悪役令嬢エリザベート物語

kirara

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エリザベート嬢はあきらめない

サウスパール王国の闇

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『エリザ、エリザ。まだ、苦しんでる子がいるよ』

 ポケットの中から出てきた緑の精霊ミールが言った。

(ミールも付いて来ていたのね)

 今日はこの小さな友人の存在をすっかり忘れていた。

 突然聞こえてきた声で、その存在を思い出したエリザは、ちょっとミールに申し訳なかったなと思いながら苦笑した。

『苦しんでいる子?このお城にいるの?』

 ミールに念話で尋ねた。

『そう、このお城にいるわ。この部屋の空気はとっても清らかになったけれど、その子の部屋は真っ暗で息苦しそう。その子が助けを呼んでいるよ』

「この部屋の他にも、まだ私が浄化しなければならない場所があるようですわ。
 ロザリー様。出てみないと場所は分からないのですが、この部屋を出てもよろしいでしょうか?」

 レティシア様がミールの言葉を聞いて王妃様に言った。

 王妃様をはじめ、サウスパール王国の全員が困ったような顔をした。

「原因がそこにあるなら、この部屋を浄化した意味がなくなってしまいます。原因の場所を浄化しなければ、この部屋もまた元の状態に戻ってしまうでしょう」

 それでもサウスパール王国の全員は、ドアの前に立ち塞がる。

「レティシア様、実は外に出れない重要な理由があるのです」

 王妃様は決心したような表情で、サウスパール王家の隠された闇の部分について、語り始めた。

 サウスパール国王の側室の女性は、何やら怪しげな輩と繋がっていて、彼女の護衛と称して彼らはこの城に自由に出入りしているらしい。

 きっと城全体が見張られている。この部屋から一歩でも出たら、私とレティシア様の存在が彼らに見つかってしまうと言うのだ。

 その輩が城に出入りするようになった頃から、サウスパール城の雰囲気が変わって行ったらしい。

 王の信頼していた側近が亡くなったり、重い病に倒れたりして、王の周りには信頼できる重鎮が殆どいなくなってしまった。

 側室は言葉たくみに彼らを王に紹介して行ったらしい。

 そしていつの間にか、国王陛下の周りの重要なポストの殆どすべてが、彼らの仲間で埋まっていたそうだ。

 側室の息子(第2王子)を次の国王にする為に、彼らは闇魔法をつかって、王太子であるアンソニーを亡き者にしようと企んでいる。

 ドリミア学園の魔法学教室での事件も、そんな彼らからの攻撃だったのだ。

 彼らはアンソニーがいなくなったら、王は王妃様が産んだサミュール様に、王位を継承させるつもりではないかと考えている。

「サミュール様。虚弱体質を改善できると聞く果物をお持ちしました。このお薬も巷で虚弱体質に効くと評判ですのよ」

 そんな優しい言葉をかけて、側室はサミュール王子や側近に近づいて行った。

 初めは側室を警戒していた第3王子の側近や従者も、たびたびの贈り物に慣れていき、警戒心も薄れていった。

 そして、周りが気がついた時には、明るく素直だったサミュール王子は笑わなくなっていた。口数も少なくなって、どこか人を警戒するようになってしまっていた。

 2年前の魔法学教室の事件には、闇の魔法が使われていた。
 アンソニーは第3王子が変わってしまった原因も、闇魔法に関係があるのでは?と気がついたのだ。

 それからは、側室からのお見舞いの品を、全て破棄してその後は受け取らないようにと、サミュール王子の側近に指示を出した。

 そうする事によって、サミュール様は薬が切れた時に中毒症状で苦しんだけれど、やがて抜け出すことができた。

 けれど、サミュール王子の明るさは戻らず、先日、とうとう寝込んでしまい、目を覚さない状態になってしまったという訳だ。

 彼らは恐ろしい。だから王妃様達は、お祖母様と私がここにいると彼らに知られないように、部屋から出る事に反対しているのだ。

『ミールがレティシア様とエリザを見えなくしてあげようか?』

 思わぬ助けが入った。

『そんな事が出来るの?ミール。』

『出来るよ。他の人間からも見えなくなってしまうけどね』

『いい考えね』

 レティシア様が言った。

「ロザリー様、近くに可愛らしい精霊が来てくれているんです」

「まあ、素敵!」

「側室達に見つからないように、精霊が私とエリザの姿を消してくれます。だから、自由にこの部屋から抜け出す許可を頂けませんか?」

「さすがヴァイオレッの大聖女様ですね。精霊とも話せるなんて。わかりました。貴方様を信じますわ」

 こうして、私達は部屋の外に自由に出ていく許可をもらったのだ。

「今から精霊に、私達2人の姿を消してもらいまね。ご心配なさならいで」

 レティシア様は後の皆さまにそう言ったあと、念話でミールに言った。

『ミール、お願いするわ』

 レティシア様が言うと、ミールは小さな手をサッと振り上げた。それはまるで踊っているように見えた。緑の光が私とレティシア様に降り注いだ。

『これで悪い奴らにも、誰にも見えなくなったよ』

『ありがとう、ミール』

「まあ、お2人の姿が本当に消えてしまったわ」

「これは驚いた!」

「ドアが開いたら僕達も外に出ます。エリザ、僕が見える?」

「見えますわ。アンソニー」

「声は聞こえるんだね。僕には君達が見えないから、どこに向かうのか言ってくれる?」

『あの部屋が真っ黒よ』

 私にも『真っ黒』は見える。

「今、私たちが立っている場所から見える、前の建物の3階の部屋は、何方(どなた)のお部屋なの?そこに行きたいわ」

「フレッグの部屋だ」

「第2王子の部屋です。あの部屋は危険です」

 アンソニーとレオンは反対した。

 サミュール王子の側近のエリオと王妃様は、そのまま王子の側に残っている。

『中には男の子1人だけだよ。他に誰もいないよ。その子が1人でソファーに座ってるんだ。『助けて』って言っているのは、その子だよ』

『行ってみましょう。ミール、瞬間移動で中に入っても大丈夫かしら?』

 レティシア様は数々の危険な場所を浄化してこられた方だ。この行動力と判断力はさすがだ。

『大丈夫だよ。その子の他には誰もいないから』

「精霊に聞いてみたら、部屋のまわりにも中にも誰もいないみたい。あの部屋は誰にも見張られてはいないようよ。

 誰か来る前に入りますね。心配なさらないでね」

 レティシア様は他の皆さまを気遣って言われた。

「アンソニーもレオンも、サミュール様のお側にいて差し上げて。私達は大丈夫だから」

「わかった。くれぐれも気をつけて」

「ええ、気をつけますわ。では行ってきます」

 私とアンソニーの会話が終わった次の瞬間、私とお祖母様は第2王子フレッグの部屋の中にいた。レティシア様が移動魔法を使ったのだ。

 ミールの緑の光のおかげで、私達の姿は消えた状態だ。

 立派な家具やソファーが置かれ、煌びやかな飾り付けがしてある部屋だった。

 ボーっとした様子でソファーに座っている青年。この方がきっと第2王子のフレッグ様だろう。

 良く見ると、彼は人には見えない黒い紐で括られていた。あの『元気の補充が必要マーク』と同じ黒い瘴気の紐(ひも)だった。

 何重にもグルグルと瘴気の紐は彼に巻きついていた。手にも足にも身動き出来ないほどに巻きつけられていた。

「誰だ!そこにいるのは。また母上に何か言われて私を操りに来たのか!」

「!」

「!」

「生憎(あいにく)だな。私はまだお前達が望むほど、弱ってはいない。アイツにも母上にもそう伝えるがいい」

 第2王子のフレッグ様は、私達がいる方向を見てそう言った。

 彼は真面(まとも)だった。

 そして、姿を消した私たちの気配を感じる魔力を持っている。彼の助けを求める気持ちがミールに届いたのだ。

 レティシア様は彼から見えないままの姿で、フレッグ王子に近づいた。

「フレッグ様、お静かに。私はアミルダ王国のレティシアと言います。見えない姿のままのご挨拶で失礼いたします。」

「アミルダ王国のレティシア様?聖女レティシア様ですか?」

「はい。私はレティシアです。良く1人で頑張りましたね。もう大丈夫ですよ」

 そう言ってレティシア様は、フレッグ王子に巻かれた黒い紐に手を置いた。

 するとフレッグ王子が光に包まれ、光の飛沫で全身が見えなくなった。黒い紐やその他、沢山の糸や紐が光の外に飛び出して、消えていく。

 全ての糸や紐が飛び出したあと光の飛沫(しぶき)が鎮まり、彼を包んでいた光も消えていった。
 彼を縛っていた紐は全て消えていた。

 ミールは優雅に手を一振りして、緑の光をフレッグ王子に飛ばした。緑の光はキラキラと輝いて彼の中に消えていった。

 自分も消えることで、フレッグ王子は私とレティシア様を見る事が出来るようになった。

「貴方がレティシア様ですか?」

 フレッグ王子はお祖母様に言った。

「貴方は?」

「私はドリミア王国のエリザベート・ノイズです」

「貴方が!」

(どうやら、フレッグ王子は私を知っているようだわ)

「私はアンソニー様の同級生ですのよ」

「その貴方がどうしてここに?どうして・・?」

「貴方が助けを求めている声が聞こえたのです。お助けに参りました。フレッグ様」

 レティシア様が言った。

「本当に?・・助けに来て下さったのですか?・・私を?」

「そうです」

「フレッグ様、もう大丈夫です」

「ああ!本当に?ありがとう!ありがとうございます!」

 フレッグ王子は感極まったご様子だ。

 この部屋を見張っていた術は、私たちが入って来た時に効力を失っている。
 レティシア様は光魔法でこの部屋を浄化した。

「フレッグ様、今からサミュール様の部屋に参ります。よろしいですか?」

「わかりました」

 瞬間移動で私達3人はサミュール様の部屋に戻ってきた。

 レティシア様が部屋に結界を張り、外から誰も部屋に入れないようにした。話し声も漏れないようにした。そしてミールの魔法を解いてもらった。

「フレッグ殿下!」

「フレッグ!」

「フレッグ様!」

「フレッグ兄さま」

「フレッグ様」

 皆が口々にフレッグ王子を呼ぶ。

「王妃様、兄上、サミュール。私と私の母が・・・。すまない」

「レオン、エリオ、お前達にも迷惑をかけた。申し訳ない!」

 フレッグ王子は皆に向かって頭を下げた。

「フレッグ様。頭を上げて下さいませ。貴方様のせいではありません。お一人で戦っておられたのですね。お可哀想に・・」

 王妃様は涙を流しながらフレッグ王子を優しく抱きしめた。

「王妃様、陛下は何処に?」

 レティシア様が尋ねた。

「ご自分の部屋にいらっしゃいます」

「今から行かせて頂いても?国王陛下にも一緒に、フレッグ様のお話を聞いて頂きたいので」

「もちろんです。陛下をこちらにお連れしてはどうでしょうか?レティシア様」

『王様の部屋は、外から見張られているけれど、中には王様しかいないよ』

 ミールが教えてくれる。

「今なら誰も見張っていないようです」

「王妃様、私とエリザベートと一緒に、陛下の部屋に行って頂けますか?」

「もちろんです」

「ありがとうございます。では、まいります」

『ミールお願い』

『わかったよ』

 私とレティシア様、そして王妃様はミールの緑の光で姿を消してもらった。そして、レティシア様の瞬間移動で国王陛下の部屋に入った。

 陛下は執務中だった。
 側近も誰もいなかった。

 レティシア様はすぐに部屋に結界を張った。これで、外から誰も入って来れない。声も漏れなくなった。部屋に仕掛けてあった見張りの魔法も解除した。

 全ての処理が終わった後、ロザリー様が陛下に声をかけた。

「陛下」

 国王陛下は声のする方を振り返ったが、勿論、王妃様の姿は見えない。

「陛下、ロザリーです。今、陛下の前に来ております。許しもなく入室した事、お許し下さい。外で見張っている者に知られたくなかったので」

「ロザリーか。面白い術を使って入ってきたものだな」

「陛下、ここに、聖女レティシア様とノイズ公爵家の令嬢のエリザベート様がいらっしゃいます」

「目の前に?」

「そうです」

『ミール、解除をお願い』

 私達はサウスパールの国王陛下の前に姿を現した。私とレティシア様は陛下に一礼をして、一歩下がった。

 王妃様は今までの事を陛下に説明した。
 国王陛下はサミュール様が目を覚された事を大変喜ばれて、すぐに部屋を訪ねたいと言われた。
 王妃様は、フレッグ様のことは話されなかった。

 私たち4人はお祖母様(聖女レティシア)の瞬間移動でサミュール様の部屋に戻ってきた。

 その場にいた全員が、私たちと一緒に現れた国王陛下に一礼をした。

「サミュール!気がついたか!」

「父上!」

 国王陛下はサミュール王子の手を握った。お互いに何度も何度も頷きあって喜びを噛み締めておられた。

 そのあとで私たちを振り返った国王陛下は、初めてフレッグ王子に気がついて、大きく目を見開かれた。

「フレッグ、其方が何故ここに?」

「父上・・」

「フレッグ様のお話を一緒に聞いて頂きたくて、陛下にここに来て頂きました。どうぞ、こちらにお座り下さいませ」

 王妃様が陛下にソファーを勧めた。
 私たちもそれぞれソファーに座り、サミュール様の側近のエリオが皆にお茶とお菓子を用意して下さった。

 そしてフレッグ様は国王陛下に挨拶をした後、今までの事を話し始めたのだった。
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