隠世の門

海谷ノ

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第9話 歩幅の違う二人

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裂け目が閉じきったあと、
夜の森には“明らかに一拍遅れた静けさ”が落ちていた。

晴翔は、
まだ胸の奥がざわついている。

足元のカマイタチは風を細くまとめ、
妖狐は肩で冷気を淡く張り続けていた。

その二つの気配が同時に“緊張を解かない”のは、
晴翔にとって初めてだった。

斗泉は森の奥へ視線を向けたまま言った。

「……帰るぞ」

(えっ……見送り?)

晴翔が戸惑っていると、
斗泉は振り返らずに続けた。

「このまま一人で歩かせるには、
 お前の“揺れ”が騒ぎすぎてる」

晴翔は言葉を失った。

(揺れって……何? 僕のこと……?)

だが聞く勇気はない。
聞いた瞬間、世界が戻れない場所に行ってしまう気がした。

◆ 歩き出す二人

森を出ると、夜風が少し温かい。

斗泉は晴翔より半歩前を歩き、
時々、ほんの一瞬だけ背後を確認する。

それは“護衛”の歩き方だった。

晴翔は意を決して口を開いた。

「あの……今日、助けてくれて……ありがとうございます」

斗泉は「礼なんかいらねぇよ」と言うと思った。
でも違った。

「……当然だろ。
 放っといたら“門”が開く」

「門……?」

晴翔は立ち止まりそうになる。

斗泉は歩幅を崩さずに言った。

「お前が触れたのは“裂け目”じゃねぇ。
 あれは――“門の呼吸”だ」

(呼吸……?)

晴翔の肩で妖狐がわずかに耳を動かす。
斗泉の声音に反応するように。

斗泉は気づいたように、
晴翔の肩のあたりに視線を向けた。

「……式神、か」

晴翔は思わず肩をすくめる。

「見えるんですか……?」

「気配だけな。
 形は……お前に寄りすぎてて見えねぇけど」

(寄りすぎてる……?
 ずっと、守ってくれてるから……?)

斗泉は続けた。

「普通の人間に、あれが“見える形”で寄ってくることはまずない。
 妖狐は本来、人に姿なんか見せねぇ。」

晴翔は胸の奥がずきりとした。

「……僕、普通じゃないから、ですか?」

斗泉は足を止めた。

ほんの一拍の静寂。
夜風だけが通り過ぎる。

そして斗泉は、
今までで一番“優しい温度のない声”で言った。

「まだ、そう言い切るには早ぇよ」

晴翔はその言い方に、なぜか少し救われた。

◆ 街灯の下で

家が近づくと、街灯の明かりが漏れてきた。

その光の輪の中に入った瞬間、
妖狐の冷気がふっと薄くなる。

安心したわけではない。
ただ、斗泉が隣にいるときだけ妖狐の“警戒の質”が変わるのだ。

斗泉もその変化に気づいたようで、目を細めた。

「……こいつら、お前を手放す気ねぇな」

晴翔は慌てて言い返す。

「い、いや、そんな……! 僕なんて……」

斗泉は喉の奥で小さく笑った。
嘲りではなく、“わかってる”という含みのある笑い。

「自覚ねぇ方がやりやすい。
 今のままでいろ」

晴翔はよくわからず、ただ頷いた。

◆ 家の前

玄関の前に着くと、斗泉は歩みを止めた。

「今日はここまでだ」

晴翔は勇気を出して聞いた。

「あの……斗泉さんは、何をしている人なんですか?」

斗泉はしばらく晴翔を見つめ、
言葉を慎重に選ぶように答えた。

「世界の綻びを“縫ってる”だけだよ」

「……縫う?」

「ほつれたままだと、全部落ちるからな」

晴翔はその意味を咀嚼できずに沈黙した。

斗泉は背を向けかけて、ふっとだけ振り返る。

「晴翔」

名を呼ぶ声音は冷たいのに、どこか人間味があった。

「明日は、絶対に一人で森に近づくな。
 ……“門が息を吸う”」

そう言い残し、斗泉は夜の道を歩き去った。

街灯の下で、晴翔の影だけが小さく揺れた。

妖狐の尾がそっと晴翔の頬に触れ、
カマイタチの風が足元で静かに円を描いた。

――世界はまだ静かだ。
だがその静けさは、明らかに次の揺れの“予兆”だった。
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