胸の奥で、はっきり理解した。
これは別の“何か”だ。

◆ 休み時間──九曜紋のゆがみ

チャイムが鳴った瞬間、晴翔のスマホが震えた。

通知はない。
画面が勝手に明るくなり、
電波アイコンの横に、小さな“形”が浮かんだ。

九曜紋。
ただし――濁った赤で歪んでいる。

(……なんで……?)

影山の名前が、一瞬“圏外”と同じ場所に滲む。

まるで、
影山のスマホが別の層へ引きずられ、
その揺れが晴翔の端末に流れ込んだみたいに。

妖狐が強く冷気を張った。
カマイタチが足元で鋭く巻く。

『触れるな。
 それは“内側”より来るもの。』

声ではない。
気配の意味だけが、直接胸に落ちた。

◆ 放課後──呼ばれる

昇降口を出た瞬間。
風が膜のように晴翔を包んだ。

音が遠い。
人の話し声だけが、どこか別の場所へ吸い込まれていくようだ。

分かれ道にさしかかったとき――

晴翔の影が、勝手に前へ歩き出した。

晴翔は立っている。
なのに影だけが進み、角を曲がろうとする。

(……また……)

影が歩くたび、
地面に黒い染みが“滲む音”を立てる。

妖狐が肩で息を吐いた。
白い尾の残影が大きく揺れる。

カマイタチの風が晴翔の体を後ろへ強く引く。
“行くな”。

影はゆっくり振り返り、
“形のない顔”で晴翔を見た。

胸の奥に、言葉のない声が落ちる。

――おいで。

(……呼ばれてる……)

足が揺れた。

その瞬間、妖狐が冷気を爆ぜさせ、
カマイタチの風が晴翔を一気に引き戻した。

影はぱたりと消えた。

◆ 校舎裏──斗泉とういの動き

その頃。
校舎の外では斗泉とういが静かに空を見上げていた。

影の流れが、
このあたり一帯で不自然に渦を巻いている。

「……影山じゃねぇな。
 “向こう”が直接引っ張ってきてる」

イヤホン型通信具がかすかに光る。

《対象:長期ルート否定。
 裂け目の発生頻度、上昇。》

斗泉は短く返す。

「……だろうな。回収に入る」

その首元で、九曜ロゴが青白く一瞬だけ点滅した。

それは、晴翔の周囲で起きている守りの反応と、九曜の検知が噛み合った合図だった。

斗泉は息をひとつ吐き、歩き出した。

「……間に合わねぇと、“門”が開く」

その言葉は風に消え、
夜の前触れだけが、静かに校舎を包んでいった。
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