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朝の日差しに夏の色がついた。駅から学校まではそう遠くないのにワイシャツの下で汗が流れているのを感じる。でも気分は悪くなかった。教室に入れば宮本がいる。
昨日家に帰ってから、宮本とのことは考えた。
俺は今まで誰かを恋愛的に好きになったことがない。小学生の頃から告られることは何回かあったが、好きでもない人間と付き合うのは非効率だと思ったし、バスケと勉強に集中したかった。
駿に彼女ができて鼻の下が伸びているのを見ても恋愛に良さを感じなかった。男子たちが下ネタを振ってきても楽しくないし、正直キモいと思った。でもそう思う自分は少数派で、だから俺って変なのかなとも思って調べてみたら、アロマンティック・アセクシュアルというものがあるらしい。まさにこれだと思った。
価値も意味も感じないから誰とも付き合わない。女子に興味がない。かといって男が好きってわけでもなさそうだ。誰にも恋愛感情も性的欲求も感じない。そんな俺に、中学の連中は逆に高尚な者を見るような目を向けていたし、俺自身、そんな自分にまったく不満がなかった。
だから宮本奏に興味が湧いている理由は、小動物に向ける愛情的な感覚なのかと思っていた。だけど、気づいた。俺は「宮本奏」という人間が好きなのだ。そこに恋愛感情と性的欲求があることは昨日、一人で自室にいるときに確認した。
好きなのはわかった。じゃあ俺は宮本と付き合いたい?
……付き合いたい!
岩田ではなく俺に抱きついてほしい。可愛い唇で俺の名前を呼んでほしい。誰も気づいていない星みたいに輝く瞳を俺だけが暴きたい。
気づいてしまった恋心にこんなドロッとした欲求が隠れていることに俺自身驚いている。今まで恋を知らなかった反動がこうして、一人の可愛いクラスメイトに全振りしてしまっているのだ。でもそれが清々しくて、俺は自分が誇らしい。俺には宮本だけってことだから。
宮本にも好きになってもらうためにアプローチしようと俺は覚悟を決めた。
俺よりも早く教室にいる宮本は今日も可愛い。いつも俯きがちなのに朝一人で読書をしているとき、宮本はすごく綺麗な姿勢で言葉と向き合っている。
「宮本、おはよう」
「……っお、おはよう」
宮本が今日も返事をしてくれたことが大変嬉しい。頭に浮かんだ言葉を音に乗せるまでに少しだけ開ける間だったり、躓かないようにゆっくり話そうと頑張るところだったり、挨拶をするためにわざわざ本を閉じて、ちゃんと俺の方を見てくれるところだったり、全てが大好きだ。
みんな人を好きになるとこんなふうに相手の一挙手一投足に好きの感情をぶつけてしまうのだろうか。恋心とは厄介なものだなと思いながら、俺が席に着くのを見守ってくれている宮本にもう一度脳内で「好きだ」と叫んだ。
「もうすぐ中間だけど、勉強進んでる?」
アプローチをする。そう決めた。最初は、コミュニケーションを増やしてみよう。
宮本の頬がピンクに染まった。ん? 今の話に恥ずかしがる要素あったか?
「う、うん、少しずつ進めてる」
目が泳いでいる。可愛い。
「偉いな。俺全然やってなくてさ。範囲表、今日にでも配られるかな?」
「か、加藤先生は今日の帰りに渡すって、い、言ってたよ」
上目遣いで教えてくれる。可愛い。
「ほんと? 俺学級員なのに、なんで宮本が知ってるんだ?」
反応が見たくて少し意地悪で嫌味ぽい言い回しをしてみたが、宮本は首を傾げただけだった。その拍子にさっと前髪が揺れて、黒い瞳がいつもよりはっきりとお姿を見せた。こんなふうにちゃんと見たことがなくて、思わず目を逸らしてしまった。必死に続く言葉を探す。
「宮本、先生たちに好かれてるよね。俺も……、いやなんでもない」
余計なことを言ってしまいそうになって慌てて口を噤んだ。……恋の駆け引きっていうやつはみんないったいどうやってやってるんだ。
俺が話を途中でやめてしまったから会話は終わったと思ったのかもしれない。宮本は何も言わずに本に手を掛けた。
「中間が終わったら席替えだよね、きっと。嫌だなあ」
会話を終わらせないためにこっちは必死なんだ。宮本もう少し付き合ってくれ!
宮本が何か言ってくれることを期待したけれど、基本的にシャイな宮本は言葉に詰まっているようだった。何を返していいのかわからないらしい。俺が喜ぶ正解の返事は「なんで嫌なの?」だ! そんなことを脳内で叫んでしまうが、前髪の奥で普段より多く瞬きをする宮本がそう返してくれることはなかった。
痺れを切らして、俺から口を開く。最初から全速力で突撃するのは良くないと思ったけど、相手が受け身ならこっちが積極的に攻めるしかないんだろう。
「宮本……俺さ、みや――」
「おっはよー」
加藤が入ってきて会話は……強制終了となった。
でも俺の中では不完全燃焼だ。バスケの最後の数秒でボールを奪ったのに、シュートをしようとするより前にブザーがなる感じ。あれだ。
さっきの話の続きをする機会は、宮本にアプローチをする次の機会は、なかなか巡ってこないだろう。そんなことは恋愛をしたことがなくてもわかっていた。だからどうにかしてさっき言いかけていた言葉だけでも伝えたい。
気づけばノートの角を千切っていた。紙の中央に、脳内を走る言葉を勢いに任せて書いて、そのまま後ろの席に届けた。
〈さっきの話の続きだけど、俺は宮本の声が聴きたい〉
宮本は気づいてくれただろうか。紙を見たか?
柔らかい風が背中を撫でるのをなんとなく感じていたら、後ろでガサゴソと音がした。加藤をちらりと確認してから後ろを覗き見れば、宮本が、俺の書いた紙を鞄に入れているのが見えた。
はあ、大好きだ。
……あとで駿に恋愛相談をしよう。
昨日家に帰ってから、宮本とのことは考えた。
俺は今まで誰かを恋愛的に好きになったことがない。小学生の頃から告られることは何回かあったが、好きでもない人間と付き合うのは非効率だと思ったし、バスケと勉強に集中したかった。
駿に彼女ができて鼻の下が伸びているのを見ても恋愛に良さを感じなかった。男子たちが下ネタを振ってきても楽しくないし、正直キモいと思った。でもそう思う自分は少数派で、だから俺って変なのかなとも思って調べてみたら、アロマンティック・アセクシュアルというものがあるらしい。まさにこれだと思った。
価値も意味も感じないから誰とも付き合わない。女子に興味がない。かといって男が好きってわけでもなさそうだ。誰にも恋愛感情も性的欲求も感じない。そんな俺に、中学の連中は逆に高尚な者を見るような目を向けていたし、俺自身、そんな自分にまったく不満がなかった。
だから宮本奏に興味が湧いている理由は、小動物に向ける愛情的な感覚なのかと思っていた。だけど、気づいた。俺は「宮本奏」という人間が好きなのだ。そこに恋愛感情と性的欲求があることは昨日、一人で自室にいるときに確認した。
好きなのはわかった。じゃあ俺は宮本と付き合いたい?
……付き合いたい!
岩田ではなく俺に抱きついてほしい。可愛い唇で俺の名前を呼んでほしい。誰も気づいていない星みたいに輝く瞳を俺だけが暴きたい。
気づいてしまった恋心にこんなドロッとした欲求が隠れていることに俺自身驚いている。今まで恋を知らなかった反動がこうして、一人の可愛いクラスメイトに全振りしてしまっているのだ。でもそれが清々しくて、俺は自分が誇らしい。俺には宮本だけってことだから。
宮本にも好きになってもらうためにアプローチしようと俺は覚悟を決めた。
俺よりも早く教室にいる宮本は今日も可愛い。いつも俯きがちなのに朝一人で読書をしているとき、宮本はすごく綺麗な姿勢で言葉と向き合っている。
「宮本、おはよう」
「……っお、おはよう」
宮本が今日も返事をしてくれたことが大変嬉しい。頭に浮かんだ言葉を音に乗せるまでに少しだけ開ける間だったり、躓かないようにゆっくり話そうと頑張るところだったり、挨拶をするためにわざわざ本を閉じて、ちゃんと俺の方を見てくれるところだったり、全てが大好きだ。
みんな人を好きになるとこんなふうに相手の一挙手一投足に好きの感情をぶつけてしまうのだろうか。恋心とは厄介なものだなと思いながら、俺が席に着くのを見守ってくれている宮本にもう一度脳内で「好きだ」と叫んだ。
「もうすぐ中間だけど、勉強進んでる?」
アプローチをする。そう決めた。最初は、コミュニケーションを増やしてみよう。
宮本の頬がピンクに染まった。ん? 今の話に恥ずかしがる要素あったか?
「う、うん、少しずつ進めてる」
目が泳いでいる。可愛い。
「偉いな。俺全然やってなくてさ。範囲表、今日にでも配られるかな?」
「か、加藤先生は今日の帰りに渡すって、い、言ってたよ」
上目遣いで教えてくれる。可愛い。
「ほんと? 俺学級員なのに、なんで宮本が知ってるんだ?」
反応が見たくて少し意地悪で嫌味ぽい言い回しをしてみたが、宮本は首を傾げただけだった。その拍子にさっと前髪が揺れて、黒い瞳がいつもよりはっきりとお姿を見せた。こんなふうにちゃんと見たことがなくて、思わず目を逸らしてしまった。必死に続く言葉を探す。
「宮本、先生たちに好かれてるよね。俺も……、いやなんでもない」
余計なことを言ってしまいそうになって慌てて口を噤んだ。……恋の駆け引きっていうやつはみんないったいどうやってやってるんだ。
俺が話を途中でやめてしまったから会話は終わったと思ったのかもしれない。宮本は何も言わずに本に手を掛けた。
「中間が終わったら席替えだよね、きっと。嫌だなあ」
会話を終わらせないためにこっちは必死なんだ。宮本もう少し付き合ってくれ!
宮本が何か言ってくれることを期待したけれど、基本的にシャイな宮本は言葉に詰まっているようだった。何を返していいのかわからないらしい。俺が喜ぶ正解の返事は「なんで嫌なの?」だ! そんなことを脳内で叫んでしまうが、前髪の奥で普段より多く瞬きをする宮本がそう返してくれることはなかった。
痺れを切らして、俺から口を開く。最初から全速力で突撃するのは良くないと思ったけど、相手が受け身ならこっちが積極的に攻めるしかないんだろう。
「宮本……俺さ、みや――」
「おっはよー」
加藤が入ってきて会話は……強制終了となった。
でも俺の中では不完全燃焼だ。バスケの最後の数秒でボールを奪ったのに、シュートをしようとするより前にブザーがなる感じ。あれだ。
さっきの話の続きをする機会は、宮本にアプローチをする次の機会は、なかなか巡ってこないだろう。そんなことは恋愛をしたことがなくてもわかっていた。だからどうにかしてさっき言いかけていた言葉だけでも伝えたい。
気づけばノートの角を千切っていた。紙の中央に、脳内を走る言葉を勢いに任せて書いて、そのまま後ろの席に届けた。
〈さっきの話の続きだけど、俺は宮本の声が聴きたい〉
宮本は気づいてくれただろうか。紙を見たか?
柔らかい風が背中を撫でるのをなんとなく感じていたら、後ろでガサゴソと音がした。加藤をちらりと確認してから後ろを覗き見れば、宮本が、俺の書いた紙を鞄に入れているのが見えた。
はあ、大好きだ。
……あとで駿に恋愛相談をしよう。
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