隠世の門

海谷ノ

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第10話 影山家の窓が開く夜

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夕暮れが沈みきり、
街の影がゆっくりと“濃度”を変えていく頃。

晴翔は、
家の窓の外をずっと気にしていた。

風は動かないのに、
カーテンだけがときどき“誰かが通ったように揺れる”。

妖狐は肩の上で身体を細くしていた。
カマイタチの風は、足元に小さな円を描いて止まらない。

(……やっぱり、今日も変だ)

斗泉とういの言葉が胸に残っている。

――門が息を吸う。

その言葉の意味を知るには、
まだ晴翔はあまりに“人間側”にいた。

◆ 着信

突然、スマホが震えた。

画面には
《影山》 の名前。

晴翔は思わず息を止めた。

(影山……?)

出ると、小さな声が聞こえた。

『……はる……と?』

声が掠れている。
遠い場所から無理やり引き出されるような音。

(これ……影山? ほんとに?)

『……来て……ほしい……』

「どこに?」

『……ぼくの……家……』

不自然な間のあと、
電話は突然切れた。

晴翔の肩で妖狐が一気に冷気を立ち上げた。

(行くな……?)

けれど、晴翔の胸のどこかがざわめいた。

(……斗泉さんに連絡)
そう思ってスマホを握り直した瞬間、画面にノイズが走った。
連絡先を開こうとしても、表示が滲んでうまく触れない。

説明している間に、影山が“向こう”へ引かれる気がした。

(……でも)

影山が助けを求めることなんて、
一年間で一度もなかった。

◆ 影山の家

影山家は古びた低層住宅だった。

門灯はついていない。
にもかかわらず、玄関の隙間から
“影だけが漏れ出している”。

晴翔の影が足元で震えた。

妖狐は肩で尾をふくらませ、
カマイタチの風が“切り裂く音”を帯びる。

(……ここ、絶対におかしい)

インターホンを押そうと手を伸ばした時――

家の奥から、
がたり、と何かが倒れる音。

「影山くん……?」

返事はない。

晴翔は勇気を振り絞り、
玄関の扉に手をかけた。

妖狐の冷気が強く首元を引いた。
カマイタチの風も、足首に絡みつく。

(ここで引いたら、影山くんがいなくなる気がした)

晴翔は唇を噛み、扉をそっと開けた。

◆ リビング

部屋は暗かった。

だが、影だけが濃い。

影山はリビングの真ん中で座り込んでいた。
背中を丸め、何かを抱えている。

「影山くん……大丈夫?」

その瞬間――
影山の肩がびくりと揺れた。

ゆっくりと顔を上げる。

その瞳は、
“人の奥行きを失って”いた。

そして。

影山の背中から、
影が“もうひとつの顔”をつくり始めていた。

目も鼻もないのに、
確かにこちらを“見た”。

晴翔は息を呑んだ。

(これ……昨日の影とは違う……!)

影の形がおかしい。
影が影山を“内側から押し広げている”。

妖狐が晴翔の肩から飛び出し、
残影の尾が影山の周囲を巡った。

白い光が一瞬部屋を照らし、
その光に照らされた影山の胴の部分――

黒い裂け目が、
ゆっくりと開きかけていた。

(……門!?)

◆ 影が語る

影山の口がわずかに開いた。

だが、声ではない。
影が代わりに“穴の音”を出した。

『……かえ……』

(帰りたい……?)

『……ちが……う……』

影が震える。

『……よば……れて……る……』

その瞬間、
影山の身体ががくりと前へ倒れ――

影だけが晴翔へ襲いかかった。

「っ……!」

妖狐が白い光を弾けさせ、
影を押し返す。

その白い光は、
影山の背中の裂け目にわずかに触れ――

カッ、と赤黒い光が弾けた。

(……やばい……! あれ、“向こう側”の色だ)

◆ 助けを求めたのは影山か、それとも……

影山の身体が震える。

『……はる……と……』

今度は確かに影山の声。

でもその声の後ろで、
別の“深い呼気”が混じっていた。

呼ぶ声。
連れ戻す声。
還すのではなく、取り込む声。

(影山くん……!)

晴翔が一歩踏み出した瞬間――

背後の窓が、
バンッ! と開いた。

夜風と共に入ってきたのは、
細い黒い“糸状の影”。

ツタではない。
まだ“門の触手”として未熟な段階のもの。

(これ……黒いツタの、最初の形……!?)

妖狐が全力で冷気を展開し、
風が晴翔の身体を囲む。

足元で風刃が三重の円を描いた。

(守ってくれてる……!)

だが、部屋の空気はすでに歪んでいた。

隠世の呼吸が、
影山を“向こう”へ引きずり込もうとしている。

晴翔は呟いた。

「……斗泉さん……!」

呼ぶつもりはなかった。
でも名前が喉から自然に出た。

その瞬間――

玄関の奥から、
低い声が落ちてきた。

「呼ばれなくても来てるよ」

振り返ると、
斗泉が九曜スーツの一部を起動させながら立っていた。

その目は、
影山ではなく――

晴翔の肩にいる妖狐を見ていた。

「……お前、本当に“選ばれちまった”な」

夜の空気がきしむ。

影山の裂け目が、さらに開こうとしていた。
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