隠世の門

海谷ノ

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第8話 裂け目が息をする夜

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放課後。

夕暮れの風はまだ温かいのに、晴翔の皮膚だけがわずかに冷えていた。

(……今日、長く感じる)

校舎の影がいつもより“伸びている”気がした。
光の角度のせいではない。
影が、意志を持つもののように揺れている。

肩の上で妖狐がふっと息を潜めた。
冷気の輪郭が濃くなる。

足元のカマイタチは、風を著しく細くし、
“一歩先の空気”を先に切り裂いて様子を探っていた。

◆ 校門──影山の“不在”

帰り道へ向かおうとしたとき、
ふと視界の端に影山かげやまの姿が揺れた。

(……来てないはずなのに)

影山は今日、学校を休んでいる。
担任もクラスメイトもそう言っていた。

なのに――校門の先に、
影山の“影だけ”が立っていた。

本人の姿はない。
ただ、影だけが夕陽に伸び、こちらを向くように揺れている。

晴翔の息が止まる。

妖狐の冷気が爆ぜた。
肩から背中へ、白い尾の残影が大きく揺れた。

(……だめだ。あれは影山じゃない)

影はゆっくりと、
地面を滑るように後ろへ下がった。

まるで「ついて来い」と言っているように。

◆ 導かれる足

晴翔の足が、わずかに勝手に動いた。

(……違う……行きたくない……)

けれど影は、
晴翔が一歩動くたび“先へ先へ”と距離を保ちながら導いていく。

妖狐が尾を立て、晴翔の首元に冷気を張る。

『惑わす影。
 主は“ここ”にあらず。』

(……主?)

カマイタチが足元で激しく渦を巻いた。
“戻れ”。
“行くな”。
そんな怒りの風。

だが影は、
角を曲がった先で――

ぴたり、と動きを止めた。

◆ 森の入り口

そこは、晴翔が“最初の夜”に迷い込んだあの森だった。

湿り気を帯びた土の匂い。
葉のざわめき。
夜に溶けきらない薄暗さ。

影は森の入り口で、
晴翔の影と重なり合うように揺れた。

そして、

裂け目が息をした。

空気が震えた。
音が一瞬、世界から抜けた。

(……また……!)

黒い線が、晴翔の視界の端でふっと揺れる。
線は木々の間にひび割れのように広がり、
まるで夜が“裏返る”ように暗く濃く滲んでいった。

妖狐の残影が肩から飛び出し、
狐の尾がはっきりと姿を持ちはじめる。

白い光が影を押し返す。

カマイタチの風が“斬撃の形”で周囲に展開する。

だが裂け目は、
その防御の上をゆっくりと滑り越えてくるようだった。

――ひゅう……ぅ……

風でも木々でもない。
“向こう側の呼吸”のような音が漏れた。

(……呼んでる……?
 僕……じゃない……誰を……)

その時だった。

◆ 斗泉、到着

「――動くな」

背後から落ちてきた声は、
あの夜と同じ、静かで強い重みを持っていた。

振り返る。

月明かりの隙間から、
斗泉がゆっくりと歩み出てきた。

首元の九曜ロゴが淡く光っている。
完全起動ではないが、
“隙間を視る”機能だけが生きている証。

斗泉は裂け目から目を離さないまま、短く言った。

「……晴翔、下がれ」

斗泉は晴翔の横をすり抜け、裂け目を見た。

「……ここまで広がるかよ。クソが」

その声音は落ち着いているのに、
わずかに怒りの温度を帯びている。

晴翔は小さく息を呑んだ。

(……怒ってる?)

斗泉は片手を上げ、
空気に指先で円を描いた。

バチッ、と小さな火花が散る。
薄く青白い魔紋が、月明かりに重なるように広がった。

「――離れろ。
 “門が開く前”に、封じる」

(……門?)

斗泉の視線の先で、裂け目が脈動した。

黒い線がひとつ――
まるで瞳孔のように開く。

◆ 呼ぶ声

裂け目の奥から、
声のようなものが晴翔を撫でた。

――おいで。

昨日の影の声よりも、遥かに深い。
遥かに“人に似た”響き。

晴翔の心臓が跳ねた。

(……これ……僕を……)

妖狐が晴翔の肩に飛び戻り、
強い冷気をまとって抱きしめるように覆った。

『開くな。
 応ずるな。』

カマイタチが足元から“切り離す風”を巻き起こし、
晴翔の影と裂け目の影の同調を強引に断つ。

斗泉の声が飛ぶ。

「晴翔!」

(名前……呼ばれた……?)

「それ以上近づくと――“引きずられる”」

その瞬間、裂け目がひときわ強く脈動した。

斗泉が掌に呪符を浮かべ、短く息を吐いた。

「封(ふう)――ッ!」

光が迸り、
裂け目の中心に魔紋が突き刺さる。

黒い線が、ひとつ、またひとつ――
押し戻されるように閉じていく。

しかし完全には閉じない。

斗泉の顔に苦味が走った。

「……長期じゃねぇ……“外付けの呼び声”か。面倒なタイプだな」

裂け目はまだ、晴翔へ“手”を伸ばそうとしている。

妖狐とカマイタチの力だけでは押し返しきれない。

斗泉は振り返り、
晴翔を一瞬だけ見た。

その瞳には、疑いではなく――

「……覚悟しろ。晴翔。
 お前の周り、もう“普通の揺れ方”じゃねぇ」

夜の森が静かに息を止める。

そして世界は、
ゆっくりと次の段階へ進む準備をはじめていた。
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