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1 奏視点
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「宮本、おはよう」
「……お、おはよう」
僕の口から出たのはか細くて上擦った声だった。途端に耳が熱くなるのを感じて、挨拶をしてくれた相手の顔を見ることもできない。情けなくてこんな自分が嫌になる。
春の朝、空は快晴だ。それなのに僕の心は、自分の声のせいでどんよりとした曇り空になってしまう。それでも声を掛けてくれた相手は、軽やかな笑い声をあげて、僕の前の席に座った。
目の前に座っている宮瀬颯人は、学校中から愛される、ザ・陽キャな男子生徒だ。バスケ部では二年生エースで、クラスでも推薦で学級委員を任された人物、文武両道で、イケメン。まさに神に愛された人物であるにも関わらず、僕みたいな陰キャにも話しかけてくれる人格者だ。
世の中の天秤というものは平等にできていてほしいと僕は思っている。たとえば僕は冴えない男子高校生で、根暗で、低身長、あがり症気味で、人前に立つなんて絶対にできない。でも勉強だけはできる。そういう風に、人間は欠けている部分を補ってくれる何かを持っていてほしいし、少なくとも、全部平均的か、どっちか……。そういうふうにできていてほしい。
それなのに宮瀬颯人は、誰もが認める完璧人間だ。僕は悲しいことに、世の中の天秤というものが作用しない人間が、つまり神に愛された人間がいるということを知ってしまった。
そして僕、宮本奏は、そんな彼に恋をしてしまった。
一年生の時から彼の噂は聞いていた。といっても入学してすぐは僕に友達なんていなかったから、クラスの女子たちが騒いでいるのを耳にしただけだ。女子たちはみんな恋した乙女のように頬を染めて宮瀬くんを褒め称えていた。
一度だけ彼とは廊下ですれ違ったことがある。友人と思われる人物に名前を呼ばれていたので、本人で間違いないだろう。成長の遅い僕に比べて、頭一つ分は背が高くて「おっきい人だな」が第一印象だったけど、長い前髪越しに覗き見たその顔は確かに華のあるイケメンだった。
二年生になって同じクラスになったときは正直、驚いた。
この高校には特進科、普通科、スポーツ科がある。部活で活躍している生徒は大抵、スポーツ科の生徒だから宮瀬くんもそうだろうと勝手に思っていたのだ。だけど彼は僕と同じ特進のクラスだった。
僕は宮本で、彼は宮瀬だ。座席は前後になった。宮瀬くんは二年生の登校初日たくさんの友人に囲まれて教室に入ってくると、座席表を確認して僕の前に立った。
「宮本だよね。これからよろしくね」
爽やかな白い歯を覗かせながら笑うその姿に、思わず目を細めながら僕も辿々しく挨拶をした。
「……よ、よろしく」
僕は思ったことを一拍置かないと口にできない。接続の悪いケーブルのように、口と脳とか時差を生じさせてしまうのだ。それが今回は二拍以上、間があったと思う。それでも宮瀬くんは返事を待ってくれて、声を聞くと満足したのか、笑みを深めて席についた。
彼が腰を下ろした瞬間、すぐに他の生徒が集まってきて彼を囲んだ。一斉に話をする友人たちに宮瀬くんは、テンポよく返事をしていく。まるで聖徳太子だ。
自分とはまるで違う世界の人だな。
スマホの黒い画面に反射する自分が目に映って思わず小さなため息が漏れた。
「奏!」
沈んだ気持ちになっていると突然後ろから衝撃を受けた。僕の肩にかけられた腕を掴んでそのまま後ろを振り返ると予想通り、岩田将吾が僕にくっついていた。
「……しょ、将吾」
「どうした? 暗い顔してるけど」
「……自分の情けなさを思い出して沈んでたんだ」
「ん?」
将吾とは一年生の秋に仲良くなった。コミュ障の僕が自分から誰かに話しかけるなんてことはなかったから、僕は春学期のあいだ、ずっと独りだった。だけどある日、急に将吾が話しかけてくれたのだ。理由は簡単。夏休みの課題を発表しなくてはいけなかったとき、僕が教卓で真っ赤になって震えているのを見て、心配したのと興味が湧いたのと、らしい。
将吾は辛抱強く僕が話すのを聞いてくれた。将吾が人の話を聞くのがうまいせいで、僕は抱えていた自分のコンプレックスを気づいたら全部話していたわけだが、それを静かに聞いていた将吾は、「自分たちはもう友達だ」と笑ってくれたのだ。
将吾は高校で初めてできた大切な友達だ。
今年も将吾が同じクラスだということは、昇降口で確認していて、すごく嬉しかった。が、実際に目の前に本人がいると思うとこの新環境での安心感がすごい。
僕に抱きついていた将吾の腕を剥がし、自分から将吾に抱きついた。
「おやおや奏くん、今日はいつにも増して甘えん坊だね?」
男子高校生のこういうスキンシップってどうなんだろう。廊下で女子が二人、手を繋いでいたり、ハグしているのをたまに見ることはあるけど……。腕を解いて将吾から体を離した。将吾は眉を軽く上げて問いたげにこっちを見ている。
「今年もよろしくね」
「ああ」
僕は将吾のことを親友だと思っている。恥ずかしかったがそれを将吾に言ったら、彼もそう思っていると言ってくれた。それ以来、僕はもうすっかり将吾のことが大好きだ。
将吾は僕の前髪をかき上げて、かけていた眼鏡をずらすと、ニコニコ笑ってくる。首を傾げてどうしたのか問えば、将吾はなんでもないと首を振った。ただ一言「髪切りに行けば?」と言ってきたけど。
そんな僕たちの様子を、宮瀬くんがじっと見ていたことをこの時の僕は知らなかった。
「……お、おはよう」
僕の口から出たのはか細くて上擦った声だった。途端に耳が熱くなるのを感じて、挨拶をしてくれた相手の顔を見ることもできない。情けなくてこんな自分が嫌になる。
春の朝、空は快晴だ。それなのに僕の心は、自分の声のせいでどんよりとした曇り空になってしまう。それでも声を掛けてくれた相手は、軽やかな笑い声をあげて、僕の前の席に座った。
目の前に座っている宮瀬颯人は、学校中から愛される、ザ・陽キャな男子生徒だ。バスケ部では二年生エースで、クラスでも推薦で学級委員を任された人物、文武両道で、イケメン。まさに神に愛された人物であるにも関わらず、僕みたいな陰キャにも話しかけてくれる人格者だ。
世の中の天秤というものは平等にできていてほしいと僕は思っている。たとえば僕は冴えない男子高校生で、根暗で、低身長、あがり症気味で、人前に立つなんて絶対にできない。でも勉強だけはできる。そういう風に、人間は欠けている部分を補ってくれる何かを持っていてほしいし、少なくとも、全部平均的か、どっちか……。そういうふうにできていてほしい。
それなのに宮瀬颯人は、誰もが認める完璧人間だ。僕は悲しいことに、世の中の天秤というものが作用しない人間が、つまり神に愛された人間がいるということを知ってしまった。
そして僕、宮本奏は、そんな彼に恋をしてしまった。
一年生の時から彼の噂は聞いていた。といっても入学してすぐは僕に友達なんていなかったから、クラスの女子たちが騒いでいるのを耳にしただけだ。女子たちはみんな恋した乙女のように頬を染めて宮瀬くんを褒め称えていた。
一度だけ彼とは廊下ですれ違ったことがある。友人と思われる人物に名前を呼ばれていたので、本人で間違いないだろう。成長の遅い僕に比べて、頭一つ分は背が高くて「おっきい人だな」が第一印象だったけど、長い前髪越しに覗き見たその顔は確かに華のあるイケメンだった。
二年生になって同じクラスになったときは正直、驚いた。
この高校には特進科、普通科、スポーツ科がある。部活で活躍している生徒は大抵、スポーツ科の生徒だから宮瀬くんもそうだろうと勝手に思っていたのだ。だけど彼は僕と同じ特進のクラスだった。
僕は宮本で、彼は宮瀬だ。座席は前後になった。宮瀬くんは二年生の登校初日たくさんの友人に囲まれて教室に入ってくると、座席表を確認して僕の前に立った。
「宮本だよね。これからよろしくね」
爽やかな白い歯を覗かせながら笑うその姿に、思わず目を細めながら僕も辿々しく挨拶をした。
「……よ、よろしく」
僕は思ったことを一拍置かないと口にできない。接続の悪いケーブルのように、口と脳とか時差を生じさせてしまうのだ。それが今回は二拍以上、間があったと思う。それでも宮瀬くんは返事を待ってくれて、声を聞くと満足したのか、笑みを深めて席についた。
彼が腰を下ろした瞬間、すぐに他の生徒が集まってきて彼を囲んだ。一斉に話をする友人たちに宮瀬くんは、テンポよく返事をしていく。まるで聖徳太子だ。
自分とはまるで違う世界の人だな。
スマホの黒い画面に反射する自分が目に映って思わず小さなため息が漏れた。
「奏!」
沈んだ気持ちになっていると突然後ろから衝撃を受けた。僕の肩にかけられた腕を掴んでそのまま後ろを振り返ると予想通り、岩田将吾が僕にくっついていた。
「……しょ、将吾」
「どうした? 暗い顔してるけど」
「……自分の情けなさを思い出して沈んでたんだ」
「ん?」
将吾とは一年生の秋に仲良くなった。コミュ障の僕が自分から誰かに話しかけるなんてことはなかったから、僕は春学期のあいだ、ずっと独りだった。だけどある日、急に将吾が話しかけてくれたのだ。理由は簡単。夏休みの課題を発表しなくてはいけなかったとき、僕が教卓で真っ赤になって震えているのを見て、心配したのと興味が湧いたのと、らしい。
将吾は辛抱強く僕が話すのを聞いてくれた。将吾が人の話を聞くのがうまいせいで、僕は抱えていた自分のコンプレックスを気づいたら全部話していたわけだが、それを静かに聞いていた将吾は、「自分たちはもう友達だ」と笑ってくれたのだ。
将吾は高校で初めてできた大切な友達だ。
今年も将吾が同じクラスだということは、昇降口で確認していて、すごく嬉しかった。が、実際に目の前に本人がいると思うとこの新環境での安心感がすごい。
僕に抱きついていた将吾の腕を剥がし、自分から将吾に抱きついた。
「おやおや奏くん、今日はいつにも増して甘えん坊だね?」
男子高校生のこういうスキンシップってどうなんだろう。廊下で女子が二人、手を繋いでいたり、ハグしているのをたまに見ることはあるけど……。腕を解いて将吾から体を離した。将吾は眉を軽く上げて問いたげにこっちを見ている。
「今年もよろしくね」
「ああ」
僕は将吾のことを親友だと思っている。恥ずかしかったがそれを将吾に言ったら、彼もそう思っていると言ってくれた。それ以来、僕はもうすっかり将吾のことが大好きだ。
将吾は僕の前髪をかき上げて、かけていた眼鏡をずらすと、ニコニコ笑ってくる。首を傾げてどうしたのか問えば、将吾はなんでもないと首を振った。ただ一言「髪切りに行けば?」と言ってきたけど。
そんな僕たちの様子を、宮瀬くんがじっと見ていたことをこの時の僕は知らなかった。
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