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「何も嫌なこと言われてない?」
「えっ?」
駅までの道、僕たちはずっと黙ったままだった。宮瀬くんは思い詰めたように眉間にしわを寄せていて、なかなか話しかけられる雰囲気ではなかった。もし宮瀬くんがいつもの気さくな感じだったとしても僕から話題を振ることなんてたぶんできなかったと思うけれど。
「ほら、さっきのあいつ」
「あっ、な、何も、言われ、なかったよ」
「そう?」
宮瀬くんはそれでも疑っているようだった。もっと詳しく僕から聞きたいのだろう。だけどそれは否応なしに僕の吃音に触れることにもなる。たぶん宮瀬くんは気を遣ってこれ以上、聞きたくても聞かないのだ。
「……ぼ、僕のこの、は話し方を陰で、わっ悪く言ったことを……謝ってく、くれたん、だけど……」
「うん」
「ぼ、僕はぜんっ、全然気にしてなくて……だから……そのじ、事実だったし」
宮瀬くんが立ち止まったので、僕も足を止める。何度か瞬きしたあと、宮瀬くんが口を開いた。
「奏は廊下で話聞いてた?」
「えっ、う、うん」
「そっか。じゃあさ俺が奏の声が好きって言ったのも聞いてた?」
好きな人と帰っているという状況にもともと顔がほてっていたと思う。それが今、宮瀬くんの放った言葉でより一層、赤く熱くなった。
「聞いてたんだ。ならよかった」
宮瀬くんが笑った。
「奏の声が綺麗なのも事実だよ」
沈黙が降った。たぶん僕が何か言わないといけない番だ。だけど言葉が見つからない。宮瀬くんの優しい眼差しや言ってくれる言葉が、僕を包んで思考を停止させるのだ。ただ僕は泣きそうになりながら笑みを返すだけだった。
「……あ、ありがとう」
最終的に辿り着いたのは感謝の言葉だ。宮瀬くんの言ってくれることに応えるにはあまりにもシンプルだけど宮瀬くんは嬉しそうにして首を降った。
駅に着く前に、スマホにメッセージが届いた。宮瀬くんに断ってからメッセージを見る。
「母さんからだ」
「何か急用?」
「き、今日は、が外食をしようだって」
「おお!」
母さんが送ってくれた地図を開く。一度家に帰らずに直接来てほしいということだろう。初めてみる店名に首を傾げてしまう。
「み、宮瀬くんここ知ってる?」
スマホを渡すと宮瀬くんはしばらく地図を見てから「ああ」と言って顔を上げた。
「俺の最寄り駅の近くだ」
「ほ、ほんと?」
宮瀬くんと僕とは電車の方面が一緒だ。だから、家に帰るための電車に乗っていれば大丈夫だろう。途中下車すればいい。
「心配なら店まで送ってくよ」
「そっそれは、も、申し訳ない、です」
なんで敬語、と笑いながら宮瀬くんは大丈夫、大丈夫と繰り返した。
「俺の家もそっち方面だからさ、送らせてよ」
結局甘えることにして、僕は宮瀬くんの最寄り駅で降りた。改札を出ると見知った顔がこっちに手を振っていた。
「かーなーでー!」
「あれ? 奏のお母さんだね?」
母さんは額に手を当てて、遠くを見るポーズをしたかと思うとこっちに走ってきた。
「宮瀬くん、先日はありがとうね!」
「いえ」
僕が熱を出した時に二人は会っている。まったく人見知りしない母さんは、同じく人見知りなど知らなそうな宮瀬くんにニコニコと笑顔を浮かべた。
「宮瀬くんは家ここら辺なの?」
「はい。ここから歩いて二十分くらいです」
「そう? 夕食は?」
「これから作ります」
「作る? 宮瀬くんが作るの? 親御さんはご不在?」
「親は今海外に住んでて……」
「あら! じゃあ一緒に夕飯食べましょうよ! その方が宮瀬くんも楽でしょ。私も宮瀬くんがいたら楽しいし。奏の姉二人も大喜びよ!」
二人のスピード感のある会話に耳を傾けるのに必死になっていると、いつの間にか宮瀬くんも一緒に夕食を食べる流れになっていた。正確にはまだ宮瀬くんは返事をしていないけれど、母さんがこんなに乗り気なら、いくら宮瀬くんでも逃げられないと思った。
宮瀬くんはしばらく考えてから頭を下げた。
「お邪魔でなかったら」
「やったー! レッツゴー!」
母さんがスキップでもしそうな勢いで歩き出して、僕はなんだか宮瀬くんに申し訳なくなりながらその後ろに続いた。だけど仰ぎ見た宮瀬くんはすごく楽しそうに笑っていた。
店に着くとそこには薫姉さんと楓姉さんしかいなかった。
「あれ? 父さんは?」
「お父さんはトイレだよ」
薫姉さんが店の方を指さして教えてくれた。
「そんなことより! 宮瀬くんですよね? わあかっこいい!」
楓姉さんは父さんのことなんてどうでもいいでしょと言いたげに手を振って、ぐいっと僕たちと距離を詰めると、宮瀬くんを見上げた。
僕の家族はみんな社交的だ。初対面とは思えない気さくさで宮瀬くんと話し始めた女性陣に僕は、手持ち無沙汰になって、店の前に置かれていた受付リストに目を向けた。
宮本 六人
母さんが事前にメッセージを送っておいたのだろう。人数は宮瀬くんを入れた六人になっていた。なんだか気持ちがモゾモゾした。
みんなの方に視線を戻すと、宮瀬くんと対面してからずっと騒いでいる姉さんたちに、宮瀬くんは愛想のいい笑顔を浮かべていた。生まれてから何度も聞いてきただろう賛美を謙虚に受け止めながら、三人を褒める宮瀬くんのスマートな対応に驚きが隠せない。
宮瀬くんは本当にすごい。
僕はどうすればいいかわからなかった。こんなふうに僕の家族と学校の知り合いが対面する機会は僕の人生にはあまりなかった。小学生の時の何人かか、将吾くらいだと思う。だから、なんだかそわそわした。
だけど考えてみたら、僕の今感じている緊張感はきっと、好きな人と大切な家族が一緒にいるという不思議な状況のせいなのかもしれない。
「宮本さま」
店員が顔を出し、僕たちは店に入った。
「えっ?」
駅までの道、僕たちはずっと黙ったままだった。宮瀬くんは思い詰めたように眉間にしわを寄せていて、なかなか話しかけられる雰囲気ではなかった。もし宮瀬くんがいつもの気さくな感じだったとしても僕から話題を振ることなんてたぶんできなかったと思うけれど。
「ほら、さっきのあいつ」
「あっ、な、何も、言われ、なかったよ」
「そう?」
宮瀬くんはそれでも疑っているようだった。もっと詳しく僕から聞きたいのだろう。だけどそれは否応なしに僕の吃音に触れることにもなる。たぶん宮瀬くんは気を遣ってこれ以上、聞きたくても聞かないのだ。
「……ぼ、僕のこの、は話し方を陰で、わっ悪く言ったことを……謝ってく、くれたん、だけど……」
「うん」
「ぼ、僕はぜんっ、全然気にしてなくて……だから……そのじ、事実だったし」
宮瀬くんが立ち止まったので、僕も足を止める。何度か瞬きしたあと、宮瀬くんが口を開いた。
「奏は廊下で話聞いてた?」
「えっ、う、うん」
「そっか。じゃあさ俺が奏の声が好きって言ったのも聞いてた?」
好きな人と帰っているという状況にもともと顔がほてっていたと思う。それが今、宮瀬くんの放った言葉でより一層、赤く熱くなった。
「聞いてたんだ。ならよかった」
宮瀬くんが笑った。
「奏の声が綺麗なのも事実だよ」
沈黙が降った。たぶん僕が何か言わないといけない番だ。だけど言葉が見つからない。宮瀬くんの優しい眼差しや言ってくれる言葉が、僕を包んで思考を停止させるのだ。ただ僕は泣きそうになりながら笑みを返すだけだった。
「……あ、ありがとう」
最終的に辿り着いたのは感謝の言葉だ。宮瀬くんの言ってくれることに応えるにはあまりにもシンプルだけど宮瀬くんは嬉しそうにして首を降った。
駅に着く前に、スマホにメッセージが届いた。宮瀬くんに断ってからメッセージを見る。
「母さんからだ」
「何か急用?」
「き、今日は、が外食をしようだって」
「おお!」
母さんが送ってくれた地図を開く。一度家に帰らずに直接来てほしいということだろう。初めてみる店名に首を傾げてしまう。
「み、宮瀬くんここ知ってる?」
スマホを渡すと宮瀬くんはしばらく地図を見てから「ああ」と言って顔を上げた。
「俺の最寄り駅の近くだ」
「ほ、ほんと?」
宮瀬くんと僕とは電車の方面が一緒だ。だから、家に帰るための電車に乗っていれば大丈夫だろう。途中下車すればいい。
「心配なら店まで送ってくよ」
「そっそれは、も、申し訳ない、です」
なんで敬語、と笑いながら宮瀬くんは大丈夫、大丈夫と繰り返した。
「俺の家もそっち方面だからさ、送らせてよ」
結局甘えることにして、僕は宮瀬くんの最寄り駅で降りた。改札を出ると見知った顔がこっちに手を振っていた。
「かーなーでー!」
「あれ? 奏のお母さんだね?」
母さんは額に手を当てて、遠くを見るポーズをしたかと思うとこっちに走ってきた。
「宮瀬くん、先日はありがとうね!」
「いえ」
僕が熱を出した時に二人は会っている。まったく人見知りしない母さんは、同じく人見知りなど知らなそうな宮瀬くんにニコニコと笑顔を浮かべた。
「宮瀬くんは家ここら辺なの?」
「はい。ここから歩いて二十分くらいです」
「そう? 夕食は?」
「これから作ります」
「作る? 宮瀬くんが作るの? 親御さんはご不在?」
「親は今海外に住んでて……」
「あら! じゃあ一緒に夕飯食べましょうよ! その方が宮瀬くんも楽でしょ。私も宮瀬くんがいたら楽しいし。奏の姉二人も大喜びよ!」
二人のスピード感のある会話に耳を傾けるのに必死になっていると、いつの間にか宮瀬くんも一緒に夕食を食べる流れになっていた。正確にはまだ宮瀬くんは返事をしていないけれど、母さんがこんなに乗り気なら、いくら宮瀬くんでも逃げられないと思った。
宮瀬くんはしばらく考えてから頭を下げた。
「お邪魔でなかったら」
「やったー! レッツゴー!」
母さんがスキップでもしそうな勢いで歩き出して、僕はなんだか宮瀬くんに申し訳なくなりながらその後ろに続いた。だけど仰ぎ見た宮瀬くんはすごく楽しそうに笑っていた。
店に着くとそこには薫姉さんと楓姉さんしかいなかった。
「あれ? 父さんは?」
「お父さんはトイレだよ」
薫姉さんが店の方を指さして教えてくれた。
「そんなことより! 宮瀬くんですよね? わあかっこいい!」
楓姉さんは父さんのことなんてどうでもいいでしょと言いたげに手を振って、ぐいっと僕たちと距離を詰めると、宮瀬くんを見上げた。
僕の家族はみんな社交的だ。初対面とは思えない気さくさで宮瀬くんと話し始めた女性陣に僕は、手持ち無沙汰になって、店の前に置かれていた受付リストに目を向けた。
宮本 六人
母さんが事前にメッセージを送っておいたのだろう。人数は宮瀬くんを入れた六人になっていた。なんだか気持ちがモゾモゾした。
みんなの方に視線を戻すと、宮瀬くんと対面してからずっと騒いでいる姉さんたちに、宮瀬くんは愛想のいい笑顔を浮かべていた。生まれてから何度も聞いてきただろう賛美を謙虚に受け止めながら、三人を褒める宮瀬くんのスマートな対応に驚きが隠せない。
宮瀬くんは本当にすごい。
僕はどうすればいいかわからなかった。こんなふうに僕の家族と学校の知り合いが対面する機会は僕の人生にはあまりなかった。小学生の時の何人かか、将吾くらいだと思う。だから、なんだかそわそわした。
だけど考えてみたら、僕の今感じている緊張感はきっと、好きな人と大切な家族が一緒にいるという不思議な状況のせいなのかもしれない。
「宮本さま」
店員が顔を出し、僕たちは店に入った。
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