悪役令嬢エリザベート物語

kirara

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エリザベート嬢はあきらめない

闇の精霊テネーブ

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「今から家を建てようよ。エリザ、どんな家に住みたい?思い浮かべてみて」

 ミールに言われてエリザは考えた。

「そうね・・沢山の木々に守られて、外からは殆どみえない、洒落た隠れ家のような家がいいわ。

 よく見ないと分からないような、木々と同化した素敵な門があって、中に入ると広い庭があるの。

 庭に入ればお伽話に出てくるような赤い屋根の小さな家が建っている。

 外からは木々で鬱蒼(うっそう)としている様に見えながら、じつは太陽の光はきちんと届いていて、家の中は快適な明るさなの。

 木々に囲まれて外からは見えないけれど、その庭の中には、湧き出る泉もあるの。

 夜には、時々宴会が開かれて、お話好きな精霊達が集まって、踊ったり歌ったりして楽しんで帰っていくのよ。

 そんなお家に住んでみたいわ」

 エリザは夢見る乙女のように、色々と想像しながら思い浮かぶ事を並べた。

 すると目の前に、木々と緑に包まれた、洒落た隠れ家のような家が現れたのだ。

「今日からここがエリザの家だよ」

 緑の精霊ミールが、エリザの前に現れた家の周りを取り囲む木々の枝に、腰を下ろしてそう言った。

「素敵ね」

 夕方になると、エリザが語った理想の家と同じように、色とりどりの光を纏(まと)った精霊達がやってきた。

『エリザ。遊びに来たよ』

『エリザ。ようこそ、精霊の森へ』

 小さな光が庭の片隅に湧き出る泉の方に集まっていく。

 その近くに大小様々なテーブルが並び、いつの間にか、美味しそうな料理や果物、飲み物が並べられている。精霊達の宴が始まった。

 小さな光の中の小さな精霊達が、エリザに合わせて人型になってゆく。

「エリザ、一緒に踊りましょ」

 精霊達に混ざって踊っていると、身体がフワフワして心が軽くなっていく。

 精霊達は自己紹介をしながら美味しそうな料理を運んできてくれた。こんなに笑ったのは何年ぶりかしら?

 少しアルコールが入っていたからだろう。日頃は自分からは話しかけないエリザが、近くの木陰に腰を下ろしている精霊に近寄り話しかけた。

「こんばんは、精霊さん」

「テネーブだ」

「こんばんは、テネーブ。私はエリザベート。エリザと呼んでね」

「ご機嫌だな」

「ええ、とっても楽しいもの。貴方にもこれをどうぞ」

 エリザは目の前にあったワイングラスを、精霊テネーブに差し出した。

「人間はこんな風に乾杯をするのだろ?」

 彼はそう言って、エリザが持っているグラスに向けて自分の手にあるグラスを掲げた。

「そうよ。良くしっているわね。じゃあ乾杯をしましょう・・乾杯!」

 テネーブは一気にグラスを飲み干した。そしてエリザが持つグラスにも手を伸ばす。

「これも俺が飲んでおこう。さっきから見ていたが、お前は飲み過ぎだ」

「あら、優しいところがあるのね。精霊のお兄さん。私と何処かで会ったことはない?」
    
 テネーブは黙ってエリザの顔を見た。

「俺を知っているのか?」

「絶対にどこかで会った事があるわ。私、貴方を見た時に、とっても懐かしいような・・気がしたの」

「そうか」

「貴方のその漆黒の瞳と漆黒の髪。絶対に見た事があるわ。覚えているもの・・キラキラと輝いて宝石みたいで・・私、好きだわ」

「そうか、好きか」

「ええ、とっても」

 皆から離れて1人で腰を下ろしていた彼が気になって、踊りに誘おうと話しかけたのだけれど。

 話しているうちにとても懐かしいような・・不思議な気持ちが湧いてきた。精霊に知り合いなんていないはずなのに・・

 やっぱり今夜は少し酔っているのかしら?

「ねえ、踊りましょうよ」

 エリザはテネーブの手を引いて踊りの輪の中に入いった。他の精霊達は楽しげに2人の周りに集まり、踊りの輪は益々広がっていった。

 楽しい時間はアッと言う間に過ぎていく。夜も深まりエリザは少し眠くなってきた。

 精霊達の光は一つずつ森の中に消えていく。テーブルの飲み物や食べ物も、その他の騒いだ跡も残さずに、精霊の森の庭は静かになっていった。

「貴方が踊りの輪の中にいるのを初めて見たわ。テネーブ」

 彼の双子の姉である、光の精霊ルミーニが楽しげに話しかける。

「初めてだ。自分と同じで俺が独りに見えたのだろう。それに・・」

「あら?貴方が話を途中でやめるのも珍しいわね。まあ、いいんだけれど。私はこれで消えるわね。今からは貴方の世界。あの子のこと宜しくね」

 そう言ってルミーニは姿を消した。

「それに彼女は俺を覚えていた。まさか覚えているとは思わなかった。

 漆黒を宝石みたいで綺麗だと言われたのも2回目だ。とっても好きだと言われたのも・・」

 小さく呟いた声はルミーニには届かなかった。

 光のある所には影ができる。暗闇(くらやみ)は、ともすれば悪に見られがちだ。

 しかし草木の根は暗い土の中で成長していく。昼間に働いた者の疲れは、夜の闇の中でゆっくりと休んで取れていく。

 旅人は汗を拭きながら、木陰で腰を下ろして一休みし、夜の暗闇の中で身体を休める。

 夜は人間にとっては身体を休める休息の時間。その夜は闇の精霊テネーブの支配する世界だった。

 テネーブにとって、狼が狼であるように、犬が犬であるように、人間は人間であるに過ぎなかった。

 人間が闇魔法を使って出来る事など知れている。

 テネーブが力を貸す魔法は闇魔法であり、
 禁止されている『黒魔法』ではない。
 禁止されている黒魔法の一つが魅了魔法だった。

 人々は大きな勘違いをしていた。テネーブが力を貸す闇魔法は、決して人々を死に至らせる為の魔法ではない。

 それなのに、人々は闇の精霊テネーブを恐れた。

 そして、夜の闇を支配する彼を、犯罪者達は自分達の味方のように考えるようになっていた。

 ただ、闇の魔法を得意とする者の中に、禁止されている黒魔法を、使おうとする者が多い事は確かだったけれど・・

 彼は闇の中で獲物を狙う動物を見るように、闇の力を欲して詠唱を行う人間を見ていた。

 その夜も同じような輩が魔法詠唱を行い、闇魔法を使おうとしていた。 

 別にかまわない。使える力を持っているのなら使えばよい。テネーブは邪魔をする事なく放っておいた。

 その男が闇魔法を使って行ったのは微々たる行為・・魅了魔法にかかっている人間達を興奮させただけだった。

 興奮させられた人間達が行ったこと。

 それは・・・

 〈何年にも渡って、テネーブがずっと見てきたある少女〉を傷つけ、国外に追放し、挙げ句の果てに、その命を奪ってしまった。

 そう、彼はずっとエリザベートを見てきたのだ。生まれた時は光の精霊ルミーニが騒いでいたので、興味をもって一緒に見に行った。

 その赤子は光魔法は使えないはずなのに、ルミーニの関心を引いていた。

 それから数年経ったころには、彼はその赤子の存在も忘れてしまっていた。

 けれど、ある時、暗い闇の中で泣いている幼い子供を見つけた。それが彼女だった。

 夜の暗闇の中で涙を流していたその子供は、朝になると顔を上げ、姿勢を正し、髪を結ってもらって前を見た。

 その周りには、誰が仕掛けたのか、テネーブの闇魔法の気配があった。黒い魅了魔法の気配もある。

 けれど、その子供はどちらの魔法にも支配されてはいなかった。ただ只管(ひたすら)に前を向き、一心不乱に何かを求めている様子だった。

 何故か気にかかり、テネーブは時々、その子供の様子を見に立ち寄るようになっていた。

 そんなある夜、その子供がテネーブに気がついたのだ。やはりその夜もその子供は泣いていた。少し様子を見て立ち去ろうとした。

「ねえ、貴方は誰?」

「俺が見えるのか?俺の声は聞こえているのか?」

「聞こえるし、見えるわ。小さな頃から時々きてくれていたでしょ?貴方は魔物?それとも悪魔?」

 その子供にはテネーブが悪の者に見えるようだった。

「いや、俺は精霊だ」

「な~んだ。もし悪魔だったら私にもお父様やお兄様にかけたような、黒い魔法をかけてもらえると思ったのに。がっかりだわ」

 彼の返事を聞いて、子供はそう言ったのだ。

「でも、いつも思っていたの。貴方のその漆黒の瞳と漆黒の髪。キラキラと輝いて宝石みたいね。私、好きだわ」

「そうか、好きか」

「ええ。でも、私のお兄様のシルバーの髪や、お父様のダークブロンドの髪には及ばないわ。私はお2人の綺麗な髪が大好きなの・・」

 誇らしい顔をして話すその2人が、彼女に微笑みかける姿を、テネーブはこの数年間で1度も見ていない。

「そうか」

 彼は短い返事をした。

「でもね、私は貴方が来たらすぐに分かるのよ。姿が見えなくても気配がするもの。私ね、貴方の気配がしたら心がポカポカしてくるの。やっとお話が出来て良かったわ。私はエリザベートよ。エリザと呼んでいいわ」

 幼い子供は彼にそう言って、初めて笑顔を向けた。

「俺の名はテネーブだ。またな、エリザ」

 それからも、時々、気まぐれに、その子供の様子を見に寄っていたのだけれど・・

 いつも闇に隠れて泣いていた少女は、失意の中、旅立ってしまった。

 エリザの命の灯火(ともしび)が消える寸前に、大きな光魔法が使われた。紫の光が爆破した。

 テネーブにはエリザの魂が、何処かに飛ばされていくのが見えた。ああ、助かったのか、あの魂は・・

 そう思ったあと、時は戻り、何事もなかったかのように流れ始めたのだ。

 テネーブは、木陰で寝入ってしまったエリザを抱き抱えて、新しい精霊の家に入る。彼女のイメージ通りの内装になっているのだろう。

 奥の部屋はまだ空っぽだった。

 彼がサッと手をかざすと、趣味の良いベッドが現れた。その上にエリザを寝かせ布団をかける。

 精霊の森には悪き者は存在しないのだけれど、念のために暗黒の結界を張る。

「今日は楽しませてもらった」

 エリザは楽しい夢でも見ているのだろう。テネーブに微笑みかけて、また、すっと寝てしまった。

 暫くの間、エリザの寝顔をみていたテネーブは、夜の闇の中に消えて行った。
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