18 / 47
17
しおりを挟む
小学生までは「普通」だったと思う。元気の良い姉二人を見て育ったから、僕もそれなりに積極的で、小学校三年生では学級委員もしていた。
僕が、こうなったのは中学三年からだ。
中学生になった時から僕は人より勉強ができる分、人よりいい高校に入りたいと思うようになった。だから内申が重要だということを知ってからはより精力的に授業にもテストにも取り組むようにしていた。
三年生になって仲の良かった友達とクラスが分かれてしまった。寂しかったけど、勉強に集中していれば苦ではないはずだと、今まで以上に学業に力を入れた。
志望校にと考えていた学校の特進は、内申点にもテストの点数にも厳しいと聞いていたから、勉強だけに集中できるのは、ちょうどいいとすら思っていた。
クラスメイトは運動部が多くて、夏の教室は制汗剤の匂いが混ざって、こもって、少し気持ち悪かったのを覚えている。
その日はちょうど英語の発表があって、頭上で動く扇風機を見つめながら順番が来るのを待っていた。
成績に関係すると聞いていた発表だった。暗記をして話さなくてはいけなかったから、家で何度も練習して、僕の頭も口もしっかり文章を覚えていた。
だけど間違えないか、忘れないか、すごく不安だった。
なんとか発表が終わって、発表中もなんとなく眺め続けていた扇風機から顔を落とすと、クラスメイト中の視線が、不安そうに僕を見ていた。
何かミスをしてしまっただろうかと一瞬不安になったけど、僕は完璧にこなしたはずだ。
不思議に思いながら自席に戻ると、前の席の生徒が声をかけてきた。
「宮本、すっごい緊張してたね」
そうなのかなと思った。
「ほら、顔真っ赤だぞ」
頬に触れるとすごくほてっていた。本当だ、僕はすごく緊張していたんだと思った。そしてそのことを自覚してより一層、頬が熱くなった。
自分ってこんなに発表苦手だったんだと自覚した。今思うと、成績に囚われすぎていて失敗が怖かっただけなのだと思うけれど、それ以降、僕は少しずつ人前で話すことが苦手になっていった。
前の子が下敷きを仰ぐ度に、暑い空気に制汗剤が混ざって届いた。
それ以降、簡単な発表であっても緊張するようになった。教卓の前に立つたびに、みんなの視線を感じるたびに、頭はあの日の英語の発表のことを思い出しているようだった。
段々と周りが向けてくる視線にも気づいてきて、僕が何かを言うたびに向けられる少し眉の下がった顔が僕を責めているように見えた。
クラスメイトの大半が勉強より部活に精を出していたから、授業のグループ課題なんかは僕が主体で調べたり、資料を作ったりすることが多かった。
適材適所というものだろうと思って、僕はそれでも構わなかった。作った制作物は大抵、クラスメイトが発表した。
「宮本は発表下手だし、苦手だろ?」
同じグループになった一人に言われて、僕はまた自覚を余儀なくされた。
体育祭が近づいたころクラスのサッカー部でいざこざがあった。それで部員の一人だけ仲間外れにされていた。
ちょうど二人三脚のペアを決めなくてはいけない時期で、渦中の彼は余り者の僕とペアになることを余儀なくされた。
「最悪。俺がこんなやつとペアかよ」
ペアが決まったとき、席が近かった彼が小さく吐き捨てるのが聞こえた。
そんなふうにして僕は自信をなくしていったんだと思う。視線を遮るために前髪を伸ばしたり、目が悪いわけでもないのに母さんに頼んで度の入ってない眼鏡を買ってもらったりした。
少しずつ言葉が出にくくなった。詰まって不思議な音階を踏むようになった僕の話し方にクラスメイトたちは顔を顰めていた。
他のクラスになった友達は見た目の変わった僕に苦笑いを浮かべていた。彼とは一緒にいる時間も減っていつしか疎遠になっていた。
入試が終わって特進に受かっても、僕の手元にあるのはもどかしい勉強ができるだけの自分の姿だった。
まるまる二日間熱にうなされて、学校に復帰できたのは金曜日のことだった。病み上がりだからと母さんが車で送ってくれたから、今日はいつもよりも少し遅い登校になった。
教室に入ると村田さんの姿もあって、彼女は元気よく僕に手を振ってくれた。村田さんもすっかり元気になったみたいで安心した。
笑うと少しズレるマスクを直して、席に着くと周りにいたクラスメイトが話しかけてくれた。
「宮本くん、熱だったんでしょ? 大丈夫だった?」
「う、うん。こっこの時期は、ね熱になることが、多く、て……」
「季節の変わり目だしねえ。無理しないでね」
「あっありがとう」
イメチェンをしてからこうして話しかけてもらえる機会が増えて、むず痒い。最近少し仲良くなれた子たちも僕のそばに来て、回復を祝ってくれた。
教室の隅から視線を感じてそっちを見る。あの日、僕が宮瀬くんに恋をした日、僕のことを話していた男子たちだった。みんな気まずそうに窓際から僕を見ている。
「あいつらさ、奏のこと悪く言って以来、宮瀬にろくに構ってもらえなくなって居心地悪いんだよ」
「えっ?」
いつの間にか登場していた将吾が僕の視線の先を追って教えてくれた。
「だから奏に謝る機会を伺ってんだな」
もう一度、男子たちに視線を向けようとしたら、将吾が前に立って視界を塞いでしまった。男子たちの様子を見ることは叶わなかった。
別に謝らなくていいのに……。僕が吃ってクラスメイトの時間を奪っていることは事実だし、あれから随分時間が経っている。
「奏、おはよう」
振り返ると宮瀬くんが江川くんと一緒に教室に入ってきた。僕に真っ先に挨拶をしてくれる。
「おっおはよう」
返事をすれば嬉しそうに笑って、それから周りにいたみんなにも朝の挨拶をし出した。僕だけが特別なのだと感じてしまう。
宮瀬くんは挨拶だけで終わらなくて、こっちに来ると僕の額に手を置いた。
「うん。熱は下がったね」
目を細める宮瀬くんを見ていたら、母さんが話していたことを思い出してしまった。
母さんは宮瀬くんが僕のことを好きだと言っていた。
宮瀬くんは僕なんかに告白をしてくれたし、それは多分……間違っていないと思う。ただ僕が好かれていることをすごく喜んでいた母さんと同じ気持ちにはなれない。僕はただただ申し訳ないのだ。
宮瀬くんが僕の何を気に入ってくれたのかはわからないけど、僕の宮瀬くんへの気持ちを伝えてしまえば、……それは正解じゃない気がする。均衡を崩してしまう。
僕の額から離れた宮瀬くんの手はそのまま僕の頬を流れた。マスク越しに感じる手の温もりが暖かくて、途端に耳まで赤くなってしまう。
「もうホームルーム始まりそうだし、席に戻るよ」
宮瀬くんの背中が遠ざかっていくのをぼんやりと見つめていたら、将吾が横でクスクス笑い出した。
「どうしたの?」
「なんでもない」
僕が、こうなったのは中学三年からだ。
中学生になった時から僕は人より勉強ができる分、人よりいい高校に入りたいと思うようになった。だから内申が重要だということを知ってからはより精力的に授業にもテストにも取り組むようにしていた。
三年生になって仲の良かった友達とクラスが分かれてしまった。寂しかったけど、勉強に集中していれば苦ではないはずだと、今まで以上に学業に力を入れた。
志望校にと考えていた学校の特進は、内申点にもテストの点数にも厳しいと聞いていたから、勉強だけに集中できるのは、ちょうどいいとすら思っていた。
クラスメイトは運動部が多くて、夏の教室は制汗剤の匂いが混ざって、こもって、少し気持ち悪かったのを覚えている。
その日はちょうど英語の発表があって、頭上で動く扇風機を見つめながら順番が来るのを待っていた。
成績に関係すると聞いていた発表だった。暗記をして話さなくてはいけなかったから、家で何度も練習して、僕の頭も口もしっかり文章を覚えていた。
だけど間違えないか、忘れないか、すごく不安だった。
なんとか発表が終わって、発表中もなんとなく眺め続けていた扇風機から顔を落とすと、クラスメイト中の視線が、不安そうに僕を見ていた。
何かミスをしてしまっただろうかと一瞬不安になったけど、僕は完璧にこなしたはずだ。
不思議に思いながら自席に戻ると、前の席の生徒が声をかけてきた。
「宮本、すっごい緊張してたね」
そうなのかなと思った。
「ほら、顔真っ赤だぞ」
頬に触れるとすごくほてっていた。本当だ、僕はすごく緊張していたんだと思った。そしてそのことを自覚してより一層、頬が熱くなった。
自分ってこんなに発表苦手だったんだと自覚した。今思うと、成績に囚われすぎていて失敗が怖かっただけなのだと思うけれど、それ以降、僕は少しずつ人前で話すことが苦手になっていった。
前の子が下敷きを仰ぐ度に、暑い空気に制汗剤が混ざって届いた。
それ以降、簡単な発表であっても緊張するようになった。教卓の前に立つたびに、みんなの視線を感じるたびに、頭はあの日の英語の発表のことを思い出しているようだった。
段々と周りが向けてくる視線にも気づいてきて、僕が何かを言うたびに向けられる少し眉の下がった顔が僕を責めているように見えた。
クラスメイトの大半が勉強より部活に精を出していたから、授業のグループ課題なんかは僕が主体で調べたり、資料を作ったりすることが多かった。
適材適所というものだろうと思って、僕はそれでも構わなかった。作った制作物は大抵、クラスメイトが発表した。
「宮本は発表下手だし、苦手だろ?」
同じグループになった一人に言われて、僕はまた自覚を余儀なくされた。
体育祭が近づいたころクラスのサッカー部でいざこざがあった。それで部員の一人だけ仲間外れにされていた。
ちょうど二人三脚のペアを決めなくてはいけない時期で、渦中の彼は余り者の僕とペアになることを余儀なくされた。
「最悪。俺がこんなやつとペアかよ」
ペアが決まったとき、席が近かった彼が小さく吐き捨てるのが聞こえた。
そんなふうにして僕は自信をなくしていったんだと思う。視線を遮るために前髪を伸ばしたり、目が悪いわけでもないのに母さんに頼んで度の入ってない眼鏡を買ってもらったりした。
少しずつ言葉が出にくくなった。詰まって不思議な音階を踏むようになった僕の話し方にクラスメイトたちは顔を顰めていた。
他のクラスになった友達は見た目の変わった僕に苦笑いを浮かべていた。彼とは一緒にいる時間も減っていつしか疎遠になっていた。
入試が終わって特進に受かっても、僕の手元にあるのはもどかしい勉強ができるだけの自分の姿だった。
まるまる二日間熱にうなされて、学校に復帰できたのは金曜日のことだった。病み上がりだからと母さんが車で送ってくれたから、今日はいつもよりも少し遅い登校になった。
教室に入ると村田さんの姿もあって、彼女は元気よく僕に手を振ってくれた。村田さんもすっかり元気になったみたいで安心した。
笑うと少しズレるマスクを直して、席に着くと周りにいたクラスメイトが話しかけてくれた。
「宮本くん、熱だったんでしょ? 大丈夫だった?」
「う、うん。こっこの時期は、ね熱になることが、多く、て……」
「季節の変わり目だしねえ。無理しないでね」
「あっありがとう」
イメチェンをしてからこうして話しかけてもらえる機会が増えて、むず痒い。最近少し仲良くなれた子たちも僕のそばに来て、回復を祝ってくれた。
教室の隅から視線を感じてそっちを見る。あの日、僕が宮瀬くんに恋をした日、僕のことを話していた男子たちだった。みんな気まずそうに窓際から僕を見ている。
「あいつらさ、奏のこと悪く言って以来、宮瀬にろくに構ってもらえなくなって居心地悪いんだよ」
「えっ?」
いつの間にか登場していた将吾が僕の視線の先を追って教えてくれた。
「だから奏に謝る機会を伺ってんだな」
もう一度、男子たちに視線を向けようとしたら、将吾が前に立って視界を塞いでしまった。男子たちの様子を見ることは叶わなかった。
別に謝らなくていいのに……。僕が吃ってクラスメイトの時間を奪っていることは事実だし、あれから随分時間が経っている。
「奏、おはよう」
振り返ると宮瀬くんが江川くんと一緒に教室に入ってきた。僕に真っ先に挨拶をしてくれる。
「おっおはよう」
返事をすれば嬉しそうに笑って、それから周りにいたみんなにも朝の挨拶をし出した。僕だけが特別なのだと感じてしまう。
宮瀬くんは挨拶だけで終わらなくて、こっちに来ると僕の額に手を置いた。
「うん。熱は下がったね」
目を細める宮瀬くんを見ていたら、母さんが話していたことを思い出してしまった。
母さんは宮瀬くんが僕のことを好きだと言っていた。
宮瀬くんは僕なんかに告白をしてくれたし、それは多分……間違っていないと思う。ただ僕が好かれていることをすごく喜んでいた母さんと同じ気持ちにはなれない。僕はただただ申し訳ないのだ。
宮瀬くんが僕の何を気に入ってくれたのかはわからないけど、僕の宮瀬くんへの気持ちを伝えてしまえば、……それは正解じゃない気がする。均衡を崩してしまう。
僕の額から離れた宮瀬くんの手はそのまま僕の頬を流れた。マスク越しに感じる手の温もりが暖かくて、途端に耳まで赤くなってしまう。
「もうホームルーム始まりそうだし、席に戻るよ」
宮瀬くんの背中が遠ざかっていくのをぼんやりと見つめていたら、将吾が横でクスクス笑い出した。
「どうしたの?」
「なんでもない」
41
あなたにおすすめの小説
二人の悪魔は天使を閉じ込めたい
ユーリ
BL
二人の悪魔は神によって創造されたばかりの天使を拾った。最初は単なる一目惚れだったが、何も知らない純粋無垢な天使にどんどん入れ込み始め…次第に閉じ込めたいと考えるようになる。
ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!
ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!?
「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
初恋ミントラヴァーズ
卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。
飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。
ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。
眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。
知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。
藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。
でも想いは勝手に加速して……。
彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。
果たしてふたりは、恋人になれるのか――?
/金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/
じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。
集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。
◆毎日2回更新。11時と20時◆
ランドセルの王子様(仮)
万里
BL
大学生の森下優太(20)は、ある日の夕暮れ、ひったくり犯に襲われ絶体絶命のピンチに陥る。そんな彼を救ったのは、鮮やかなシュートで犯人を撃退した小学生の少年、日向蒼だった。
ランドセルを背負いながらも、大人顔負けの冷徹さと圧倒的なカリスマ性を持つ蒼。その姿に、優太はあろうことか「一目惚れ」をしてしまう。「相手は小学生、これはただの尊敬だ」と自分に言い聞かせる優太だったが、蒼のクールな瞳と救われた手の温もりが頭から離れない。
親友には「自首しろ」と呆れられながらも、理性と本能(ときめき)の狭間で葛藤する。禁断(?)のドキドキが止まらない、20歳男子による「かっこよすぎるヒーロー(小学生)」への片思い(自認はリスペクト)。
妹の身代りに生け贄にされたんだけどガチでマジ恋しちゃいました~世界にただ1人の男Ωは、邪神の激愛に絆される~
トモモト ヨシユキ
BL
邪神の生け贄になることが決まった妹王女の身代わりになるように命じられた不遇な王子は、Ωになるという秘薬を飲まされて邪神の洞に落とされる。
エブリスタにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる