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テスト期間に入って部活がないから久しぶりに遅い時間に起きられた。いつもよりのんびり支度ができて快適な朝だ。
朝食を作っていると姉さんが降りてきた。ほとんど開いてない目で俺に視線を送ると、「目玉焼き?」と聞いてきた。
「目玉焼き」
「味噌汁は?」
「大根」
両親は単身赴任でアメリカに行っていてこの家には住んでいない。俺も姉さんも自分の面倒は自分で見られるから、日本にいることを選択した身だ。歳の離れた弟はさすがに両親について行った。もう一年以上は一緒に生活していないんじゃないだろうか。
大学二年生の姉さんは、一人暮らしも検討していたようだが、俺がこの家で一人になるのはダメだと、ここから二時間弱の大学に毎日通っている。
大学生は暇で自由だと聞くが、さすがに登校だけに合計四時間かけていればそんなこともないだろう。両親が家にいないぶん、家事は自分たちでやらなければならないし……。ということで家事は学校が近い俺がすることにした。
洗濯だけは、自分の下着に触って欲しくないという姉さんが俺の分もやってくれている。
できた食事をテーブルに並べてもらうあいだに、二人分の弁当に最後の仕上げとして白米を詰め、冷ますためにカウンターに置いておいた。あとは姉さんが自分で弁当の蓋を閉めて持ってくだろう。
そうこうしているうちに姉さんが、コーヒーを作っていて、味噌汁と一緒に飲み始めた。
「味噌汁とコーヒーって……」
「だってコーヒー飲まないと眠くなるじゃん」
俺の朝食は米派だけど、姉さんはパン派だ。トーストしたパンにジャムをこれでもかと塗っている。パンなのに味噌汁を飲むようになったのは、姉さんが味噌汁が美容にいいと知ってからだった。
「今日の夕飯はアサリの味噌汁がいいなあ」
「はいはい」
姉さんが鼻歌混じりにパンに齧り付いた。赤いジャムが鼻についている。
「あっそういえばねえ、今日颯人の夢みたのよ」
「……どんな夢?」
完全に信じているわけではないが、姉さんが夢を見たと言う日は大抵、何かが起こってきた。たとえば弟が夢に出たといえば、その日弟は骨折して帰ってきたし、母さんの夢を見たといえば、母さんの大事にしていた食器が割れた。夢の内容は一応聞いておきたい。
「……。まあせいぜい気をつけてね」
嫌な間と呪いの言葉を残して、姉さんは朝食を終えると「メイクしなくちゃ」と自室に上がっていった。相当言いにくい内容だったのだろうか。
小さく笑って、俺も自分の食器の片付けに入った。
今日は久しぶりに宮本に会える!
今日この身に何が起こるんだろうと考えながら登校した。
今日はやけに二年生棟が騒がしくて、まさか姉さんの不吉な夢が当たるんじゃないだろうなと思った。
教室の前に何人か他のクラスの女子が集まっていて、最初は転校生でもきたのかと思ったが、彼女たちの視線を追うようにしながら教室に入ると、彼女たちが騒いでいた理由がわかった。
廊下とは打って変わって静かな教室の中、一人姿勢よく本を読んでいる男子生徒。サラサラの黒い髪が開けた窓から吹く風に揺れている。いつもかけていた黒縁の眼鏡はなく、長いまつ毛が瞬きのたびに踊っているのが、この距離からも見えた。
宮本奏だ。
ふと彼が顔を上げた。誰かを探しているのだろうか。一瞬目が合ったような気がしてドキッとしたが、彼が探していたのは俺の後ろから登場した岩田将吾だったらしく、岩田の名前を呼ぶとはにかんで笑った。
後ろから「めっちゃ美人」、「イケメンだね」と口々に廊下の向こうの女子たちが囁いているのが聞こえたが、教室の連中は宮本の素顔に驚きが隠せなくて、みんな呼吸をするだけだ。クラスメイトの、あの冴えない、吃音の宮本がこんなに綺麗な顔をしているなんて誰が想像しただろう。
いやもちろん、俺は知っていた。知っていたけど……。
「髪には慣れた?」
岩田が宮本の前髪を撫でながら尋ねた。瞳を隠していた重い前髪は、さっぱりと少なくなり目の上で流れるように切り揃えられている。岩田を見上げる大きな目を邪魔するものはもう何もなくて、純粋そうな瞳が岩田をとらえていた。
今までも綺麗だったけれど、髪を切ってより一層、宮本の小振りな頭を囲う天使の輪がキラキラして見えた。
「け、結構慣れたよ」
「それはよかったな。よく似合ってる」
岩田の言葉に宮本は覗く耳を赤くした。そしてギュッと可愛いフォントで文字が出てきそうな仕草で岩田に抱きついた。座っている宮本に対して岩田は立っているから、彼の頭は岩田の腹部にある。身体中の血管という血管が浮き出た気がした。
宮本は心を許した人には結構甘えるタイプで、自己紹介でも言っていたけど、上に姉が二人いる末っ子だ。岩田に抱きつくのは兄に向けるようなそれだ。そうだ。
甘えてくる宮本に、岩田は嫌な顔をしない。むしろ可愛がるように抱きしめ返している。だがそれも兄が弟にするあれだろう。確か岩田には歳の離れた弟がいたはずだ。宮本の末っ子感が岩田に刺さっているだけだ。
自分に言い聞かせるために乱れる呼吸を無理に落ち着けようと胸部に力を込める。
「やばい」
「やばいね、これ新しい扉開いちゃうね」
「私はもう開いてるよ」
「いやー隠れ美少年とサッカー部のイケメンかあ。いいね!」
二人の抱擁に静かだった教室がより一層静寂に包まれていたのだが、やっと口を開いたと思ったら、クラスの女子たちが廊下の女子たちと一緒になってこんなことを宣う。彼女たちが今脳内で繰り広げている妄想は、多分いや絶対姉さんが好きなあのジャンルで違いなかった。
「そういえばシャンプーをもらったんだっけ?」
「うん。……えみちゃんさんが景気付けにってくれたんだ」
「太っ腹な美容師さんだな。……どれ?」
岩田が宮本の頭に顔を近づけて匂いを嗅いだ。後ろの女子たちもしっかり見ていたようでお互いの腕を叩いて無言で騒いでいるのが視界の端でちらついた。本当にあのジャンルの世界じゃないか!
気づく前に足は前に進んでいたんだと思う。
俺は宮本を覆い隠すように背中を廊下側に向け、彼の机にドンっと手をついていた。そんな自分の奇行に気づいて咄嗟にできるだけ優しい笑顔を心がけ、いつもみたいに挨拶をする。
「おはよう、宮本」
瞠目した宮本は何回か瞬きをしたが、いつものように挨拶を返してくれた。
「髪型変えたんだね。あとメガネじゃなくなった」
前の席にどかっと座って尋ねれば、宮本は恐る恐るといった感じで自分の髪に手を伸ばした。その仕草が可愛い。
「……い、イメチェンし、したくて」
「……そうなんだ?」
なんで? とは聞けなかった。ただ俺だけが知っていると思っていた可愛い宮本がこうして全世界に発見されてしまうのはおもしろくない。現に宮本の髪を何度も撫でる岩田も、恋したような視線を宮本に送っている女子も、「俺いけるかも」なんて言っているふざけた男子も全部、最悪だ。
姉さんの不吉な夢はここでフラグ回収されてしまった。
今日はアサリじゃなくて油揚げの味噌汁にしよう。
朝食を作っていると姉さんが降りてきた。ほとんど開いてない目で俺に視線を送ると、「目玉焼き?」と聞いてきた。
「目玉焼き」
「味噌汁は?」
「大根」
両親は単身赴任でアメリカに行っていてこの家には住んでいない。俺も姉さんも自分の面倒は自分で見られるから、日本にいることを選択した身だ。歳の離れた弟はさすがに両親について行った。もう一年以上は一緒に生活していないんじゃないだろうか。
大学二年生の姉さんは、一人暮らしも検討していたようだが、俺がこの家で一人になるのはダメだと、ここから二時間弱の大学に毎日通っている。
大学生は暇で自由だと聞くが、さすがに登校だけに合計四時間かけていればそんなこともないだろう。両親が家にいないぶん、家事は自分たちでやらなければならないし……。ということで家事は学校が近い俺がすることにした。
洗濯だけは、自分の下着に触って欲しくないという姉さんが俺の分もやってくれている。
できた食事をテーブルに並べてもらうあいだに、二人分の弁当に最後の仕上げとして白米を詰め、冷ますためにカウンターに置いておいた。あとは姉さんが自分で弁当の蓋を閉めて持ってくだろう。
そうこうしているうちに姉さんが、コーヒーを作っていて、味噌汁と一緒に飲み始めた。
「味噌汁とコーヒーって……」
「だってコーヒー飲まないと眠くなるじゃん」
俺の朝食は米派だけど、姉さんはパン派だ。トーストしたパンにジャムをこれでもかと塗っている。パンなのに味噌汁を飲むようになったのは、姉さんが味噌汁が美容にいいと知ってからだった。
「今日の夕飯はアサリの味噌汁がいいなあ」
「はいはい」
姉さんが鼻歌混じりにパンに齧り付いた。赤いジャムが鼻についている。
「あっそういえばねえ、今日颯人の夢みたのよ」
「……どんな夢?」
完全に信じているわけではないが、姉さんが夢を見たと言う日は大抵、何かが起こってきた。たとえば弟が夢に出たといえば、その日弟は骨折して帰ってきたし、母さんの夢を見たといえば、母さんの大事にしていた食器が割れた。夢の内容は一応聞いておきたい。
「……。まあせいぜい気をつけてね」
嫌な間と呪いの言葉を残して、姉さんは朝食を終えると「メイクしなくちゃ」と自室に上がっていった。相当言いにくい内容だったのだろうか。
小さく笑って、俺も自分の食器の片付けに入った。
今日は久しぶりに宮本に会える!
今日この身に何が起こるんだろうと考えながら登校した。
今日はやけに二年生棟が騒がしくて、まさか姉さんの不吉な夢が当たるんじゃないだろうなと思った。
教室の前に何人か他のクラスの女子が集まっていて、最初は転校生でもきたのかと思ったが、彼女たちの視線を追うようにしながら教室に入ると、彼女たちが騒いでいた理由がわかった。
廊下とは打って変わって静かな教室の中、一人姿勢よく本を読んでいる男子生徒。サラサラの黒い髪が開けた窓から吹く風に揺れている。いつもかけていた黒縁の眼鏡はなく、長いまつ毛が瞬きのたびに踊っているのが、この距離からも見えた。
宮本奏だ。
ふと彼が顔を上げた。誰かを探しているのだろうか。一瞬目が合ったような気がしてドキッとしたが、彼が探していたのは俺の後ろから登場した岩田将吾だったらしく、岩田の名前を呼ぶとはにかんで笑った。
後ろから「めっちゃ美人」、「イケメンだね」と口々に廊下の向こうの女子たちが囁いているのが聞こえたが、教室の連中は宮本の素顔に驚きが隠せなくて、みんな呼吸をするだけだ。クラスメイトの、あの冴えない、吃音の宮本がこんなに綺麗な顔をしているなんて誰が想像しただろう。
いやもちろん、俺は知っていた。知っていたけど……。
「髪には慣れた?」
岩田が宮本の前髪を撫でながら尋ねた。瞳を隠していた重い前髪は、さっぱりと少なくなり目の上で流れるように切り揃えられている。岩田を見上げる大きな目を邪魔するものはもう何もなくて、純粋そうな瞳が岩田をとらえていた。
今までも綺麗だったけれど、髪を切ってより一層、宮本の小振りな頭を囲う天使の輪がキラキラして見えた。
「け、結構慣れたよ」
「それはよかったな。よく似合ってる」
岩田の言葉に宮本は覗く耳を赤くした。そしてギュッと可愛いフォントで文字が出てきそうな仕草で岩田に抱きついた。座っている宮本に対して岩田は立っているから、彼の頭は岩田の腹部にある。身体中の血管という血管が浮き出た気がした。
宮本は心を許した人には結構甘えるタイプで、自己紹介でも言っていたけど、上に姉が二人いる末っ子だ。岩田に抱きつくのは兄に向けるようなそれだ。そうだ。
甘えてくる宮本に、岩田は嫌な顔をしない。むしろ可愛がるように抱きしめ返している。だがそれも兄が弟にするあれだろう。確か岩田には歳の離れた弟がいたはずだ。宮本の末っ子感が岩田に刺さっているだけだ。
自分に言い聞かせるために乱れる呼吸を無理に落ち着けようと胸部に力を込める。
「やばい」
「やばいね、これ新しい扉開いちゃうね」
「私はもう開いてるよ」
「いやー隠れ美少年とサッカー部のイケメンかあ。いいね!」
二人の抱擁に静かだった教室がより一層静寂に包まれていたのだが、やっと口を開いたと思ったら、クラスの女子たちが廊下の女子たちと一緒になってこんなことを宣う。彼女たちが今脳内で繰り広げている妄想は、多分いや絶対姉さんが好きなあのジャンルで違いなかった。
「そういえばシャンプーをもらったんだっけ?」
「うん。……えみちゃんさんが景気付けにってくれたんだ」
「太っ腹な美容師さんだな。……どれ?」
岩田が宮本の頭に顔を近づけて匂いを嗅いだ。後ろの女子たちもしっかり見ていたようでお互いの腕を叩いて無言で騒いでいるのが視界の端でちらついた。本当にあのジャンルの世界じゃないか!
気づく前に足は前に進んでいたんだと思う。
俺は宮本を覆い隠すように背中を廊下側に向け、彼の机にドンっと手をついていた。そんな自分の奇行に気づいて咄嗟にできるだけ優しい笑顔を心がけ、いつもみたいに挨拶をする。
「おはよう、宮本」
瞠目した宮本は何回か瞬きをしたが、いつものように挨拶を返してくれた。
「髪型変えたんだね。あとメガネじゃなくなった」
前の席にどかっと座って尋ねれば、宮本は恐る恐るといった感じで自分の髪に手を伸ばした。その仕草が可愛い。
「……い、イメチェンし、したくて」
「……そうなんだ?」
なんで? とは聞けなかった。ただ俺だけが知っていると思っていた可愛い宮本がこうして全世界に発見されてしまうのはおもしろくない。現に宮本の髪を何度も撫でる岩田も、恋したような視線を宮本に送っている女子も、「俺いけるかも」なんて言っているふざけた男子も全部、最悪だ。
姉さんの不吉な夢はここでフラグ回収されてしまった。
今日はアサリじゃなくて油揚げの味噌汁にしよう。
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