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第四章 語られぬ約束
欧州回顧録「すべてを終えて」
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さて、この回顧録もそろそろ以上としたく思います。
最後にハンスさんが仕留めた透明人間の持っていた記録には、透明にするための薬品がさる事情により完全に尽きたとありました。
透明人間の襲撃はついに終わったと確認され、私は無事解任となりました。
ハンスさんとトラウデルさんは、深いお礼を言って私たちと別れ、わずかな再会の時間を過ごしに行きました。
私は山ほどたばこを渡してきた武官さんと潜水艦にたどり着き、10月5日の夕方にブレスト港を出発しました。
そこから先は、公にも知られていることばかりです。
東南アジアに戻り終戦を迎えてからも、いろいろなことが起きました。
それは決して平坦なものではなく、透明人間のことなど、期間で考えれば些細なものとなりました。
戦後の日本を生き抜くことのほうがはるかに大変で、ドイツに思いを巡らせる時間もなかなか作れませんでした。
ですが、あの狼の巣ですごしたことは、頭の片隅にずっと控え続けておりました。
結局、ナチス第三帝国も大日本帝国も戦争に敗れ、ヒトラー総統も親衛隊の方々も亡くなりました。
トラウデルさんだけはご存命だそうですが、どうされているかは存じ上げません。
あの逆万字をいただいた同盟国は、残虐で非人道的な行為を繰り返したことが露見し、二度と世界に認められることはありませんでした。
あとから各地の収容所で起きた事実を聞いてみると、それは私の感覚としても当然のことではありました。
ただ、それでも一期一会というのでしょうか、お会いした方々を、人でなしの一言で片づけるのは難しいところがあります。
独裁者ヒトラーも含めて、彼らはすべて一人ひとり、人間でした。
誰にでも通じる、人間らしい部分も持ち合わせてもいました。
特にハンスさんとトラウデルさんの間には、時代も国境も問わない、深い愛情があることが伝わってきました。
人間には残酷な面もあり、親切な面もあります。
あの状況においては残念ながら、その負な面が強く出てしまった。
そういうことなのだと、私の中には留められています。
そしてそれ以上に色あせないのは、やはり透明人間たちの記憶でした。
軍部から、たとえ戦争が終ろうとも断じて口外しないことというので、この記録はこういう形でだけ私の部屋に残し、家人にも話さないことにしてあります。
時が移り変わり、世の中が変化しても、彼らのことはもう表に出ることはないでしょう。
それでも彼らとの対決は、今でも鮮明に脳裏へ焼き付いています。
特に鉄道の中で対峙した巨大な透明人間のことは忘れられません。
戦時中、命のやり取りは何度もありましたが、私と立ち会うことを心の底から楽しみ、全力で腕比べに興じたという機会は、あの時ただ一度でした。
あの若き巨人が名のあるレスラーだったのか、無名の兵卒だったのか。
それは結局謎のままでした。
ただ一つわかるのは、彼が一流の戦士だったことだけです。
谷底に落ち、その生死は見届けられませんでしたが、しかしなぜか、彼はまだ生きているような気がするのです。
ひょっこりと、明日にでも私の開いている道場を訪れるかもしれない。
そんな気がしてならないのです。
さて、それでは本当に終わりにいたしましょう。
この回顧録は将来にわたり、だれも目を通すことはないでしょう。
私のひそかな楽しみとして、書庫の奥にでもしまっておきたく思います。
一九六一年 五月十九日
塩田剛三
最後にハンスさんが仕留めた透明人間の持っていた記録には、透明にするための薬品がさる事情により完全に尽きたとありました。
透明人間の襲撃はついに終わったと確認され、私は無事解任となりました。
ハンスさんとトラウデルさんは、深いお礼を言って私たちと別れ、わずかな再会の時間を過ごしに行きました。
私は山ほどたばこを渡してきた武官さんと潜水艦にたどり着き、10月5日の夕方にブレスト港を出発しました。
そこから先は、公にも知られていることばかりです。
東南アジアに戻り終戦を迎えてからも、いろいろなことが起きました。
それは決して平坦なものではなく、透明人間のことなど、期間で考えれば些細なものとなりました。
戦後の日本を生き抜くことのほうがはるかに大変で、ドイツに思いを巡らせる時間もなかなか作れませんでした。
ですが、あの狼の巣ですごしたことは、頭の片隅にずっと控え続けておりました。
結局、ナチス第三帝国も大日本帝国も戦争に敗れ、ヒトラー総統も親衛隊の方々も亡くなりました。
トラウデルさんだけはご存命だそうですが、どうされているかは存じ上げません。
あの逆万字をいただいた同盟国は、残虐で非人道的な行為を繰り返したことが露見し、二度と世界に認められることはありませんでした。
あとから各地の収容所で起きた事実を聞いてみると、それは私の感覚としても当然のことではありました。
ただ、それでも一期一会というのでしょうか、お会いした方々を、人でなしの一言で片づけるのは難しいところがあります。
独裁者ヒトラーも含めて、彼らはすべて一人ひとり、人間でした。
誰にでも通じる、人間らしい部分も持ち合わせてもいました。
特にハンスさんとトラウデルさんの間には、時代も国境も問わない、深い愛情があることが伝わってきました。
人間には残酷な面もあり、親切な面もあります。
あの状況においては残念ながら、その負な面が強く出てしまった。
そういうことなのだと、私の中には留められています。
そしてそれ以上に色あせないのは、やはり透明人間たちの記憶でした。
軍部から、たとえ戦争が終ろうとも断じて口外しないことというので、この記録はこういう形でだけ私の部屋に残し、家人にも話さないことにしてあります。
時が移り変わり、世の中が変化しても、彼らのことはもう表に出ることはないでしょう。
それでも彼らとの対決は、今でも鮮明に脳裏へ焼き付いています。
特に鉄道の中で対峙した巨大な透明人間のことは忘れられません。
戦時中、命のやり取りは何度もありましたが、私と立ち会うことを心の底から楽しみ、全力で腕比べに興じたという機会は、あの時ただ一度でした。
あの若き巨人が名のあるレスラーだったのか、無名の兵卒だったのか。
それは結局謎のままでした。
ただ一つわかるのは、彼が一流の戦士だったことだけです。
谷底に落ち、その生死は見届けられませんでしたが、しかしなぜか、彼はまだ生きているような気がするのです。
ひょっこりと、明日にでも私の開いている道場を訪れるかもしれない。
そんな気がしてならないのです。
さて、それでは本当に終わりにいたしましょう。
この回顧録は将来にわたり、だれも目を通すことはないでしょう。
私のひそかな楽しみとして、書庫の奥にでもしまっておきたく思います。
一九六一年 五月十九日
塩田剛三
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