君の紡ぐ言葉が聴きたい

月内結芽斗

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 名前の記入欄に書かれた「宮瀬颯人」の文字は線一つ一つが少し斜めに上がっているのが特徴で、その流れるような筆の動きは綺麗だった。

 どうして宮瀬くんの名前が日誌に書かれているのか、その理由がわからず思わず村田さんの方に顔をあげるが、ちょうど受付をしていてこっちには気づきそうになかった。

 決して小さくなく大きくもない綺麗な字が、欄の中に収まりながら所狭しと並んでいる。棚の整理をしたこと、返ってきた本が少し破れていたからそれを補強したこと、今学期で一番来訪者が多かったと教諭に言われたこと。日誌の中のあらゆる情報が事務的で、そこに宮瀬くんが、図書当番を担当した理由は見つからなかった。

 もしかしたらと思って、ページを一つ捲った。僕が熱を出して早退した日の日誌にも宮瀬くんの名前が書かれていた。

 同じように事務的な作業をしたことや、ポップを書いてみたことなんかが書かれていた。

「こ、これって……」

 宮瀬くんの書いた文字を指でなぞりながら用紙の最後まで読んでいくと、枠の外に小さく書かれた文章に気がついた。

〈奏の熱が早くよくなりますように〉

「……っ!」

 きっと宮瀬くんはどんなふうに日誌を書いたらいいかわからなくて、前の人の書いたものを参考にしたと思う。そこで個人的なことを書くことに気づいたんだ。それでこんなふうにこんなところで心配してくれたのだ。

 水曜日のページに戻って、紙の一番下まで目を走らせた。さっきは指に隠れて気づかなかったが、そこには小さな絵が書いてあった。

 鉛筆で黒く塗られたうさぎが、布団の中で横になり額にタオルを置いたうさぎの看病をしている絵だった。黒うさぎの上にはうっすらと文字が吹き出してあった。

「……明日は会えますように」

「宮本くん、何か言った?」
 ボソリと呟くと受付カウンターにいた村田さんがそこから声を掛けてきた。

「……な、なんでもないよ」
「そう?」

 自分の顔は今たぶん赤い。さりげなく窓をもう少し開けるくらいにしか頬の熱の逃げ道を作れなかった。

 ポケットからスマホを取り出して、カメラを絵に向ける。ピントが合うまで時間がかかってふわふわしていた気持ちが焦ったく揺れた。シャッター音が鳴り、勉強中の生徒たちが反応しているのが視界の端で見えたが、それが今は気にならなかった。

 前のページの宮瀬くんの言葉も写真に残しておこう。

 日誌を閉じて抱き寄せる。

 窓の外で、走り込みを続ける宮瀬くんが、まっすぐ顔を上げて、こっちに走ってくるのが見えた。




 委員会の当番が終わる時間は、部活が終わる時間に大体重なる。司書教諭の先生に挨拶をして村田さんと一緒に校舎を出た。村田さんはバス通学だから正門ではなく裏門から帰る。

 村田さんと別れて、体育館の前を通る時にちょうど江川くんが出てきて目が合った。

「あれ? 宮本今から帰るの?」
「う、うん」
「じゃあちょっと待っててよ」

 江川くんに待っててと言われたので待っていると、今度は宮瀬くんが出てきた。まだユニフォームのままだ。

「奏! 今から帰るって聞いたけど」
「う、うん」
「じゃ、じゃあ一緒に帰らない?」
「……う、うん。帰ろ」

 頷けば、宮瀬くんは花が咲いたように笑って「やった!」と言って体育館に走って行った。ここで待っていればいいんだろうかと思っていると、スマホが一回鳴る。

――ごめん、嬉しすぎて置いてきちゃった。汗臭いと思うから、急いでシャワー浴びてくる。

 そういえば運動部のためのシャワー室が部室棟の方にあると入学前のパンフレットに書いてあったと思い出す。宮瀬くんはたぶん汗かいても臭くないと思うけど、気を遣ってくれたのだろうか。

――よかったらそっち行って待ってるよ。

 お辞儀をするクマのスタンプが送られてきたのを確認して、僕も部室棟の方に向かった。部活終わりの生徒たちとすれ違うなか、帰宅部の自分の場違い感がすごい。登下校は制服でないといけない規則だから、みんな僕とお揃いの夏服の制服を着ていた。

 部室棟の方で待つと言ったけれど、どこにいればいいのかわからなかった。ウロウロしていると後ろから声をかけられた。

「宮本」

 クラスメイトだ。あの日、僕のことを言ってそれ以降宮瀬くんに構ってもらえなくなったと聞いている一人だった。

 彼が着ているユニフォームに将吾と同じサッカー部なのだと初めて知った。

「ど、どうしったの?」

 応えれば、突然上体を九十度に曲げて頭を下げた。

「ごめん!」

 あの時のことを謝っているんだということはわかっていた。わかっていたけど、ここで僕がすぐに「怒ってないよ」といえば、僕が廊下で僕の陰口を聞いていたことに気づいて、余計気にしてしまうんじゃないかと思った。

「なっ何がご、ごめんなの?」

 だからこう聞いた。
 だけどこの言い方は正解ではなかったのかもしれない。彼は顔を歪めて「聞いてたんだろ?」と僕に冷たい目を向けた。

「お前が教室にいない時にお前の吃りを馬鹿にしてたの聞いてただろ? だからそれがごめんって言ってんだよ」

「あっ……べ別にお、怒ってないか、ら……」
「やっぱ聞いてたんじゃん。まあとにかくごめんって伝えたからな?」
「う、うん」

 一度は不機嫌そうに僕のことを睨んできた彼だったが、これで僕の許しを得られたと安心したのか、少し表情を緩めて再び口を開いた。

「それからお前の髪型とかも馬鹿にした。それもごめん」
「……そっそうなの?」

「これは知らなかったのか。てことは俺に馬鹿にされたから髪切ったってわけじゃなかったのか」

 今度は頬を染めて僕から顔を背ける。すごく感情がコロコロ変わる人らしかった。

「俺のせいかなってちょっと期待してたけど違ったみたいだな。まあいいや。じゃあ和解したということでいい?」
「……うん」

 和解も何も僕は別に怒っていなかった。たぶん彼が僕に謝るのは宮瀬くんと仲直りしたいからなんだと思う。そのためにまずは僕に謝る必要があったんだ。でも彼がそれでスッキリするならそのでいいと思う。彼の言っていたことは事実だったわけだし。

「それじゃ――」
「奏!」

 宮瀬くんが走ってきた。髪が少し湿っていて、制服に水滴が落ちていた。
 庇うように僕の前に立つ。

「おっ颯人、俺宮本に謝った」
「そう」
 宮瀬くんの顔は見えなかったが、その声はあまり関心がなさそうだった。
「用が済んだなら俺たち帰るから」
 宮瀬くんは僕の方を向くとにっこりと笑った。

「奏、待たせてごめん。帰ろっか」
「……うん」


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