12 / 32
第二章 合気術参上
欧州回顧録「総統閣下への謁見」
しおりを挟む
到着するなり一戦を終え、私は初めてヒトラー総統にお会いしました。
小さな人と聞いた気がするのですが、恰幅がよく身長もかなり高く見えます。
それでも髭や髪形から、やはりあの総統なのだとわかりました。
彼は何やらじろりと周囲を見まわしておりましたが、親衛隊員さんが床の遺体と私のことを説明しますと、総統は私の肩に手を置いて、なにかねぎらいの言葉をおっしゃいました。
私は一歩下がるとすっと右手を挙げ「ハイルヒトラー」と申しました。
総統は自然な答礼を下さり笑顔になられましたが、ふと怪訝な気分になったように、うむ、と視線をそらしました。
これは私の特技といいますか、武術家としての研鑽の産物でした。
閣下は私のような見ず知らずの者に緊張を解かれて驚いたのです。
初対面の人が持つ独特な緊張をさっと解いてしまう、それは相手を倒す技術と同様に大切な武の一面なので、私は折に触れてこうした拍子外しをしかける癖がありました。
もっとも、それをこんな大物に使うとは思ってもいませんでしたが……
彼は隣の者に何かを言い伝えると、背を向けて宿舎へ向かっていきました。
先ほど透明人間と取っ組み合っていた方が、興奮した面持ちで私に何かをおっしゃいました。
「叙勲ですよ」
通訳さんが私の耳元に言葉をつなげてきます。
「は、じょくんとは?」
「鉄十字章をお渡しいたします。ですがまずは、どうかこちらへ」
軍人ですらない私になぜ勲章を渡すのかはよくわかりませんが、そうおっしゃるならと答えました。
これですぐに休めるかと思いましたが、私は食堂へ行くよう促されました。
遅い時間でしたが、夕食を準備してあるそうなのです。
現金なものでしっかり食欲はありましたが、何しろ疲れているので手を動かすのが大変でした。
しかもドイツの方は食事の最中に会話をするのが普通らしく、親衛隊の方々が次々にお話を始めてきます。
その口調も尋問でもしているかのように厳しく、なんだか食べた気がしませんでした。
ただとにかく成果を出したことで、親衛隊の皆様の食いつき方はすごいものでした。
最初にハンス・ユンゲさんという方と少し話をしたのですが、大半の質問はシュミットさんという尉官からでした。
彼は大柄な体なのに料理を全く口にせず、とにかく質問を矢継ぎ早に投げつけてきました。
「極めて重要な戦果であり、我々は貴殿の実力を高く評価するに至った」
「はあ。まあ、今回はうまくいきましたかな」
「だがその理由を我々は知らなければならない。一回見ただけでは真価まで理解するのは困難な部分があった。技法についてより詳しい説明を求めたい」
「まあ、それをしに来たわけですし。ですが、今この場ではなかなか簡単には」
「先だってお聞きするが、あの技は誰もが身に着けることが可能なのか。一部の才能のある人間を選抜する必要があるのなら、必要な条件をお答え願いたい」
「いや、どうでしょうかな。なんというか、やってみないことには……」
「ではさしあたって白兵が得意な人員を選抜しておく。ご了承願いたい」
万事がこんな言い回しなので伝わっているのか不安でしたが、それにしても彼らが真剣なのは間違いありませんでした。
衝撃的ではあったのでしょう。
しかし今になって振り返ってみますと、捕まえるまではともかく、そこからの投げであれば、あれは合気の術を学んだ者であれば、誰でも同じことができたと断言できます。
かの透明人間もしょせんは人間であり、骨格のつくりは私がなじんだ相手のものとたがわないからです。
あとは彼ら親衛隊が倒せるようになるのかどうか。
それは明日以降のやり方次第です。
指導に当たること自体は、外地に出てからも私は合気術の指導に明け暮れていましたし、渡航前の約束にも含まれていました。
一方で、期間は短く、彼らの気質や素養もわからないという課題はあります。
さて、どうなることやら。
そう初日から様々なことを考えながら食事を終えました。
居室は壕のそばにある石造りの殺風景な住居で、換気はネジを回すとヒューヒュー喘息のような音がして、あまり快適ではありません。
ただ、ごろりと寝転ぶと、小窓からは背の高い白樺が立ち並び、枝の合間から無数の星がとびとびに瞬いているのに気づきました。
深夜なのでオリオン座が上がっているはずなのですが、その形は見えず、代わりに木々の装飾となっているのです。
私はその見事な輝きに身を乗り出しました。
ああ、自分はドイツにいるのだな、と初めて感じました。
小さな人と聞いた気がするのですが、恰幅がよく身長もかなり高く見えます。
それでも髭や髪形から、やはりあの総統なのだとわかりました。
彼は何やらじろりと周囲を見まわしておりましたが、親衛隊員さんが床の遺体と私のことを説明しますと、総統は私の肩に手を置いて、なにかねぎらいの言葉をおっしゃいました。
私は一歩下がるとすっと右手を挙げ「ハイルヒトラー」と申しました。
総統は自然な答礼を下さり笑顔になられましたが、ふと怪訝な気分になったように、うむ、と視線をそらしました。
これは私の特技といいますか、武術家としての研鑽の産物でした。
閣下は私のような見ず知らずの者に緊張を解かれて驚いたのです。
初対面の人が持つ独特な緊張をさっと解いてしまう、それは相手を倒す技術と同様に大切な武の一面なので、私は折に触れてこうした拍子外しをしかける癖がありました。
もっとも、それをこんな大物に使うとは思ってもいませんでしたが……
彼は隣の者に何かを言い伝えると、背を向けて宿舎へ向かっていきました。
先ほど透明人間と取っ組み合っていた方が、興奮した面持ちで私に何かをおっしゃいました。
「叙勲ですよ」
通訳さんが私の耳元に言葉をつなげてきます。
「は、じょくんとは?」
「鉄十字章をお渡しいたします。ですがまずは、どうかこちらへ」
軍人ですらない私になぜ勲章を渡すのかはよくわかりませんが、そうおっしゃるならと答えました。
これですぐに休めるかと思いましたが、私は食堂へ行くよう促されました。
遅い時間でしたが、夕食を準備してあるそうなのです。
現金なものでしっかり食欲はありましたが、何しろ疲れているので手を動かすのが大変でした。
しかもドイツの方は食事の最中に会話をするのが普通らしく、親衛隊の方々が次々にお話を始めてきます。
その口調も尋問でもしているかのように厳しく、なんだか食べた気がしませんでした。
ただとにかく成果を出したことで、親衛隊の皆様の食いつき方はすごいものでした。
最初にハンス・ユンゲさんという方と少し話をしたのですが、大半の質問はシュミットさんという尉官からでした。
彼は大柄な体なのに料理を全く口にせず、とにかく質問を矢継ぎ早に投げつけてきました。
「極めて重要な戦果であり、我々は貴殿の実力を高く評価するに至った」
「はあ。まあ、今回はうまくいきましたかな」
「だがその理由を我々は知らなければならない。一回見ただけでは真価まで理解するのは困難な部分があった。技法についてより詳しい説明を求めたい」
「まあ、それをしに来たわけですし。ですが、今この場ではなかなか簡単には」
「先だってお聞きするが、あの技は誰もが身に着けることが可能なのか。一部の才能のある人間を選抜する必要があるのなら、必要な条件をお答え願いたい」
「いや、どうでしょうかな。なんというか、やってみないことには……」
「ではさしあたって白兵が得意な人員を選抜しておく。ご了承願いたい」
万事がこんな言い回しなので伝わっているのか不安でしたが、それにしても彼らが真剣なのは間違いありませんでした。
衝撃的ではあったのでしょう。
しかし今になって振り返ってみますと、捕まえるまではともかく、そこからの投げであれば、あれは合気の術を学んだ者であれば、誰でも同じことができたと断言できます。
かの透明人間もしょせんは人間であり、骨格のつくりは私がなじんだ相手のものとたがわないからです。
あとは彼ら親衛隊が倒せるようになるのかどうか。
それは明日以降のやり方次第です。
指導に当たること自体は、外地に出てからも私は合気術の指導に明け暮れていましたし、渡航前の約束にも含まれていました。
一方で、期間は短く、彼らの気質や素養もわからないという課題はあります。
さて、どうなることやら。
そう初日から様々なことを考えながら食事を終えました。
居室は壕のそばにある石造りの殺風景な住居で、換気はネジを回すとヒューヒュー喘息のような音がして、あまり快適ではありません。
ただ、ごろりと寝転ぶと、小窓からは背の高い白樺が立ち並び、枝の合間から無数の星がとびとびに瞬いているのに気づきました。
深夜なのでオリオン座が上がっているはずなのですが、その形は見えず、代わりに木々の装飾となっているのです。
私はその見事な輝きに身を乗り出しました。
ああ、自分はドイツにいるのだな、と初めて感じました。
0
あなたにおすすめの小説
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり
もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。
海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。
無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる